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七星軍-1

 〈王国〉の南方、シドン川やレン川といった大河川が屈曲と分流を開始する場所から見て西側の半乾燥帯に、シザ郡という地域がある。遥か昔、シズ共和国と呼ばれる小さな都市国家があった地域である。

 原始的国家が発生する地域の常として、シザ郡も土地は肥沃だが元々の水資源が少なく、故に灌漑網整備とそれに伴う国家建設が行われたのだ。



 シズ共和国はその後〈帝国〉に併合されて消滅したが、自国の人口より多くの〈帝国〉軍を見た政府が恐れをなして無血開城した為に、住民に被害は生じなかった。

 またシズ共和国時代の食文化や文芸作品の一部は〈帝国〉全域に広がり、〈帝国〉が滅亡した今も残っている。小国の末路としては幸せな方かもしれない。


 現在でもその地理的環境はシズ共和国時代と基本的に変わらず、遠いシドン川から引かれる用水による果樹栽培が土地の主要産業となっている。

 特に柑橘類の生産量は他を圧しており、シザ郡の人間はパンの代わりにオレンジを食べると言われる程だ。

 


 このシザ郡であるが、今はレマ公国の領土として同国の富裕層が好む菓子類の原料を供給している。

 長い間〈王国〉領だったが、第6回七星軍で〈王国〉軍が惨敗した後、レマ公国に併合されたのだ。

 

 ほぼ全員が〈王国〉人で占められるシザ郡住民にとっては酷い話だが、彼らに成す術は無かった。 

 一般農民が大量の火砲に加えて龍兵まで擁するレマ公国軍に抵抗出来る筈も無い。

 しかも当時、頼みの〈王国〉軍は国王諸共捕縛され、講和交渉の道具に成り下がっていたからだ。

 シザ郡住民は黙って、新しい主人を受け入れるしか無かった。

 




 サラカ・セタ率いる神殿騎士団とゴグの群れが戦った日から数えておよそ1か月後、そのシザ郡に久方ぶりの〈王国〉軍旗が翻った。

 騎兵4000と火砲80門を含む〈王国〉軍3万が、シザ郡と〈王国〉領イザカ郡の境界線を越えたのだ。


 目的はレマ公国軍偵察部隊による度重なる不法越境行為に対する報復、及び七星軍遠征に向けて同国の防衛体制を探る為の威力偵察である。

 抵抗が強ければ撤退して「演習中に一部部隊が誤って国境を越えてしまった」と言い抜け、微弱であればそのまま郡全体を占領する計画だった。

 

 威力偵察の対象にシザ郡が選ばれたのには、幾つか理由がある。

 まず同地域が少し前まで〈王国〉領であった為、地理情報が詳細に判明している点。

 レマ公国大陸側領土の中では降水量が少なく地盤が強固である為、騎兵部隊の行動に適している点。

 そして何より、旧領奪還という大義名分が立てやすい上に現地住民の協力が期待できる点だ。

 

 シザ郡を奪還しても実の所、レマ公国の経済力や軍事力に深刻な打撃を与えられる訳では無い。結局の所、同国の主産業は水運業である。

 しかし、〈王国〉は外国領に囚われた同胞を見捨てないという意思表示を行う上では、シザ郡は最も身近かつ成功率が高そうな目標だった。

 




 かくして〈王国〉軍のうちまず500が、野外訓練中の偶然を装ってレマ公国が設けた監視線を越えた。

 これを見たレマ公国軍は侵入した〈王国〉軍に発砲して退去を促し、〈王国〉軍は「演習中に突然攻撃を受けた」として撃ち返した。

 

 更に双方が本隊を投入して衝突は激化し、やがて数に優る〈王国〉軍がレマ公国軍を押し始めた。 最初の戦闘が始まってから5刻の後には、〈王国〉軍主力部隊がシザ郡への侵入を果たすこととなる。

