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双河戦役-1

 シドン川にいつもの如く櫂の音が響き、〈王国〉基準では見上げるような大型船が通過していく。レマ公国軍の輸送船である。

 船自体も搭載されている機材も、〈王国〉では「生産」は何とか可能でも「量産」できないものばかりだ。

 船員と兵士を合わせて1万人以上が乗った船団が衝突防止用の灯火を点けてゆっくりと遡上していく様子は、さながら水上の小都市と言った感があった。

 


 その大船団を、陸上からの目が見張っていた。機動力で優るレマ公国軍によって何度も奇襲を食らい、手痛い目にあった〈王国〉軍が急遽編成した索敵騎兵部隊である。

 騎兵特有の機動力を生かして所属する軍の作戦区域全体に展開し、敵軍の動向を報告するのがその任務だ。

 

 任務の性質上数人または単独で行動する為、読み書きと地図の読み方と携帯羅針盤その他機器の取り扱いに精通していることが、索敵騎兵全員に求められる。

 この為索敵騎兵は、〈王国〉軍で唯一、レマ公国軍より識字率その他の教育水準が高い部隊となっていた。

 

 


 「桟橋への到着は明日の15刻時から18刻時付近だな」

 

 船団発見の報告を受けた索敵騎兵小隊長は、船団の現在位置と速度から計算して判断を下した。

 

 船団は明らかに、シドン高原周辺に展開するレマ公国軍主力への補給を目的としている。彼らが地上部隊の掩護下に入る前に叩く必要があった。

 

 



 索敵騎兵から報告を受けた〈王国〉水軍は迅速に動いた。

 レマ公国軍の支配地域内に隠匿された基地から、豆粒のような小舟が次々と出航する。農民が農村間の輸送や魚釣りに使う舟艇を軍が徴用または新規建造し、武器を搭載したものだ。

 

 湖沼水軍や河川水軍ですらない「小川水軍」とでも呼ぶべき集団だが、小舟には小舟なりの利点があった。

 昼間は水面から引き上げて隠しておけるので、敵の哨戒部隊に水軍基地が発見される可能性が低い。喫水が浅く、小支流や用水路などの浅水面を航行できる。小さい分発見されにくく、僅かな死角から敵に奇襲をかけることが出来る。

 強者たるレマ公国水軍には全く顧みられないであろうこれら特長を、弱者である〈王国〉水軍は重視したのだった。

 

 索敵騎兵たちは魔導士と灯火信号を利用して各水軍基地に船団の現在位置についての報告を送り続け、最終的に130の小舟が出航した。

 


 そのうち60艘ほどが船団周辺に集まった所で、〈王国〉水軍司令部は攻撃開始を命じた。

 残りの舟を待っていれば夜が明け、船団からの銃砲撃が小舟たちを容易く蹴散らしてしまう。戦力の集中を犠牲にしてでも、攻撃は視界が利かない夜のうちに行う必要があった。

 


 攻撃命令を受けた指揮船が直接指揮下にある5艘とともに突撃し、中央部に据え付けられた投石機から焼夷弾を発射する。

 1隻の船が焼夷弾複数の直撃を受け、夜目には太陽のように眩しい光を発して燃え始めた。それを合図として、残りの〈王国〉水軍舟艇が攻撃を開始する。

 

 だがレマ公国水軍の対応も迅速だった。

 付近で魔導士や灯火による通信が行われたのは彼らも感知しており、乗員を戦闘配置に付けていたのだ。


 祝砲や礼砲との兼用で各船の甲板に据え付けられている臼砲が照明弾を発射し、金属粉が燃焼する時特有の色鮮やかな炎が水面を照らす。

 そこに浮かび上がる〈王国〉水軍舟艇に向かって、輸送船舷側に据え付けられた3寸砲から散弾の雨が浴びせられる。

 

 剥き出しの状態で小舟に乗っている乗員たちは次々と被弾し、血だまりや肉塊と化して舟底に積み重なった。或いは舟自体に散弾で穴が開き、必死で排水しようとする乗員たちごと凍るような水に飲まれていく。

 

