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炎月は、岩の床に倒れて動けなくなっていた。

緑翠を治そうと放った気の量が多かったのに、ここでは補充が出来ない上、三人が気を補充しようとあがいているのだ。

紫翠は、気を補充出来ずで回復が出来ず、ただ隣で転がっている。緑翠は、もはや生きているのかどうかも定かではなかった。それを探る気も無いので、炎月は探ることも出来ていない。だが、血は止まっている。わずかに上下している胸を見て、辛うじて生きているのは確認できる。しかし、時間の問題だろう。

それは、ここに居る紫翠と炎月も同じだった。

凪は、どうやらこの膜の上でこちらが死ぬのを待っている状態のようだ。気配は、膜のせいで気取れないが、月の光に何度かその影が過ぎるのでそれが分かった。

「…炎月。」紫翠の声が、小さく聞こえる。「もう、我は気が尽きる。主…より、少ないゆえ。すまぬ…迷惑を、かけて、しもうた。」

炎月は、頭を向けた。紫翠の、紫色の瞳と目が合った。

「何を気の弱いことを。父上が我を探しておるゆえ。父上なら、絶対に我を探し出す。だから、今少し頑張るのだ。声を出すでない、少しでも気を温存しておくのだ。」

紫翠は、かすれる声で言った。

「主は生き延びる。大丈夫ぞ。だがせめて…緑翠の、ことだけは…言わぬでやってくれ。」

「紫翠!しっかりせよ!」

紫翠から、応答が無くなった。

目を閉じて、もう目が合うこともない。

炎月は、どうにもならない事に、思わず叫んだ。

「紫翠ー!!十六夜、母上、紫翠を助けてくれ!!父上ーー!!」

月の光は膜で弾かれてここまで来れない。

炎月は、生まれて初めて、己のためではない涙を流した。


炎嘉は、イライラと必死に探し回っていた。どうしても、見つからない。ひそめるような場所は全て探したのに。なぜに出て来ないのだ。

すると、ふと維心の気配を感じた。炎嘉が顔を上げると、維心が炎嘉の上に浮いていた。

「炎嘉。見つからぬか。」

維心、わざわざ来てくれたのか。

炎嘉は、維心の顔を見ただけで助けてくれるような気持になり、縋るように言った。

「なぜか鳥族の周波も全く届かぬのだ。そんなものまで通り抜けぬ膜を作ったとしか考えられぬ。もう月が傾き始めておるし、どんな大きさの膜の中に捕らえられておるか分からぬから…。」

維心は、地上を這いまわる軍神達を広く見下ろした。これだけの人数で、定佳の領地を覆うようにして探して見つからぬということは、ここには居ないということ…。

「…炎嘉。志心と話して参った。」

炎嘉は、眉を寄せた。

「志心?なぜに志心ぞ。これ以上軍神が増えても見つからぬのでは。」

維心は、首を振った。

「そうではない。これを起こした凪という男、白虎であったと義心が気取ったのだ。それで、志心が何か知らぬか見て参った。だが、志心は本当に知らぬわ。自分の顔に泥を塗られたと烈火のごとく怒っておったわ。実行犯の男は、志心が己の威信にかけて探すと申しておったゆえ、白虎の事は白虎に任せた方が良い。恐らくは…この様子では、もう定佳の領内には居らぬ。」

炎嘉は、驚いたような顔をした。

「なんと申した?白虎?」

「王!」と、嘉張が飛んで来た。「千歳の遺体が見つかりました!」

維心がそちらを見た。炎嘉は、そちらを向いた。

「どこぞ?!」

嘉張は、北を指した。

「あちら、海岸線近くの岩場に、隠すように放置されておりました!」

維心と炎嘉は、そちらの方角を見た。海…渡った所は、白虎の宮にほど近い陸地。奥には鷹の領地。

「…もしや、白虎の領内か。」

炎嘉が言うのに、維心は目を細めた。

「どうであろうの。普通であれば軍神は己の王が一番に恐ろしいはずぞ。まして凪の王は志心。あれが怒ったらどれほどに恐ろしいか、我らでも知っておるのだから軍神ならもっと知っておろう。とはいえ」と、そちらへ足を向けた。「何かから隠れたり逃れる時は地の利のある場所を選ぶのが普通ぞ。志心の結界内には居らぬやもしれぬが、その回りの土地に居る可能性はある。参ろうぞ。」

炎嘉は、嘉張に言った。

「全軍、このまま海を越えて向こう側へと探索を進めるように命じよ。急げ!」

嘉張は、頭を下げた。

「は!」

炎嘉は、維心を追ってここより北の陸地の方へと飛んだ。維心が、飛びながら言った。

「義心!志心にこのことを申せ!」

義心は、サッと頭を下げると、北東の方角へ行った。

足元では、軍神達が嘉張の指示で一斉に移動し始めるのが見えた。


「ん…?」

炎耀は、あまりに多くの軍神がひしめき合っていたので、これ以上は無駄に多いだけではと範囲を広げて海の方へと出ていた。この辺りは海底の地形もあって波が荒く、小島も多い。

