81.退路
・前回のあらすじです。
『魔王がユノにゆさぶりをかける』
ユノは正中に剣を構えた。
縦一線になった刃の先で、ディアボロスが爬虫類の目をすぼめる。
『退路はいらんということか?』
ユノは頷いた。
『よく考え、決断し直したほうがいいと思うがな』
「チャンスは一度だけなんでしょう?」
カチカチと歯の奥が鳴っていた。
ユノの思考はなかば凍結していて、意地だけが、彼を竜の王の前に立たせていた。
(怖い……)
この世界に来て、何度となく味わった感情だった。
(だから考える前に、答えを出さなきゃならなかった……)
ユノの性根は帰還を強く訴える。
帰ると言いなおせと逃亡を迫る。
ディアボロスが、異界からの客人として迎えているうちに。
ずン。
肢が動く。
黒い鱗の、大蛇の胴をしっかと支え、貴き君主の上座から、あおぎ見る拝謁者の床へと。
浅く刻まれた段々など、無きが如しと一跨ぎし、ディアボロスはユノの元に降り立った。
長い身体が、少年の遥か頭上にまで伸びあがる。
顔は天井の闇に覆われ、金の眼だけが輝いている。
『これ以上帰宅を促すのは無粋かな?』
ばしん。
伸びる尾を地に叩きつけ、王は話を打ち切った。
ユノの握りしめる剣を睨む。
世界を救う勇者と認められし、英傑のみ手にすることのできる神秘の刃。
異界の小童には本来無縁の、すぎた凶器。
『巨きなちからを手に入れ、いやしくも己がこそ救世主と謳う不届き者よ』
全身に、王の轟が殺到する。
ディアボロスの怒号が降り注ぐ。
『その傲慢ゆえに、私に楯突いたこと――後悔するがいい!』
竜は吼えた。
音の波動が、謁見の間を圧壊する。