 小舟には現地改装で防盾を取りつけたものもあったが、ほぼ気休め程度の役にしか立たなかった。 

 鉄板などを張り付けたことによる多少の防御力向上は、その分機動力が低下して散弾の危害範囲に捉えられやすくなったことで相殺されてしまったのだ。

 これらの舟は防盾ごと吹き飛ばされるか、非装甲部に穴を開けられて沈没していった。


 不幸にも即死しなかった乗員が苦痛と絶望の表情を浮かべる中、沈みかけている小舟たちは船団から徐々に離れ、照明弾の光が届かない場所に消えていく。

 




 「近づけ、思い切り近づくんだ」

 

 数々の惨劇が照明弾の下で浮かび上がる中、艇長たちは異口同音に命じた。

 船に搭載されている火砲はその構造上、至近距離の相手を撃てない。砲が取れる俯角には限界があるからである。

 またある敵船に一定以上近づいてしまえば、他船は誤射の恐れから手出しが出来なくなる。

 一見ただの蛮勇に見えるが、接近こそが安全を確保する最善の方法なのだ。

 


 生き残っている〈王国〉軍舟艇たちは櫂の飛沫を巻き上げながらレマ公国軍の輸送船に近づき、焼夷弾を叩きつけていく。

 水上の4か所で照明弾とは異なる色合いをした炎が煌めき、炎上する輸送船の姿が浮かび上がった。

 続いて一際巨大な光が走り、1隻の輸送船が火柱を上げながら沈み始める。焼夷弾が砲座を直撃し、装薬を誘爆させたのだ。

 それを見た〈王国〉の水兵たちは歓声を上げ、櫂に更なる力を込めた。


 一方でレマ公国軍の方も負けておらず、輸送船に乗っていた銃兵を甲板に出し、舟艇群を狙撃しようとする。

 火砲の発射炎と照明弾の光、それに焼夷弾が上げる炎が絶え間なく煌めき、夜空の星と競うように水上を照らす。皆が戦いに熱中し、その前方で起きていることには気づいていなかった。

 


 そしてレマ公国軍にとっての惨劇は唐突に訪れた。船団前方にいた輸送船3隻の船首部分で、ほぼ同時に2つの爆発が発生したのだ。

 爆発で水線下に穴を開けられた3隻の船は兵士と船員たちを載せたまま、前につんのめるような恰好で沈没していく。

 元々レマ公国の船は輸送効率を第1とした構造で、水密性や復元性などの性能は高くない。そこに設計以上の人員と物資を搭載した結果、各輸送船は穴が開くとあっという間に沈没する状態になっていたのだ。

 

 更に4か所で計8個の爆発が生じ、2隻の船がほぼ一瞬で水没していく。残り2隻も大量の水を飲み込んで傾き、船団から脱落していった。

 



 レマ公国軍水兵たちはたちまち混乱状態になった。

 どう見ても焼夷弾による炎上とは異なる沈み方で、しかも原因が分からない。

 〈王国〉の舟艇は被害を受けていないので〈王国〉軍の仕業と思われるが、どんな方法で攻撃されたのか、皆目見当が付かなかった。

 

 焼夷弾を使い尽くした〈王国〉舟艇は引き揚げを始めたが、その後も謎の爆発は散発的に続き、その度に1隻の船が沈没ないし航行不能からの自沈を余儀なくされた。


 最初の曙光が川面を照らし始めた時、レマ公国軍水兵たちはようやく、何隻かの船に不審な物体が絡みついていることに気付くこととなる。

 

 

 








 セラニア・ソランは不機嫌の極みにあった。

 

 第2軍集団への増援及び補給物資を運んでいた輸送船65隻のうち、9隻が乗員と積み荷ごと沈没。

 他に8隻が浸水過多により乗員のみを救出して放棄され、14隻が速度低下によって落伍するか、沈没船の乗員救助の為に引き返して未達となった。

 この50年の間にレマ公国水軍が受けた被害としては最悪の規模である。


 しかもこれだけの損害を受けておいて戦果は、「敵小型舟艇40艘程度を撃沈」というもの。夜戦に付き物の誤認戦果を考えれば、実際に沈めたのは30艘以下だった可能性が高い。

