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訪問

その頃炎月は、定佳の宮へと到着していた。

まだ幼い皇子だが、顔つきはしっかりとしていてかなり賢しいことは定佳にも分かった。

…聞いていた通り、炎嘉殿にそっくりであるな。中身もそうならここは考えて対応せねばならぬ。

定佳は、そう思いながら降り立った炎月に歩み寄った。

「炎月殿。よう来られたの。」

炎月は、愛らしい笑顔で答えた。

「お出迎え感謝致す、定佳殿。此度は定佳殿にお会いしてご挨拶をと思い、参り申した。我の侍女をしておった千歳を娶っておられるので、ついでに顔を見て参ろうかと。」

定佳は、頷いた。

「あれは気分が悪いらしく奥へこもっておるが、それは後ほど。まずは宮をご案内しよう。我には皇子がおらぬので、お話相手もご用意出来ぬが、我がお話し申そう。」

炎月は頷いた。この定佳は、自分と同じような空気を感じる。そこまでではなくても、恐らくは自分を偽って穏やかな様を装っている内側で、何を考えているのか分からない、ということを、気取ったのだ。

…これは慎重に話さねばならぬな。

炎月は、そう思いながらも微笑みながら、定佳について宮の中を歩いて行ったのだった。


公青は、いきなりに呼び出されて龍の宮へと来ていた。

密かに来いと言われたので、仕方なく軍神一人を連れて知らせが来てすぐに宮を出て来たのだ。

最近では政務も離れて、公明が聞いて来た時だけ答えるような方針に変えていたので、暇だと言われたら暇なのだ。

だが、何かある度に簡単に呼び出されて軍神のように使われていたらたまらぬな、と幾分不満を感じながら維心の居間へと入った。

居間へと入って行くと、維心は一人で正面の椅子に、不機嫌な様で座っていた。その隣で、義心が膝をついている。こちらこそ腹が立つのだが、と思いながらも、公青は言った。

「して、いったい何の御用か。我は退位して気楽に過ごしておるとはいえ、そうそうポンポン宮を出て他の宮の何某かに携わることなどしとうないのだがの。」

維心は、公青を睨んだ。

「あのな。我だってあちこち見るのは面倒でならぬわ。そも、西の島は主の管轄であろうが。公明が幼いからと翠明だって主を殺さず補佐に残しておる。あれが出来ぬことは、主がせぬか。我はこっちを何とかするのに忙しゅうてあちらまで見ておる暇などないのだ!」

どうも、かなり機嫌が悪いようだ。

公青は、眉を寄せた。

「こちらで何かあるか。軍神が報告して来た時ぐらいしか最近は見ておらぬし、別に大きな動きはないがな。」

維心は、イライラと言った。

「わかった、ならば教えようぞ。義心。」

維心の隣に膝をついていた、義心が顔を上げた。そうして、ここ数年のことを公青に大まかに話した。公青は最初こそ軽い様子で聞いていたが、そのうちに真顔になって来て、そうして、紫翠の事に関しての辺りになると、眉は完全に寄っていた。公青は、話を聞き終わってから、しばらく黙って、言った。

「…こちらはあまり知った宮同士の行き来に神経を使わぬところがあるのだ。細かい宮が多くて、各々結界を張ってはおるが、その上から四人の王達が大きく自分の領地として結界を張っているような状態であるから。細かいことまで見ておったら面倒でならぬし、そも、これまでそれで面倒は無かった。独立して結界を張っておるのは、中央の我の宮ぐらいなのだ。こちらとはいろいろ、常識が違っておってな。」

維心は、まだイライラしながらも頷いた。

「わかっておるわ。それで何も無いならこちらも何も言わぬが、定佳の宮はどうなっておる。緑翠は翠明のもとに帰っておっておとなしくしておるからそのうちまた北西へ行くのだろうとこちらでは見ておったのに、頻繁に奥宮へ潜んで行っておるなど。」

公青は、顔をしかめた。

「そっちの面倒をこっちへ押し付けておいて何を言うておる。千歳とかいう女を定佳に押し付けて東は安泰とか思うておったのではないのか。西の中でだけやっておったらそもそもこんなことにはならなんだのだ。いつもこっちから面倒を持ち込まれておるように我からは見えておるぞ。いくらこっちがまだ不安定だからと、あちらにまで持ち込まれてはこっちの方が迷惑ぞ。炎嘉殿が悪いのではないのか。主、友ならしっかり言わぬか。」

維心は、そう言われてしまうと確かにそうなので、同じように顔をしかめた。しかし炎嘉もどうしようもなかったかもしれない。あちらが勝手に炎嘉に懸想して、面倒なことになっていたのだ。

