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力得るとき



意識が途切れる前に見たのは目が眩む程の強い光だった。

苦痛さえも忘れるくらい、その光は輝いていた。

先程まで親友が立っていた場所を虚ろになりながらも見つめる。

「──……み、と……っ……」

凛の意識はそこで途切れた。

そのまま崩れ落ちるように床に倒れ込む。

掴まれていた胸ぐらはいつの間にか離されており、現れた彼女の心のカケラは宙に浮いたままだ。

なぜなら凛を脅かしていた宿り魔自身がその強い光に動揺してそちらを向いていたからだ。

『なんだ、貴様は──!』

ゆっくりと光の粒子が離れていく。

そこに立っていたのは、黒くて長い髪に白い羽織を纏った一人の少女だった。着物のような黒の装いの下には現代的な桃色のプリーツスカートが良く映える。

(これは……?)

美都はその場で不思議そうに自分の姿を確認する。

光に包まれる前に自分を縛っていた鎖はいつのまにか消えており、制服では無い装束を身に纏っている。靴も白いブーツに変わっていた。

「……!」

不意に教室の窓に反射して映し出された自分の姿に驚く。

服だけでは無く容姿も変わっているようだ。持ち前の茶色の髪は黒色に染め上げられており、長さも胸のあたりまである。

そして四季と同じ、白い羽織。

(これが守護者……!?)

だが彼と決定的に違う部分に気付いた。武器が無いのだ。一周自分の姿を確認するが武器のようなものは見当たらない。

『また新たな邪魔者か……!』

宿り魔の声に顔を上げる。その瞬間意識の端で銃声が鳴り響き、銃弾が宿り魔を掠めた。

「──っ!」

不意打ちの攻撃に宿り魔は奇声をあげる。

守護者姿の四季が教室後方の扉付近より現れた。

「願うんだ! 自分に必要な力を!」

そう美都に叫ぶと再び宿り魔に向けて発砲した。よろめきながらも宿り魔はその弾を避ける。

目の前に浮かぶ心のカケラに手を伸ばそうとしたのを、四季が銃で阻止した。

「自分に必要な、ちから……!」

交戦する四季の姿を見ながら呟く。

迷っている時間は無い。願いはただ一つだ。

無意識に胸の前で指を交差させる。

────大切な人を守れる力を。

「!」

美都が強く願ったのと同時に共鳴するように右手の指輪が光った。思わず視線を向ける。

そしてその指輪が光の粒となって美都の目の前に集まってきた。

「──……!」

────……剣……!?

