59.楽園
・前回のあらすじです。
『妖精のセレンが魔王と対話する』
セレンは黒い竜の無言の問いに返した。
「『回帰』です。神と妖精、そして精霊さまだけがあった時代。人が私たちに飼われ、楽園で家畜として生きていた……まだ魔も邪もなく、善と喜だけがあった世界への」
魔王は大ヘビの首をもたげる。
『私に盾つくというのか。神の半身たる、この私に』
「そうなりますね」
セレンは頭を上げた。
王の間を照らす青い灯りが揺れる。
「もっとも、私たち光妖精に、あなたを討つだけのちからはありませんが」
ニコリと白い顔で笑む。
老王はうなった。
『私を葬ったところで、悲憤も謀略も卑劣も無くなりはせぬ。それらはもはや人間の芯にまで染み渡り、魂に巣くってしまっているのだからな』
「その程度ならどうとでも」
セレンは杖を軽く持ち上げた。
「金の竜も、今は妖精の側にある。人を庇護する存在はいない。あとは魔王……ディアボロスさま。あなたさえいなくなれば、原初――『天国』と謳われた時間が、ふたたび戻ってくるのです」
――ゴオッ!
魔王は黒い火炎を吐いた。
妖姫は杖を振る。
爆音が轟いた。
もうもうと墨色の煙があがり、冷たい空気にさらわれる。
『……逃がしたか』
王は歯噛みした。
熱にただれ、衝撃に穿たれた黒曜石の床。
そこに妖精のすがたは無かった。
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