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プロローグ ー 林間学校1

銘尾友朗さま主催「夏の匂い企画」参加作品です。

挿絵(By みてみん)

©️秋の桜子様




夕食にはやや遅い、午後8時半。

ベージュの扉が一定間隔で並ぶ、無機質なコンクリートの廊下は、昼間の名残の熱がうっすらと残っている。


じっとりと気持ち悪い汗を早く流したくて急ぎ足になる僕の鼻に、スパイシーな香りが届く。


ウチのカレーだ。


昆布と鶏でダシを取り、トマトジュースを大量に注いだスープに、ローリエと炒めた肉・野菜、隠し味のきび砂糖を入れて煮込む。

あくを丁寧にとって、市販のルゥを二種類、割り入れて溶かし、またコトコトと煮込む。

仕上げに、ナツメグやシナモン、ターメリックなどの入った魔法のスパイスを適当に振って、よりスパイシーに。


僕と妻の里絵(りえ)にとって、いちばん美味(うま)いカレー。


食欲の出ない暑い日にこの匂いを嗅ぐのは嬉しい。

そして、僕にとって、ある少女との遠い日の想い出を蘇らせるものでもある。

心の奥にしまわれている物語は、夏のカレーの匂いでぱらりと紐解かれる。小さな喜びと痛み、そして小さな後悔とともに。


―――もし、僕が君に想いを伝えていたならば、今もまだ、君はこの世界にいただろうか―――




それは中学1年生の夏。

林間学校でのことだった。


「蝉とりなんかどこでもできるやろ!川いこうぜ、川!」

「林の探検!肝試しの下見いるやん!」

「下見なんかしたら面白ないやろがっ」

「いやいるいる!」

「怖いんか」

「怖くて悪いか!後でお前ら怖がったら絶対、笑ってやるからなっ!」


自由時間をどう過ごすか。

僕らのグループは好き放題にワイワイ言い合い、結局はこんな風に落ち着いた。


「ささっと林行ってから、川行こうやぁ」


さぁ出発、という段になってふと気付いたように、女子の1人が言った。


「ヒメちゃんは?それでいい?」


ヒメちゃんと呼ばれた彼女・ 氷芽(ひめ)はニコニコと人当たりの良い笑みを浮かべて「いいよー」と答える。


「でもホラ、カレーの下準備があるから、私は後で行くね?」


きれいな標準語。

小首をかしげると、肩で切り揃えた真っ黒な髪がサラリと揺れる。


白い頬に、影を落とす長い睫毛。

黒目がちな目の虹彩は、スタンダードな日本人のそれであるはずなのに、どこか、引きずり込まれるような深い色を湛えている。

通ってはいるが主張がない鼻筋と、淡い珊瑚色の薄く形の良い唇。


真面目で誰にでも優しい彼女は、超がつくほどの美少女でもあった。


が、性格の方は、これまた超がつくほど控えめ。


無愛想ではないが、自分の意見というものを全く言わない。

皆からそれなりに好かれているが、特に仲が良い友達となると誰もが「さぁ?」と首をひねる。


そんな彼女の立ち位置は『推薦された副委員長』だ。


「そんなのさぁ後で皆でちゃっちゃっとやっちゃえば、早いやん」

「ほかの班の子だって当番サボってるって絶対!」

「ヒメちゃん副委員長だからって真面目すぎとちゃう?」


口々に言われる乱暴なお誘いに、彼女はまた人当たり良く微笑む。


「大丈夫だよ、すぐに終わるし」


「そう?じゃあ後でねー」

「早くおいでよ!」


皆が口々に言いながら手を振るのに、彼女もニコニコと手を振り返して、儀式終了。


(今、たぶん少しほっとした顔をしているんだろうな)


僕はそんなことを思いながら皆に混じって駄弁(だべ)りつつ、振り返らずに歩く。


『手伝うよ』なんてことを言う勇気は、僕には無い。

きっと、彼女をよく見ているほかの何人かにも、そんな勇気は、無いに違いない。


真面目で誰にでも優しく、人当たりの良い彼女は―――おそらく、人が、苦手だ。

理由は分からなくても、それに気付いていれば『儀式』以外で話し掛けよう、という気には到底、なれないだろう。


(もし、手伝っていたら、少しは違う顔を見たり、できたかな)


心の片隅でちらりと考えつつ、僕は短い自由時間をグループの仲間とはしゃいで過ごし、結局、彼女は1度も姿を見せなかった。


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