 いや仮に報告通りの戦果があったとしても、大型輸送船と手漕ぎ舟では価値が違い過ぎる。惨敗というしか無かった。

 水軍の責任者は今頃、レマ公国水軍の不敗神話が崩れたのを知って青ざめているかもしれない。

 


 「水軍は大陸南部の制水権確保について、絶対の自信があるということだった。それがこのような結果となったのは、どういう理由だ?」

 「も、申し訳ありません。今度からは万難を排して…」

 「私が聞きたいのは理由だ。謝罪では無いし、ましてや空辣な精神論でも無い」

 

 まさにその青ざめた顔を浮かべている船団長のゼイド男爵に対し、セラニアは苛立ちながら聞いた。

 

 セラニアとしては水軍関係者の面子などに興味は無いが、問題は出航した輸送船のうち約半数しか第2軍集団の下に届かなかったことだ。当然、到着した物資と補充兵も半分である。

 補給要請は無論多少の冗長性を意識して出しているが、流石に半分しか届かないという事態までは想定していない。これが何度も続けば、第2軍集団の行動計画全般に支障が出かねなかった。

 

 「敵が奇妙な新兵器を投入してきたのです。我が軍が使用する爆弾に似ていますが」

 

 ゼイド男爵が恐縮の体で図解した。

 船員からの報告によると、2つの壺をロープで結んだような形状の物体が、到着した輸送船のうち4隻の船首に絡まっていたのだという。

 それぞれの壺には火薬が詰め込まれ、発火剤入りのガラス瓶が内壁に接着されていた。明らかに、衝撃を引き金として起爆する兵器である。

 無事に到着した4隻の場合は、火薬が水に浸かったり、ガラス瓶が内壁から剥離したりといった理由で爆発しなかったらしいが。

 

 「成程、ロープが船首に引っかかると、壺が舷側にぶつかって爆発する仕組みになっているということか」

 

 セラニアは頷いた。敵が何を使ったか、大体分かったのだ。

 恐らく古の〈帝国〉水軍が使っていた浮遊機雷を、〈王国〉の技術で再現したものだろう。

 

 浮遊機雷は近くを通る敵船を自動感知して爆発し、水線下に損傷を与える兵器で、主に敵艦隊の前方に撒いて針路を妨害する用途で使われた。

 〈王国〉が使った「連結機雷」とでも呼ぶべき兵器は、その応用版である。〈帝国〉水軍のようなセンサーと信管を作れない分を、彼らは機雷同士を連結するという発想でカバーしたのだ。

 

 2つの機雷を繋ぐロープのどこかを前進する船の先端が押すと、機雷はその力によって舷側に引き寄せられていく。

 そしてどちらかの機雷が舷側にぶつかった瞬間に発火剤の瓶が割れて爆発が発生し、爆発の衝撃でもう1つも起爆する。

 触接型の機雷単独では「点」でしか命中しないが、〈王国〉軍は単純な方法によって「線」での起爆を可能にしたのだ。

 


 嫌らしいのは、一見無差別兵器に見える連結機雷が、実はレマ公国水軍に一方的に被害を与えるという点である。

 〈王国〉水軍が使用する小舟の喫水はごく浅い為、船首が連結機雷のロープに引っかからないのだ。

 自国がまともな船舶を持たないのを逆手に取って〈王国〉水軍が連結機雷を使用したとすれば、見事な発想という他無かった。

 

 



 「了解した。今回の損害について貴官の責任は不問とするよう、上申書を用意しておく」

 

 セラニアはやや表情を和らげながらゼイド男爵に伝えた。

 

 今回の大損害は彼個人の過ちというより、レマ公国全体の慢心によるものだ。

 大型艦船を持たない〈王国〉水軍相手なら、制水権は簡単に取れる。ゼイド男爵のような水軍関係者もセラニアを始めとする陸軍関係者もそう思い、水上補給路の警戒を怠ってきたのだ。

 そんな楽天的思考の蔓延が先日のような結果を招いたのであり、個人の過失について難詰するのは不当だろう。

 


 「それで今回のような敵の補給路攻撃に対しては、どんな方策が考えられる? 水軍の意見を聞きたい」

 「根本的な解決策は敵水軍の出撃基地を潰す事ですが、〈王国〉水軍に対しては不可能です」

 

