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同族

翠明は、その知らせに軍神を引き連れて宮を飛び出した。

紫翠も、緑翠までも得体の知れない男にさらわれて、行方が知れぬのだという。

そして、炎月も共に連れ去られて今、定佳の領地の上は大変な事になっているようだ。

隣りから急いで駆けつけると、聞いた通り物凄い数の鳥と龍が入り乱れ、加えて定佳の軍神、公明の軍神までもが地上で張り付くようにして何かを探していた。

頼光に命じて出来ることはないか調べて動けと言い、翠明は定佳を探して降りて行った。

その気は、奥宮にあった。

「定佳?!いったい何事ぞ!」

定佳は、翠明を見て目を潤ませると、頭を下げた。

「…すまぬ。我は、何も気取れなかった。あれを娶って以来、北のことは考えぬようにしておって…宮の中でも、北の対はないものと思って生活しておった。それが、こんなことに。」

翠明は、訳が分からず言った。

「何の話ぞ?そもそもなぜ、ここに紫翠と緑翠が来ておるのだ。確かに外出しておったが…それが、ここだとは思わなかった。紫翠はともかく緑翠はあの様子であるし、まさかここになど…。」

公青が、言った。

「訳が分からぬのは分かる。だが何やら面倒に巻き込まれたようぞ。我がそれを知った経緯はまた後でゆっくり話すが、とにかくは三人を探さねば。炎月はまだ生かされようが、二人は口封じに殺される可能性がある。どうやら炎月を狙っておったようなのだ。炎嘉殿に恨みがあるようであった。」

もしかして、それを気取って炎月を助けようと巻き込まれたのか。

翠明は、そう思った。このままでは、大切な皇子達を失ってしまう。

「参る!気を探ればすぐぞ!我が子であるのに!」

しかし、出て行こうとする翠明に、公青は急いで言った。

「気取れぬ。気を遮断する膜を被っておる。鳥族ならば気取れようが、どうやら鳥の軍神も難儀しておる様子。もしかして気取れぬのやもしれぬ。定佳の領地を端から端まで目で探すよりない。我も行く。我が宮の軍神も来ておるのだ。もう夕刻であるが、何とかして探そうぞ。」

そう公青が言った途端、空に明るい光の玉が打ち上がった。

それがまるで昼のように、地上を照らしてその範囲を明るくしている。

炎嘉の気がするところをみると、炎嘉が捜索のために気の玉を放ったようだった。

「やはりな。気取れぬのだ。さあ、参るぞ!ぐずぐずしてはおれぬ!」

公青がそこを出て行く。

翠明も、急いでそれに続いた。何としても、二人を、いや三人を探し出さねば…!


維心は、戻って来た義心から話を聞いていた。志心だと…?

「…あり得ぬ。あやつは確かに激しい神だが、愚かではない。あのように小さな西の島にちょっかいを出すほど暇でもないしな。そもそもあれに何の利もないのだ。もし炎嘉に何か恨みがあったとしても、もっと直接的な方法で正面から行こう。」

志心と炎嘉…いや、しかしあれらは確か、七年前の会合の後に酒のせいで関係をもっておったな。時が符号する。とはいえ、志心が炎嘉に執着している様子はなかったし、あれからそんなことはない。炎嘉が素知らぬふりでおるのを恨んでおるのか…?しかし…。

維心は、立ち上がった。

「何にしろないと言うても現に白虎の軍神であったのだし、志心には話をせねば。西の島にはあれだけ近いのだから、志心も大騒ぎしておるのは気取っておろう。我が行く。」

義心は、驚いた。

「王、御自らお出ましですか。」

維心は、顔をしかめた。

「早うせねば維月が案じてこのままでは夜も眠らぬだろう。我が参る。任せてられぬわ。ついて参れ。」

義心は、頭を下げた。

「は!」

そうして、維心は義心一人を連れて、白虎の宮へと飛んだ。

先触れは間に合わないので、いきなり行くことになりそうだ。

義心は思いながら維心の後について飛んだ。


突然の訪問だったにも関わらず、結界はすんなりと二人を通した。

志心が、結界に掛かったのを気取ってもう到着口へと出てきているところだった。維心は、着いていきなり言った。

「知っておろうの。西が騒がしい。」

志心は、頷いた。

「何やら戦かとこちらも連絡待ちをしておった。軍神は揃えておるが、いったい何事ぞ。鳥と龍だけでも一万五千居るではないか。」

維心は、頷いた。

「話そうぞ。聞きたい事もあるゆえ。軍神を出すのはしばし待て。今主らが行くとややこしい事になる。」

志心は、怪訝な顔をしたが、奥へと促した。

「まあ良い、我の居間へ。」

維心は、義心をちらと見た。

「ついて参れ。」

義心は頷き、維心に従ってその後ろへ続いた。

「穏やかで何もない日であったのだ。それが突然、鳥が来て龍が来て、公明の軍神やら翠明の軍神やらが入り乱れて、偵察に行った者の話では地面に張り付いて何やら探しておると。何か大層なものでもなくしたのかと、こちらでは怪訝に思うておったのだ。ならばうちや鷹が近いのにわざわざ鳥やら龍やらが来るゆえ、戦の準備かと。」

