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暴走2

炎月は、自分の体が熱くなって、何かの力が体の奥底から湧いて来るのを感じていた。勝てる…!今なら、きっと凪に勝てる…!

膜が割れた時、流れ込んで来た外の気で、気の補充はいくらか間に合っている。

紫翠も、真っ白だった顔が、少しマシになっているように見えた。紫翠は、まだ生きていたのだ。

相変わらず緑翠の生死は不明だったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

炎月は、穴から外へと飛び出した。

「凪!」

「炎月?!出て来るな!下がれ!」

炎耀の声がする。

だが、炎月は宙に浮かんで手を上げた。

「神が抑えられぬものを知っておるぞ!霧であろう!」

ふわっと回りの闇が浮き上がって炎月の手の上へと集結して行くのが見える。凪は、ぐっとそれを睨んだ。

「霧が何ぞ!」と、手を上げた。「来るのが分かっておったら、封じることが出来るわ!」

凪から出た、気弾はまともに炎月の掲げた手の上の、霧を包んで転がり、落ちて行った。しかし、炎月はまだ手を下げなかった。

「霧などいくらでもあるわ!主自身もぞ!」

炎月がそういってニッと不敵に笑う。炎耀が茫然としていると、凪は目の前で、喉を抑えた。

「ぐ…!な…に…を…っ!」

炎月は、目を真っ赤に光らせたまま笑った。

「己の中の霧よ!己の黒い意識に殺されるが良いわ!」

その間も、辺りにはどんどんと黒い霧が集まって来ていた。炎耀は、その異様な光景に思わず言った。

「炎月!やり過ぎぞ、辺りが霧に…!この辺りには野生の動物も居るのだぞ!」

凪は、のたうち回りながら、ついに浮いていられなくなり、下へと落下した。

「やり過ぎとは何ぞ!こやつがしたことを思うたら、これぐらいせねば気が済まぬわ!霧で縛り付けて押し殺してくれる!」

黒い霧は、渦を巻いて凪、炎月、炎耀の回りを囲んで回り始めた。炎耀は、もはや真っ暗な霧の中の空間で、叫んだ。

「炎月!力を使い過ぎたら…!まして主、まだその力を使い切れておらぬではないか!」

炎月は、段々に体の熱が激しくなり、確かにこのままでは力を制御できなくなるか、と思った。なので、霧を抑えようと力を放った。

だが、力は収まるどころかさらに激しくなり、黒霧が辺りを飲み込んで炎月すらも、飲み込もうとどんどんと増え始めた。

「炎月!」炎耀は、刀で霧を振り払おうとしながら、徐々に体を包みこむ黒い霧から逃れようとした。「炎月、やめよ!ならぬ、これは神が扱えるものでは…うあ…!」

炎耀が、霧に飲まれて行く。炎月は、慌てて炎耀を探してそちらの方へと手を突っ込んだ。

「どこぞ!炎耀!」

しかし、何も見えない黒い霧の中で、手は空を切った。

もはや、凪を締め上げることも忘れて、炎月は必死に自分の力を抑えようと額に汗を浮かべた。ダメだ、力が…!どうしたらいい…!


炎嘉がそこへ到着した時に見えたのは、辺りの黒い霧が渦を巻いて、何かに向かってどんどんと集結して行く様だった。

「何ぞ…?!どうしたことだこれは!」

嘉張が、それを見て言った。

「王、黒い霧でありまする!月は?!浄化してもらわねば…!」

炎嘉は、全く見えない黒い霧の中へと向かって、叫んだ。

「炎月!そこに居るのか!炎月!」

しかし、答えはない。激しい霧の放流で、恐らくは中まで声が届かないのだ。

「十六夜!霧が異常発生しておる、何とかせよ!」

炎嘉は月に向かって叫ぶ。だが、十六夜の声が言った。

《無理なんだっての!オレはあっちこっち意識を向けられねぇの!今は維月が大変なんでぇ!龍の宮がえらいこっちゃなんだからな!》

炎嘉は、驚いた。維月が?!

「維月がどうした?!」答えはない。「十六夜!」

「あっちも大変なんです!」聞き慣れた声が聞こえたかと思うと、炎嘉の脇を月の浄化の光がサッと通った。その隙間から、気を失った炎耀が、フラフラと落ちて来た。「おおっと、とにかく、オレが何とかしますから!」

嘉張が、慌てて炎耀を受け取った。

「蒼様!」

「蒼!」炎嘉が、蒼を見てすがるように言った。「中に、まだ炎月が!」

蒼は、頷いた。

「わかってます。」と、手を構えた。「これを破るんで、炎月を抑え込むから多少ダメージはありますからね!」

月から光が降りて来て、蒼の手を通って一気に黒い霧の渦を襲った。

横から穴を開けるように放たれたその光は、中の様子を見せた。炎月は、冷や汗をかきながら自分が集めた黒い霧に飲まれそうになりのたうち回っていた。

「炎月!」

炎嘉が叫ぶ。

蒼は、力を放ちながら、必死に言った。

「炎月、力を抜け!陰の月の力を使うんじゃない!維月が暴走してるんだぞ、気持ちを静めるんだ!お前の激情に陰の月が爆発したみたいに暴走してるんだぞ!」

炎嘉は、悟った。炎月は、陰の月を身の内に持っている。危機に瀕して、それを使ってしまったのだ。使い方の分からない、そんな大きな力を使っているから、飲まれている。そうして、同じ陰の月の本体である維月が、それに引きずられて暴走しているのだ。