「どうかなさいましたか。」

連れていた軍神の一人が炎耀の様子に気づいて、言った。炎耀は、気のせいか、と相手を見た。

(あつし)、陸地が少し気になったのだ。主らは引き続きこの辺りの島を一つ一つ探しておいてくれぬか。少し遠いが、あちらも見回っておくゆえ。」

篤は、頷いて言った。

「お一人で参られますか。」

炎耀は、そちらへ体を向けながら言った。

「良い。少し遠いゆえ、三人も連れてなど無理やもしれぬと思うが、一応見ておくということぞ。何やら気になっただけなのだがな。主らはこの辺りの島を徹底的に洗ってから我が戻っておらねば参れ。」

篤は、頷いた。

「は。ではお気をつけて。」

炎耀は、一人陸地へ向けて飛び立った。


「あちらから気になる声が聞こえたように思うたが…。」

炎耀は、一人海を越えて、その上に浮いた。この辺りは人の街があり、夕刻でも明るくいろいろな色がひしめき合っている。

だが、神である自分が見える人などそういない。見えたとしても、本性である鳥の形で見えるので、大きな映像でも投影しているぐらいにか分からないだろう。

しかし、ここは音が有りすぎた。

…こんな騒がしい場所からの音ではなかった…。

炎耀は、近くの山の方へ向けて飛んだ。

さすがに山々は真っ暗だったが、炎耀にはいろいろと見えた。鳥が羽を休める木々を見つけ、近寄ってみると、それは(からす)だった。

…烏か。ならば話が通じる。

炎耀は、念を飛ばした。

《訊ねたい事がある。長はどこよ。》

すると、ザワザワと木々を揺らして烏達が騒いだ後、一羽の一際大きな烏が前へ出た。

《鳥の神。強い力の眷族であられるな。》

炎耀は、頷いた。

《我が王の命で王のお子が連れ去られて探しておる。》

烏は、答えた。

《炎嘉様か。お子というと炎月様?》

炎耀は、驚いた。知っておるのか。

《主ら知っておるか。》

烏は、頷くように首を動かした。

《炎嘉様には我らが生きる場所をお守り頂いておる。ここらは人が、なので自然立ち入らぬのだ。その見返りとして、何かの折りには参上して我らの知る事をお知らせするという取り決めぞ。我らはなので、いろいろな場所でお守り頂きその庇護の元に生きておる。鳥として戻られた後はまたその恩恵に預かり、我らはあの方を王として仕えておる。して、何を知りたい。》

炎耀は、そんなことまでしていたとは知らなかった。神の間の事ばかりを見て学んでいたので、肝心の鳥の王としてまで世話をしていたことはまだ学んでいなかった。

《ここらに、知らぬ神はこなんだか。我と同じような外見の子供を連れていたはず。他にも二人ほど連れておったやもしれぬ。》

烏は、目を光らせた。

《…炎嘉様のお子。確かにそのような外見の子供を気で引き摺って飛んで行く男を見た。》と、他の烏を振り返った。烏達が、何やらガアガアと騒々しくあちこちで鳴く。烏はまたこちらを見た。《仲間の何人かも見たと言うておる。他にも黒髪の男と、茶色い髪の男。我らは色がよく分からぬが、我は炎嘉様に皆を導けるように、特別に能力を戴いておるゆえ。》

炎耀は、それだ、と身を乗り出した。

《どんな男であった?!どこへ参ったのだ!》

烏は、目を細めた。

《白虎の男で人型は白っぽいグレーの髪に、緑の瞳。若く、主らの基準では美しいと評される外見。》と、東を見た。《あちらの方角へ参ったが、我らは白虎には近付けぬ。あれは恐ろしい種族。遥か昔鳥の王と戦った時、あの王は我らの仲間も偵察に使われると皆殺しにした。あの力には抗えぬ。》

炎耀は、愕然とした…白虎。まさか志心殿が?

《ならばあちらの陸地に運ばれたか。》

烏は、首を傾げた。

《分からぬ。しかし、あちらの方角へ行ったと思うたら突然に気配が消えた。》

突然に気配が…。気を遮断する膜を掛けられていると聞いた。もしかして、そう遠くはないのか。

《よう話してくれた。後で礼はするゆえ!ではの!》

炎耀は、東に向けて飛んだ。

烏は、それを見送りながら、呟くように言った。

《まさかまた戦などということはないとは思うが…炎嘉様は我らの事は守ると約してくれておるし。しかしあちらが仕掛けて参るとなると王も厄介であろう。お子は、お守りせねばならぬ。》

烏の長は、密かに炎耀を伺って飛んだ。


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