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暴走3

碧黎は、自分の事を飲み込むことはできない霧の中で、維月を探して突き進んでいた。

十六夜の浄化の光が、維月のところまで届く前に消えて行く。それほどに、維月を中心に集まって来る霧の量は多かった。

このままでは、維月を中心に闇が発生してしまう…!

碧黎は、腕を前へと出して、そうして振った。

「維月!どこぞ?どこに居る!我の声が聞こえるか?!抑えるのだ、抑えようと、落ち着かせようとするのだ!」

霧の回転速度が、いっそう速くなる。

すると、ふと空洞になる場所へと腕が出た。もしかして、ここが中心か?!

「維月!」

飛び込むと、ちょうど龍の宮の居間の中心に、維月がしゃがみ込んで頭を抱えてうずくまっていた。

「おお維月!維月、月へ!月へ帰ることを念じるのだ!本体へ帰って落ち着くのだ!」

維月は、全身をブルブルと震わせて、うずくまって顔を床へ伏せたまま言った。

「ああああああお父様…!!帰れぬ!帰れぬのです…!十六夜の力が感じられませぬ…!月は…?月はどちらなの…?!ああ霧が騒いで…!ああ煩いこと…!」

ブワッと足元から、霧が沸き上がって柱のように乱立し始めた。碧黎は、なだめようと必死に言った。

「月は天上ぞ!維月、我を見よ!」

維月は、いきなり顔を上げた。その目は真っ赤で、そうして、まるで何かに憑かれているかのように大きく見開かれていた。

「殺される!殺さねば!ああああ殺さねば!憎い!憎い!あれを殺せ!早う!!早う殺せ!」

維月は、あらぬ方向を見て、そう叫んだ。

炎月の感情か…!

碧黎は、維月の両方の肩を掴んでゆすぶった。

「維月!正気に戻れ!炎月に引きずられておるのだ!このままだと、あやつも主も死ぬ!主は月へ帰るだけで数か月あれば復活するが、炎月は消滅するぞ!!子が消し飛んでも良いのか!」

碧黎がそう叫ぶと、維月は、ハッとしたような顔をした。

「子…炎月…?」

碧黎は、何度も頷いた。

「そうよ、子ぞ!このままでは主は己の子を殺してしまうぞ!霧を収めよ、念じよ!十六夜を呼べ!月へ帰るのだ!」

維月は、真っ赤な目で涙を流しながら、思うように動かぬらしい体を、霧で真っ暗な中、窓があるだろう方へと向けた。そして、絶叫するように言った。

「十六夜…!十六夜、私はここよ!助けて…!私をここから出して…!十六夜…!」

すると、それまでこれっぽっちも聞こえて来なかった、十六夜の声が小さく聞こえた。

《維月!聞こえたぞ、こっちだ!来い、オレを辿って来い!》

細い、糸のような光が、僅かに窓の方向から差し込むのが見えた。碧黎は、それを見て維月の背を押した。

「行け!十六夜の光が到達したぞ、あれに掴まって、行け、維月!」

維月は、それにすがるように手を差し伸べた。

すると、スーッと人型が崩れ、見る間に光になると、維月は十六夜の光に乗って外へと滑り出した。

それに追いすがるように霧がまとわりついて来る。

《そうはさせねぇぞ!》

十六夜の、浄化の光がまぶしく辺りを照らしてその霧を消し去って行きながら、まるで維月の光を抱えるようにして捉えた。

《捉えたぞ!やった、維月が抜けた!》

十六夜の歓喜の叫びと共に、維月の光は十六夜に引き上げられて月へと一直線に打ち上がって行く。

「浄化ぞ!十六夜、霧を一気に消し去るのだ!闇になる前に!もはや陰の月無しに集まっては来れぬ!」

十六夜の、真っ白な光が龍の宮はおろか、遠く西の地の方まで大きく照らして、全ての霧を消し尽くして行く。

そうして、スッと辺りは静かな夜明けへと変わった。

霧の中で真っ暗だと思っていたが、いつの間にか、日は昇りつつあった。


「炎耀…!」

炎嘉は、十六夜の光が通り過ぎた後、まるでぼろ雑巾のようになって地上に落ちている、炎耀を見つけて飛んで近寄った。

「炎耀、炎耀しっかりせぬか!」

しかし、炎耀は呼吸も止まり、心臓の拍動も感じられなかった。しかし、体はまだ暖かい。

「…まだいける。」と、炎耀をそこへ寝かせると、胸に手を置いた。「維心が居れば、確実であるものを…!」

しかし、自分がやらねば間に合わぬ。

炎嘉は、その炎耀の胸に向かって、一気に気を流し込んだ。

これは、維心ほどの大きな気の神がやる、蘇生の方法だった。黄泉がえりなどとはまた違う、死んだ直後の致命傷の無い体に一気に大きな気を流し込むことで、ショックを与えて同時に気も与えて生き返らせる方法で、維心はよく、戦場などで己の軍神に施して、復活させていた。人世で言う、心肺蘇生法のようなものだったが、よほど大きな気を持っていないと、成功率は低かった。

炎耀の体は跳ね上がったが、それでもそのまま、何の反応もない。

炎嘉は、焦った。維心に出来て、自分に出来ないはずはない。

もう一度、今度は精いっぱいの大きさの気を、炎嘉は一気にその胸に叩きこんだ。

炎耀の体はぐわんと跳ねあがり、そうして、炎耀はゲフンゲフンとくぐもったような咳をすると、目を瞬かせた。

うまくいったか…!