黄金色の柄に銀の刃。光の粒が消えたそこには、自身の片腕よりも長く細い剣が美都の前に現れた。

神々しさに思わず息を呑む。そして右手を掲げ、その黄金色の柄をしっかりと掴んだ。

握りしめた剣は予想に反して軽かった。

剣を自分の前で握り直し、構える。

『なに──……!?』

美都の様子に気づいていなかった宿り魔が声を上げる。

剣なんて持ったことが無い。

時代劇や映画でしか見たことがないものだ。それを思い出し、見よう見真似で構える。

一度大きく深呼吸をし、剣を右手に持ち換える。そして喉をぐっと引き締め、宿り魔に向かって走り出した。

「やあっ!」

掛け声とともにその身体に似つかわしくない剣を振りかざした。

宿り魔から咆哮があがる。どこに命中したかは定かではないが切っ先が触れた感触はした。

美都はその横をすり抜けるとすぐさま踵を返し、再度宿り魔に向き合った。

すぐ後ろには四季が固唾を呑んで見ている。

向かっていく事に不思議と恐怖心はなかった。

宿り魔を見据え剣を構えた瞬間、柄に付いている宝珠の様な赤い珠が光った。

「──……!」

これは恐らく何かの合図なのだろう。

その珠を見つめながら昨日の四季の姿を思い出す。

扱っている武器は全く違う。だが鎮めるための言葉は共通しているはずだ。

──彼が口にしていた言葉は。

口内でその言葉を復唱し頷く。

そして強く柄を握りしめ、一直線に駆け出した。

「──天浄……!」

天に希うは、浄化の力。不浄のものを祓い清め、使う力に礼を尽くす。

呻き声をあげる覚束ない足取りの宿り魔へ、美都はその手に持った剣を掲げた。

「清礼!!」

勢いよく振り切った剣を両手で持ち直す。

一瞬空気が止まったかのように辺りは静まり返った。

『ば、ばかな……』

呟くような宿り魔の声が背後からでも確認出来た。次の瞬間には断末魔に変わりスポット内に響き渡った。

美都はその場でゆっくりと振り向く。

咆哮が徐々に薄れていくのと同時に宿り魔の姿も消滅していった。

「……っ、──……!」

それまで呼吸するのを忘れていたかのように、ようやく美都は浅い呼吸を繰り返す。

右手に持ち換えた剣は役割を終えたと見て再び光の粒に包まれる。そして、美都の右手の中指の指輪に戻った。

宿り魔の立っていた場所には、あの碧いキーホルダーと植物の種のようなものが落ちていた。

不思議に思って近くに寄ってしゃがみ込み、その物体を確認する。

「宿り魔の(たね)だ」

「宿り魔の……たね……?」

同じように正面から歩いてきた四季が口を開いた。

彼を見上げながらその言葉を復唱する。

「その胚が無機物に憑いて宿り魔になる。宿り魔の元凶はそれだ」

深緑色をし、割れて床に落ちているそれを再度眺める。

自生するというわけではないようだ。だとしたら何か要因があるのだろう。

美都は苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。

こんな小さいものがあんな脅威になるのかと思うとやはりぞっとする。

横に落ちている憑代に使われたキーホルダーをそっと拾い上げ、自身も立ち上がった。

その間に四季は慣れた手つきで倒れている凛を仰向けに起こしていた。

美都は立ち上がった目線の少し下にある、宙に浮いた凛の心のカケラを見つめた。更にそれ越しに彼女を見る。蒼白とした親友の顔に胸が詰まる思いだった。

四季が急かすように美都を仰ぎ見る。

前回彼が言った言葉を思い出した美都は右手にキーホルダーを持ったまま、両手で心のカケラを包み込むと凛のもとへしゃがんだ。

そっと彼女の胸の前で手を離す。

心のカケラは元の場所に戻っていくように溶け込んで消えた。同時に凛の顔色にも生気が戻ったように見えた。

美都は持っていたキーホルダーを凛の手に握らせる。

その様子を確認すると、今度は四季が立ち上がり美都を背に声をかけた。

「行くぞ」

「え? で、でも……」

