s2.【異世界転移】をやったのに
※注意です。
・このものがたりは『【異世界転移】をやってみた』の、【第5話】『42.ヒーロー』後のはなしです。コメディです。
・長編の内容のふんいきや、キャラクターのイメージをくずす可能性があります。
・以上の点に抵抗のあるかたは、読まないことをおすすめします。また、もし読んでくださる場合でも、ご不快になられた時にはすぐに閲覧をやめることをおすすめします。
これは、ユノが【コルタ】の町を出てしばらく後――ひとりで旅をしていたころの話である。
〇
緑の高原にユノは寝ころんでいた。
革の鎧をつけた、黒髪黒目の十六才の少年である。
脇にころがっているのは最近購入した鉄の大剣。
そのかたわらには、顔の上半分を隠す作りになった、バイザーつきの兜がある。
一本の広葉樹――秋口に差しかかってもなお青い、すずやかな樹木の下でユノはぼんやり空を見上げる。
【王国歴 四二〇年】、【二土用の月】という、夏から秋への橋渡しとなる雨期を終えて、空は晴れ間が広がっている。
白くて薄いちぎれ雲が、飾り布のように、青い空に掛かっている。
(ひまだなあ)
胸中でユノはうめいた。
試しに呼んでみる。
「おーい、セレンさーん」
「どうしました、ユノさま」
空間が裂けて、ひとりの女が出てくる。
みどりの長髪に長い耳、白皙の身体に萌黄のドレスをまとい、片手に杖をたずさえた妖精の若長。セレンである。
「なんでこーゆーどーでもいい時はすぐに出てくるんですか」
「どーでもよくない時はユノさまの呼ぶタイミングが悪いんです。ひとがトイレ行ってる時とかに声をかけてくるんですもの」
ちっ、とユノは舌打ちした。
「それより、いかがされました。なにか困ったことでも?」
「ううん、ひまだからなんかお話しでもしたいなって思って」
「でも私はひまじゃないんですよ。ちっちゃい子のおむつ換えたりとか」
くるりと踵を返してセレンは空間の穴にもどる。
「待って待って」
起きてユノは彼女のスカートを引っぱった。
「じゃあセレンさん、ちょっとだけボクのはなし聞いてよ。文句があるんです」
「……ちょっとだけですよ」
胸のまえに両腕を組んで、セレンはユノを顎でうながした。
「で、文句とは?」
草の上にユノはあぐらをかいた。
両腕を広げ、遠くでお昼寝をする魔物や、塀に囲まれた都市をのぞむ大高原をぐるーっと示す。
「ここってなーんか、異世界っぽくないなって思って」
「それは残念でしたね。じゃあ私はこのへんで」
「早く帰りたいからっていいかげんな返事しないでくださいよ」
必死にユノはセレンの腰帯に取りすがった。
舌うちしつつ、セレンは振りかえる。めんどっくさそーに。
「じゃあユノさまの言う異世界ってどんなんなんですか?」
「そりゃーファンタジーって感じの」
「いちおう言っておきますけど私はバッチリ妖精ですし、こう見えて何百年も生きている不老長寿です。でもってこの世界には【魔法】やその類似品たる【気術】なんてスキルもある。モンスターもその辺に腐るほどいるし……これ以上どんなロマンを求めるんですか?」
「自分のステータス見てみたい」
正座をしてユノはわがままを言った。
「ステータスっていうのは、ボクの強さ……【ちから】とか【スピード】とか、そういうのを数値化した一覧表みたいなものなんですけど。この世界って【レベル】って概念はあるし、戦いの経験によってレベルを鍛えることもできるけど、その強さの内わけを見ることはできないじゃないですか」
「確かに……それは不便かとは思いますが……」
自分のこめかみをセレンは指で押さえた。頭痛をこらえる。
「わかりました。ユノさま、こうやって手をかかげて『ステータス・オープン』って言ってみてください」
「やったあ!!」
ユノは飛びあがった。
大高原に仁王立ちして、空に手を大きく突きだす。
「ステータス・オープン!!」
――。
……。
「……?」
ゆっくりユノは手を下ろした。
きょろきょろ。あたりを見まわす。
どこにも表らしきものは無い。
「あのー、なんにも起らないんですけど」
「そりゃそんなシステムはありませんからね」
(くそったれがよお)
思ったけどユノは言わなかった。
表情には出ていたが。
「すみません、まさか本当にやるとは思わなかったので」
ちょっとヒイてつぶやくセレンに、ユノはガクーッとうなだれた。
「ほかには? なにかありますか?」
手もちぶさたにセレンは杖を突く。
「はい、はーい!」
ユノはしょうこりもなく手をあげた。
「えっとねー、ボク特許とってお金持ちになりたい」
「では必要な書類をそろえて特許庁に行ってください」
(身もふたもないんだよなあ……)
憎々しげにユノは歯噛みする。
地面におしりをつき、ゲートルをつけた脚を投げだす。
「じゃあ、せめてボクが女の子にモテるようにしてくださいよ。できるでしょう? 魔法とか使って」
「しれっと一般人への洗脳をそそのかすユノさまの神経に正直おぞましさを禁じえないのですが……」
半眼を向けつつ、セレンは木の杖を振って目のまえにひとつのアイテムを呼びだした。
それをユノに投げてよこす。
「これは? コンパクト?」
両手で受けた大きな二枚貝みたいな形をあけ、鏡をのぞきこんでユノはつぶやく。
「なんの意味が……あっ!」
そうです。とばかりにセレンがうなずく。
「そうか! このアイテムに呪文を唱えれば、、ボクは今日から女の子にキャーキャー言われるモテモテくんに大変身ってわけですね! じゃあさっそく!! 手熊々屋――」
「いいえ自分の顔見てからもの言えやっていう意味です」
そおーいっ。
呪文を中断してユノはちからの限りコンパクトを空に投げ捨てた。
草の地面に腰をおろし、三角すわりする。
ひざを抱えて顔をうずめ、しくしく泣きだす。
「……じゃあ、ボクはいったいなんのためにこの世界に来たって言うんですか」
「魔王を倒していただくためですが」
普通にセレンはうめいた。
ユノは溜め息をつく。
「はあ……ボクがおいしい思いをできないこんな世界なんて滅びてしまえばいいんだ」
「めいわくクレーマーみたいなこと言わないでください」
自分の頭をセレンは抱えた。
「それではユノさま、私はそろそろ行きますね」
「えー、セレンさんもう帰っちゃうんですか?」
「もうすぐお昼ごはんなので」
空間の裂け目に脚をつっこんで、セレンは去っていった。
緑の原に、ユノはひとりになる。
「あ、手料理を振るまって色んな人から賞賛されたいって言うの忘れてた」
「でもユノさまていどの料理が手ばなしに絶賛されるほどここは貧相な食事情してませんし」
にゅうっ。
と閉じたはずの空間から顔を出して、セレン。
「わざわざ戻ってきてまでひやかさないでよ!」
ユノは土をつかんで妖精に投げつけた。
今度こそ、セレンはすがたを消した。
またひとりになった丘の上で、なんとなくユノは空を見上げて、
「……ちょっとくらい、カッコつけさせてくれてもいいのになあ……」
誰にともなくぼやいた。
〈おわり〉
読んでいただいて、ありがとうございました。