 レマ公国がシザ郡に置いていた軍は1000に満たず、万単位の〈王国〉軍に抵抗すべくも無かったのだ。

 


 こうして〈王国〉軍は第6回七星軍の後で引かれた国境を突破し、2日後にはシザ郡の半分を占領した。

 指揮官のノイド候(アザラン高原の戦いで戦死した人物の従兄弟の孫)が拍子抜けするほど、それは呆気ない成功だった。

 

 

 ノイド候の幕僚には更に前進するよう提言した者もいたが、ノイド候はアザラン高原における先祖に比べてずっと慎重な方針を取った。

 国境から2里地点にある微高地で、進撃中止と防御陣地設営を命じたのだ。


 軍事的にも政治的にも、ごく常識的かつ賢明な判断だった。

 2里というのは政治的に言って、偶発的戦闘の結果とぎりぎり言い抜けられる距離である。

 また前線突破後、ある程度進んでから適地で防御姿勢を取るというのも、些か教科書的であるが軍事的に間違っていない。

 ノイド候はアザラン高原で死んだ遠い親戚と異なり、明確に間違いと言える判断は何も下していなかった。

 


 


 だがある判断が常識や戦理に則っていることと、それが成功に繋がることは必ずしもイコールでは無い。国境を越えてから5日後、ノイド候はこの残酷な真理を思い知ることになった。

 

 国境守備隊を蹴散らした後は全く姿を見せなかったレマ公国軍がその日、突然大挙して現れたのだ。推定される兵力は4万から5万に達し、ノイド候が率いる〈王国〉軍を上回っていた。

 

 「落ち着け。我々は優位な位置にいるし、増援も期待できる」

 

 前触れも無く出現した大軍の姿を見て狼狽する将兵たちに対し、ノイド候はそう言って落ち着かせようとした。

 別に気休めでは無い。〈王国〉軍は数こそレマ公国軍に劣るものの、より高い位置に展開しており、簡易的であるが野戦陣地を作っている。

 単純なぶつかり合いにおいては、絶対的と言っていい程に有利な態勢だ。

 

 またレマ公国の人口と動員力から考えて、敵兵力が目の前の5万以上に増えるとは考えられない。 

 対して〈王国〉軍はシザ郡方面に、追加で8万を投入できる。陣地に籠って数日間耐えれば友軍が到着し、敵を数的に圧倒できる。


 つまり直接対峙している兵力以外のあらゆる条件が、〈王国〉側に有利だ。ノイド候はそう指摘し、敗北主義を戒めた。


 これも間違ってはいない。レマ公国軍の指揮官が平凡ないしは積極性に欠ける人物であれば、戦闘結果はまさに彼の予想通りに動いただろう。

 すなわち、レマ公国軍は〈王国〉軍が野戦陣地を作っているのを見て攻撃を躊躇し、やがて出現する〈王国〉軍増援に押し返されるという形に。

 


 

 しかし現実のレマ公国軍指揮官は凡庸や臆病とは程遠かった。〈王国〉軍将兵はすぐにそれを知る事になる。

 

 太陽が頂点に達する少し前、レマ公国軍の戦列から無数の砲煙が上がっておどろおどろしい砲声が響いた。

 放たれた砲弾は両軍の間をひと飛びすると〈王国〉軍陣地に着弾、命中個所にあるもの全てを破壊していく。



 その圧倒的な数に、〈王国〉軍将兵は息を呑んだ。レマ公国軍の数が多いと言っても、〈王国〉軍の2倍には達しない程度だ。

 しかし彼らが持ち込んだ火砲の数は〈王国〉軍の6倍以上、500門を超えていた。〈王国〉軍主力部隊全ての火砲保有量合計に近い数の火砲を、レマ公国軍は1つの戦場に持ち込んだのだ。


