表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/19

神殿騎士団-4

 アザラン街道には、鍛冶の神トルウィラが操る鞴や槌の音と聴き紛うような重い打撃音と咆哮が響き、血を含んで赤みを帯びた土煙が吹き上がっていた。

 ゴグの操る森林象約130頭が、サラカ・セタとともに前進した歩兵250と戦闘を繰り広げているのだ。

 


 象の群れは大地そのものであるかのように荒れ狂い、前方にある物体を尽く薙ぎ倒そうとする。

 不運な一部の兵はその巨大な流れに飲み込まれ、鎧ごと紙屑のように引き裂かれた。

 血で赤く染まった象の牙が元は人間の一部だった肉片を絡みつかせ、その足元では圧潰して半液体になった人体が赤黒い水溜まりを作っている。

 獣に襲われたというより、火砲や大型投石機の攻撃を受けたような惨状だ。

 

 ただそうした悲惨な運命を辿った兵の数は、光景自体の派手さに比べれば驚く程少なかった。恐らく30人を幾らか超える程度で、50人には達しそうにない。

 象たちは一頭につきせいぜい1人を倒しただけで、サラカとともに前進した歩兵の間を通り抜けつつある。

 



 奇跡や幸運ではなく、当然の結果だった。象の突撃は「破壊力」こそ大きいものの、「殺傷力」という点では実は騎兵突撃より低い。

 散開状態の歩兵が象に倒されるのは、籠城している兵が敵攻城弾の直撃で戦死するのと同じ位には珍しいことだ。

 いかにも恐ろし気な光景に反し、かなり不運で無い限り直撃による戦死は起きないのである。

 


 


(ここまではいい。ここまでは)

 

 五感全てを圧するような轟音と振動と土埃の中、出来得る限り状況を把握したサラカは、ひとまず損害が想定内であるらしいことに安堵した。

 少なくともまだ、状況は制御不能になっていない。

 

 だが真の問題はここからだった。

 前進した歩兵の間を通り抜けていった象を、後方に残った部隊は回避できるか。そしてサラカとともに前に出た歩兵は、象の後ろに続くゴグの大群を足止め出来るかである。

 

 

 象による攻撃で一番怖いのは、実の所それによる被害自体では無い。

 象は人間より走るのが速いし一撃で人を殺せるが、人間は象より遥かに小回りが利く。一定の訓練を受けた歩兵部隊なら、最小限の犠牲で象の攻撃を躱すことが可能だ。


 熟練兵であれば象の通り抜け際に御者を投射武器で殺傷したり、槍で象の腹部を衝いて暴走状態にすることさえ出来る。そうしてしまえば、少なくともその後戦闘が終わるまで象は戻ってこない。

 

 

 だから敵が象を投入してきたとき、恐れるべきは直接的損害では無いし、それらが機動兵力として自軍の側面を脅かし続けることでも無い。

 適切な対応を取れば、最初の突撃の段階で象兵は大した被害もなく無力化できる。

 警戒すべきなのはむしろ、一見それらより遥かに些細に見えるもの、心理的衝撃と陣形破壊効果である。

 

 まず心理的衝撃については言うまでもない。荷馬車より巨大な物体が人間の全力疾走より遥かに速く突っ込んで来る光景には、経験の浅い兵を一瞬で恐慌状態にして戦闘不能に陥らせる力がある。

 数々の巨大兵器を作り出した〈帝国〉末期の兵器工廠が理解していたように、人間含む動物は運動エネルギーの大きさを脅威度の目安とする傾向があるのだ。

 

 

 この心理的衝撃による影響は訓練と指揮官の能力次第で最低限に抑えられるが、次の陣形破壊効果についてはそうもいかない場合が多い。

 いかなる精兵であっても象を手持ち武器で殺すことは出来ない為、ある程度以上接近してきた象への対策は、散開しての回避しか無いからだ。

 

 散開すれば被害は最小限に抑えられるが、当然陣形は大きく乱れる。そこに敵歩兵が突っ込んで来れば、敗北はほぼ確実である。

 象兵突撃は大抵御者の死傷や傷ついた象の暴走によって一回で終わるが、その一回による陣形崩壊と、それに続く敗北を阻止するのが難しいのだ。


 御者を弓や弩で射殺して暴走させるという手段はあるが、これもそれら遠距離投射武器に対する象の数が少ない時に限定される。

 ある程度以上接近していれば、御者を倒して制御を失った象も、そのまま味方のどこかに突っ込む公算が大きいからだ。

 特に今回のような100頭規模の突撃を防ぐには、1000以上の弓兵か弩兵が必要となる。

 