「ぐあああああ!蒼、止められぬ!止まらぬのだ!どうしたらいい…!」

蒼は、舌打ちをした。自分の力では抑えきれない。このままでは炎月は己が集めた霧に飲まれて、本体が神であるし消滅する。

「…このままでは、炎月は消滅します。維月は月へ帰ったら終わりだが、炎月は神でしかない。神は月の力の前には無力。維心様でさえ余程でなければ太刀打ちできませぬ。炎嘉様…お覚悟を。」

蒼は、額に汗をにじませ、手を翳したまま言った。炎嘉は、茫然ともう目の前に見えている、炎月を見た。己の力で死ぬ…!そのような…!

嘉張に抱えられて、意識を取り戻した炎耀が、それを聞いていた。炎月が死ぬ…!

だが、それが何であろうか。

炎耀は、思った。自分を跡取りだと持ち上げて宮のことを学ばせたのではなかったか。それなのに、炎月が生まれたと同時に、お前は用済みとばかりに、臣下として弁えよと、言われたのではなかったか。

炎月は、自分に懐くような神ではなかった。可愛げのない奴だと思っていた。だが、それでも血がつながる同じ王族。ならばと遠めに見ていたが、幼い体で気を張って、無理をしているのは知っていた。

このまま、炎月が死ねば、自分はまた鳥の宮の跡継ぎになる。また、無駄な努力だと思わずでよくなるだろう。あんな子供に、蔑まれることも無くなる…。

炎月は、段々に顔色が赤くなってもはや浮いているだけのような状態になってきた。両腕はだらりと下がり、意識が無いのか目は閉じて口は半開きのまま、ぐったりと黒い霧が回りを取り巻き、自分の体をなぶって浮かせるままに左右に揺れていた。

「くそ…!ダメだ、消しても消しても、霧を集めるから…!」

蒼は、両手を前に突き出して、必死に浄化の光を放っているが、消しても消しても、渦を巻いて霧は前に現れた。炎嘉は、飛び出して行こうとした。

「王!」

回りに居た軍神達が、数人掛かりで止めに掛かる。炎嘉は、それを振りほどこうと身をよじった。

「我が参る!あれをあの渦から引っ張り出してくれば…!」

「なりませぬ!」嘉張が、必死の形相で言った。「王は、鳥族の王であられるのです!やっと立ち直った宮が、王無しでどうやって存続すると申されまするか!いくら王でも、霧の前には無力であられまする!」

もはや炎月は、自分の力に翻弄され、なぶらるだけの人形と化していた。手足が霧の渦の流れに翻弄され、あちこちにぶらぶらと振り回されている。

「炎月ー!」

炎嘉は、叫ぶ。しかし炎月の目は、開くことは無かった。

…このまま、炎月が死ねば。

炎耀は、思った。炎月が死ねば、自分は元の宮を取り戻す。自分は何もしていない。炎月は勝手にさらわれて、勝手に死ぬのだ。このまま、ここで見ていれば…。

「…寝覚めの悪いことよ。」炎耀は、言った。「死ぬのなら、我の方ぞ!」

炎耀は、蒼が開けた穴の中を、止める暇もない速さで飛び込んで行った。

「炎耀!」

炎嘉が、叫ぶ。

炎耀は、激しい流れの中自分の身を崩そうと襲い掛かる黒い霧に打たれながら、炎月に飛びついた。

蒼は、ブルブルと震えて来る腕を、必死に構えて言った。

「堪え切れぬ…!早う出て来い、炎耀!」

「炎月!」と、大きく振りかぶった。「王!受け取ってください!」

炎耀は、気を込めて蒼と炎嘉が見える方向へと炎月を突き飛ばした。

「炎月!」

炎月が、ぐったりとした状態で、炎嘉の腕に飛び込んで来た。

「炎耀、戻れ!もう!」

蒼が叫ぶ。だが、炎耀は霧に打たれて、今の動きでもう、力が無かった。

「…無理よ。」炎耀は、ガクリと崩れた。「頼む。」

炎耀は、下へと落下して行く。

「炎耀!」

霧の放流の、穴が閉じた。

「くそ…!オレは本体が月じゃないから、本体の陰の月には敵わないんだ…!」と、東の方角を見た。「十六夜でないと…!」

だが、炎月が出たことで、霧の放流の勢いは収まり、新たな霧が来なくなった。それでも、それを消そうとするとまた修復し、霧はそこに、存在し続けた。

そう、静かだが、霧はそこに存在して消えないのだ。

しかし、遠く龍の宮の辺りには、まるで空から後光のように幾筋もの光が降りているのが見えた。

陰の月の暴走が、あちらもまだ収まっていないのだ。

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