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動き

公青が義心と共に宮へと帰ると、公明が驚いたように慌てて出て来た。結界に、義心の気もかかったので、何事かと思ったのだろう。

「父上。龍の宮へ行っていらしたのですか。それで、なぜに義心が?」

公青は、到着口に降り立って、言った。

「ああ、少し訳があってな。ちょっと定佳の所へ行って来るのだが、義心を定佳との結界境に残しておく。もしも、であるが、何か対応せねばならなくなったら、主は義心に従って動け。分かったな?」

公明は、不安げな顔をした。

「何事でしょうか。何やら北が騒がしい。昨夜も、この上を緑翠が通り、中を紫翠が通ってあちらへ参ったのです。あれらが何か?」

公青は、片眉を上げた。

「主、知っておるのか。」

公明は、頷いた。

「はい。緑翠も紫翠もようここの上空やら中やらを通りますので、その時に少し話を。というて、結界上空の時は放って置きますが、中を通る時は要件を聞きますので、昨夜も紫翠と話を。」

公青は、公明に身を乗り出した。

「なんぞ?紫翠はなんと言うておった。」

公明は、父が食い気味に来るので驚いて退きながらも、答えた。

「別に大したことは。定佳殿の宮へ行くようなので、通らせてくれと。緑翠に気取られとうないようでした。ここ最近、緑翠は頻繁に夜、上空を定佳殿の宮へと向かうのを知っていたので我は気にしておりませんでしたが、紫翠はそれを知らなかったようで。紫翠が追っておるのを、緑翠に言わぬでおいてくれと申しておりました。また説明に参るからと。」

公青と義心は、顔を見合わせた。ということは、紫翠は宮を抜け出して行く緑翠を、どこへ行くのかと密かに追って行ったということだ。

「…翠明様には、気取られぬのでしょうか。」

義心が言うのに、公青は首を振った。

「ここらの神がちょっと別の宮へ外出するぐらいで親に申したりせぬわ。もちろん、言うて行くのは礼儀であるが、そう頻繁では親も面倒であるから、どこどこへ行くなら勝手に行け、とか申しつけたりする。なので少しぐらい居らぬでも、またどこかへ行ったな、ぐらいの感想でしかない。ここは島であるのだぞ?東のように隣の宮まで遠すぎるとか無いのだ。ちょっと一人で行って帰って来るのなどしょっちゅうよ。」

…ならばまだ知られてはおらぬな。

義心は、王族がそんなに簡単に何も言わずに出て行く宮というのが理解できなかった。維心もよく忍びで出かける方だが、絶対によほどでなければどこどこへ行く、と言い置いて出て行く。軍神もいきなりについて来いと言われるので大変だが、黙って行かれるよりはマシだった。

そんなことでは、守れるものも守れないからだ。

「何か面倒が起こっておるということでしょうか。」

公明が、気づかわしげに言う。紫翠とは友なので、もしあれがそんなものに巻き込まれているとしたら、どうしても助けてやらねばと焦る気持ちが抑えられないようで、必死の顔だ。

公青は、息をついた。

「分からぬ。だが、紫翠があの宮の奥へ入ったまま、出て来ぬらしい。緑翠は帰ったようだが、何が起こったのか見えぬのよ。なので、我が探って参る。定佳は恐らく知らぬ。あれが翠明に何某かなど、最近の関係から見ても考えられぬから。我が探って参る間、主はこちらで義心の様子に気を付けておけ。我は、義心に知らせるゆえ、それで義心は動くであろう。これの判断に任せるゆえ、主は義心が援軍を頼んだら軍を出すのだぞ。というて、恐らくは軍神数人を貸すだけであろうし、間違っても主自身は出て参るでない。王は遠くにあって状況を見守り指示するもの。いよいよとなった時に出るのだ。分かったの。」

公明は、今すぐにでも定佳の宮へ行きたい気持ちだったが、ぐっと抑えて頷いた。

「は。では、父上にもお気をつけて。」

公青は、面倒そうにまた、空を見た。

「ほんにもう、気がこのようで昔のようには自由にならぬのに。神使いが荒いのだ、龍王というやつは。」

そう言いながらも、公青は飛び立って行った。義心がそれに続き、公明はそれを見送りながら、不安な気持ちのまま北の空を見ていた。


炎月は、侍女について後宮の北の部屋へと足を踏み入れた。目の前で、千歳が頭を下げている。懐かしい気持ちで、炎月は言った。

「千歳か。久しいの。ながく会わずでどうしておるのか案じておったのだ。壮健か。」

炎月が言うと、千歳は顔を上げた。

炎月は、驚いた。

千歳は、すっかりやつれた様子になって、今にも倒れそうなほど憔悴しきった顔だったからだ。

炎月は思わず千歳に走り寄り、その手を取った。

「千歳?どうしたことか、その様は。いったい、ここでどんな扱いを受けておると申す。定佳殿は優し気で穏やかな王だと聞いておるのに。何不自由ないのではないのか。」

千歳は、炎月を見て、涙を流した。

「炎月様…なんとご立派におなりあそばして。御父上の炎嘉様にそっくりな様に…。我は、こちらで定佳様に顧みられず、確かに着物も何もかも不自由は致しておりませぬが、こちらでただ、生きておるだけの状況でありまする。あのようにご立派なかたであられるので、我とて夫としてお仕えしようと思うておりました。ですが、定佳様は我にご興味など無く…。嫁いだその日だけお顔を拝見いたしましたが、それからは一度もお会いしておりませぬ。」

