63.らせん
・前回のあらすじです。
『塔の攻略に不安を感じたローランが、ユノが最強の剣・カルブリヌスを使わないことをそれとなくとがめる』
「ローラン」
「ん?」
「そのー、この世界に来てすぐの時さ、シグさんって人とボク戦ったよね」
「覚えてるわよー、思いっきりブッた斬っちゃったってこと」
らせん状に上へ上へとのぼる階段。
ローランは数段高いところから、意地の悪い笑顔をユノに見せた。
ユノはくちをひん曲げる。
異世界メルクリウスに、ユノが妖精の女セレンに召喚されたのは去年の春。
つれていかれた王都ペンドラゴンで、ユノは勇者の証である選定の剣――カルブリヌスを、神秘のちから持つアイテムから引き抜いた。
まわりには「我こそは勇者」と意気込んで同じ試験に挑んだ戦士たちが何人もいた。
彼らは歴戦を匂わせる冒険者だったが、勇者になることはできなかった。
――オレは……英雄になるために、ガキのころから鍛えてきたんだ――
剣を引き当てたユノに異議を唱え、決闘をのぞんだ両手剣使いの男の言葉。
同じ歳くらいの彼の怒りを、ユノは忘れられなかった。
「ボク……酷いことしたって思うんだ。シグって人にも、あの場所にいた他の冒険者の人たちにも」
ゆっくりと三人は塔を上昇していった。
一階から二階までの天井は高く、最上階は遠い。
「思い出したんだ。【コルタ】の一件のあとに、ボクがここに来る前の世界でのこと。どんなふうに生きて、ここに来たのかを」
パンドラが振りかえり、首をかしげた。
ローランは先頭を行ったまま、今度は茶化すことをしなかった。
「ボクはなんにもしてこなかった、勉強もスポーツも。家でゴロゴロしてばっかで、やることっていったらゲームとか、漫画や動画見るくらいで……」
「ゲーム? どうが?」
パンドラが亜麻色の髪を揺らしたが、ローランが彼女の手を引いて前にうながした。
ユノはつづける。
「それで、人付き合いがすごく苦手で……学校でものすごくイヤなことがあって、逃げたんだ」
ぱら……
と足元が崩れた。
レンガの階段が、ほんの少し欠けただけだった。
「そんな何も努力してこなかった人が、いきなりトクベツなんてどうかしてる。侮辱だって思ったんだ。なにかを成すために、必死になっている人たちに対して……」
「で?」
ローランは振り返らずに訊いた。
ミスリルの剣が、少女の細い腰で硬い音をたてた。
「カルブリヌスを振るって恥ずかしくないくらい強くなってから使おうって決めたんだ。ボクが『勇者』であることに、胸を張れるようになるまでは……むやみに振り回しちゃ駄目だって」
鼻を鳴らす音がした。
「私は逆だって思うけどね」
ユノは顔を上げる。
ローランがようやく階段をのぼりきり、二階の床を踏んだ。
「どんな経緯であろうと、『特別』になった時点でそいつはチカラを振り回さなきゃならないのよ。その重みに耐えかねて、自分が潰れることになってもね」
割れて穴になっている最後の段を、パンドラを引っぱって、ローランは飛び越えさせた。
「……きみは、そうだったの?」
ユノも崩れたところを跳んで二階に立つ。
ローランは答えなかった。