炎嘉は、ホッとしながらも、炎耀の顔を覗き込んだ。

「炎耀!気が付いたか。」

炎耀は、ハッとした顔をすると、炎嘉を見た。

「王…我は、死んだと思うたのに。」

炎嘉は、首を振った。

「我も死んだと思うた。だが、維心の真似事だったが我にも蘇生が出来た。ほんに…ようやった。炎月は、とりあえず生きておる。」

炎耀は、少しホッとしたような顔をした。

「…ほんに、悪運の強いことでありまする。」と、起き上がろうとして、ふらついた。「しかし…体が思うようになりませぬ。我は先に戻った方がよさそうです。」

炎嘉は、頷いた。

「軍神達に警護させる。」と、嘉張を見た。「紫翠と緑翠も助け出さねばなるまい。気を探ったら、二人とも辛うじて生きておるようよ。」

嘉張は、それを軍神達に指示しながら、炎嘉を見た。

「王、では、あの倒れておる男はどう致しまするか?」

炎嘉は、そのグレイの髪に緑の瞳の、こうして見ると美しい顔立ちの白虎を複雑な思いで見た。ぼろぼろになって気を失っていてさえも、精悍な顔立ちは男なのか女なのか分からぬような凛々しさだ。炎嘉は、険しい顔をした。

「…何やら、我に恨みがあるようぞ。捕らえて吐かせよ。宮へ運ぶのだ。」と、蒼に抱えられた炎月を見た。「が、まずは炎月であるな。どうしたものか…この力、つい使ってしもうたのだろうが、月の宮と話し合う必要がありそうぞ。それも、早急にの。」

嘉張が頷いて答える中、その背後では、凪が目を覚ましていた。

皆、自分の意識が戻っていることを知らない。軍はあちこちへ事後処理に飛び回っている。紫翠と、緑翠の二人を穴から運び出そうと、そっちに多くの人員が割かれていて、こちらへは警戒心が薄れていた。

…炎嘉…!せめて、炎嘉だけでも…!

凪は、思っていた。今こちらへ背を向けて、炎月などを見ているあの炎嘉に、一矢報いてやりたい。この自分が、7年もの間恨んで苦しんだこの気持ちを、ここで終わりにしたいのだ。そのためには、この命が無くなっても良い。ただ、炎嘉を苦しめて後悔させてやりたいのみ…!

「維心は、落ち着いたのか。十六夜が落ち着いている。月に二つの気配あるということは、維月も月に戻っておるのだろう。あれもこちらに手を貸してくれておったゆえ…維月の、側に居れなんだと気に病んでおるのでは。」

嘉張は、首を傾げた。

「いえ…。そういえば、あちらからの連絡はありませぬな。夜が明けて参ったので、少し様子を見てから宮へ帰るように致します。後でご報告を。」

炎嘉は、頷いた。

「頼む。あれにも此度も世話になったものよ。」

今だ!

凪は、短刀を抜いて、背後から炎嘉に襲い掛かった。

「王!」

嘉張が、刀を抜くより早く、炎嘉が後ろへ気を放とうと振り返る間に、凪は、目を思い切り見開いて、炎嘉の背後で凍り付いたように止まった。

「な…なぜ…に…。」

どさり、と倒れた凪の背後には、志心が甲冑姿で立っていた。

「志心!主、来てくれておったのか。」

志心は、頷いた。

「結界内をさらってから、こちらへ向けて出て参ったらあの霧よ。近づけずでおって、やっとここへ参れた。」と、己が突き刺した男を見下ろした。「…フン。凪ではないの。(なぎさ)よ。」

渚と言われたその男は、口から血を吐きながら、倒れたまま志心を見上げた。

「王…。」

志心は、眉をぐっと寄せた。

「王などと申すでないわ。主など我が眷属ではない。我が宮我が眷属の名誉を尽く傷つけて泥を塗りおって…許されることではない。」と、炎嘉へ顎を振った。「申せ。これに何の恨みがあった。」