 降り注ぐ無数の砲弾は周囲の樹木を斬り倒して作った逆茂木や柵、或いは積み上げた土嚢などの防御資材を一瞬で打ち砕き、奥にある幕舎まで破壊していく。

 〈王国〉軍将兵は猛吹雪に晒される小鳥のようにひたすら打ちのめされ、陣地、各種兵器、そして戦友たちが砲弾で粉砕される様をただ見つめていた。

 

 これ程の大規模砲撃は〈帝国〉時代まで遡らない限り、どの国の軍人も経験したことが無い。

 彼らはどうすればいいかも分からないまま茫然と、人間の行為というより天変地異を思わせる激動に耐えるしか無かったのだ。

 



 〈王国〉軍砲兵の中には、自らの砲による反撃を試みた者もいる。

 〈王国〉軍の方が高地にいる以上、遠くまで砲弾を飛ばせる。つまりあちらの砲撃が届いている以上、こちらの砲撃も届くはずだ。

 うまくすれば敵の砲を破壊し、砲撃を止められるかもしれない。彼らはそう考え、レマ公国軍の戦列に砲撃を放った。

 

 

 だが〈王国〉軍から放たれた砲弾群は全て、両軍の中間地帯に虚しく落下した。

 

 レマ公国軍の主力火砲は全て、10小里以上の射程を持つ。

 対する〈王国〉軍火砲は長射程型でも8小里、平均では6小里が限界だ。

 

 この性能差には多少の高度差による優位性など、容易く覆す効果があった。

 レマ公国軍の火砲は性能で劣る〈王国〉軍火砲の射程外から、悠々と砲撃を浴びせることが出来たのだ。しかも相手の6倍を超える数でである。

 

 何とか敵を射程に収めようと前進を試みる〈王国〉軍砲兵は全て、射程外から飛んでくる無数の砲弾によって粉砕された。

 


 


 そしてレマ公国軍が放つ砲火が砕いたものは、〈王国〉軍の防御陣地や砲だけでは無かった。

 無形であるがそれらと同じ位重要なもの、将兵の士気が嵐に晒された泥人形のように溶け崩れていったのだ。

 

 それは比較的前方にいたとある小隊から始まった。

 小隊長と分隊長全員が数呼吸の間に全員吹き飛ばされ、それを見た部下の兵たちが一斉に背を向けて逃亡し始めたのだ。


 皆の模範であり手本であった直属指揮官が戦死、しかもまともに戦ってでなくただ一方的かつ機械的に粉砕された。

 その光景には軍人としての誇りはおろか、敵前逃亡に対する処罰への恐怖さえ圧倒する力があった。

 ほんの少し前までは軍の一部隊だった集団は今や烏合の衆以下の、ただ生存を求めて危険な場所から逃げ出そうとする個人の集合体と化し、その流れは止めようが無かった。 


 このような動きがあった場合、本来なら他の部隊の指揮官が急行して食い止め、自隊への波及を阻止しようとする。

 しかしこの時、周囲の部隊を指揮する者は全員、地面に伏せて頭を抱えながら震えていた。

 当人たちは後に、砲弾に直撃される可能性を最小化する為の防御姿勢だったと強弁したが、少なくとも外観では滑稽さと悲しさを感じさせるだけの光景だった。

 手近な遮蔽物に頭を隠して痙攣する彼らの姿は兵たちにとって、砂に頭を突っ込んだガチョウにしか見えなかったのだ。

 

 そして無論、そんな恰好で震えている下級指揮官たちは逃亡兵阻止の観点からすれば、ガチョウと同じくらいしか役に立たなかった。

 着弾の轟音と衝撃と砂塵で打ちのめされ、自らの隊さえ碌に管理できなくなった彼らに、他隊で何が起きているかの掌握と対処などできる訳も無い。

 最初に逃亡を始めた兵たちは誰に呼び止められることもなく持ち場を離れ、砲弾が巻き上げた砂塵の向こうに消えた。

 