 もちろん、サラカが指揮する神殿騎士団右翼部隊にそんなものは無く、擲弾筒という実戦試験が行われていない兵器が40程あるだけだった。

 


 その為サラカは、ともすれば戦力の分散というそしりを受けそうな戦術を採用せざるを得なかった。

 大まかな手順としては、右翼部隊600のうち歩兵250をサラカの指揮の下散開状態で前進させ、残りの部隊はわざと小隊間に大きな隙間を開けて配置する。

 突撃してくる象を阻止するのではなく、隙間を通過させてしまうのだ。

 歩兵250の前進は最適なタイミングで戦闘を開始するという目的もあるが、それ以上に象を通す隙間を作るという理由が大きかった。

 

 ただ当然、この隙間は徒歩で進んでくるゴグにとっては、最適な浸透突破の対象となる。

 その為、前進した歩兵は困難な戦闘を要求される。象の突撃を回避した後、すぐに再結集してゴグの群れを迎撃し、後方の部隊が隙間を塞ぐまでの時間を稼がなければならないのだ。


 


 精鋭とは言い難い兵と新米の指揮官には正直荷が重いが、サラカはこれ以上の方法を思いつかなかった。

 人間の集団というものは、規模と密度が大きいほど態勢の立て直しに時間がかかる。

 全員で象の接近を待っていれば、象を回避しようとして隊列が崩れて団子状になり、そのまま後方に続くゴグの攻撃を受ける公算が極めて大きい。

 ほぼ確実な敗北よりは、危険な賭けの方がマシだった。

 



 


 サラカは象が去ったのを確認すると、その後に続いて前進してくるゴグたちに向かって、火炎術を三連続で叩き込んだ。攻撃や牽制というよりは、隊形変更の合図代わりである。

 混乱した戦場では口頭での命令や旗流信号が届かない可能性が高い。伝えられる命令の種類は限られるがどこからでも見える火炎術の方が、命令伝達手段として信頼出来た。

 

 それを受けた兵たちは、象を躱す為の散開隊形から、小隊ごとの密集方陣へと隊形を組みなおした。各々の兵が片手に槍、もう片方の手に剣を握って指定の向きに立ち、全体として正方形に近い塊を形成する。

 非常に古典的というか古臭い陣形だが、限定された条件下ではなお有用だ。例えば今のような、火砲を持たない大軍を少数の歩兵で迎撃する場合には。

 


 前方の兵士たちが両手に武器を握ってゴグの群れと向き合う中、後方では連続した破裂音が響いている。歩兵の中を通過していった象を、擲弾筒が撃っているのだ。

 擲弾筒程度の破片効果で象を倒すことは出来ないが、轟音と火と煙によって混乱させる効果は期待できる。

 

 擲弾筒を操る兵の中には、もっと創造的な用法を思いついた者もいた。わざと少装薬・大仰角で発射することで弾の滞空時間を長くし、空中で爆発させたのだ。

 多くは上空で無意味に爆発したり通常通り地面に落ちてから炸裂したが、4発に1発程度は象に乗っているゴグの前後左右で作動し、その高さに無数の弾片をばら撒いた。

 それが発生する度に、2-3頭のゴグが致命傷を受け、纏めて落下していく。

 

 御者を失ったり大音響に驚いたりして制御不能になった象達は、反転して後ろの象と衝突したり、逆に大加速して隙間を抜けた挙句、川に落下していた。

 この分なら、象による被害は最小限に抑えられそうだ。

 




 一方サラカの前方では、歩兵と徒歩のゴグが激突を始めている。

 ゴグは数を頼みとして波のように突進するが、歩兵は岩と化してそれを受け止めた。灰色をした甲冑の塊に緑色の群れが何度も押し寄せ、その都度剣や槍の煌めきが走って攻撃を跳ね返す。

 各方陣の周囲には小さな緑色の死骸が幾重にも積み重なり、岩を取り巻く珊瑚礁の様相を呈した。

 

