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会合

定佳は、見送りに出ている緑翠と佐門に言った。

「では、会合に行って参る。恐らくは宴にも出るようにと翠明に言われておるから、帰りは明日になろうな。後は頼んだ。」

緑翠も、佐門も頭を下げた。

「は。つつがなくお帰りを。」

定佳は、それを聞いて頷くと、矢島を連れて飛び立って行った。

その後ろ姿を見送りながら、緑翠は未だに自分の気持ちを打ち明けられていない事実に悩んでいた。父は、母から聞いたと後から理解を示してはくれたが、定佳が緑翠のことを、今は跡継ぎとしてそのようには見られないと言っていた事実も、合わせて教えてくれた。この上は、とりあえずこちらで時を過ごして、共に過ごすことで定佳の心を溶かして行くより他ないのでは、と、父も母も言っていた。

そう、王にさえなれば、緑翠がすることに臣下はそう反対はできない。定佳も王座を去ることでしがらみがなくなり、その時に想いを告げる形の方が上手くいくのではないかと、緑翠も思った。

だからこそ、今はただ、早く王座を任せてもらえるように、一人前の神に成長したのだと思ってもらえるように、今まで以上に精進していた。

いつか、自分も会合に出なければならないのだろう。

覚えることは多かったが、緑翠は定佳への思いがあるので、どんなことでも乗り越えて行けるような気がしていた。

そうして、今日も臣下達と任されている政務に携わるため、佐門と共に会合の間へと歩いて行ったのだった。


炎嘉は、侍女たちの精査をするのは、あの日はやめていた。

ただ突然に、乳母の伊予が鳥の領地へと帰され、その上鳥の宮への立ち入りを禁じられた。

新たな乳母は選定されておらず、今は維織と燐が中心となって炎月の面倒を見ている。残されていた鳥の宮から来た侍女達も、不穏な動きがあると言われ、月の宮へ残されたまま炎月にも近づくことを禁じられている。なので炎月の世話をしているのは、主に十六夜と維月の侍女で、乳母の代わりは維織と燐という形になっていた。

あの日、捕らえられた女も、何も知らせられないまま鳥の宮へと引き渡されていたので、月の宮に残されている侍女達は、何が起こったのか分からないまま、不安な日々を過ごしていた。

そんな中、神の会合の日がやって来た。

炎嘉は、いつもなら時間ギリギリに行くのだが、今日は早めに向かってその会場となる志心の宮へと降り立った。

「本日はどうした。早いではないか。」

志心が、炎嘉がもう着いたと聞いて、奥から出て来ていた。炎嘉は、頷いた。

「用があってな。一斎は来ておったか?」

志心は、怪訝な顔をした。

「一斎?ああ来ておったが、それがどうしたのだ。確か、あれは皇女を我に娶ってもらえまいかとか何とか申して来ておったが、断ったところであるし顔を見とうないのよ。主、あれの皇女を娶ってもらいたいと言われて断って、支援するために侍女にしておるであろう?その額では足りぬようであるな。宮が回らぬのだと、愚痴っておった。」

炎嘉は、渋い顔をした。

「まあ、我も一斎を困らせるつもりなど無うてな。侍女として使っておるのも気が引けるし。なので、西の王にでも嫁がせようと思うておるのだ。我の口添えがあれば、娶ってもらえるだろうと思うて。」

志心は、それでも眉を寄せたままだった。

「まあ、主が探してやればそれに越したことは無かろうな。我も何度も申し入れられて面倒に思うておったゆえ、助かると申したらそうであるが、なぜに急にそんなことを言い出したのだ。何かあったか?」

炎嘉は、歩き出しながら、志心には嘘を言っても後でばれたら面倒なことになるだろうと、渋々ながら言った。

「…千歳と申すのだが、大変な女狐でな。我に表向き良い顔をするので、そんな気は無いのだと思うておったのだが、違った。裏では我に取り入ろうと、我が子を取り込もうとしておったのだ。あれの母は公表しておらぬが、その母も嫌な思いをしたようで。我はあれを娶ることは無いし、それならさっさとどこかへ縁付いてくれた方が、一斎にとっても良いのではないかと思うたのだ。」

志心は、それを歩きながら聞いていたが、立ち止った。

「…維月が産んだのだろう?」

志心の目は、鋭かった。炎嘉は、志心がそれは長い間、維月をただ思っていることを知っていた。だが、志心は無理強いはしないが、維月には穏やかな気で接しているのを毎回見ていた。

しかし、そんな志心だからこそ、嘘はつけなかった。

「…そうだ。維心と約したことだった。我はそれが守られるとは思わなんだが、思いもかけず…炎月が、宿った。なので、維心がそれを仕方なく許したのだ。神世には告示せぬ。維心の顔もあるから。」