維心は、首を振った。

「ない。ならば先に主らに知らせをやるわ。」と、志心をちらと見た。「定佳の宮ぞ。」

志心は、片方の眉を上げた。

「定佳?あれは穏やかで落ち着いておるし滅多な事はせぬだろうが。何か問題でも?」

それを言った志心の気に、変動はない。

維心は、ため息をついた。

「…あそこへこっちから妃を押し付けたであろう。そら、炎嘉の口添えで。」

志心は、思い出そうと眉を寄せた。

「…何であったか。我はどこぞの宮に誰が縁付いたなど興味もないゆえ覚えておらぬが、そんなことがあったか?」

とぼけている風ではない。本当に覚えていないのだ。

そこで、奥の居間の前に到着した。

扉を開いて先に入っていく志心に続きながら、維心は確かに志心は知らないだろうと思った。そもそも何かあったなら、維心とこれほどに近くに居て緊張しないはずはない。いくら手練れでも、維心には本気で対峙しないと志心には勝てる見込みはなかった。

それなのに、構えもしないのだ。軍神の気配も、全く側になかった。

維心は、志心に促されるまま椅子に座り、義心はその斜め後ろに膝をつく。

志心は言った。

「それで?その、定佳に嫁いだ女とやらがどうしたのだ。居らぬようにでもなって、皆で探しておると?」

そんなはずはない事は分かっているようだ。たかが他の宮の女一人を探すのに、鳥と龍があれほどの軍神を投入するはずはないのだ。

「居らぬようになったのは確かだが、探しておるのはその女ではない。」と、じっと志心を見つめた。「炎月ぞ。そして、翠明の皇子二人。」

志心は、両方の眉を跳ね上げた。炎月…?

「…失踪したと申すか。ちょっと出掛けたのではなく?というか、来ておったのか。」

維心は、やはり志心が知らないのだと確信した。拐われたと判断しなかった。今の神世の状況で、拐うこと自体があり得ないからだ。何しろ、どこも安定していてまして鳥などに恨みを買おうとする王などいない。ただ、滅ぼされるだけだからだ。

維心は、肩の力を抜いた。

「いや、出掛けたのではない。定佳の宮の妃が誰ぞにかどわかされて、炎嘉に縁付くために炎月を取り込もうと宮へ来させる算段をしておった。炎月はその女が己の侍女であったので、顔をみようと訪ねたようだが、そこで、その誰ぞに気を遮断する膜を掛けられ、拐われた。緑翠と紫翠はそれを見たゆえ共に拉致されておるようよ。侍従に化けておったらしいが、義心が言うにあれは軍神だと。名を、凪と言う。知らぬか。」

志心は、険しい顔をした。

「知らぬ。何故に今、炎月を拐うのだ。何の利がある。炎嘉…」志心は、目を上げた。「恨みか。何か個人的なものなら、王は知らぬし宮の将来など考えもせぬだろう。」

維心は、頷いたが同情するような目をした。志心は知らぬ…誰かが勝手にやったことだ。

「…志心。現場に気が残されておった。その気は、白虎。」

志心は、息を飲んだ。だから軍神を出すなと言い、維心が自ら来たのか!

「…我の軍神か。」

志心は、苦々しげに言った。維心は、頷いた。

「主が関わっておるなどとおもわなんだが、万が一ということもある。だが、話しておって分かった。やはり主は知らぬな。だが、己の軍神の事ぞ。始末は主に任せるが、今はとにかく炎月と紫翠、緑翠ぞ。無事に助け出せねば後の宮の関係もある。」

志心は、目をうっすらと光らせて言った。

「言われずとも分かっておるわ。勝手な事をしおって…だが、凪などという軍神は居らぬし、居った事もない。我の顔に泥を塗りおって…許さぬ。」

志心のこんな様を見るとは、千年以上ぶりだった。宴の場でも狼藉があっても、苦笑して押さえ込んで許すような神だった。それが、今は目を真っ青にして怒っている…志心の瞳は薄い青色だが、それが光を帯びているのだ。

維心は、立ち上がった。

「ならば、我が炎嘉に連絡を。犯人は凪と申す白虎の侍従に扮した軍神の男。詳しい姿などは直接見た定佳の宮の侍女に聞くよりないが、大半が死んでおって聞きだせるか分からぬ。後は主の仕事。我らは三人を探すことに注力するゆえ、主はその男を探して断じよ。分かったことは逐一義心を知らせにやる。頼んだぞ。」

志心は、内心の怒りを隠そうともせずに立ち上がった。

「白虎の威信にかけて探し出そうぞ。炎嘉には迷惑を掛けてすまぬと後で詫びを。今はそやつを探す。」

そうして、維心がまだそこに居るのに、サッと踵を返して出て行った。恐らくは、軍神達に経緯を話に行ったのだろう。

維心は、これで同族の王が探すのだから見つかる確率は高くなったと思いながら、定佳の領地上空へと急いだ。

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