「…確かに西へやってしまえばおとなしくなるだろうと思うておったことは事実よ。しかし、ここまで面倒な女だとは思ってもおらなんだ。とにかく、主はあちらへ参って探って来てくれぬか。主にしても公明が、島がごたごたして面倒に巻き込まれるのは本意ではあるまい。どうにもならぬならあれは一斎に返すように申すゆえ。と申して、紫翠を監禁しておったりしたなら、もはや処刑は免れまいがの。」

公青は、息をついて立ち上がった。

「仕方のない。まあ我ならば仰々しい事も無く動けるゆえ、確かに我が見て参るのが一番良いの。では、ふらりと寄ったような感じて参る。何しろ我が宮から北へ出たらあれの領地であるから、散策のような心地で行ってもおかしゅうないのよ。ではの、維心殿。面倒だが行って参るわ。」

維心は少しむっとしたが、こちらが面倒を持って行った事実は変わらないので、仕方なく頷いた。

「頼んだぞ。義心を傍へやるゆえ、何かあったらあやつに申せ。」

公青は、歩いて行きかけていたが、振り返った。

「義心が居るなら心強いが、どうやって知らせるのだ。己の結界内でもあるまいに、念を飛ばそうにも遠すぎる。」

義心は、進み出て言った。

「共に参りまする。居場所が分かれば、そちらへ絞って何某がの気を放って頂ければ我に気取れまするゆえ。」

公青は、面倒そうな顔をしたが、頷いた。

「ならば参るか。公明の結界内で待て。子の結界であるから我の気も引き付けられて遠くまで飛ぶ。公明には話を通すゆえ。参ろう。」

そうして、義心は維心に頭を下げて、公青に付き従ってそこを出て行った。

維心は、ホッとした。これでとりあえず何が起こっているのかぐらいは知ることが出来そうだ。

時は正午に近付いていた。


炎月は、一通り宮の中を見回って、定佳と共に説明を受けていた。

定佳の宮は、翠明の宮ほど大きなものではなかったが、それでもこの地の他の宮に比べると、相当に大きい方だということは分かった。

この辺りの15の宮が皆、定佳の宮に従っているのだという。東のそれとは違い、西の統治の仕方は変わっていて、自分の領地の中に、さらに小さな宮々が点在していて、そこをその宮の領地として認めてやるという形のようだ。

定佳は、その全てを自分の結界で包んで、守る形で統治していた。

それは、翠明の宮でも同じだった。翠明は50もの宮を従わせており、全てが翠明の管理下にあった。各宮の王は、自分に認められた領地だけを守っているが、翠明はその上から守るという形だった。

西はそういう、独特の統治の仕方であったのだ。

ただ一つ、公明が居る中央の宮以外は。

そう中央は昔から、そうやって他の宮々を守っている四人の王達を管理し従わせることで、結界的に全ての宮を治めていた。

つい最近になって、甲斐が中央に吸収される形になり、中央も治める宮が出来たものの、結界は相変わらず中央だけで、旧甲斐の領地は甲斐の結界だけであった。

西はいびつな形になったものの、それでも今は穏やかにやっているようだった。

「さて、ここからは奥宮になる。」定佳が、言った。「先ほど千歳に知らせを入れておいた。あちらも気分が悪いとか言うておったのに、己の部屋まで来てくれたなら待っておると返事が来たようであるので、侍女達に案内させる。参ると良い。」

炎月は、驚いて定佳を見た。奥へ入って良いと申すか。それも、侍女に案内させるということは、定佳は来ない。

「我だけで奥へ入っても良いと?」

炎月が言うと、定佳は笑って答えた。

「主は跡取りの皇子とはいえ、まだそのように幼いのであるから。一向に構わぬよ。それに、あれは我の意思で迎えたわけではなく、お互いに初日の義務を果たした後は、好きに過ごすと決めておる。あちらも我が参ったら面倒であろう。だが、主には会うと申して来たのだから、行って参ると良い。我は、こちらの南に居るゆえ、終わったら居間へ来てくだされば。」

炎月は、それを聞いてやはり、千歳はここへ嫁いだだけで定佳とは接していないのだとわかった。定佳も気に入ったのならそんなことは気にせず通うだろうが、恐らくは気に入るほどでもなかったのだろう、そのまま捨て置かれているのだ。

神世には多いこととはいえ、炎月は千歳が不憫になった。それでも、宮のためならば仕方がないのは、もう炎月は知っていた。

「では…お言葉に甘えまして。」

定佳は炎月に頷くと、踵を返した。

「では、また後程。」

そうして、定佳は去って行った。侍女が進み出て、頭を下げる。

「炎月様。千歳様のお部屋へ、ご案内致しまする。」

炎月は頷いて、さすがに奥宮までは嘉張は連れて入れないので、その入り口に残し、一人で奥へと足を踏み入れたのだった。

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