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憂鬱

維月は、いつものように月の宮へ里帰りした。

炎月は相変わらず元気にしていて、維織と燐に可愛がられてすくすくと成長していた。

維月が前に来た時よりまた、半年もこちらへ戻れなかったことをものともせず、炎月は元気いっぱいだった。

ただ、将維のことは怖がるようで、将維はあまり炎月には近付かないのだそうだ。

恐らくはこの前、維心が維月を激怒した状態で引きずって行ったのを見ていたので、維心とそっくりな将維のことは怖くてならないのだろう。

久しぶりに炎月の部屋へと入った維月は、様子が変わっているのに驚いた。乳母は宮へ返されたとは聞いていたが、侍女の数も減っている。

何より、いつも乳母と共にぴったり側に居た、千歳という侍女が居なかった。

維月は、キョロキョロと回りを見回して、側の侍女に言った。

「…千歳は?伊予が解任されたとは聞いておったけれど、あの子が居るので問題ないかと思うておったのに。」

侍女は、ビクッと肩を震わせた。何かに怯えているようだ。

「あの…千歳殿は、皇女であられたので。父王の命で、西の島に嫁がれました。」

維月は、確かに品のある侍女だったと思い出していた。あまり維月には友好的ではなかったので、話をしたことはなかったが、侍女として宮に仕えていたのなら、嫁ぎ先が見つかってお役目を離れてもおかしくはない。

「まあ…そうなの。ならば父王も、今頃は安堵なされておるでしょうね。」

しかし、侍女はまだびくびくしたままだ。

何かあると維月は思ったが、侍女にそれを問いただすのもかわいそうな気がした。

なので、それで黙ったが、炎月が言った。

「千歳は嫌だと泣いておりましたのに。一斎殿がもう決まった事だからと。父上がわざわざ探していらした良い嫁ぎ先だと申しておりました。」

一斎とは、恐らく千歳の父だろう。維月は、息をついた。

「宮の将来のために嫁ぐのも皇女のお役目なのですよ。でも、嫌がっておったのなら不憫であること…。母も少し、様子を聞いておきまする。なのであなたは、ご心配なさらなくて良いのよ。」

維月が言うと、炎月は嬉しそうに頷いた。

「はい、母上。」

だが、侍女が慌てた風に言った。

「ただ今は大変に恵まれた宮で、王もお優しく幸福になさっておるようでございます。維月様には、ご心配には及びませぬかと。」

維月は、頷きながらも、言った。

「でも、あれだけ炎月も世話になっておったのですから。どちらに嫁がれたの?」

侍女が困っていると、炎月が答えた。

「定佳殿と申しておりました。一斎殿は、美しい王であられるからと申して。」

定佳?

維月は、確かに定佳なら穏やかで優しげだったと思った。確か、妃は一人も居なかったはず。

「まあ…定佳様ならば、確かに。あの方には他に妃はあられないはずですし、千歳も心安く過ごしておるでしょうね。」

維月がそう言ったので、侍女はホッと肩の力を抜いた。

「はい。ですからご案じなさることはないのですわ。」

だが、緊張感は消えていない。

維月は気になったが、何かを隠そうとしている以上、これ以上何か聞けることは無さそうだ。

なので維月は、それからは千歳のことは話題にせずに、炎月との時間を過ごしたのだった。


最近は維織と燐の部屋で休むことが多い炎月は、夕方になって迎えに来た維織に大喜びで駆け寄って行って、そうして部屋へと一緒に帰って行った。

維月は、自分と十六夜の部屋へと戻って来たが、十六夜がそこで少し、渋い顔をして座っていた。維月は、じーっと恨めし気な顔をすると、言った。

「…私が何を言いたいか知ってる顔よね。」

十六夜は、肩をすくめた。

「見てたし。あのなあ維月、お前が知らない所でいろいろあったんだよ。維心が激怒してただろうが。千歳はな、炎月に取り入って炎嘉の妃に収まろうとお前を何とか追い落とそうとしてたんでぇ。とはいえ、別にまだ何もしてないから、今のうちにさっさと嫁がせてしまえって炎嘉も維心も思ったんだ。一斎は侍女の報酬だけじゃ宮を回せなくて、あちこちの王に何とかあいつを娶ってくれねぇか打診しててみんな迷惑してたし、だったら独身の定佳に娶ってもらえって事になったんだ。定佳だったら他に妃も居ねぇし、ま、穏やかにやってるようだぞ?一斎は定佳から支援を受けて何とか宮を立て直したし、四方丸く収まって万々歳ってことなんでぇ。」

