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出掛ける先

炎月は、次の日の朝早く、翠明の部屋へと訪ねた。

本日の夕刻出るはずだったが、もう発つことを知らせて挨拶をしようとしたからだった。

そこには、緑翠は居たが、紫翠は居なかった。

炎月は、昨夜のやり取りを覚えていたので、紫翠も顔を見たくないだろうと思い、気にしていない風で翠明に会釈した。

「翠明殿。大変に有意義な時間であり申した。短い時間でありましたが、楽しゅうございました。」

翠明は、苦笑した。

「昨日の夕刻参ったばかりであるのに。しかし、幼い頃から乳母と共に世話をしてくれた侍女となれば、主も会いたいであろうな。ここまで来たのだ、定佳には知らせておいたゆえ、ゆるりと行って参るが良い。」

緑翠が、驚いた顔をした。

「え、父上、炎月殿は定佳様の宮へ?」

翠明は、頷いた。

「何やらもう、紫翠とは話が終わったようでの。ならばここまで来たついでに、定佳の宮へ嫁いでおる千歳に会って帰りたいと申すので。月の宮でよう世話をしてくれていた侍女なのだそうだ。」

なんと都合の良い。

緑翠は、思った。ならば、兄上を返してもらえる。

翠明は、しかし何も知らずに入り口の方を見た。

「それにしても、紫翠はどうしたのだ。炎月殿が帰るのだと、知らせをやったのに。」

緑翠は、どきと胸を突かれたような気がした。兄上…。

しかし、炎月が言った。

「いえ、昨夜少し、話し合いが白熱して…紫翠も我も頑固であるので、なかなかに決着がつかぬで。最後に我に言いくるめられたので、あれも顔を合わせづらいのやもしれませぬ。ようあることですので、お気になさらず。」

翠明は、困ったことだと思った。第一王位継承者同士なのだから、喧嘩などしている場合ではないのだ。まして、こちらはあちらより下位になるのだから、本当なら紫翠が折れなければならなかった。

「すまぬな、炎月殿。」翠明は、言った。「己の立場というものを、もっと理解させねばの。礼を失してはならぬのに。」

炎月は、あの懐っこい笑顔で首を振った。

「我ら、常に本音で語り合う友でありたいと思うておりますので。翠明殿にも、お気になさらずで。では、これで失礼致します。」

翠明は、頷いて立ち上がった。

「出発口までお送り申そう。」

そうして、炎月は嘉張と共に、翠明と緑翠に見送られて定佳の宮へと飛び立って行った。

翠明がそうやって炎月を見送って踵を返すと、侍女が慌てて向こうから来た。

「翠明様!あの、紫翠様がいらっしゃらないのです!」

翠明は、眉を上げた。

「紫翠が?」

侍女は、心配そうにうなずいた。

「はい。昨夜は緑翠様にお会いになると部屋を出られて、そのまま帰っておられぬのだとか。緑翠様には、紫翠様をご存知ではありませぬか?」

緑翠は、困惑した顔を作って、首を振った。

「いや…。昨夜は、我を案じて部屋へ来てくださったので、しばらく庭へ出てお話を。そのまま別れて部屋へと帰ったので、その後のことは知らぬ。」

翠明は、顔をしかめた。

「どうした事だろうの。あれは我に言わずに宮を出ることは無いのだが…だが、確かに龍の宮や月の宮なら、ちょっと行って来るだけなら言わずでも良いと、この間申してあるのだ。何しろ、しょっちゅう出かけて行くからの。」