 セラニアの質問に対し、ゼイドが浮かない顔で言った。

 補給路攻撃に対する最も一般的で確実な対処法は、敵軍の出撃拠点のうち、補給路近くにあるものを制圧することである。

 別に敵軍がより遠くにある別の場所に基地を再建しても構わない。敵基地が補給路から遠ざかる程、襲撃の頻度は下がり、輸送部隊が捕捉される確率も低下していくからだ。

 補給路攻撃部隊自体に何ら損害を与えられなくても、補給路から敵基地を一定以上遠ざけるだけで、その脅威は無視できるものとなるのだ。

 

 

 しかしこの方法は、〈王国〉水軍相手には通用しない。彼らが強大な戦力を持つからではなく、あまりに微弱だからである。

 〈王国〉水軍は全て、8人乗りから15人乗り程度の小舟で構成されている。

 普通は通商破壊戦部隊の維持に必要とされるドックや桟橋などの大型設備と数千の人員を、この手の小舟は必要としない。整備や荷積みを行う際は、舟を人力で陸上に引き上げてしまえばいいからだ。

 村落や砦レベルの「「基地」があれば、これら小舟の運用は可能ということだ。


 それと分かるような大型設備が無ければ、偵察による敵水軍基地発見は著しく困難となる。隠蔽におあつらえ向きの常緑林が多い大陸南部の地形を考えれば、不可能と言っていいかもしれない。

 


 同様の理由で、航路で待ち伏せを行って一気に撃破する、或いは航路自体を機雷や水中障害物で塞ぐというのも非現実的だ。

 〈王国〉が使っている小舟が通れる程度の水路なら、シドン川流域に無数と言っていい程存在するからだ。

 時間も資源も有限である以上、全ての水路を網羅するというのは可能不可能以前に発想として馬鹿げている。

 

 「鼠は象より追い出しにくい、か」

 

 セラニアは敢えて〈王国〉の農村で使われる諺を使って状況を表現した。

 村落への森林象や平原象の接近は、武器を持った村人が総出で掛かれば防げる場合が多い。しかし鼠の根絶に成功した村は存在しない。

 転じて、纏まった大きな脅威より、分散した小さな脅威の方が厄介だという意味である。

 

 今の状況はまさにこの諺通りである。敵が吹けば飛ぶような小舟であることが、かえって対応を難しくしている。

 個々の相手を倒す事は容易でも、住処を襲って根絶することが出来ないのだ。

 

 


 「それで、敵水軍の脅威もありますし、本国からは第2軍集団をこのシドン高原から後退させ、河南平野防衛に投入すべきという意見も出ておりますが」

 

 ゼイド男爵が表面上は遠慮がちながら、本国の威光を笠に着ているようにも聞こえる口調で切り出した。

 

 紅茶水道における戦いで敗北して以来、レマ公国軍を取り巻く戦略環境は悪化している。

 西方の第1軍集団はシザ郡南西部のルド山峡まで押し込まれ、そこもいつ突破されるか分からない状態だ。もしルド山峡を抜かれて〈王国〉軍が海岸に達すれば、西方航路が危うくなる。

 それに呼応する形で敵中央軍も活発な動きを見せている。レノ州北部を制圧した彼らは、レノ州南部と隣のタマン州にまたがる広大な平原地帯に狙いを定めているのだ。

 河南平野と呼ばれるこの地帯を取られれば、レマ公国は人口の2割と農業生産の6割を失う。

 

 惨事が現実のものとなる前に攻勢から守勢に移行し、領土を保全すべきではないかという声が本国では高まっている。ゼイド男爵は半ば脅すような口調で説明した。

 自国領の中核に敵軍が侵入を始めているのに外征を継続するのは、家の生計にも事欠いている人間が賭場に入り浸るようなものだ。即刻中止して足元を固めるべきだと。

 

 

 「それは戦争を知らない本国の意見だ」

 

 だがセラニアは河南平野へすぐさま後退するという案を一蹴した。「馬鹿げた」という枕詞を入れなかったのは、どうやら後退案に賛成らしいゼイドに対する最低限の配慮である。