凛をこのまま置いていくわけにはいかない。

動揺して座ったまま四季と凛を交互に見ると美都の気持ちを察したように彼が続けて言う。

「その姿のままでいるわけにいかないだろ」

「あ、そっか……。でもどうすればいいの?」

四季は美都を斜め後ろに見ながら、自身が入ってきた教室の後方扉の付近で立ち止まる。何かを探すように美都の姿を上から下まで眺めた。

不思議に思って首を傾げていると眉間にしわを寄せ顎に手を当てた四季が呟いた。

「……帯か?」

「帯?」

「解けそうなところ。俺は髪なんだけど……たぶんそこしかないだろうな」

四季の話に全くついていけず更にクエスチョンマークを浮かべていた所、すぐさま本人からフォローが入った。

「スポットが消えるのと同時に変身を解くんだ。お前はたぶん帯を引っ張れば解ける……と思う」

珍しく自信なさげに四季が美都に話す。

なるほど、と小さく呟いて自分の背面を確認し、帯に手を伸ばす。

瞬間、空に亀裂が入る音がした。

「スポットが消えるぞ」

四季の言葉に静かに頷くと次の瞬間にはガラスが砕けるような音が鳴り響いた。

その音に紛れて、美都は腰に巻かれている帯をひく。

目に飛び込んでくる白い光が眩しくて、美都は咄嗟に目を瞑った。





「戻った……?」

再び目を開けるとそこは4組の教室の前の廊下だった。

視界に入った自分の袖を見て、制服に戻ったのだと認識する。

陽が沈んだ廊下は仄暗くなっていた。辺りは何事も無かったかのように、4月の夕暮れの空気が漂っている。

美都はそれを確認するとふっと息を吐いたのと同時に膝から崩れ落ちる。

「! おい!」

すぐ近くで美都の様子を見ていた四季が、何事かと慌てて駆け寄ってきた。

床にへたり込むと大きく息を吐いて、そのまま苦笑いで四季を見上げた。

「あ……、安心したら腰がぬけちゃった」

あははと笑いながら四季に伝える。

その返答に彼もほっと胸を撫で下ろしたように見えた。

美都が再び俯いて大きく安堵の息を漏らすと頭上から彼の声が響いてきた。

「初めてにしては良く頑張ったんじゃないか」

そう言うと四季は美都の前に手を差し出した。

構図的には昨日と似通っている。ただ昨日と決定的に違うのは2人の立場だった。

慰めではなく、守護者として覚醒した労いのようだ。

「ありがとう」

その手を取ってゆっくりと立ち上がる。まだ膝が笑いそうになるのを必死に堪える。

廊下と教室を隔てる窓枠に手をかけ覚束ない足元を支えると、顔をあげて四季と向き合った。

「これから頼むぜ」

「うん。こちらこそよろしく」

互いに笑みを交わす。

これから守護者として助け合っていくことになる。対等な立場の者として今後より一層今日のようなことが増えていくのだろう。まだ現実感は薄いが守護者として力を得た以上、その使命を美都も背負ったのだ。

ちょうどそのとき美都の背後にある教室の扉の向こうで呻くような声がした。

「──! 凛っ!」

ハッとして向きを変え、一目散に教室へ飛び込む。

先程までスポットに囚われ、意識を失っていた親友の元へ駆け寄った。

顔色は戻っている。まもなく目を覚ますのだろう。彼女の傍へゆっくりとしゃがみ木目の床に膝をつく。

「凛っ……!」

仰向けになったままの彼女の名を呼ぶ。心配と少しの緊張。

それに呼応するかのように、凛は閉じていた瞼を震わせゆっくりと目を開いた。

「……み、と……」

「! ──……よかった」

薄らと細めた目のまま、凛は視界に入った情報を小さく口にした。

凛の声に思わず安堵の息を漏らす。目を覚まし、自分の名を呼んでくれたことの安心感。まだ意識ははっきりしていないようだがもう脅威に怯えることはない。

あとはゆっくりと凛を介抱するだけだ。

その様子を教室の扉にもたれながら確認していた四季に合図を送る。頷いて歩き出そうとした彼が何かに気付いたように立ち止まった。同時に嗚咽のような声が自分の足元から聞こえた。