 そしてその光景には、40名ほどの兵が戦列から脱落した以上の意味があった。

 あらゆる人間集団と同じく、軍というものは共同幻想で成り立っている。

 指揮官は皆にとって何が理想的かを判断し、兵はその命令と指揮に従って行動する。それが当然で皆そうしていると皆が考えているからこそ、軍は戦闘集団として機能するのだ。

 

 だが目の前で敵前逃亡が発生し、指揮官たちはそれを止めることもできないままに自己保存本能に伴って行動している。

 その光景には虚構であるが不可欠な幻想を打ち砕き、軍を戦闘集団からただの武装した個人の集合体に堕させる威力があった。

 兵たちは自らが、命令を無視して逃げるという選択肢を持っている事に「気付いて」しまったのだ。

 


 最初の40名が逃げた後、周囲の100名が釣られて逃げ、その様子を見た別の場所の兵たちも逃げ始める。40名から始まった逃走劇は、最終的に3000を巻き込んだ。

 逃亡しなかった兵の多くも確固たる信念や軍への信頼があってそうしたのではなく、ただ逃げるタイミングを逸しただけである。



 砲撃が開始されてから僅か1刻後には、朝には鉄壁に見えた〈王国〉軍陣地は物心両面で崩壊し、崩れかけた木戸に過ぎない存在になっていた。

 各陣地はアザラン高原の戦いにおける反乱軍陣地と同等以上の強度を持っていたが、攻撃側の能力の方は、当時の〈王国〉軍と比べて遥かに隔絶していたのだ。

 


 

「騎兵です! 騎兵の側面攻撃で敵砲兵を叩きましょう!」

 

 惨状を見た幕僚の1人が血走った眼で、提言というよりは絶叫を放った。

 貴族出身者が多くを占める騎兵部隊は、平民出身が多い歩兵と違って未だ秩序を保っている。また騎兵なら、その機動力によって敵砲兵の死角から襲撃を行うことができる。

 歩兵が当てにできず砲兵は射程が足りないのであれば、敵砲兵を止める手段は騎兵による急襲しかないというのだ。

 

 「分かった。そうしてくれ」

 

 ノイド候は青ざめた顔で、幕僚の意見を追認した。それが本当に合理的な戦術行動と言えるのかという当然の疑問は、この瞬間彼の思考回路から消え去っている。

 

 ノイド候だけでなく〈王国〉軍上層部全体が、追い詰められて狼狽した個人や集団がしばしば陥る陥穽に囚われていた。

 とにかく状況を変えようと焦るあまり、単なる思い付きに過ぎないものが起死回生の妙手に見えてしまうのだ。

 (何か違う手を打ちさえすれば、現在の不都合な流れを変えられる)、負けが込んだ賭博師から経済が破綻しかけている国家まで、あらゆる時代と場所の個人と集団を破滅させてきた悪魔の囁きが、このときの〈王国〉軍を蝕んでいた。

 



 たまたま稜線の後ろ側にいた為に砲撃の被害を免れていた騎兵4000が一斉に出動し、敵正面を大きく迂回する形で走っていく。

 敵火砲は全てが正面の陣地に向いており、側面や背後からの攻撃には対応できないだろうという、一応は正しい判断によるものだ。

 実際、これが他の部隊と協同する形で幾らか早く実施されていれば、〈王国〉軍は勝てないまでも惜敗には持ち込めたかもしれない。

 


 だが現実には、騎兵の行動は遅すぎると同時に早すぎた。

 砲撃を阻止して士気崩壊を食い止めるには手遅れで、かつレマ公国軍の次なる行動に対処するには早すぎる時間に、彼らは戦場を一時的に去ってしまったのだ。

 

 この時まともに機能していた部隊が騎兵しか無かった〈王国〉軍にとって、それは致命的な失策だったが、司令部の誰もそれに気づいていなかった。

 彼らは新たな敵の行動を見て色めき立ち、その対応に追われていたのだ。

 


