正体は
義心は、いち早く奥宮へと到着していた。
北の部屋へと入って行くと、定佳と公青が現場を調べていた。ここへ来る前、辺りは定佳の軍神達と鳥の軍神数人が何かを落としたのかというように、地上をしらみつぶしに探している様が目に入った。あの探し方は、気を遮断する膜に覆われたものを探すそれだった。
義心が入って来たのを見て、公青が言った。
「義心、届いたか。して?」
義心は、頷いた。
「軍神をお借りして我が王にご連絡を。炎嘉様には?」
「我が知らせを送った。」定佳が言った。「主はこの相手に心当たりはあるか?」
義心は、首を振った。
「残念ながらありませぬ。定佳様に恨みがあるものではないことは確かでありまするが、炎月様をとなると、恐らくは炎嘉様へ何某かの恨みを持つものの犯行ではないかと。とは申して、千歳様ではないかと思われまする。なぜなら、一斎様にはそのようなお力はおありになりませぬし、むしろ炎嘉様には助けてもらっておる恩がある。千歳様ご本人にこれほどのことを成す力はありませぬ。つまりは、利用されておったのではないかと。」
公青が、言った。
「紫翠と緑翠もまとめて連れていかれておる。恐らくは紫翠はそれを知ったから、緑翠は紫翠を何とかしようとしたからではないかと思われる。炎月が危ないのもだが、二人は逃げるのに足手まといになるゆえ口封じに殺されよう。凪という名に、覚えはないか。」
義心は、自分の記憶を探った。凪…。
「…いえ。聞いたことはございませぬな。」と、脇の侍女の死体を見た。「これは?」
公青は、頷いた。
「その、凪にやられたらしい。これも口封じかの。」
義心は、その死体へと歩み寄った。そうして、じっとあちらこちらを探っていたが、言った。
「…気で吹き飛ばした後、刀で一突き。この気の残留物は…しかし、そんなはずはないのだが。」
公青は、眉を寄せた。
「何ぞ?何でも良い、そんなはずはなくてもそれがやったのだ。何を気取った。」
義心は、膝をついて死んだ侍女を検分していたが、立ち上がった。
「この気は、覚えがあり申す。白虎でありまする。」
公青は、息を飲んだ。
白虎…白虎の軍神だと?
「まさか…志心殿?そんな…あり得ぬ。あのかたはそんな神ではない。穏やかで落ち着いた我慢強い王で、他の誰より話を聞く王であるのに。我とてどれほどに庇ってもろうたことか。」
義心は、チラと公青を見た。
「そんなはずはなくともそれがやったのではありませぬか?しかし、確かにおかしい。白虎は炎嘉様と軋轢などありませぬ。確かに白虎王は、今でこそあのように穏やかな様ではあられまするが、大変に激しい神であられ、我が王すら手こずったほどのやり手であると聞いております。だが、争っても何の利もない。」
定佳は、言った。
「しかし、その凪は白虎であるのだろう!我が宮を知らぬ間に荒しおって…力の無いものであったら何をしても良いと申すなら、翠明と共に攻め上ろうぞ!」
公青は、慌てて言った。
「待たぬか定佳、志心殿が命じたとは限らぬではないか。個人的な恨みで炎嘉殿を狙っておる輩やもしれぬから!翠明も確かに紫翠と緑翠のことがあるゆえ、共に戦おうが双方に何の利もない戦ぞ。それに…翠明には、白虎は討てぬ。」
定佳は、ぐっと眉を寄せた。義心も、それには同意した。
「公青様のおっしゃる通りでありまする。志心様は、あの戦国を生き残った神。一見穏やかそうではありまするが、かなり腕の立つ闘神であられまする。しかも、戦には慣れている。数で押しても太刀打ちできませぬ。在りし日の獅子ですら、白虎には手を出さなかった。勝てぬからです。」
定佳は、ギリギリと歯を食いしばった。ならば、これほどに馬鹿にされて、どうしたらいいというのだ。
「…ならば、どこへ文句を言えば良いのだ。宮を荒らされ、訪ねて参った鳥の宮の皇子をさらわれ、紫翠と緑翠もさらわれた。このままでは…済ませぬ。」
公青が、息をついた。
「とにかくは、炎月を探すしかない。恐らく三人は同じ場所にこめられておるだろう。義心、維心殿に申して、一度志心殿に問い合わせを。何かご存知であるやもしれぬから。」
義心は、頷いた。
「は。ですが、龍軍が近づいて来るのを感じまする。我は、あれに指示を出してから、一旦王の御許へと戻って命を待ちまする。」