何事かと視線を凛に戻す。すると彼女が顔面を隠すように腕をもたげ肩を震わせて泣いていた。その右手には例のキーホルダーが握られている。

「り、凛っ……? どうしたの? どこか、痛いの──?」

その姿に驚いた美都はおろおろと慌てて凛に具合を訊いた。もしかして後遺症のようなものがあるのだろうかと不安に思ったためだ。

美都の問いに凛は言葉では答えず、代わりに小刻みに頭を横に振った。

「……っ、ごめ……なさ──っ……」

嗚咽交じりに聞こえた言葉は謝罪だった。

なぜ、何を凛が謝ることがあるのだろうと美都はわけがわからず動揺して目を瞬かせた。

「わたし──……、怖かったの……っ……。あなたが……離れていってしまうことが──……っ!」

続けて凛が涙声で話し始める。彼女なりに理由を話してくれようとしているようだ。

美都はそれを察し、押し黙って顔を隠したままの彼女を見つめる。

「いつかは──……離れなきゃいけないときが来るかもって、思ってた、けど……っ! こんなに急なんだって……──そう思ったら、怖くて……っ……」

途切れ途切れに凛は言葉を紡ぐ。彼女の言う『離れなければいけないとき』というのは恐らく近い未来で行くと高校受験なのだろう。

互いの進路について話したことは無い。だが例え同じ高校に行ったとしてその先もずっと一緒にはいられないことは美都にもわかっていた。

そう考えたら美都も胸が詰まる思いだった。

美都としては離れたつもりはなかった。だが突然の環境の変化は、ちょうど進級した時期と重なったこともあり彼女の心配を加速させたのだろう。

「凛──……」

凛がここまで思い詰めていたことを知らず、追い詰めてしまった。その説明をしっかりできなかった自分にも落ち度はある。

彼女が泣き止む気配は無い。それどころか過呼吸に近いくらいに涙を制御出来ていないようにも見えた。

だが一瞬、大きく息を吸って意を決したように腕を少しずらすと、泣きはらした顔で美都を見つめた。

「……っ──美都……。あれは何……? あの姿は何なの?」

「! ──覚えて……、るの……?」

咄嗟に口から驚きの声が出た。

これまで対象となった二人はまるで白昼夢の出来事のように、スポットに囚われていた時の記憶はすっかり忘れていた。だが凛の口ぶりはまるで守護者姿の美都を憶えているかのようだった。

これには四季も驚いて目を見張った。

凛は床に接したままだった自分の上半身を右腕で支えながら起き上がりながら小さく頷いた。

その仕種を見た美都は動揺しながらも彼女の身体を支える。

涙を堪えるように深呼吸を繰り返しながら、凛は話を続けた。

「意識が途切れる前──見えたの。……光から現れたのは違う姿だったけど、……あれは美都なんでしょう? あの化け物はどうなったの? ねぇ、美都──…」

守護者姿のことどころか宿り魔も憶えている。自分に襲い掛かってきた怪物もしっかり記憶しているのだ。

凛の疑問に返す言葉も無く、美都はただ口を噤む。

どう答えていいのかわからないのだ。今更恍けることも出来ない。あれは夢だったんだと諭すことも難しいだろう。

答えを待つ凛の視線が辛くて、美都は目を背け唇を噛みしめて俯いた。

「……それも──……、言えないの…?」

哀しそうな凛の声が更に美都の胸を抉る。

良心を責められているようだ。ここで黙っていれば、凛は恐らく何かの事情を察し納得するだろう。だが、それでいいのだろうか。彼女は被害者だ。憶えている以上、知る権利がある。

導き出せる答えを探すため葛藤していたところ、意識の端から四季の声が聞こえた。

「────言えよ」

その声に驚いて顔を四季の方へ向ける。

四季は美都の顔を見るなり息を吐いて話を続ける。

「それだけはっきり憶えてるんだ。今更誤魔化すのも難しいだろ。それに、もう狙われることもない」

「でも、四季──……いいの?」

「良くはない。だから『巻き込むんだ』という覚悟を持て。お互いにな」

彼の言葉を聞いて、美都は息を呑んだ。

そうだ。この状況を説明するということは何の力を持たない凛を巻き込むことになる。

ただでさえ今しがた狙われたばかりだ。酷ければトラウマになりかねない。話して良いという許諾は、己の覚悟を必要とするのだ。美都は再び言葉に詰まった。

すると背後でする知らない男の声に困惑しつつも、その人物と会話する親友の様子を見ていた凛が美都の名を呼んだ。

「私、大丈夫よ。この状況で……黙っていられる方が辛いもの」

「凛──……」

大丈夫という言葉の意味は難しい。今回の場合、凛が言う「大丈夫」は「巻き込んでもらって構わない」という意味だろう。

向けられる彼女の眼差しにはやはり戸惑いの色が見て取れる。ここで自分がいつまでも葛藤していたら、更に不安にさせてしまうだろう。それに結局、宿り魔が現れる前にしていた話に決着がついていない。