 「騎兵だ! 騎兵が来るぞ!」

 

 陣地前方に潜んでいた〈王国〉軍の前方哨戒部隊が、敵陣を包む白い砲煙の中から現れたものを見て叫び、馬と伝書鳩と魔導士を介して後方に知らせる。

 まるで〈王国〉軍騎兵が去るのを待っていたかのように、レマ公国軍の騎兵数千が大挙して突撃してきたのだ。


 騎兵たちは草原や地面の窪みの陰に隠れている哨戒部隊には見向きもせず、砲撃で散々叩かれた〈王国〉軍本陣地に向かって一直線に殺到した。その後方には万単位の歩兵が続いている。

 


 「砲兵と弩兵の生き残りを出して騎兵を阻止しろ」

 

 報告を受けたノイド候はすぐさま命じた。青ざめていた顔に少し血色が戻っている。

 敵は勝ちを焦って失策を犯した。これで〈王国〉軍にも勝機とは言わないまでもその糸口が見えてきたと、彼は判断したのだ。

 

 敵騎兵がある程度の距離まで接近すれば、敵砲兵は味方撃ちを防ぐために砲撃を中止せざるを得ない。〈王国〉軍はその間に態勢を立て直し、騎兵を迎え撃つことが出来る。

 

 そして火砲や弩を装備した部隊に対する騎兵の正面攻撃は禁忌だというのは、数十年前から知られている戦訓である。

 騎兵は前方投影面積が大きい分、他の兵種より火力に弱いのだ。

 

 にも関わらず騎兵を出してきたということは、敵はどうやら砲撃でこちらの火力全てを無力化したと判断したらしい。

 だが実際には、〈王国〉軍にはまだ相当の火力が残っている。大分叩かれたとは言え、火砲30門と弩兵2000程度は騎兵迎撃に使用可能だろう。

 これだけあれば敵騎兵を阻止し、その後に続いてくるであろう歩兵への逆襲も可能だ。

 

 こうして敵の攻撃を撃退してある程度の被害を与えれば、何とか戦いを痛み分けで終わらせられる。ノイド候はそう判断していた。

 戦線を膠着状態に持ち込んで現在の両軍の境界線を仮国境化してしまえば、戦略的には〈王国〉側の勝利である。

 


 命令を受けた砲兵隊の士官たちは、勇んで従った。

 敵の砲撃で横転したり明後日の方向を向いている火砲群に駆け寄り、直属の部下だけでなく周囲を右往左往している歩兵まで使って再設置と弾薬運搬の準備をさせる。

 弩兵についても死傷、逃亡しなかった生き残りを士官たちがかき集め、何とか間に合わせの隊列を形成していく。

 一般的な騎兵相手なら、撃退できるかはともかくとして相当な被害を与えられるであろう布陣だ。

 


 しかしこの時の〈王国〉軍は運に見放され、その上敵戦力についての判断を誤っていた。

 先陣を切って〈王国〉軍陣地に接近していたのは、ただの騎兵部隊では無かったのだ。

 

 


 「うん、あれは?」

 

 そろそろ散弾の有効射程かと思いながら双眼鏡を覗き込んでいた砲兵士官の1人が頓狂な声を上げる。敵騎兵部隊の一部が何故か停止したかと思うと、兵が下馬を開始したのだ。

 よく見ると彼らは、相変わらず前進している他の騎兵と違って甲冑をつけていない。その代わり、槍に似た長い金属の筒を持っていたり、馬に小型火砲を牽引させていた。

 

 「一体何だ、あいつら?」

 

 気付いた他の士官たちも、思ってもいなかった相手の姿を見て首を傾げる。下馬した敵部隊の正体も、それらが優先射撃目標とすべき存在なのかも分からなかったのだ。

 どうやら普通の騎兵と違って、白兵戦ではなく射撃戦を行う部隊のようだが。

 

 

