74.さよなら
・前回のあらすじです。
『ユノが霊樹の里に行くか、魔界に行くか迷う』
風が吹いていた。
塔の頂上は、穴ぼこだらけで朝の空気がよく通る。
ユノは顔を上げた。
「ローラン、ボク、やっぱり魔界に行くよ」
ローランは踵を返した。光の柱立つ祭壇に、向きなおる。
「そ、ちょっとくらい休んでからでもいいと、私は思うんだけどね」
ユノは首を振った。体の傷は夜のあいだに完治していた。パンドラが癒しの魔石を使ったのだろう。
「もう充分だから」
「あっそ」
てててとついてくるパンドラと共に、ローランは祭壇にのぼろうとした。階段の前で振り返る。
ユノが呼び止めたのだ。
「あのさ、ローラン」
「愛の告白ってなら聞かないわよ?」
「ちがうよ。でも、なんだろう……少し、きみには知ってて欲しいなって思って」
ローランは顎をしゃくった。おかっぱにした銀髪が、白い項で揺れた。
「ボクの元々いた世界のこと、前にちょっと話したよね」
「あんたがいじめられっ子だったってやつ」
「うん。この世界みたいに戦いは無かったけど……理不尽はあった」
「どこも同じよ」
ユノはうなずいた。
「でも、ボクはそれをなんとかしたかった。もしあの世界に戦うっていう選択肢があって、ボクがそれを担えるくらい強ければ、自分もふくめた、困っている人たちを……少しは助けることができたのかなって」
ローランは何も言わなかった。
彼女は自分の荷袋をゴソゴソやって、ひとつアイテムを投げる。
ひゅん。
ユノは飛んできた小さな光をキャッチした。
それは指輪だった。透明な宝石の嵌まった。
「これは?」
「餞別よ。精霊のちからがほんのちょっとだけ宿ってる。だけどその真価を発揮できるのは、私が霊樹に精霊の魂を返してから。あんたが願った時、困難を打破するちからを与えてくれるわ」
「そ、そんなすごいもの――」
「ただし」
ローランはピンと指を立ててユノをさえぎった。
「一回だけよ。泣いてもわめいても一回使ったらそれまでだからね。無駄使いすんじゃないわよ」
「うん……」
ユノは指輪を右手の中指につけた。
「じゃあ、さよなら。ローラン、パンドラ」
ふたりの少女に言って、背を向ける。
――魔物の本拠地たる魔界で、ユノは自分が朽ちる予感があった。
魔王との戦いに負けるつもりはない。だが『自分は人殺しなんだ』という罪責が、勝利の女神を遠ざけている気がした。
同時に、それを受け入れようとしている自分もいる。
信念のもとに戦い、志むなしく悪に果てる。
そんな最期こそ、本来は脆弱な自分にふさわしいありさまなのかもしれないと。
紫の魔石にちからをこめる。
フロアの床に、闇色の渦があらわれる。
ユノは暗黒の渦中に身を躍らせた。
「ユノ」
光の柱の前で、ローランが手を上げる。
肩越しに見やる少年に、彼女は別れのあいさつをした。
「またね」
読んでいただき、ありがとうございました。