維月は、まだ十六夜を見ていたが、フッと息を吐くと、頷いた。

「どこの宮の皇女も、そうやって親が決めた先へ嫁ぐんだし、定佳様の所なら確かに良い嫁ぎ先だけど…だったらどうして、私に何も言わなかったの?伊予が解任されたって言っただけだったじゃない。」

十六夜は、目を細めて維月を見た。

「お前は自分のせいだとか何だとか、うるせぇじゃねぇか。だがこれは、お前が居たから早まったのは確かだが、いつかどこかへ行かなきゃならなかったことなんでぇ。一斎の宮がかなり困ってたのは、みんな知ってる事だったからな。だが、最上位の宮から誰か娶ったら、そこは格が結構下だからその辺りからその上の格の宮からも、我も我もって大変なことになるんだと。炎嘉が前世その辺りも娶ってたからえらいことになってただろうが。だからもう、同じことはしたくないんだと。」

維月は、何も言い返せなかった。炎嘉のことは知っている。維心も維明も、そんなにたくさん婚姻の話が来たら、断るだけでも大変だろう。確かに、千歳はいい時に良い所へ行けたのだ。

維月は、ため息をついた。

「…神世がそんな感じで助け合って回ってるのは知ってるけど。でも…じゃあせめて、千歳は幸福にしているの?」

十六夜は、それにはすぐに頷いた。

「そりゃ定佳だからな。いい部屋を与えられてたし、いい着物を着てる。一斎の宮にも十分な支援の品が毎月送られてるし、侍女も侍従もみんな穏やかで擦れてねぇ良い奴らばかりだ。何より他に妃は居ないから、後宮の争いってのも無い。定佳は忙しそうであんまり一緒には居られねぇみてぇだが、それでも夜は一緒なんじゃねぇか?オレもさすがに夜まではプライバシーの侵害だし見ねぇしな。」

維月は、それなら良かった、と十六夜の方へと寄って行って、その隣に腰かけた。

「それなら良かったけど。何人も妃が居る所に末端で嫁がされたんならさすがに可哀そうに思ったの。でも、定佳様なら。本当に、知らないところでいろいろなことが起こっているわね…私も、安穏としておったから。どこの宮でも、そんな感じなのは知ってるけど、千歳は炎月を世話してくれていたし…気になっただけなの。」

十六夜は、頷いた。

「そうそう、みんな心配してたら、全部の皇女が大変だぞ?お前、例えば維心に嫁ぎたいって言って来た皇女が居たら、同情して宮へ入れるのか?違うだろうが。誰かひとりだけ助けるなんて、だったら他の皇女だって助けてやれって事になるんだからな。そんなの無理なんだし、千歳はあんなことで宮を出されたのに、いい所に嫁げただけでも設けもんだとオレは思う。」

それはそうなのだが、維月はその、神世のシステムにいまいち納得していなかったので、どうにもすっきりしなかった。

それでも、確かに十六夜が言うように、維心に一目惚れしてそれはそれは嫁ぎたいという皇女が多いのも、維月は知っていた。それでも、納得しないままに、泣く泣く違う宮へと嫁いで行くのだ。

千歳が哀れだとか言うのなら、それらも認めろと十六夜は言うのだろう。

なので、維月はもう、それ以上は何も言わなかった。


維心は、龍の宮で帝羽と義心の二人から、報告を受けていた。

西の島の様子は穏やかで問題ないのだが、定佳の宮へ跡継ぎとして入っていた緑翠が、一斎の宮の皇女が入ったと同時に、翠明の宮へと帰っていたのだ。

どうした事かと理由を調べるために行ったのだが、帝羽がどういう風に調べるのだろうと思っていたら、義心は真正面から翠明に目通りを申し出て、そうしてさっさと翠明に理由を聞いていた。