 「よくやってくれる」

 

 サラカはその様子を眺めながら呟いた。

 神殿騎士団が今回連れてきた兵は、若く経験の浅い新兵や食いつめて兵役を志願してきた者が中心で、決して精鋭部隊と言える代物では無い。むしろ烏合の衆に近いと言っていいだろう。

 それが熟練兵で構成された最精鋭部隊のように、圧倒的多数の敵による攻撃を受け止めている。

 騎乗ゴグを蹴散らし、森林象の攻撃にも耐えたことが彼らに自信を与え、奮闘の糧となっているのだろう。

 



 そしてサラカは、一陣の煙が高速でこちらに向かって来ているのを見た。中央の部隊を支援していたガトラスの騎兵部隊が戻ってきたのだ。

 

 (勝敗は決した)、サラカは内心で快哉を叫んだ。

 中央と左翼部隊を攻撃していたゴグの群れは火砲に乱打された後で騎兵の攻撃を受け、死体の山を残して後退しつつある。

 後は目の前の敵を騎兵が打ち砕けば、この戦いは勝ちだ。いろいろ危うい場面はあったが、神殿騎士団は襲ってきたゴグの大軍を跳ね返したのだ。

 





 だが直後、サラカは顔色を変えた。背後から聞きなれた野太い咆哮が聞こえたのだ。振り返ると案の定、森林象がこちらに向かっている。

 

 「しまった……!」

 

 自らの失策を悟ったサラカは呻いた。

 サラカの対森林象戦術は、象がほぼ一直線にしか進まないことを無意識の前提としていた。

 象は馬と違って、急旋回や反転のような複雑な命令は聞けない。それが「人間が象を操る上での」常識だったからだ。

 

 だが目の前にいる敵はゴグ、他の点はともかく象の扱いについては人間より優れた生き物だ。彼らは象を突撃させるだけでなく、反転させることが出来たのだ。

 些細な、しかし致命的な思い違いだった。

 



 サラカは血走った目で森林象を睨んだ。

 向かってくる象の数は最初に比べればずっと少ない。たった10頭だ。

 だがその脅威は、100頭以上いた時よりずっと大きかった。


 象は散開した歩兵を倒すのは苦手だが、今のような密集方陣に対しては火砲と同じか、それ以上の威力を発揮する。しかも火砲と違って、騎兵で側面や後方から襲って無力化することも出来ない。

 

 それどころかガトラスの騎兵隊は、接近してくる象に馬が怯えて減速を始めている始末だ。これでは前方の歩兵が象とゴグに蹂躙され、そのまま敗北につながりかねない。

 





 サラカは思考回路が焼き切れそうになるのを感じながら銃を構え、象を操るゴグに向かって引き金を引いた。

 攻撃を阻止する為の行動なのか、現実逃避や自暴自棄なのかは自分でも分からない。

 

 まず1発目、射手の動揺を反映したのか弾は空を切った。

 2発目、今度はゴグの胸部を直撃し、ゴグが落下していくのが見える。

 3発目、象の肩に当たったが皮の表面を傷つけただけだ。

 

 そして4発目で、銃は金属が折れる無情な音とともに機能を停止した。何がしかの部品が、発射の衝撃で壊れたらしい。

 やはり銃、特に連発銃は戦争の道具としては複雑すぎるのだろう。

 



 サラカは無言で銃を剣に持ち替え、身構えた。象たちが、明らかにサラカを最初の目標として前進してきているのが分かったのだ。

 サラカがこの場の指揮官だと知っているのか、銃を脅威と見ているのか、或いは単に見慣れない道具を持っていて目立つからか。

 ゴグの知能と戦術概念の程度について正確なことが判明していない以上、理由がどれなのかは不明だが、とにかく象を操るゴグはサラカを狙っている。

 

 

 サラカは背を向けて逃げ出したい衝動を必死に抑えた。

 

 象は巨体故にいかにも動きが鈍そうに見えるが、巨大であることは同時に1歩の歩幅が大きいということでもあり、実際にはかなりの速度で走れる。

 中型以上の陸上動物の中で最も鈍足の部類に入る人間が走って逃げても、すぐに追いつかれてしまうのだ。


 そして速度で優る敵に背を向けて逃げるのは、戦術上最も愚劣な行動の1つである。敵の騎兵突撃を見て潰走した挙句に後ろから斬り倒された歴史上数多の歩兵たちに発言の機会があれば、口々にそう述べるだろう。

