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序章 アザラン高原-1

 初めてお目にかかります。涼夏と申します。

 中世ヨーロッパは、ローマ帝国人にとっては文明が進んでいない異世界にしか見えないのでは無かろうか、という程度のノリで書きました。気軽にお読みください。

 

 戦場には昨日と同じく、冷たい雨がぱらついていた。周囲の山は白い靄に囲まれて姿を隠し、目の前の平野でさえともすれば蜃気楼のように捉えどころが無い。

 

 足場が泥濘と化すほどでは無いにせよ騎兵運用には適さない天候だが、騎士たちの意気は少なくとも表面上は軒昂だった。

 増援が到着し、その中には昨日いなかった魔導士が含まれている。この戦力があれば、今日こそ敵軍を突破できるというのだ。魔導士が攻撃術式を浴びせれば「戦い方を知らない臆病な農民の群れ」である敵軍は、尻尾を巻いて逃げ出すだろうと。

 


 



 しかし神殿騎士団第4大隊長のトルガ・セタは、そこまで楽観的になれなかった。大軍同士の戦いにおける魔導士の役割は、基本的に限定されたものだ。

 神々に準ずる力を持つと言われた古の〈帝国〉軍魔導士隊ならともかく、トルガが属する〈王国〉の魔導士では攻撃の決定力たり得ない。せいぜい戦場に小火を起こしたり、敵兵数人を殺傷する程度だろう。

 


 「それに」、トルガは靄の向こう側にぼんやりと浮かぶ敵軍を見つめた。騎士たちは馬鹿にするが、トルガは敵が「戦い方を知らず臆病」とはとても思えないのだ。


 昨日、反乱鎮圧の総指揮を任されたカディナ公は、トルガたちを含む他の〈王国〉軍部隊の到着を待たずに自領の兵だけで攻撃をかけた。

 騎兵1200が突撃すれば、農民たちは逃げ去るだろうと考えたらしい。過去の農民反乱における騎兵突撃の効果からして、それは傲慢であるものの非常識とまでは言えない思考法だった。

 

 しかし自信満々で突撃したカディナ公の兵たちは、トルガたちが到着する前に組織的な戦闘力を喪失していた。

 騎兵はカディナ公自身を含む900が戦死し、今回の戦いに出た公の一族は全員死亡した。

 騎兵に遅れて攻撃をかけた歩兵4500も、ほぼ同じ運命を辿った。敵陣の前面と内部で袋叩きにされて1500を失い、潰走の過程で更に2000を失ったのだ。

 敵に追撃用の騎兵部隊がいれば、文字通りの全滅が発生していたかもしれない。

 

 

 トルガが敗残兵に聞いた所によると、敵軍の前には荷車の列があり、その更に前方には尖った杭が林のように立っていたという。

 立ちはだかる何者をも粉砕すると称された騎兵突撃は、これら比較的安価な遮蔽物によって勢いを削がれた。しかも敵兵は大部分が弩弓または遊牧民から買った合成弓を持っており、杭と荷車の陰に隠れて矢を撃ってきた。

 結果としてまず騎兵が障害物手前で射殺され、次に状況が分からないまま遅れて到着した歩兵も矢の雨と敵伏兵によって成す術無く潰走したらしい。

 


 「あんな戦い方は卑怯だ」、トルガたちの作った野営地に逃げ込んだ敗残兵は敵軍についてそう罵った。壁に隠れて矢を撃つなど、勇気に欠ける証だというのだ。

 別にトルガもそれ自体は否定しないが、敗残兵たちは亡き領主の愚かさを庇っているとも思った。

 幾ら強大な騎兵部隊を擁していても、数も編成も分からない敵に正面攻撃をかけるのは危険だ。せめて騎兵の一部を出して偵察を行うべきだった。

 それを怠った代償を本人と一族、それに部下の兵たちが払わされたのだ。

 


 しかし残念ながら、カディナ公戦死により自動的に総指揮官に繰り上がったノイド候は「敵軍が卑怯な手を使ったせいで負けた」という言葉だけを聞き、戦術的失敗と壊滅という結果は見なかったらしい。彼は戦場に到着していた全ての部隊に、「壮烈な戦死を遂げたカディナ公の弔い合戦」を命じた。