義心相手だと、翠明もあまり拒否も出来ないようで、渋々ながら話してくれた。それというのも、義心がもう定佳の好みについて知っていたので、それから隠すことも無いかと打ち明けてくれたのだ。

義心から話を聞いて、維心は息をついて言った。

「そうか…だがまあ、そのうちに解決はしような。聞いておると定佳の宮では皇子が出来る様子もないし、結局は緑翠が跡を継ぐよりないのだ。それに、あれはまだ20にしかならぬし、己の性癖などまだ確定してはおらぬだろう。その後のことは後で考えるとして、翠明がその事で憤っておるわけでもないのだから、時が来れば解決しよう。ならば、我が何某か面倒を見る必要も無さそうぞ。ご苦労であった。」

帝羽は、頭を下げた。

「は。」

しかし、義心は言った。

「いや、しばらく。」維心が顔を上げると、義心は続けた。「千歳様が宮へ入って半年になりまするが、定佳様がお通いになったのは初日の一日であったとか。」

維心は、特に無表情で頷いた。

「であろうな。政略であるし千歳の方もかなり渋った上無理に嫁いだと聞く。その方があれも面倒が無くて良いのではないのか。」

義心は、しかし頷かなかった。

「ですが、定佳様はあのように整ったお顔立ち。その上女に好まれそうな穏やかで落ち着いたご性格でありまする。宮は大きく、臣下達は皆友好的で、嫌々ながら嫁がれたはずの千歳様も、宴が終わる頃には大変に嬉しそうなお顔をなさっておったとか。その上でのこの仕打ちとなれば、あまり。」

維心は、面倒そうな顔をした。

「そのような勝手なことを。つまりは見てみて思うたより相手が良い条件で美しかったから気に入ったとかいうことではないのか。後から言うてもな。そもそも、あれは一斎が困っておるからのことで、定佳が望んでのことではないことは、知っておって嫁いだのであろうが。定佳だとて、相手が乗り気でないから放って置いて良いしと受けたようなところもあった。今さらであるぞ。それでも不自由はないのだろう?」

それには、義心は頷いた。

「は。着物も頚連も、十分すぎるほど与えられておりまする。王が夜通うこと以外の希望は、ほとんど叶う状態でありまする。それこそ、侍従を共に添い寝させると申しても、許されるような。」

帝羽は、驚いた顔をした。いくら何でも叶うからと、そんなことまで許されるとなれば…お前など、どうでも良いと言われているようなものではないか。

維心もそう思ったらしく、顔をしかめた。

「それはやり過ぎぞ。それを試すように希望する女も女であるがな。」維心は、ふーんと考え込んだ。「…ならば何か支障が出て参っておると?」

義心は、ぐっと眉を寄せたまま、答えた。

「いえ、未だ。ですが、時間の問題ではないかと。あのお方の気性は、王もご存知であるかと。何より婚姻して半年で、王を試すようなことを要求する女なのでありますから。」

確かに夫に他の男を侍らせても良いかなど、維月が陰の月に取り込まれている時でも聞いて来ない。

維心は、息をついた。

「面倒な女はどこへ行っても面倒なのやもな。綾があれほど見事に変貌したので、もしやと思うておったのだが。だが、まあ他の宮の後宮のことぞ。我らが口を出す事でもない。しかし、月の宮と縁のあった女、何を考えだすのか分からぬし、迷惑をかけられては面倒よ。しばらくは見張っておれ。こちらに影響しそうなら報告を。とにかくはしばらく、このまま様子見よな。」

義心は、頭を下げた。

「は。」

帝羽は、それを聞いていて感心していた。義心は、先の先を読んでいろいろなことを調べて頭に入れている。それをリアルタイムにしていて、王が判断に必要かとなれば出して来て提示するのだ。

そんなことを、帝羽にできるのかと、義心について外回りを調べながら、帝羽はいつも思っていた。

しかし、それが出来なければ義心に何かあった時、王が的確に動くことが出来なくなるのだ。

その責任の重さに、帝羽は改めて気を引き締めた。

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