四季の存在が知れた今、先程より話しやすい状況にはなる。図らずとも良い機会なのだ。

美都は凛の視線から目を逸らすと、床に一回大きく息を吐いた。

「……わかった」

そう言うと今度はぐっと顔を上げて再び凛を見る。

「話すよ、凛に。だから、──……怒らないで聞いてくれる?」

最後に言い淀んだのは、美都にとって彼女に怒られる事が一番弱いからであった。





「……だからってなんで家に連れてくるんだ」

キッチンから呆れ気味に四季の声が届く。

「だって学校は下校時刻だったし外は真っ暗だし、もう家しかないかなって」

「向こうの家でもよかっただろ」

「うちの方が近かったんだもん」

押し問答の後再び四季の溜息が聞こえた。

あの後、話をすると言った手前その説明をする場所が必要だったのは言うまでもない。

しかし四季に説明したように、いろいろ考えた結果家に連れてくるのが無難だと思ったのだ。込み入った話になることは明確だった。加えて自分が上手く説明できるか不安だったので四季がいてくれた方が良いという考えもあった。それに現状を見て知ってもらったほうが話は早い。そう思ってのことだったのだが。

「まあそういうことなんだけど……凛? 大丈夫?」

リビングのソファーに座らされている凛は完全に借りてきた猫のような佇まいになっている。目を白黒させながら必死にこれまでの情報を整理しているようだ。

大雑把な概要は道中説明したがそれさえも情報過多だった。

当事者である美都でさえも最初はそのような状況だったのだ。斜め上の出来事が多すぎて困惑するのも頷ける。

「えっと、その……鍵の守護者? ……として一緒に暮らしてるってこと……?」

「うん」

「……二人で?」

「うん。あ、でも隣の家の人がサポートしてくれてるよ」

瞬間また口を閉ざして頭を抱える。

凛は情報を整理しては口に出し、疑問形で美都に問い始めた。

既に粗方のことは話したので、あとは凛の理解が得られるよう解説するだけだ。

その様子をキッチンから眺めていた四季は電子ケトルを片手にマグカップへお湯を注ぐ。

「まあ妥当な反応だな」

「何が?」

きょとんとして疑問符を返してくる美都に、四季は溜息を吐きながらそのマグカップをカウンターに置いた。

美都は彼の溜息の理由が解らずに怪訝な表情を浮かべながら、四季が淹れてくれたマグカップを取りにリビングとキッチンを往復する。そのマグカップを凛が座っているソファーの前の机に置いた。