炎月は、愕然とした。確かに、普通の宮ではあることだと聞いていた。だが、たった一人しか居らぬ妃で、ここまで放って置かれては確かに千歳もつらいだろう。

「…不憫ではあるが、神世ではようあることだと聞いておる。政略の婚姻であるからの…我にも、どうしてやることも出来ぬが。」

千歳は、しかし言った。

「炎嘉様に輿入れ致すはずでありましたのに。」千歳は、まだ涙を流していた。「それなのに、あのかたは我を顧みることも無く、ただ侍女として召すとおっしゃって…最後には、こうして我を遠くへやってしまわれた。それでもこちらで幸福にと思うておったのに、我は…我は、どうしてよいのか分からぬのでございます。」

父上に嫁ぐはずだったのか。

炎月は、確かに父には多くの縁談が来る、と思っていた。今でもひっきりなしにやって来る縁談を、父はにべもなく断ってしまう。父は、炎月の母一人を守って生きるのだと言っていた。しかし、母は友である龍王の妃で、それが叶わない。ゆえに、誰も妃を娶らないのだと…。炎月が生まれたのも、龍王が友としての証として、許してくれたからだと。

炎月は、父の生き方を尊重したかった。確かに母は、優しく美しく、それは珍しい気を持つ非の打ちどころの無い貴婦人だった。月という珍しい命であるからなのだと聞いた。そんな母を想っている、父の気持ちも分かるのだ。

「…今も言うたように、我にはどうしてやることも出来ぬ。それは、父上のご判断であるから。」

そう、はっきりと言い切る炎月に、それでも千歳は追いすがるように言った。

「我を、母代わりとも思うてくださらぬのですか。炎嘉様にそうおっしゃってくだされば、炎月様をそれは大切に思われておる炎嘉様のこと、我を妃としてくださるのではありませぬか。我は、炎月様を我が子とも思うてお世話しておりましたものを。このように引き離された上、このような場所に込められるばかりの毎日に、耐えられないのでございますわ。」

炎月は、千歳の良いように、表情を引き締めて、取っていた手を放して背筋を伸ばした。

「何度も申しておる。我には、母などもう必要ない。誠の母がどこかにいらっしゃるだけで良い。我のために、父上にご無理をおさせするようなことは断じてない。そのようなことを勧める主のことも、我はもう信じることは出来ぬ。母上はそのようなことはおっしゃらぬかただった。主は我の母ではない。」

茫然と黙る千歳に、炎月は、踵を返した。来るのではなかった…優しい侍女としての記憶だけであったら、失望せずとも済んだのに。ただ、これがどうしているのか気になっただけだったのに。

不意に、脇の仕切り布が揺れて、そちらから手を打つ音が聞こえて来た。

何事だろうと振り返ると、そこには侍従の着物を来た、精悍な顔つきの男が立って、こちらを見て笑っていた。

「…何ぞ。主は誰だ。」

相手は、微笑んで言った。

「我は凪。さすがにお世継ぎの皇子、幼いのに大変にご立派なお考えをお持ちぞ。信じてはならぬものをようご存知よ。感服致した。」

炎月は、眉を寄せてその男を見た。侍従にしては、気が強い…それに、品があってとても下位の神には見えない。それに、この気はこちらの神とは違う気がする。

「主、侍従ではないな。なぜにここに居る。」

相手は、フッと笑った。

「気付かれるのが早い。さすがにお血筋か。」と、千歳をぐいと気の力で押して脇へとやると、続けた。「この女は、あなた様に取り入って炎嘉様の妃に収まろうと、他の神の世話になっておきながら画策しておったのです。どんな手を使っても、あなた様をこちらへ来させて、そうして手なずけてしまおうと。しかし、なかなかに事が進まず、こうして来られた時には、あなた様はそのように、この女などでは手に負えない神へと成長しておられたという始末。女ゆえに、浅はかであるよな。」

炎月は、目を見開いた。そんなことを画策しておったのか。

しかし千歳は、叫んだ。

「主が!炎月様を取り込めばと申したのではないか!全て主が…!」

「異なことを申される。」凪は言った。「あの南西の第二皇子があなた様を追い出したいと必死であったのを逆手にとって、あれに力添えをさせてここへ来させようと、先に画策しておったのはあなた様方ではないか。我は、それを利用させてもろうただけ。我はただ、この炎嘉の泣き所を我が手中に収めたかっただけぞ。」

炎月は、こやつは自分を狙って来たのだと、声を上げようとした。

「嘉ち…!」

しかし、突然に気の玉が炎月のみぞおちを捕らえた。

「う…。」

父上…!

炎月は、必死に狼煙を上げようとしたが、なぜかそれが打ち上げられる事は、無かった。

なぜだ…何かに包まれている…?

炎月は、そのまま気を失った。

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