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50.風鳴り
・前回のあらすじです。
『セイレーンの子供が、剣士の少女に交渉を持ちかけられる』
・・・・・・
雑木林の出口をユノは目指した。
(ほとぼりが冷めるまでは身を隠さないと)
人里に近づくのはもう難しそうだった。
『指名手配』という観念が、ユノを焦らせ不安にさせていた。
かと言って自分の正体をあばいた相手に、改めて刃を向けに戻る勢いをは無い。
ふと駆け足がゆるむ。
さっきからヒュウヒュウと聞こえていた風鳴りが、妙なる響きを孕んだのだ。
(モンスター?)
背中の剣を摑み、構える。
ぐるりを囲む茂みに生き物の気配は無い。
夜風は止んで、神韻めいた旋律だけが無色の尾を引いていた。
(近くに誰かいるのかな)
大剣を下ろす。
獣道や木の陰に、黒い目をこらす。
水気をふくむ空気にしなるオペラは、神秘的な粒子となってユノの心臓に溶け浸みこんだ。
(これは……ッ)
耳をふさぐ。
身体が傾ぐ。
(魔法だ!)
毒を盛られた暴君のように、ユノは傍にあった物にすがりついた。
無骨な幹を、グローブを嵌めた手が引っかく。
びちゃりと身体が泥に沈む。
歌が、流れ続ける。