 「各砲、射撃開始。弾種は散弾。目標は……」

 

 不可解な部隊を最初に発見した砲兵士官は、困惑しながらも部下に指示を出そうとした。

 彼が何を命じようとしていたかは定かではない。言い終わる前に彼は下顎と声帯を砕かれ、その場に倒れ伏したからである。

 周辺では他の士官たちも散弾の射程外から放たれた攻撃によって死傷し、指揮不能となっている。 

 〈王国〉軍砲兵が慌てて指揮系統の再構築に取りかかろうとする間にも、敵騎兵は急速に接近していた。

 

 



「各砲、止まっている奴らを優先して撃て!」

 

 ちょっとした幸運と機転によって最初の一撃を生き延びた砲兵士官が、狼狽を隠しきれない口調で命令する。停止した謎の部隊が持っている長い筒や小型火砲から、発砲の煙が上がっているのを認めたのだ。

 致命傷を負って倒れている仲間たちはあれにやられたと、彼は直感的に判断していた。

 

 だがその命令が実行される様を彼が見る事は無かった。

 直後に第2の射弾が別方向から飛来し、彼の胴体を複数個所で貫いて即死させたのだ。


 前方では呆気に取られたままの砲手の死体が破壊された砲とともに転がり、僅かな生き残りがその陰に伏せている。

 敵騎兵は続々と射程内に入っているが、それらに反撃の砲火が向けられることは無い。

 〈王国〉軍の砲兵や弩兵は指揮官または兵の大半を射殺されて戦闘力を失っており、兵の一部が自己判断で散発的な射撃を行っているだけだ。

 


 

 こうしてレマ公国軍騎兵部隊はまともな反撃を受けないまま、弱体化した〈王国〉軍陣地を瞬時に突き破った。

 

 彼らの軍馬は〈王国〉軍騎兵のそれより小さくずんぐりしていてタテガミの短い、要はあまり見栄えのしない代物だが、その攻撃の様は騎兵の理想そのものだった。

 3000の騎兵が一斉に第1線陣地を突き破り、指揮所と砲列に殺到してそれらを無力化したのだ。

 

 数だけで言えばなお2万を超えていた〈王国〉軍であるが、士気がどん底まで低下していた上に、最初の一撃で指揮系統や反撃手段を破壊されたのでは動きようが無い。

 〈王国〉軍の陣地には埋めようが無い程に巨大な裂け目が幾つも形成され、そこに後続の歩兵が浸透していった。絵に描いたような騎歩共同による制圧攻撃である。

 後退しつつ態勢を立て直そうとした部隊は騎兵の剣によって刈り倒され、その場にとどまった部隊は分断されたまま敵歩兵に包囲された。

 









 本隊の方向で上がっている煙と喚声に気付いた〈王国〉軍騎兵が引き返した時には、全てが終わっていた。

 〈王国〉軍陣地だった場所全てにレマ公国軍の旗が掲げられ、ちょっとした街が作れそうな程多くの捕虜たちが武装解除の上で整列させられている。

 〈王国〉軍にとっては、第6回七星軍以来再大規模の敗北だった。



 騎兵の一部からは復讐戦を挑むべきという声も上がったが、騎兵指揮官のタズハリ伯はそれを退け、撤退を命じた。

 〈王国〉軍騎兵が幾ら精強でも、騎兵4000で諸兵科連合4万以上に勝つことは出来ない。敗北を上塗りするよりは、引き下がって復仇を伺うべきだと彼は騎兵たちを諭した。

 







 こうして〈王国〉軍の威力偵察行動は、あまりに高価な代償と引き換えにレマ公国の強固な防衛態勢を証明するという形で終わった。

 国境を越えた3万のうち、戻ってきたのは1万3000に過ぎない。残りは戦死、捕虜、逃亡など各種の理由でシザ郡に消えた。

 なお参考までに記すと、シザ郡の人口は1万人前後である。


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