「はい。熱いから気を付けてね」

「……ねぇ美都」

「何?」

凛はマグカップを置くためにしゃがんだ美都の腕を引っ張り自分の傍へ寄せた。

そして心底深刻そうに極めて小声で彼女に質問をぶつける。

「大丈夫なの?」

「え、何が?」

何に対しての大丈夫なのか意図が解らず、呆気にとられたまま訊きかえす。

そんな美都とは逆に、慌てる表情を浮かべた凛はあくまで四季に聞こえないように話しを続けた。

「だから……! 守護者のことがあるとは言え、二人で暮らしてるんでしょう?相手は男の子なのよ?」

「? うん。だからいろいろ分担はしてるよ?」

「そうじゃなくて……!」

美都の素っ頓狂な回答に凛は再び肩を落とした。

明瞭には聞こえないもののなんとなく雰囲気で会話の内容を察知した四季は、我関せずと言った顔で食事の準備を始めようとした。

ちょうどそのタイミングでインターフォンが鳴った。音に反応して二人とも顔を上げる。

一番近くにいた四季がモニターを確認して何の躊躇も無く玄関へと向かった。その迷いの無い動きで訪問者が誰なのかは大体想像がついた。

「……ねぇ、向陽君って本当に信頼できるの?」

席を離れた四季を見計らって、凛が再び美都に問う。

信頼という言葉に目を瞬かせた後、この2週間弱の事を頭でフィードバックした。

「まあ頼りにはなるんじゃないかなあ……」

正直言ってまだお互いに感覚を掴めていないというのが本音だ。

美都にしても今日ようやく守護者の力が覚醒した。新学期が始まるまで探り探りの生活だったので深い関係が築けていないのは確かだ。だが話をしてみるとやはり四季は考え方がしっかりしているように思う。

凛とそんな会話をしていると、同じく玄関で立ち話をしていた2人がこちらに向かってくる足音が聞こえた。

四季の後ろからひょっこり顔を覗かせたのはやはり。

「弥生ちゃん!」

「こんばんは美都ちゃん。毎日ごめんね。あら、お友達?」

美都が弥生の名を呼ぶと、それに倣うように彼女も挨拶を返した。そして美都の後ろにいた人影を早速見つけて視線を向ける。

「あ……! 夕月凛と言います。は、はじめまして」

凛は慌ててソファーから立ち上がると弥生に自分の名前を名乗り頭を下げた。彼女は人見知り故、初対面の相手のときは美都の後ろに隠れることが多い。

凛の容姿を確認するや否や、弥生はパァっと表情を明るくさせた。

「櫻弥生です。すごく綺麗な髪色ね。あ、瞳も……!」

「わたしと同じ事言ってる」

弥生の反応に、美都は懐かしむようにクスクスと笑った。

美都自身、初めて凛に声をかけたとき、今の弥生とほぼ同じような事を言ったのだ。

彼女の容姿は目を惹く。それ故に凛は悩んだこともあったが、美都にとっては彼女の唯一無二の魅力だと思っている。

凛もそのことを思い出したようで少し照れながら俯く。

「あ、いきなりごめんね。でも二人とも同意して招きいれたってことは……」

そう言うと弥生はちらりとキッチンに戻った四季を横目で見る。

彼女の視線を感じ取った四季は一息ついて答えた。

「ばれました」

「もう、言い方!」

四季と美都のやりとりを見て弥生は「あらあら」と相槌を打つ。

弥生がさほど驚いていないという事は、恐らく玄関で話し合っていたのはこのことだろう。

「あのね弥生ちゃん。実は──……」

おずおずと、美都がこれまでの経緯を弥生に話始めた。

凛との関係、宿り魔が出現したこと、凛が狙いだったこと、光の中で聞いた声のこと、そして守護者の力を得たこと。美都は身振り手振りを加えながらそのときの状況を弥生に伝えた。

彼女からの話を一通り聞くと、弥生は納得したようにうんうんと2回頷いた。

「なるほどね。大変だったわね、昨日の今日で。凛ちゃんも怖かったでしょう?」

「あ、え、えっと……はい」

突然話を振られた凛は一瞬肩を竦めて弥生の質問に恐縮しながら答えた。

「それだけ仲良しなら逆に早めに知っておいてもらえてよかったと思うわ。黙っているのもそれはそれで辛いから……。だから凛ちゃんも、このことは他言無用でお願い出来る?」

