48.パッツン
・前回のあらすじです。
『賊の素顔がさらされる』
地面はぬかるんでいた。
【土用月】――季節の変わり目にあたる雨期――に入ってから、頻繁に降ったりやんだりを繰りかえす天候に、大地は湿潤を失うことができないでいた。
ばしゃり。
ブーツが水溜まりを割る。
一寸先も定かではない夜の林を、全力でユノは疾走していた。
(誰だったんだろう、あの子)
素顔を見るなり、ユノの名前を叫んだ少女。
パッツンと銀色の頭髪を短くして、こめかみのあたりに高価そうな飾りをつけていた。
(ドレイ商人――だよね。大声でそんな感じのこと言ってたし、装備品なんか全部高級そうだったし)
彼女がつけていた髪飾りは【護符】だった。
胸当てとレイピアは、希少鉱物――ミスリル製。
その下に着ていた服やハーフパンツもまた、金糸の縁飾や刺繍をほどこした高級品だ。
雨よけの外套も夜に目立つ白で、留め具には宝石が嵌まっていた。
(あんな金持ちそうな子、ボク会ったことないと思うんだけど)
少女の歳は十三か十四才くらいだった。
そして一瞬だけ、近くで見た表情は、
(……あんなキレイな子、会ってたら忘れてたりしないだろうし)
ガツン。
ユノは木にぶつかった。
杉の幹で鼻を強かに打ち、うずくまる。
(でも、ボクのこと知ってた。どうしよう、口封じしとくべきだったのかな)
ダラダラ流れる鼻血をぬぐう。
勢いあまって、頬にできていた切り傷を手の甲でこすってしまう。
――もどって息の根を止めるか。
少しの間だけ考えて、ユノは膝にちからを込めた。