87-b.帰還
・前回のあらすじです。
『今後の行き先をユノが考える』
「元の世界に帰ります」
しっかりとユノはセレンに告げた。
「わかりました」
と彼女はおごそかに承る。
霊樹の杖を黒い床にトンと置く。
白く発光する線が伸び、ユノの本当の名前を宙につづった。
――幸村 望。
「……なんか、すごく懐かしい感じがする」
漢字で記された自分の名に、ユノ――幸村 望は安堵した。
不思議そうにセレンが問いかける。
「元の世界に帰ったところで、あなたの運命が変わるとも思えませんが……なぜ帰ろうと?」
「だって……ボク、死んだことになってるんでしょう?」
「ええ」
「父さんや母さんが、悲しむかなって……」
はあ。
とセレンは嘆息した。
ばつが悪そうに、ユノは頬をかく。固まった血がパラパラ落ちる。
「……自ら命を絶った人がそれを言うんですか」
「もうしないよ」
光の文字をセレンはユノに返した。それは彼の胸に吸い込まれ、消えた。
ほのかにユノが輝く。
転移が始まる。
「あの、セレンさん」
ユノは妖精に告げた。
「日本――元の世界で、また不幸な目に遭っても……今度はボク、なんとかできるような気がするんです」
「ここでのことを忘れてしまうのに?」
「でも、ボクが生きていたっていう軌跡は残るんでしょう?」
誇らしげに、しかし少し寂しそうにユノは笑った。
小さくセレンも微笑む。
光が散った。
彼は消えた。
彼に与えていた【ユノ】という名前だけが、光の文字になって残る。
それもまた、やがて宙に溶けて無くなった。
「ご健闘をおいのりしています」
ひっそりとセレンはつぶやいた。
無人になった魔王城の虚空に向かって。
霊樹の杖を振る。
空間を開く。
そして妖精の女もまた、消えた。
【side-b:完】
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