ふと見ると、空にはいっぱいに赤い甲冑が見えた。
そして、向こう側からは、青い甲冑の一団がやって来るのが見える。
鳥と龍が、軍を引き連れて北西の宮の上空に集結していたのだ。
もう、夕日が西へと沈み始めていた。
炎月がどうしたらいいのかと考えている間に、緑翠はどんどんと弱って行った。
炎月の気では、十分に治療することは出来ず、紫翠の気では、とてもまだ他の神の治療など無理だった。
膜を破れないかと膜の端へと行ってみるものの、それは柔軟に伸びて、炎月が押すとボヨンボヨンと押し返し、出ることも移動することも出来なかった。
心無しか、膜の中の気も少なくなって来たように思う。
緑翠を治療するために、気を使い過ぎたか…。
炎月は、ぐったりと岩肌にもたれかかって息をついた。
「…主の父親、探しに来ておるぞ。」
ハッとして、炎月は顔を上げた。
そこには、あの凪が浮いて、こちらを見下ろしていた。いつの間にか、膜の中へと入って来ていて、不敵な笑みを浮かべている。炎月は、立ち上がる力も無くて、それでも叫んだ。
「主!いったい何者ぞ!なぜにこんな場所に我らを閉じ込めるのだ!父上に恨みがあるのなら、この二人は関係あるまいが!このままでは、緑翠は死ぬぞ!」
凪は、フンと鼻を鳴らした。
「その方が都合が良い。分かっておろうが。その二人は我の計画を知り過ぎた。逃がせば知らせに参るだろう。主らは、ここで朽ち果てるのだ。もう、気が少なくなっておる。三人で数日過ごすには少なすぎる気であろう?探そうにも、鳥族特有の周波数とやらはこれは通さぬ。我が考えてやっと作った膜よ。父は上空で、主が気取れず右往左往しておるわ。」
炎月は、息を乱しながら、言った。
「我が死んだら、父上を脅すことも出来ぬのではないのか。人質とは、生きておるからこそ価値がある。死体に価値などないぞ。」
凪は、むっとした顔をした。そうして、その顔を歪めて、笑った。
その顔は、恐らくは美しいのだろうが、今はその狂気を孕んでそれは醜かった。
「何を勘違いしておるのだ。我は、炎嘉が苦しむのを見たいのだ。主は、炎嘉がそれは待ち望んだ子であるそうな。普通は乳母に任せて王は子育てには関与しないもの。それなのに何年も毎日ほど通い、主を育て、宮へ迎え入れた。それほどに大切な子を、奪われたらあやつはどれほどに悶え苦しむのか。我は、それが見たいのだ!案じるな、死体は帰してやろうぞ。それを見た炎嘉の、嘆き悲しむ様が見たいゆえな。」
炎月は、ぐっと黙って凪を見上げた。これは、恨みだ。領地がなんだと関係ない、ただ、炎嘉への恨みでこんなことをしているのだ。ただ、父を苦しめたいだけで、自分はここへ連れて来られた。
紫翠は、少なくなった気の中で、まだ這うことしかできない状態で、炎月を気づかわしげに見ている。
炎月は、もはや苦しくなって来た状態で、肩で息をしながら、どうしたらこの状況から逃げ出せるのかとそれだけを考えていた。
炎嘉は、必死に炎月の周波を探した。しかし、全く気取れない。他の軍神達も、必死に集中して探しているようだったが、それでも何も気取れなかった。
もしかして、気を失っているのか。
炎嘉は、気が気でなかった。維心とは違い、今炎月が生きているのか死んでいるのか判断がつかない。命を司る維心にしか、黄泉のことは見えないからだ。
炎耀が、言った。
「王、炎月の周波が辿れませぬ。気を失っておるのか…それとも、もしかして周波すら抜けぬ膜を張られておるのか。」
炎嘉は、眉を寄せた。それならば、しらみつぶしに探すしかない。
「…軍神達を下へ下せ。ひそめそうな場所を、徹底的に調べて参るのだ。龍軍も来たし、手分けして探すよう命じよ。海までは出ておらぬはず…この、定佳の領地を徹底的に調べよ。」
炎耀は、それは砂漠に落ちた砂粒を探すような作業だと思いながらも、頭を下げた。
「は。」
そうして、皆に指示を出し、龍軍にもそれを伝えるために向かう。
炎嘉は、じっと地上を見下ろしながら、必死にまだ、炎月の気配を探って気を飛ばしていた。
炎月、生きておろうの。どこぞ?どこに居る。この太平の世で、なぜに主がさらわれねばならぬのだ…!