 

 「何故そう思われるのです?」

 「ハビシャラに敵軍10万がいるからだ。もし我々がこのまま河南平野に向かえば、2つの敵軍に挟撃されるか、港湾地帯を占領されるかだ」

 

 セラニアはうんざりしながらも一応解説してやることにした。


 ここシドン高原から河南平野に向かって流れる河川は無い為、第2軍集団が河南平野に移動するとすれば陸路になる。

 レマ公国に第2軍集団全体を輸送できる数の荷馬は無いので、人間が荷車を曳いてノロノロと街道を進むことになるのだ。しかもハビシャラにいる10万の敵東方軍に横腹を晒しながらである。

 そんな真似をすれば移動中に敵東方軍の攻撃を受け、応戦しているうちに敵中央軍に包囲される可能性が極めて高い。

 

 更に敵東方軍には別の選択肢もある。シドン高原からそのままシドン川主流沿いに進み、河口に達した所で西進するのだ。

 そうすればレムラン島と河南平野、ついでに第2軍集団の連絡は断たれ、河南平野は自動的に彼らの物となる。

 


 何度も戦争に勝ったせいで政治家たちは慢心しているようだが、レマ公国は地政的に見て非常に脆弱な国だとセラニアは説明した。

 本拠地のレムラン島だけでは人口も産業も支えきれず、国家としての存続には大陸側領土が不可欠。しかしその大陸側領土は縦深が浅い上に地形上の要害にも乏しくて守りにくい。

 〈帝国〉崩壊時の内乱における北部産業地帯壊滅が無ければ、誕生してすぐに消えていただろう。

 


 「多少の賭けをしなければ、この国は守れないのだ」

 

 気圧された様子のゼイドに、セラニアは口調をやや穏やかなものに変えながら付け加えた。

 

 国境または重要地域に主力を貼り付けての持久戦は一見すると無難そうだが、実は最も危険な戦い方だ。主導権を自分から捨てるも同然で、敵のどんな行動に対しても無防備になってしまう。

 

 第2軍集団を河南平野に移動させるというのはこの手の、政治的には分かりやすいが軍事的には愚かしい選択の典型である。

 そんな行動を取っていいのは多少の損失をものともしないような大国だけで、多くの脆弱性を抱えたレマ公国がとるべき戦略では無い。

 

 「では本国には、河南平野への移動はしないと……」

 「いや、その方向で検討していると伝えろ。ついでに東部予備軍については、すぐに河南平野に移動させてくれて構わないとな」

 

 セラニアは微笑した。本国が河南平野失陥の危機に動揺しているのはむしろ好都合だ。彼らは期せずして、これからの作戦における欺瞞工作の一端を担ってくれている。

 

 「水軍統括部の方には、こちらの作戦計画書を渡してくれ。本作戦には水軍の協力が不可欠だ。敵水軍の活動が脅威なら、一時的に第2軍集団の一部を川沿いに展開させてもいい」

 

 セラニアは壁に貼ってある軍用地図を指しながら、第2軍集団の作戦について説明した。

 レマ公国軍最大の強みは龍兵でも砲兵でも無く、優れた水上輸送力を下敷きとした機動力である。 

 船と馬車の速度は同じ位に見えるが、補給を陸路で行う軍と水路で行う軍なら、後者の方が圧倒的に速い。船は馬車よりずっと多くの荷物を運べるし、渋滞を起こすことも遥かに少ないからだ。

 セラニアはこの優位を最大限に利用するつもりだった。

 


 


 翌日、レマ公国軍第2軍集団10万と、同軍集団の後詰としてシドン川河口に配置されていた東部予備軍2万が動き始めた。

 その動きはすぐさま索敵騎兵により、〈王国〉軍中央方面軍15万と同東方方面軍10万に伝えられることになる。

 元々周辺地域にいた守備隊や民兵隊を含めれば、実に32万の〈王国〉軍と15万のレマ公国軍が対峙したのだ。

 

 シドン川の大分流2つにまたがる形で行われたことから、後に双河戦役と称される一連の戦いが始まろうとしていた。 

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