 主人を庇おうとする部下の思いと死人に鞭打ってはならないという思考、それに貴族同士では珍しい仲間意識、一般に麗しい精神とされているものが、この反乱においては最悪の現れ方をしてしまっていた。

 


 こうしてノイド候が総指揮を執る合計2万の兵は同じように攻撃し、虐殺を拡大再生産した。

 ノイド候も戦死したが、一部目撃者は敵兵と戦って死んだのでは無いと言っている。戦場から逃げ出そうとして落馬し、こちらは生還した他の貴族に踏み殺されたというのだ。

 無論単なる噂だが、ありそうな話だとトルガは思っている。後衛にいたトルガに向かって逃げてきた味方前衛は、とても軍隊と呼べる状態では無くなっていた。武器を捨て、指揮官単位で纏まることすらせず、単なる暴徒の集合体として戻ってきたのだ。

 トルガたちはその光景を見た瞬間に野営地からの一時後退を決めた。敵への恐れではなく、敗走する味方によって踏み潰される危険の為である。その後再攻撃が行われたが、再び死体を積み上げただけだった。

 



 それが1日目の出来事だ。計3万いた軍のうち2万以上が、何らかの形で戦闘力を失った。敵陣前方で屍を晒すか、重傷を負って戦えなくなるか、特に歩兵の場合は単に戦意を失って逃げるかしたのである。

 2万の損失と引き換えに手に入ったのは、敵が同じ3万前後の兵力を擁するという情報だけだった。「同じ」という部分が過去形になっているが。

 




 「親方、お偉いさんが呼んでるそうですぜ」

 

 無言で靄の向こうを見ていたトルガを、部下のコズが呼んだ。まだ16歳だが、来年25歳になるトルガより背が高く全身を覆う筋肉も厚い。

 

 「昨日、逃げた見せしめで死刑にでもなるのかな。それとも先頭に立って突っ込めと言われるか」

 

 トルガは陰鬱な口調で呟いた。上の方針が撤退でなく再攻撃だという話は聞いている。死傷ないし逃亡しなかった残り9000に遅れて到着した1万を足して2万弱の軍を編成し、再度戦いを挑むというのだ。

 

 トルガには正直、自暴自棄の表れとしか思えなかった。昨日、ノイド候は同じくらいの兵力で攻撃し、完敗を喫したのだ。その敵を質的に劣る軍で攻撃しても、もっと酷い結果になるだけだ。

 そんな無謀なことをする連中だ。まともな要件で呼ばれるとは思えない。敗北の責任転嫁をする為の内通者扱い、ないしは敵前逃亡の罪を雪ぐために突撃して死ねと命令される位が関の山だろう。

 

 「コズ、貴様は適当な所で逃げていいぞ」

 

 トルガは最後になるかもしれない助言を送った。自分はともかくコズには、こんな馬鹿な戦いで死ぬ義務は無い。

 

 「冷たいこと言いますなあ、親方も」

 「最後まで治らんかったようだな、その呼び方。我々も騎士にはなれずじまいか」

 

 トルガは苦笑して天幕に向かった。トルガたちは4年前に出来たばかりの組織、神殿騎士団に属している。騎士団という建前だが、現実は傭兵と大工の中間と言った所で、コズは騎士では無く大工の息子である。

 トルガ自身も貴族の四男で、神殿騎士団から声がかかるまでは地元の神殿で水路工事や壁の修理を指揮していた。コズがその頃から使っている「親方」呼びが、或いは相応しいのかもしれない。









 天幕の中で待っていたのは、少々意外な相手だった。この場における最上位の家であるソラン伯爵家の旗を背後にしているという点は予想通りだが、非常に若い女性だったのだ。多分20歳にもなっていない。

 色白で細面の、理想的貴族令嬢を絵に描いたような美貌だが、華奢な長身にはドレスでは無く軍装を纏っている。黒に近い灰色の瞳には、一般的な貴族令嬢のそれとは違う暗い光が宿っていた。

 

 さて、これは一体誰なのだろうとトルガは訝しんだ。

 この世の全てを呪っているような表情は、悪趣味な漁色家で名高いソラン伯一族と褥を共にすることを強いられているからなのか。それとも彼女自身、その一族の1人だからなのか。

 

 「カトナ・ソラン、今のソラン伯で総指揮官だ。貴様が神殿騎士団第4隊長のトルガ・セタか?」

 「はい」

 

