84.邪眼
・前回のあらすじです。
『ユノがディアボロスを怒らせる』
竜の暴れた余韻に柱がゆらぐ。
上層の通路がヒビ割れる。
ユノのもとに、崩れた天井とディアボロスの眼光が殺到する。
(――!!)
轟音が粉塵と共に拡散する。
ユノは覚悟した。
こわばった体が、不可視の、匂いのない劇薬を浴びて石に変わる……。
(あ、)
手が動く。
(れ?)
肌は傷だらけの黄土色で、生物的な感覚をともなったままだった。
眼前に積もった、壊れた天井を見上げる。
とっさにユノの全身にちからがこもる。
壁となり、竜の邪眼をはばんだガレキが、石ころの色に変わっていた。
――ユノが跳ぶ。
石くれを破壊して、ディアボロスが突進する。
『運のいいやつめ!』
「それだけでやって来たんだ!」
ユノは逃げながら吠えた。
竜の首をかわし、床に反転する。
ディアボロスはもう加減をしない。
ユノを睨み石化の毒気を放つ。
「セレンさん!」
ユノは祈った。
彼女に助けを乞うのは、賭けだった。
突き出した左手から、閃光が迸る。
妖精の光が透明な瘴気とぶつかり、爆発を起こす。
『こざかしい真似を!』
――ガクンっ……。
ユノの足からちからが抜ける。
【気術】はしばらく使っていなかったせいで、加減を忘れてしまっていた。
カルブリヌスを床に突き立て、崩れる身体を支える。
片膝をついたところに、つづけざまに竜の毒が放出された。
神秘の刀身が、妖の眼力を防ぐ。
選定の剣の切っ先から柄にかけて、輝きが失せていく……。
(万事……休すだ――!)
右手の中指に、キラリと光がはねる。
ユノは目を見開いた。
(……いや、まだだ。諦めるわけには、いかない!!)
――最後の一手に賭ける。
走りだす。
ディアボロスの眉間が、ピクと震えた。
『無駄なあがきを』
哀れみさえまとった低い唸り。
金の瞳は、石になったカルブリヌスを振りあげる、ユノの右腕を追っていた。
「こっ、のおおおおおおおおおお!!」
半狂乱になってわめく勇者に、ディアボロスは悠然と口を開ける。
彼の腕を噛む。