87-a.またね
・前回(86.『あるべき所』)のあらすじです。
『魔王を倒したユノが、セレンにもとの世界への帰還か、異世界に残るかの選択をせまられる』
提示された選択肢にユノは逡巡した。
元の世界に未練はある。両親は自分の死を嘆いているかもしれない。
(それでも……)
心の内でユノは決めた。
セレンに向き直る。
「あの、セレンさん」
「はい」
「ボク、この世界に残ります」
あっさりとセレンは承諾した。
霊樹の杖でトンと床を突き、光る文字を喚ぶ。
その言葉は、ユノに読めなかった。
だが輝くつづりはひどく懐かしく、自分の半身のように分かちがたい思慕を感じさせた。
妖精の掌に文字は踊る。
彼女はグシャリとそれを潰した。光が砕ける。
「では、ユノ様」
水を向けられたものの、ユノは返事ができなかった。
なにか大きな、取り返しのつかないことをしたような後悔が、心臓を圧迫する。
「人間の国……【ペンドラゴン】の地に戻るのでしたら、お急ぎください。ここは魔界です。魔王なき今、境界をくずす術は消え、ほどなく堅固な仕切りが築かれるでしょう」
「え……でも、パペルの塔は? あそこは交通路なんじゃあ……」
「そうですが、魔界とはつながっていません。本来なら」
ユノはぎょっとした。
ごごご……。
城がうなり始める。
魔王のちからが形作った妖術の王城は、その根源を失い、崩れ落ちようとしている。
「えっと、じゃあ……あ、セレンさんが運んでいってくれるんですか?」
「できないこともありませんが、」
霊樹の杖をセレンは見た。
「妖精の通路を人間が通るのはどうかと……」
「『どうかと』って? どうなるんですか?」
「良くて廃人。最悪の場合、からだの表面と内側がひっくりかえった状態で出てきます」
「どっちも救いようがないじゃないですか……」
がっくりとしてユノは涙目になった。
広間にある『虚無』をセレンが顎でしゃくる。
ディアボロスの死に際し、誕生した、暗黒の渦である。
「強大な魔力を持つ核石が、肉体を失ったことで解放され、できたひずみです。あれに飛び込んでください」
「だ、大丈夫なんですか?」
「原理はテレポートのジェムと似たものです。だいたいユノ様、あなたはここに来るとき、どうやって来たのか考えてみなさい」
そう――ユノはアルゴルという、塔にいたダークエルフの魔石を使って魔界に来た。
ごくり。
息を呑む。
渦に向かう。
「時にユノ様。私がこんなことを言うのもなんですが……」
地ひびきが強くなり、かろうじて無事だった柱が倒れる。
落下物が、異界の英雄たちの石像を完膚なきまでに打ち崩す。
「よかったのですか? あなたの故郷に帰らなくて。この世界に留まったところで、人間は……」
静かにユノは足を止めた。
セレンを見る。
小さく笑う。
「『またね』って、言ってくれた人がいるんです」
黒い渦に飛び込む。
暗がりの淵がユノを飲み込む。
魔法のちからが、少年を運んでいく。
王都――ペンドラゴンへ。
〈おわり〉
・以上をもちまして、『【異世界転移】をやってみた』のメインストーリーは終了です。
・つぎの投稿は、説明用のストーリーになります。(内容は『完結のおしらせ』や、『修正の予定について』などです。
読んでいただいて、ありがとうございました。