「あ、はい……! もちろんです」

弥生は何かを思い出すように顔を曇らせると次の瞬間には切り替えて凛に依願した。

過去に似たようなことがあったのだろうか。まるでそんな雰囲気だった。

美都がそのことに触れるより先に、彼女はそのまま話を続ける。

「美都ちゃんが聞いた、声……って言うのは私にもわからないわ。四季君もそうだっだ?」

「いえ、俺のときも聞こえなかったですね」

2人が話しているのは、先程美都が弥生に説明した守護者の力を得るときの話だ。

確かに光の中で声を聞いた。

なぜ力を望むのか、何のために、誰の為に力を要するのかと。そう問われた。

だがしかし、弥生はおろか最近守護者になった四季もそんな声は聞いていないという。通過儀礼のようなものなのだろうと思っていた手前驚いた。

「なんだったんだろう? まあ結果的に守護者になれたからよかったんだろうけど…」

今思えば確かに不思議な出来事だった。あの時は無我夢中だったが、天から声がするなんて普通では有り得ない。とは言えここ最近有り得ない事が頻繁に起こりすぎて、弥生に言われるまで不思議に思わなかったあたり感覚が麻痺し始めている。

小首を傾げていると、弥生が美都と四季の名を呼んだ。

「これから守護者として大変だと思うけど……どうかよろしくね」

弥生の言葉に、二人はそれぞれ頷いた。

守る為の力が揃った。ここから先は鍵の所有者を守ること。それが役目だ。

前提として所有者を探すこととなる。守護者は宿り魔の脅威を退く力がある。それを使っていつか現れる所有者を守り続けなければならない。

そう言えば、と訊きたいことを思い出した美都は弥生に問う。

「この守護者って、具体的にいつまでなの?」

「それが私にも解らないの。鍵が次の子に継承されたら守護者も代わるんだけれど、それが何年なのかは決まっていないみたい。長いときは10年のときもあったって聞いたわ」

10年、という年月を考え思わず息を呑む。

その間ずっと戦わなければならないと思うと10年は長い。

美都の反応を察知したらしい弥生がフォローを入れる。

「でもね、ずっと戦うわけではないのよ。私たちもここ数年は全く戦っていなかったし」

「鍵が継承されたっていうのは俺たちにもわかるものなんですか?」

美都が関心していると次いで四季が弥生に質問を投げかける。

彼女は四季の質問に首を横に振った。

「わかるのは所有者だけみたい。所有者が守護者に伝えるらしいわ。私たちのときは結局所有者がわからなかったから菫さんに聞いて判明したの」

「ってことは弥生さんも瑛久(あきひさ)さんも、今まではずっと守護者だったってことですか?」

「ええ、そうよ。私たちも長い方ではあったわね」

2人の会話を聞きながら、耳馴染みのない名前に首を傾げる。内容から察するに弥生のパートナーなのだろうとは思うが四季とも面識があるようだ。

目を瞬かせていた美都が疑問を口にするより先に、その人物の説明を弥生が始めた。

瑛久(あきひさ)っていうのは私の守護者のときのパートナーね。で、今は夫なの」

「そうなの!?」

「ええ。本当は今日早く帰ってきたから美都ちゃんに紹介しようと思ったんだけど、この様子だと後日の方が良さそうね」

驚いて声を上げる。だがいろいろと合点がいった。

弥生が最初から使っていた複数形の一人称がずっと不思議だった。

守護者は2人1組なので弥生のパートナーも近くにはいるのだろうと漠然と考えていたがまさか夫だったとは。彼女がいまここを訪れた理由にも納得がいく。

挨拶したい気持ちはあるが昨日の今日で精神的にも落ち着いていない状況だ。弥生の言うように後日の方がゆっくりできると思ったのでその案に同意する。

「美都。私そろそろ帰るわね」

「あ、じゃあ送っていくよ」

それまで事態を静観していた凛がそっと美都に近づきおもむろに告げる。

確かに時刻は19時を回ろうとしていた。あまり遅くなっては街灯があるとはいえ夜道も危ない。