こういうところは、東とは違って西の島では弛かった。

侍女は、ホッと肩の力を抜いて、胸を抑えた。

「まあ。ではもしかして、また明蓮様にお会いに出掛けられたのでしょうか。そういえば、昨夜は炎月様と何やら強いお言葉で言い合っておられましたし…。」

翠明は、炎月が言っていたのはこのことか、とうんざりした顔をした。

「あれらは勉学に熱くなり過ぎるのだ。炎月殿も言うておったが、どうやらやり込められた様子。ならば悔しゅうて明蓮に知恵をもらいに行ったのだの。困った奴よ。」

緑翠は、ホッと息をついた。ならば、本日中に兄上を解放させて、ご説得申し上げたら父上は気取られぬな。

「…我も、兄上を訪ねて参りまする。炎月殿の様を見ておると、我とてもっと精進せねばと思いましたもの。出かけて参ってもよろしいでしょうか。」

翠明は、もう歩き出しながら答えた。

「ああ、本日は一人で政務をこなすわ。行って参れば良い。あまり遅くならぬようにな。」

翠明は、疑ってもないようだ。むしろ、緑翠が表へ出るのを歓迎しているような様子だった。

緑翠は翠明の背に頭を下げ、そうしてそこを出て北西へと急いだ。


龍の宮では、義心が報告に来ていた。

維心の命で定佳の宮を見張っていたのだが、さすがの義心も遠目に見る事は出来ても、奥宮近くまでは定佳に気取られずに行く事は出来ない。

何しろ義心の気は、龍軍筆頭であるほどなので、あの地の王の定佳より遥かに強く、いくらなんでも隠すのは無理なのだ。

気を遮断する膜を被って降りても、長居は出来ない。膜を被っている間は気の補充が出来ず、長く維持すると気が足りなくなるのだ。

気が大きいということは、補充にもまたたくさんの気を必要とするので、行動は制限されていた。

なので、昨夜の出来事を外から見た範囲で報告するしかなかった。

「…つまり、紫翠がまだ奥の北に居るということか?」維心は、眉を寄せて言った。「緑翠は帰ったのに。」

義心は、頷いた。

「は。気の流れを見ておる限りでは、中で何か争いがあったようでしたが、それも分かりませず。紫翠様が飛び込んで行かれた後、何がどうなったのか我には伺う事が出来ませんでした。申し訳ありませぬ。」

維心は、考え込む顔をした。

「別に気取られてもどうとでもなる状態ならいざ知らず、どうしても気取られてはならぬ状況では仕方があるまい。定佳の宮を龍が見ているとなると、あれも要らぬ憶測をしようしな。それにしても…何故に紫翠か。緑翠は何を謀っておるのだ。兄弟仲は良いと聞いておるし、紫翠をどうにかすることは考えまい。そもそもそれならば、別にあの宮の後宮へ出掛けて行く意味はない。己の宮の内で臣下を抱き込むであろうしな。何かがバレて、帰す訳には行かぬようになったとしたら合点が行くが、しかし殺さぬ限りはいつかはバレようしな。」

義心も、頷く。

「は。あの気の大きさでは殺した事は考えられませぬ。そのように大きな気の流れは感じられませんでした。」

維心は、眉を寄せて考えた。千歳とかいう女に、今度は紫翠が懸想したとか?しかしあれは愚かではなかった。そんなことは考えられない。しかし、定佳が知らず後宮北だけで事が起こっている以上、その女が関係していることは間違いない。

「…我が動くと神世が騒ぐゆえ、定佳を訪ねるわけにも行かぬ。行くと言うたら付近に知れて相手も警戒して潜むだろうしの。さりとて忍びで参ったら、何事かと宮が大騒ぎで同じこと。誰かあれに縁で相手も構えぬような立場の者は居らぬか。翠明はならぬ。あやつはあの二人の父であるから相手も警戒しよる。…安芸。安芸に行かせるか。」

義心は、少し顔をしかめた。

「しかしながら王、安芸様におかれましてはいろいろとお顔にお出になるご気性で、こちらが密かにと思うておっても上手く行きますかどうか…。」

維心は、憮然と言った。

「ほんに王であるのにあれは。良い、とにかく密かに来いと申せ。あれに探らせるよりないなど心許ないが、曲がりなりにも王なのだからそれぐらいの事は出来ようし。」

義心は、慌てて言った。

「王、ならば公青様では。」義心は、咄嗟に浮かんだ名を出した。「安芸様ではこじれる可能性がありまする。未だに定佳様にはひとかたならぬお気持ちをお持ちのかたでいらっしゃるので、定佳様を謀るとなると安芸様は何をなさるかわかりませぬゆえ。」

維心は、はあ?という顔をした。

「なんだあやつもか。あちらはどうなっておるのだ、王同士でなんとか出来るはずもないのに。いくら幼い頃から共に過ごしたとはいえ、面倒な感情を持ちおってからに!」

とはいえ、東でもそういうことは多い。維心が言うのは、イライラの矛先を八つ当たりとして向けているだけだった。

ひとあたり八つ当たると、維心は幾分落ち着いたのか、ため息をついて言った。

「…まあ良い。確かに主が言うように公青ならば父親のようなものであるし、今は退位しておるのだから構えることもあるまい。公青に事情を話すゆえ、ここへすぐに来いと申せ。密かにとの。」

義心は、ホッとして頭を下げた。

「は!」

そうして、義心は出て行った。

神世で他に面倒がないのに、何故に我がこんなことに煩わせられねばならぬのだ!

維心は、あちこち見てしまって放置する事が出来ない己の几帳面さに、ほとほと呆れていた。

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