渚は、涙を浮かべた。そうして、訴えるように言った。

「王は、我をお忘れか。我は、王を想わぬ時は無かったのに。それなのに、王はこの炎嘉と…あの、七年前の宴の夜に、あのような…!」

志心は、何かを思い出そうとするように、眉を寄せた。そして、あ、と眉を上げると、言った。

「…そういえばあの頃、よう相手をしておった奴か。あれから見ておらぬから、忘れておったわ。とはいえ…」と、険しい顔をした。「主は何様のつもりよ。我は王。何をしようと異論をさしはさまれる筋合いはない。まして伽の相手でしかない者が、我が誰を相手にしたと恨んでおるようではな。主と炎嘉は比べ物にならぬわ。思い上がりも甚だしいぞ。」

炎嘉は、それか、とあの時のことを後悔した。酒に飲まれてあんなことをしたばかりに、要らぬ恨みを買い、炎耀や炎月をこんな目に合わせた。維月にも、暴走する必要などなかったのに炎月のせいでこんなことに…。

「…いや、我があのようなことをせなんだら良かったのだ。要らぬ恨みを買ってしもうて。主も、相手が居るなら部屋へ帰ってくれたら良かったのに。」

炎嘉が言うと、志心は真顔で炎嘉を見た。

「何を言うておる。今も言うたように、主を相手に出来るとなれば他など霞むわ。覚えておらぬか…?主だって思いもかけず良いと申しておったではないか。」

炎嘉は、仰天して目を丸くした。そんなことを言った、覚えがない!というか、大半は覚えていない。

「わ、我は覚えておらぬのだ!そもそも我は普段は女しか相手にせぬから!」

「知っておる。」志心は、頷いて言った。「だからこそ、あの時は貴重であったのだ。それをこれが…我が特定の男として選んでおったわけでもないのに。許すことは出来ぬ。皆、死しておったやもしれぬのだからの。宮へ連れて帰り、裁いた上で始末する。」

と、後ろに居た、白虎の軍神達に頷きかけた。軍神達は、背中を刺されている渚を、気で持ち上げて飛び去って行く。志心は、それを見送ってから、炎嘉を振り返った。

「お粗末な恨みであったの。だが、迷惑を掛けたこと、また改めて詫びに参るゆえ。あれは、我が責任を持って始末する。案じるでない。」

炎嘉は、志心と目を合わせることが出来ずに、頷いた。

「わかった。始末してくれたらそれで良いゆえ。その、我は主とそのような仲を続けようとか、思うておらぬし。」

志心は、苦笑した。

「良いよ。主にしたら、衝撃であったろうな。だがの、本当にあの夜は、主が我を離してくれなんだのだ。なので、仕方がなくああした。主は誘っておいて半分夢の中であったゆえ、我が進めるよりなかったし、主に好みを聞くことも出来なんだ。だがまあ、お互いに楽しめたのだから良いではないか。また、その気になった時に同衾すれば良いのだ。」

炎嘉は、どう言っていいのか分からなかったが、とにかくは頷いた。

「その気になればの。」

志心は、その答えに笑って言った。

「その気にさせてみせようぞ。ではの。」

そうして、志心は飛び立って行った。

炎嘉が、ホッと息をついて振り返ると、そこには義心が立っていた。

「うわ!」

誰にも聞かれていないと思っていたのに。

嘉張は、気を利かせてもう炎月を運んで行ってそこには居なかった。それなのに、義心は真後ろに立っていたのだ。

…いつから居たのだ。

炎嘉は、気になったが義心は、炎嘉に頭を下げた。

「王からの命により、様子を伺いに参りました。あちらも落ち着いて、何とか収まりそうとのことですので。こちらも、何とか終わった様子で良かったことでございます。」

炎嘉は、じーっと義心を見た。

「…主、いつからそこに居った?」

義心は、頷いた。

「志心様がご到着の折から。」

全部聞いておるではないか!

「維心に言うでないぞ!全て言う必要はないゆえ!」

義心は、それでも真顔で答えた。

「しかしながら、我が王はなんとのう、時期から考えてそうではないかと予想はなさっておいででしたし。これだけの迷惑あちらこちらにかけられたのですから、隠し通すのは無理でありましょう。」

炎嘉は、うーッと唸った。

「ならば、もっと簡素にしてくれ!維心は仕方ない、あの場に居ったし知っておるが、他にはもっと情報は少なめに!」

義心は、小さくため息をついた。

「は。ではそのように王に申し上げまする。宴の席でもずっとご一緒であった炎嘉様に嫉妬なされて、という風に、他の王には伝えまするゆえ。とはいえ、蒼様はご存知でありますし、お分かりになるかと。」

炎嘉は、ぶすっとして答えた。

「蒼は良い。あれは口が堅いし。」

義心は、軽く頭を下げた。

「では、我はこれにて。」

義心は、そう言い置くとさっさと東の空へと帰って行った。

炎嘉は、もう本当に、絶対に酒は飲み過ぎないと心に再び決めていた。

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