捜索
公青が必死の形相で飛んで来たのを見た、奥宮前で待っていた嘉張は、仰天した。定佳がその後ろを追うように飛んで来る。
ここで公青を止めた方がいいのか、それとも見送った方がいいのか、一瞬のことで判断できずにいると、公青が叫んだ。
「嘉張!主も来い!炎月が危ない!」
公青は、一瞬にして目の前を通り過ぎて行く。嘉張は、炎月が危ないと聞いて、勝手に体が動いていた。炎嘉様にくれぐれも頼むと言われて参ったのに!
定佳の後ろを必死に飛ぶと、公青は北の部屋へと飛び込んだ。
そこは、惨状となっていた。
侍女が脇で血まみれで倒れ、何人かの侍女は倒れて身動きしない。公青は、辺りの布を薙ぎ払って叫んだ。
「炎月!炎月どこぞ!」
定佳は、愕然とそれを見ていた。そして、隅でガタガタと震えている、侍女の一人を見つけて、怒鳴るように言った。
「何があった!なぜにこのような事になっておる!」と、刀を抜いた。「申せ。申さねば、今すぐ斬る!」
それは、千歳について来た侍女だった。その侍女は、刀の切っ先を目の前に見て、震え上がって言った。
「な、凪という侍従が!千歳様も連れていかれてしまい申しました!突然に炎月様に気を放ち、気を失わせた後、気を遮断する膜とか申すものをまとわせ、連れ去ってしまわれて…!」
嘉張が、叫んだ。
「どっちへ行った!」
侍女は、北東を指した。
「あ、あちらの方へ…!」
「失礼する!」
嘉張は、弾丸のようにその方角へと飛んで行った。公青が、侍女を睨んだ。
「それだけではあるまい。」侍女は、その目の鋭さに震え上がった。公青は続けた。「申せ!緑翠は何をしておった!紫翠はどこに居る!」
定佳は、驚いて公青を見た。
「緑翠…?紫翠も、ここへ来ていたのか?!」
しかし、公青は侍女を睨みつけている。侍女は、わなわなと震えながら答えた。
「それは…お二人とも、凪が炎月様と同じ黄色い膜に包んで運んで行ってしもうて…!」
定佳は、グイとその侍女の胸倉をつかんだ。
「凪とは誰ぞ!?千歳は何を隠しておった!我の宮で、いったい何をしようとしておった!」
侍女は、息が詰まって声が出ない。定佳は、侍女を乱暴に床へと投げると、また刀を構え、言った。
「申せ…斬り殺してくれる。」
定佳の目は、真っ青に光っていた。激高して周りが見えていないような状況だ。侍女は、頭を抱えてうずくまりながら、叫ぶように言った。
「数年前突然に新しい侍従だと入って参った侍従でありまする!それが…千歳様に、ここから出たければ炎月様に取り入って炎嘉様に願わせれば良いのだと申して…!」
定佳は、眉をぐっと寄せた。
「…知らぬ。」と、刀を突きだした。「新しい侍従など、まして凪などという名は知らぬ!」
定佳は、一気に刀を振り下ろした。
「ああああ!」
侍女は叫んで、ばったりと倒れた。定佳は腰へと刀を納め、公青を見た。
「…峰打ちか。」
公青が言うと、定佳は頷いて集まって来ていた自分の軍神に命じた。
「牢へ繋げ。ここの侍女は全て取り調べよ。」と、公青を見た。「炎月殿がどこぞにさらわれたのは確かのよう。我が宮で起こっておることを我が知らぬとは我の責。いったい、なぜに公青殿はこれを知るに至ったのだ。」
公青は、息をついた。
「話せば長いゆえ、後で話す。それより、炎月を探さねば。気を遮断する膜に込められておるなら人海戦術で目視で探すよりない。嘉翔が追って参ったが、他の軍神も捜索に出すのだ。鳥の宮へも知らせを。あと、紫翠と緑翠がかかわっておるから翠明にもぞ。ちょうど、我が宮に龍軍の義心が来ておるから、あやつに手助けさせようぞ。」と、南の公明の結界へ向けて、気を放った。「義心!参れ、炎月がさらわれた!膜の中ぞ!」
届くのか疑問だが。
