79.石像
・前回のあらすじです。
『魔王を倒したあとの世界のことをユノが知る』
・・・・・・
ユノは階段をのぼった。
玉座の間は大きく、さながら教会堂のよう。
長い身廊が光のない彼方へ伸び、柱のたいまつが点々と側廊におぼろな青を落とす。
セレンとは階下で別れた。霊樹の杖を振って、彼女は城から離脱したのだった。
(妖精の時代が来る、か)
カルブリヌスを構え、ユノはそろそろと歩いた。
視界の悪い通路に、ぽつぽつと美術品が立っている。
足元には、風化のためかモンスターの暴れたためか、石の断片が散らばっている。
(セレンさんみたいなのばっかな世の中も、考えものって気がするけど)
――とんっ。
ぬっと暗闇から現われた物体にユノは肩をぶつけた。
倒れそうになったソレをあわてて支え、立てなおす。
たいした物音がしなかったことにユノは安堵した。
ぶつかったのは石像だった。
人を象った――左肩から右胸までを、袈裟がけに無くした彫刻。
(あれ? この像……)
ユノは中腰になって検めた。
石の右腕に目を留める。
(やっぱり、これ左ききだ! 良いなあ~、あこがれたなあ~)
うらやましがりながら先へ進む。
胸のつっかえはとれた。
像の右腕に時計が巻いてあったのが気になったのだ。
(――時計?)
飛ぶようにしてユノは石像に駆けもどった。
鎧と脚絆をまとった戦士の像。男か女か判別不明の右腕――その手首には、アナログタイプの腕時計がついている。
(これ……有名な会社のだ。ボクでも知ってる……)
青い光にさらされた石の文字盤には、製造会社の名前があった。
学生には少し背伸びした価格の、カジュアルブランド。
こみあげる悲鳴をユノは口元を隠すことで押し殺した。
あたりを見まわす。
素通りしてきた石像を確かめる。
(スマートフォン……ゲームキャラのキーホルダー、オーディオデバイス……?)
上半身だけになった軽装の戦士の、胸ポケットからのぞく端末のカメラ。
下半分だけが残った――おそらくは女戦士の、ヒラついた装束にぶらさがった大手RPGのモンスターのマスコット。
ころがった頭部の首もとに、お守りのように引っかかったワイヤレスヘッドホン。
(この人たちは……ボクと同じ世界から来たんだ)
ユノは立ちすくんだ。
身廊の奥で、黄色い眼が一対、光った。