65.頂(いただ)き
・前回のあらすじです。
『ユノが自力での強さを求められる』
・・・・・・
朝からのぼり始めた塔は、夕刻には頂きに近づいていた。
いくつかのフロアで小休止し、昼には食事を兼ねてまとまった休みを取ったものの、階は高くなるにつれてモンスターとの遭遇率を増し、体力と気力を奪っていく。
回復薬で疲れをごまかし、ユノは前を行く女剣士を見上げた。
(ローランは多分、ふつうの人じゃないんだろうな)
彼女は時折ユノの知らない言葉をつぶやいては、モンスターから受けた毒や、薬ではどうにもならない大ケガを癒していた。
【魔法使い】――魔族の血を引く人間だとユノはこの時には疑っていた。
【魔法使い】は、冒険者ギルドや旅の途中で何度か出会ったことがある。
同じ『魔』の血が混ざっていながら、パンドラのようにドレイ商にさらわれたり、アイのように迫害を受けないのは、獣の形質が無いからだろうか。
もっとも、熱心な信徒にでも見つかれば、彼女も排斥の憂き目は逃れられないだろうが。
(でも、あんな呪文は聞いたことないな)
――塔の入り口を開けた時。
――『再生』の魔法を唱える時。
ローランのくちずさむのは、古語的な韻をふくむ祝詞である。
「懐かしい匂いがするね」
「んー」
真ん中を行くパンドラがローランの手を引っ張った。
ふわふわ。
上階からグリーンの燐光が漂ってくる。
馥郁とした匂いを味わうようにローランたちが息を吸う。
ユノも鼻をひくつかせる。
瑞々しい森の香りがした。
あたりは相変わらず砂色のレンガと折れたエンタシスに囲まれていて、植物の類はどこにもない。
また、パンドラたちに起こったような望郷の念は、ユノには湧いてこなかった。
(コンクリートジャングルの出身だからかな)
階段をのぼりきる。
上へつづく道はもう無くなっていて、ひらべったい地面に大きな間がひとつあった。
それは頑丈な扉で封鎖されている。
「これはこれは、お戻りになられるとは」
大扉の前にひとりの男がいた。
悠然と三人を見やり、大仰な仕草で彼はローランにそう言った。