 いかに無謀に思えても、正面から立ち向かった方がまだ生存率は高いのだ。

 

 

 象が向かってくる。鎧のように分厚い皮革に覆われた、人間数十人分の重量を持つ筋骨の山。陸上を動く物体としては非現実的な程に巨大なそれが、巨体に相応しい地響きを上げながら突進してくるのだ。

 湾曲した長い牙は陽光を反射して凶刃のように輝き、その狭間で動く丸太のように太い鼻は伝説の巨人が棍棒を振り回す様を思わせる。


 所詮はゴグに使役されている家畜に過ぎない。サラカは必死で自分にそう言い聞かせたが、正面から突っ込んで来る森林象の威容には、そんな安易な考えを容易く打ち砕く力があった。

 巨体に不釣り合いな程小さな全く表情の無い瞳と、動物の皮というより岩石を思わせるごつごつした体表も相まって、獣では無く巨大な戦闘機械に肉薄されているようだ。

 〈帝国〉時代末期の戦場で使用されたという鬼傀車、金属と人工肉で出来た巨大兵器に攻撃された兵なら、或いは似たような感慨と恐怖を抱いたかもしれない。

 


 (いや、鬼傀車よりはずっとましだ)、サラカはその場にへたり込みそうになる自分をそう叱咤した。

 鬼傀車は石造建築さえ破壊する力と頑強さを持ち、銃弾どころか小口径火砲の砲弾も跳ね返す怪物だった。いかに巨大で恐ろし気に見えても、森林象にそこまでの力は無い。

 

 そして何より、森林象は生き物だ。魂を持たないが故に痛みも恐怖も感じなかった鬼傀車と異なり、怯えるし苦痛を感じれば逃げようとする。上に剥き出しで乗っているゴグも同様だ。

 


 サラカに接近した先頭の象が、長大な鼻を上から叩きつけようとする。

 サラカは斜め前方に跳んで回避すると、上にいるゴグに火炎術を浴びせた。緑色の皮膚が煤けて黒く染まり、疎らに生えた白く長い体毛が燃えているのが見える。

 

 ゴグは苦痛の叫びを上げ、その拍子に象を操作する手綱が不規則に動いた。

 象は意味不明な指示と背中に発生した火で混乱したらしく、そのまま方向を変えてどこかに走り去っていく。

 少なくともこの戦闘中、意味がある時間に戻って来ることは無いだろう。

 


 

 2頭目の象が来る。こちらは長い牙でサラカを突き倒そうとしていた。

 

 森林象の牙は生涯伸びては折れてを繰り返すが、ゴグは保有する象の牙を削って常時攻撃に最適な長さに保ち、かつ先端を研ぎ上げることで恐るべき凶器としている。

 岩石並の硬度を持つ牙は象自体の力と相まって、掠るように当たっただけで人間を衣服や甲冑ごと引き裂いて致命傷を与えることが可能だ。


 

 過去にはゴグを監視する為に設けられた砦の城門が、森林象によって破壊された事例もある。

 表面を鉄板で覆った厚さ4寸(約12 cm)の扉は、攻城弾の直撃以外では破壊出来ない筈だったが、突進してきた森林象の牙が扉の僅かな隙間を強引に歪めてこじ開け、内部の閂部分を破壊したのだ。 

 砦は数刻で占領され、駐留していた兵たちは貯蔵食料ごとゴグたちの餌になった。

 

 

 その鋭利かつ強靭な牙が、サラカに向かって突き出されてくる。サラカは横に躱したい衝動を辛うじて抑えた。

 今まで象に倒された兵は大抵、牙の横に逃げようとしたが故に最期を迎えている。象が直後に首を振り、横殴りに襲ってくる牙と鼻によって吹き飛ばされたのだ。

 鋭利な白い光を放つ牙が自分に向かってくる様子は見るからに恐ろしく、一方で横に逃げること自体は比較的簡単そうに見えるが故の罠である。

 