凛は美都の申し出を断ろうとしたが慣れない道を一人で歩かせるわけにはいかない。それにあんなことがあった後だ。なるべく傍にいてやりたかった。

足元にあった鞄を持ち上げて肩にかけると凛は神妙な面持ちで四季の方を向いた。

「向陽君、今日はありがとう。でも私……──認めてないから」

お礼を伝えたかと思えば、口を真一文字に結んでキッと四季を見た。

一同その言葉に目を瞬かせた。「何を」と問いかけようとした美都より先に真正面から想いをぶつけられた四季が目を細めて息を吐くと、

「名前、呼び捨てでいい」

と短く応えた。どうやら四季は凛からの謎の宣戦布告の意味を察知しているようだ。

一方美都は双方の真意がわからず首を傾げる。その横では弥生が口に手を当てながら「あらあら」と愉しそうに微笑んでいた。

ひとまず凛を玄関の方へ促し自身も玄関へ向かう。

「わたしもお暇するわね」

次いで弥生も四季へ声をかけた。

彼のお礼を聞いて美都の後を追いかける。

靴を履き終えた二人は弥生を待って扉に手をかけた,ギィという鈍い音とともに扉が開き、3人は外へ出る。

美都は全員が出たのを見てそのまま扉を閉めた。すると弥生がクスクスと笑いながら頬を緩めている。

「なんだかおもしろい関係性ね」

その言葉に凛は少し恥ずかしそうにしながらも、言った事は後悔していないという表情を覗かせた。

相変わらず良くわかっていない美都はひとり眉を顰める。

その直後伝えるべきことを思い出した美都は自宅の扉に手を架けようとしていた彼女を呼び止めた。

「そう言えば弥生ちゃん、絆創膏ありがとう」

「あ、受け取った?」

「うん。今日も傷が出来たからすごく助かるよ」

昨日に引き続き今日も宿り魔との交戦中に足を擦った。部活動で怪我をすることもあるが、普段はサポーターをつけているので大きな傷にはならない。絆創膏を持ち歩いていない美都は彼女の気遣いに感謝した。

弥生が美都の言葉をもとに彼女の全身を眺める。すると膝の下に10円玉ほどの傷が確認出来た。

「でもその傷じゃ、あげた絆創膏では幅が足りないわね。また大きいサイズ持って行くわ」

「え? 大きいサイズも入ってたよ?」

美都の返答に弥生が目を瞬かせた。顎に手を当て、数秒目線を宙に泳がせる。

その間に凛が「私も明日絆創膏持って行くね」と美都に伝えていた。

そして思案していた弥生が何かの答えにたどり着いたかのように、顎に当てていた手を鼻先へスライドさせ、口を隠しながらまた頬を緩めた。

「弥生ちゃん?」

「なんでもないわ。それよりも、明日は寝坊しないようにね」

「う……はい」

痛い所を衝かれ美都は一瞬声を詰まらせた。

横では凛がその通りだと言わんばかりに首を縦に2回振った。

所在無く今度は美都が視線を泳がせる。

「じゃあ凛ちゃん、気を付けてね。美都ちゃんも何かあったら連絡して」

「あ、はい。弥生さんありがとうございます」

2人の会話を見守ったのち、行こっかと言って美都が凛を連れてエレベーターへ向かう。

その後ろ姿を見送りながら弥生は在りし日の自分と友人の姿を重ねた。

彼女たちと性格は全く違うが、自分にも幼馴染と呼べる大切な友人が傍にいてくれた。

ただ美都と違って、自分のその友人には守護者のことを伝えなかった。それでも彼女は何も言わずただ自分を信じて見守ってくれた。

一瞬そんな懐かしい思い出に浸る。

美都のことを心配していたが恐らく大丈夫だろう。彼女には手を差し伸べてくれる人たちが周りにちゃんといる。

ふっと安堵の息を漏らす。

それにしても、と弥生はある人物の行動を思い出して、まったく素直じゃないんだからと違う意味で今度は息を吐いた。

後で美都にからくりを教えてあげよう。

そう思って弥生は、家族が待っている自宅の扉に手を架けた。




無事に覚醒です。

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