 疑問は相手の名乗りによって一瞬で解けた。目の前の女性は戦場まで連れてこられたソラン伯の愛人では無く、ソラン伯そのものらしい。

 (ということは)、トルガは状況を大体把握した。目の前の女性というか少女がソラン伯になっているということは、他の一族が全員昨日のうちに死んだということだ。10代の、しかも女性が伯位を継ぐ理由は他に無い。

 


 「ご家族については、誠にご名誉なことでした。ソラン家の武運長久をお祈りするとともに、故人たちが天界に迎えられることを確信致します」

 

 トルガはひとまず社交辞令を述べた。はっきり言って死んだ方が良いような連中ばかりだったが、遺族の前で事実を口にする訳にもいかない。

 

 「心遣い、感謝する。だが今は死んだ人間について考えるべき時では無い。これ以上の死人を出さない方法を考えるべき時だ。死んだ人間のことは死んだ人間に任せればいい。違うか?」

 「…伯の仰る通りですな」

 

 だがソラン伯カトナの対応に、トルガは少し面食らった。完全な正論なのだが、それを仮にも大貴族が言うとは思わなかったのだ。

 貴族とは農民の血と虚礼と欺瞞を主食とする生き物。ずっとそう思っていたし、今まで会った貴族はその偏見を上書きするような連中ばかりだったのだが。

 

 ところで何故、カトナは自分を呼んだのだろうとトルガは今更ながら思う。

 神殿騎士団など戦力としては全く期待されておらず、本来は天幕の設営や荷車の修理に呼ばれただけである。これまでは軍議からも外されていた。どんな理由があって、今になって意見を聞こうと思ったのか。

 


 「まず聞きたい。今の戦力で攻撃し、勝てると思うか?」

 「少なくとも、昨日と同じ戦い方では不可能です」

 

 相手の率直な問いへの礼として、トルガも率直に答えた。敵は最低でも2万5000残っているし、遮蔽物の後ろに隠れている。そこに2万が攻撃しても、死体の山を築くだけだ。

 

「ほう? 軍議に出ていた他の連中は皆勝てると言っていて、貴様については敗北主義者だから意見を聞くなと言っていた。彼ら全員が間違っていて、貴様が正しいと思うのか?」

「ご自身は勝てると思いますか? いや言い換えましょう。勝てると言った方々全員が本気だと思いますか? 私が賭博師なら彼らが引き下がれなくなっているという見方に、全財産を賭けますね」

 

 カトナが放った挑発的な発言に対して、トルガは自分の思う所を伝えた。ソラン伯カトナは、意見を述べるに値する相手だと判断したのだ。少なくとも、嫌われ者の悲観主義者の言葉に耳を傾ける度量を持っている。

 そればかりか、彼女は薄々気付いている節がある。「全員が積極策で一致する」という現象の背後に、どんな力学が働いているかに。

 


 誰しも、「これは失敗だから止めよう」と言い出す最初の1人にはなりたくない。それが間違いだったら皆に恨まれるし、正解ならもっと恨まれる。悲観的予言者は割に合わないのだ。

 しかも貴族の場合、家を背負ってここに来ているという問題が加わる。

 後退などと言い出そうものなら、「あのまま戦いを続ければ勝てる筈だったのに、味方の中に敗北主義者がいたから負けた。奴の家は反乱側かもしれない」と讒言された挙句、家ごと潰されかねない。それが貴族というものだ。

 

 相手が弱敵とまだ思っている底なしの馬鹿はともかく、再攻撃を主張する騎士の大半は不毛な賭けをしているとトルガは思う。

 他の誰か(例えばトルガ)が逃げ、それを見た全員が逃げて敗北の責任が有耶無耶になるパターンに賭けているのだ。

 

 しかしそれだけなら、ただの臆病者で済む。彼らが悪質なのは、自分を勇者だと思っている上にその自己像の一部が正しい所だ。

 誰も逃げようと言わなかったら、彼らは圧倒的な敵に突っ込んで全滅するだろう。自分が原因で家を潰す位なら、他の全員を道連れに死ぬ気なのだ。一種の勇気ではあるが、唾棄すべき勇気と言える。

 


 


 「貴様は臆病者と聞いていたが、大した勇者だな」

 「…? それは恐れ入りますな」

 