 サラカは代わりに、象の正面で剣を構えた。奇妙なほどゆっくりと流れていく景色の中、象と一瞬目が合った。

 無機質に光る黒褐色の瞳には、驚愕の色が微かに浮かんでいたような気がする。

 人間という、象に比べれば遥かに卑小な生き物が思いがけず立ち向かってきたことに、象なりに困惑しているのかもしれない。

 

 サラカはそのまま剣を、象の前方に突き出された鼻先、その先端に向けて振るった。

 象の皮膚は人間が振り回す武器では到底破れない程に硬いが、弱点も幾つか存在する。

 鼻先がその1つで、ここは物を掴む為の神経が通っている関係上、ごく薄い皮膚しか無い上に痛覚を強く感じるのだ。



 血飛沫が飛び、象が鼻を持ち上げて甲高い咆哮を上げる。

 思わぬ痛みに混乱した象がこちらから視線を逸らしたのを確認したサラカは、そのまま斜め横に抜けた。暴れる象の上から、操っていたゴグが振り落とされるのが見える。

 

 サラカはすぐさま、立ち上がろうとするゴグに剣を振り下ろした。

 棒で樹脂の塊を殴ったような鈍い感触がして、ゴグが苦痛と怒りの声を上げて向かってくる。剣はゴグの側頭部に当たったが、頭骨を割ったり継ぎ目を切断するには至らなかったらしい。

 剣がその辺で拾ったなまくらであるせいか、それともサラカの腕力が足りなかったのか。

 いずれにせよ、最初の一撃はゴグに傷を負わせただけで、致命傷には至らなかったのだ。



 サラカはやむなく、斬るというより殴りつけるように二度目の斬撃を浴びせた。

 ゴグの左肩に赤い裂け目が生じて左腕が力なく垂れ下がり、血と組織液と骨髄の混合液が噴き出す。剣が肩甲骨を叩き割ったのだ。

 

 人間なら致命傷とは言わずとも激痛で動けなくなる程の傷だが、ゴグは残された右腕でそのまま攻撃してきた。とっさに庇った左腕に凄まじい衝撃が走り、左手が全く動かなくなる。

 思わずそこに目をやったサラカは、自らの左腕、その肘より少し先に鮮やかな赤と白の花が咲いているのを見た。

 ゴグの爪はまるで報復のようにサラカの左腕の肉を引き裂き、骨を砕いていた。



 ゴグは勝ち誇ったように、次の攻撃をサラカの首筋に突き立てようとする。

 サラカは剣を投げつけながら辛うじて回避すると、武器をナイフに持ち替えた。

 折れた左腕から途轍もない激痛が走り、ともすれば視界が白い靄の向こうに消えそうになる。

 その白い靄の向こうから、ねじくれた棒のような物体が突き出された。ゴグが今度こそ、サラカの喉元を爪で貫こうとしているのだ。

 サラカは半ば本能的にナイフを振った。その刃は突き出されてきた爪の根本に吸い込まれ、意外なほど軽い感触とともにゴグの掌を2つに切り裂いた。

 ゴグが濁った絶叫を上げ、大きく2つに分かれた手首を振り回す。


 サラカは自らも叫びながら、その胸部にナイフを何度も突き立てた。銀色に光る刃が緑色の皮膚に吸い込まれる度に、ゴグの動きが鈍くなっていく。

 気付いたときには、ゴグは致命傷を遥かに超える傷を受け、その場に横たわっていた。

 


 


 だがサラカにもまた終わりが近付いていた。残りの象達が咆哮を上げながら、倒れたサラカに向かって来ている。

 今のサラカには彼らを阻止するどころか、起き上がって逃げることさえ出来なかった。

 

 「ごめんね。エリス」

 

 サラカは小さく呟くと天を仰ぎ、象が自分を踏み潰すのを待った。

 「私がずっと守ってあげるから」、半姉妹と再会した時にしたその約束を、サラカはどうやら守れなかったようだ。

 

 


 仰ぎ見た腹立たしいくらいに青い空から、何やら飛行物体が降りて来るのが見える。どうやら近くに着陸しようとしているようだ。

 死肉漁りに来た告死鳥だろうか。いや、それにしては大きいので、小型種のドラゴンか。だが尻尾と脚が見当たらないのは何故だろう。サラカは僅かに首を捻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