53.市場(いちば)
・前回のあらすじです。
『ユノがローランのことを気にかける』
・・・・・・
「これは買い取れねえなあ」
「えーっ、何でよ」
古都【バーライル】の市場。
反物をあつかう露店に、彼女――ローランはいた。
【二土用の月 第八日】。
十五日にわたる季節の変わり目の中で、今日は貴重な快晴だ。
午後からくずれる匂いもなく、雲ひとつない青空の下、バーライルの住民も根無し草の旅人も、ここぞとばかり外に繰り出して陽気に任せて店をのぞき、硬貨を流す。
「デザインは、まあ悪くないんだが……何で出来てるんだこれ? 得体が知れねえ」
「……リンネル? キャラコかなあ。そーだわこれ超高級素材で出来てますっつってお貴族さまに高値でふっかけてみれば? きっと引っかかってくれるわよ」
「おれに打ち首になれってか嬢ちゃん……」
カクンと店主はうなだれた。
商人互助組合の帽子ごと、禿げた頭をバリバリ掻く。
「とにかくウチじゃあ扱えないよ。はいっ、よそに行った行った!」
「けち」
「見つけたよ……」
ぬうっ。
半そでの少年がローランのうしろに立つ。
「ギャあッ!」
「うっ? っぎゃああ!!」
店主と、彼につられてうしろを確かめたローランが立て続けに跳び退る。
「このっ……どろぼー!!」
少年――ユノは叫んだ。
銀髪のおかっぱの――今日はノースリーブのシャツにスカートすがたの――少女を指差して。
「ボクの鞄カラッポじゃないか! 中身どこやったの? 返してよ!」
ペタンコになった肩掛け鞄をユノは叩いた。
布製のそれは、パスンパスンと虚しく鳴くだけだった。
「うっさいわねー、とっくに売っちゃったわよ」
ローランは異郷の服と手帳を商人の男から回収しながらユノに悪態をつく。
「【ジェム】をあんなに溜めこんで、何するつもりだったんだか」
店でもやる気~?
とからかう少女からユノは〈制服〉と〈生徒手帳〉をひったくった。
「大事にしてたんだよっ。これとかもボクのじゃないか、なに勝手なことしてんだよ……」
奪い返したものをユノは鞄に詰め込む。
「ユノさーん、待ってー」
人込みからパンドラがやって来る。
「おいおい、盗品の横流しなんて冗談じゃないよ」
店主は枝みたいな手をシッシッと払って、ふたりの迷惑客を追っぱらった。
ローランが肩をすくめる。ユノの怒った顔を見る。
「まっ、そんだけ元気ならもう大丈夫よね。私の漢方、よく効いたでしょ?」
「すっごく。まずかった」
ユノは、やっと追いついたパンドラの手を引いた。
昼前の買いもの客でごった返す市場を三人は歩く。
「それで? きみは誰なの? ボクのこと、どこで知ったの」
「ペンドラゴンのお城で見たのよ。あんたはみごと選定の剣を引き当て、それに物申したシグ=モンドという戦士と決闘した。で、勢いあまって彼を斬り殺し、自分のやったことにビビッて腰を抜かした」
ローランはユノたちの前を行っていた。
彼女は八百屋の果実や屋台のホットドッグをながめながら、
「それが街道で通り魔なんて……いったいどうしちゃったの? あの頃のあんたのほうが、わたしは好きだった」
「きみなんかに好かれたって……」
どきり。
とユノは足を止めた。
ローランが微笑んで見つめている。
ピタリと青い目をユノに合わせて、彼女は問いかけた。
「なんかイヤなことでもあったの?」