 説明を聞いたカトナが述べた言葉に対し、トルガは思わず非礼とも取れる返しをしてしまった。これまで勇者と言われたことは無いし、言われて嬉しい言葉でも無かった。

 

 「では相手が貴様だから言おう。私も正直、このままでは勝てないと思う。野戦なら勝てる。しかし我々は今現在、攻城兵器も無いのに攻城戦をしているようなものだ」

 「同感ですな。これは攻城戦です。敵の3倍の兵力、十分な攻城兵器、補給路の制圧、このうち少なくとも1つが無いと勝てません」

 

 トルガはカトナに同意した。カディナ公やノイド候が負けたのは、この戦いを兵力の質が物を言う野戦だと思ったからだ。野戦であれば、少数の騎士は多数の農民兵を難なく蹴散らせる。

 しかし目の前の敵は場所としては平地にいるが、実質は障害物という城に籠っている。そこを騎兵で攻撃しても勝てない。

 


 「ではどうする?」

 「一番は野戦に持ち込む事。後方に少数の部隊を侵入させて補給を妨害すると共に、敵に挑発を加えて城から引っ張り出します」

 「それは私も考えた。しかし悠長なことをしている時間が無い。早くしないと、アザルカと周り全部が反乱軍の領土になってしまう」

 

 カトナが周辺の状況と、軍がここアザラン高原で戦っている根本的理由を説明した。

 〈王国〉北部最大の都市アザルカは、現在反乱軍に包囲されている。そして街道の配置から言って、アザルカを現実的な時間内で救援するには、アザラン高原を塞ぐ敵軍を排除するしかない。

 

 「アザルカなど捨てて構わないと言いたいらしいな」

 「お分かりですか」

 

 図星を衝かれたトルガは苦笑した。

 北部最大の都市と言えば重要そうに聞こえるが、アザルカは山や荒野に囲まれて孤立した飛び地の中心でしかない。後回しにして他の地域における反乱を鎮圧した方が戦略上有益だと、トルガは思っていた。

 


 「狭い意味ではそうだ。しかし広い意味では? あれが本物の城に変わった時、何が起きると思う?」

 「…伯の見識には恐れ入ります。私などには、思いも寄らぬことでした」

 

 だが次のカトナの言葉に、トルガは阿りではなく本心から言った。アザルカがどうでもいい場所というのは、戦略以下の次元で見た話だ。政略上は全く異なることに気付いたのだ。

 

 アザルカは〈王国〉北部全体から見て孤立しており、ここから敵軍が出撃しても他の戦場に到着するには膨大な時間がかかる。よって戦域としての優先順位は最低に近い。トルガは今の今までそう考え、この戦いを無益と見なしていた。

 

 しかし飛び地であるというのは、守りやすいという意味でもある。アザルカを囲む山を通る各街道に城砦を立てて塞げば、反乱軍はほぼ難攻不落の基地を手に入れられる。

 今アザルカを捨て置いた場合、後になって他の地域の反乱全てを鎮圧しても、アザルカだけはしぶとく残っているという事態になりかねない。

 

 それだけならまだいいが、アザルカは一応海に面している。外国船が入れるということだ。もし隣国が反乱軍を援助すれば、〈王国〉はアザルカとその周辺地域を永遠に失う。

 


 悪夢を阻止するには、ここで反乱軍を粉砕するしかない。突撃を主張する貴族たちは、彼らが知りもしない意味において正しいのだ。

 


 「では不本意ですが正攻法です。我々の有利な点を最大限に利用するしかありません」

 「有利な点?」

 「城に籠っている敵は動けませんが、我々は動けます。つまり好きな距離で戦えるのです」

 

 トルガは敵と味方と人間全般に向かって内心で悪態をつきながら腹案を提示した。

 はっきり言うと大量の弩を持って遮蔽物に隠れた敵軍への攻撃などやりたくない。結果が成功だろうが失敗だろうが、膨大な被害が目に見えている。

 

 トルガが提示したのは、あくまでその中では一番マシと思われる方法だ。自分たちが昨日死んだ連中のように「虐殺」されるのではなく、せめて「戦死」する為の。

 

 「我々には文字通りの意味においては追い風が吹いています。せめてもの慰めですね」

 

 トルガはそう話を締めくくった。先程見た限りにおいて、ぱらつく雨は敵軍に向かう方向に降っていた。


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