志心は、まだ険しい顔をしていたが、しかし表情を緩めた。

「やはりの。まあ…主がそれを、我に打ち明けてくれたゆえ、我も何も言うまい。そもそも、何某か言える立場でもないしな。維月が嫌な思いをしておると申すなら、その千歳とかいう女はさっさと西へやるが良い。主に恋うる女は多かろう。主も少し、考えて振る舞うべきやもしれぬぞ。」

炎嘉は、息をついてまた歩き出した。

「維心にも同じことを言われたわ。独り身を貫くというのもなかなかに面倒なことよ。主らを見習ってこれからは考えて接することにする。」

そうして、一斎を探して、炎嘉は白虎の宮を歩いて行った。


会合の時間ギリギリになって、維心が龍の宮からやって来た。炎嘉は、その維心と共にいつも会合の間へと入るので、到着口で維心を待ち受けていた。

維心は、相変わらず心が洗われるような美しい姿で、そこへと舞い降りた。

「…して?話は通したか。」

維心は、いきなり言った。炎嘉は、ぶすっとふくれっ面で頷いた。

「ああ。一斎は二つ返事で大喜びしておったわ。なので、月の宮からこちらが支度をさせて西へ嫁がせる事にするゆえ、主は嫁入り支度もせずで良いと言ってやったら、飛ぶような軽やかな足取りで臣下達にそれを伝えに行った。ゆえ、さっさと厄介払い出来そうよ。」

維心は、片眉を上げて歩き出しながら、言った。

「ならばなぜにそのような顔をしておるのよ。事が思うように進んでおるのだから良いではないか。」

炎嘉は、恨めし気に維心を見て答えた。

「主が相変わらず不必要に美しいからよ。維月はこんな姿を毎日見ておるのだから、我など霞んでも仕方がないとは思うが、恨めしいことよ。」

維心は、顔をしかめた。

「何を今さら。普段と変わらぬ姿であろうが。会合に正装で来るわけでもなし。何が美しいとか我にはよう分からぬわ。維月以外に美しいとは思うたことが無いしの。して、定佳には?」

炎嘉は、首を振った。

「いや。宴の席で申すかと。会合で婚姻関係のことを申してはならぬという取り決めがあろうが。立場上断ることはできぬのだから、案じることは無いわ。さ、さっさと会合を済まそうぞ。主も宴には残るよの?」

維心は、嫌々ながらも頷いた。

「残らねばならぬわな。最後まで見届けねば。我も口添えをしたら、渋っておったとしても受けるしかなかろうし。では、本日も頼むぞ炎嘉。」

会合の間の、扉の前に着いたのだ。

炎嘉は、表情を引き締めて、前を向いた。

「ほんに毎回丸投げしおってからに。」

扉の横の、侍従が声を上げた。

「龍王、鳥王、ご到着にございます!」

扉が、両側に開いた。


相変わらず、炎嘉はサクサクと議題を進めて行き、維心は横でそれをただ聞いていた。炎嘉が話している間に、維心は周りの反応をじっと見ているのだが、今回も変わった様子はない。ということは、特に何かを仕掛けようとしているような王は、今のところ居ないということだ。

今回も面倒は無さそうだ、と会合を終えて炎嘉と共に並んで最初に会合の間を出ると、後ろから来た蒼が言った。

「炎嘉様、オレは今日はもう宮へ戻りますが、炎嘉様はどうなさいますか?」

炎嘉は、蒼を振り返った。そういえば、ここのところ会合が終わったら宴にも出ずに月の宮へと炎月の顔を見に行っていた。しかし、今日はやらねばならない仕事がある。

炎嘉は、首を振った。

「今日は宴に出なければならぬのだ。ここのところ忙しゅうて行けておらぬが、炎月は壮健にしておるか?」

蒼は、頷いた。

「はい。最近では、維織と燐が己の部屋で共に休んだりして、本当の親子のように過ごしておるので、寂しいということもないようです。時に父上は、と聞いてはおりますが、王は仕事が多いと話すと、ようわきまえておって素直に納得致しますし。こちらはご心配なさらずとも大丈夫です。」

炎嘉は、蒼に微笑みかけた。

「すまぬの。よろしく頼む。あと少しでいろいろ片付くゆえと、炎月にも申しておいてくれ。」

蒼は、頷いた。

「はい。では、維心様も、本日はこれで。」

じっと同じように立ち止って聞いていた維心は、会釈した。

「ではな、蒼。ご苦労だった。」

蒼は、そのままあちこちの王に挨拶をしながら、回廊を歩いて出て行った。

炎嘉と維心はそれを見送ってから、お互いに頷き合うと、大広間へと向かったのだった。

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