公青は思いながら、残された残骸の中から、何か手掛かりはないかと探し始めた。定佳は、今公青が言った箇所へと知らせに軍神を飛ばしながら、この晴天の霹靂の出来事をまだ、消化しきれずにいた。
公青は案じていたが、きちんと義心には公青の声は届いていた。義心も公明の宮から軍神を借りて維心に連絡を送ったが、定佳の連絡が鳥の宮へ着く方が早かった。
炎嘉は、それを見て思わず立ち上がった。
「炎月が…!」
開は、おろおろとした。
「いったい、どうしたことでしょうか。あちらの島は只今大変に落ち着いておって穏やかであると聞いておるのに。それに炎月様は、なぜに定佳様の宮へ立ち寄られたのでしょう。」
炎嘉は、ギリギリと歯を食いしばってもはや歩き出しながら言った。
「どうせ千歳が居るとかそんなことで立ち寄ったのだろうて。しかしなぜに定佳の宮でこのような。」と、浮き上がって飛び始めた。「炎耀!炎耀は居るか!」
炎嘉が向かっていたのは出発口だったが、炎耀は炎嘉の気を探って追って来た。
「御前に、王。」
炎嘉は、炎耀を見た。
「炎月が連れ去られた。定佳の宮からぞ。捜索に参る、一緒に参れ。」
炎耀は、目を見開いた。炎月が…?
「あの西の島でですか?」
「そうだ。」と、炎嘉はさっさと飛び出した。「行くぞ!開、維心に援軍を寄越せと申せ!我が軍の軍神、五千はついて来い!」
そうして、炎嘉は見る間に大きな金色の鳥へと変化すると、ものすごい勢いで西の島北西へと向かった。
それを見た軍神達は慌てて鳥へと変化して、その後を追う。
炎耀も、遅れてはと必死に鳥に戻って炎嘉の後を追って飛んだ。
その様は、まるで戦に向かう軍神達のようだった。
「?」維心が、居間で顔を上げた。「…炎嘉が西へ。これは…鳥ぞ。五千ほどが移動しておるな。」
維月が、隣で不安げな顔をした。
「五千?戦でございまするか?」
維心は、首を振った。
「いや…」西か。義心からはまだ報告が来ぬ。しかしあれしか考えられぬ。「心当たりがある。我も行くべきか。」
すると、兆加が駆け込んで来た。
「王!公明様からの書状と、炎嘉様からの書状が参りましてございます!二つとも、至急とのこと!」
維心は、今来たかと書状を手に取った。そしてまず義心からのもの、そして炎嘉からのものを見て、息をついて、叫んだ。
「我が軍も出る!捜索ぞ!定佳の宮へ参れ!帝羽、一万連れて、行け!義心の指示に従え!」
言うが早いか、一斉に龍の宮から軍神達が飛び立つのが見えた。維心の声一つで、軍神達は何をしていてもサッと動く。帝羽が、もう空を飛んで行くのは維月にも見えた。
「いったい、何事ですの?!一万と…それほどに、大切なものを探すのですか。」
維心は、頷いて維月の手を握った。
「落ち着いて聞くのだ、維月。炎月が、何者かに連れ去られた。」
維月は、動きを止めた。
「え…。」
維心は、さらに言った。
「案ずるでない、あれは死んでは居らぬ。我が黄泉の戸をくぐったのを感じぬからの。だが、義心が知らせて参ったところによると、恐らくは気を遮断する膜に覆われておるのだ。鳥同士の周波はあれを辿って見つけ出すだろうが、炎月が弱っておったら気取りにくい。小さいしの…しかし、見つけるはずぞ。案じるな。」
しかし、維月ははらはらと涙を流した。炎月が、西へと紫翠を訪ねているのは知っていた。もしかしたら、帰りに龍の宮にも寄るかもしれないと期待して待っていた。それなのに、さらわれたと。
「維心様…いったい、誰がそのようなことを。西は平穏で問題はないと聞いておりましたのに。」
維心は、首を振った。
「分からぬのだ。今、義心達が行っておるので調べるだろう。報告を待つよりない。」
維月は、しっかりしていて賢いとはいえまだ体の小さな炎月が、そんな目に合っているという事実に、不憫で案じられてならず、涙が止まらなかった。そんな維月を、維心はただ抱きしめていた。