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企み

維心は、息をついた。

今日も政務が終わったが、明日にでも月の宮へと言ったら、兆加がどうか午前中だけでも宮でお仕事をと頭を下げるので、仕方なく明日の午前中はこちらに残っていることにした。

だが、なぜか今夕は維月が恋しくてならない。

ちょっと顔を見るだけでも、と、維心はそっと宮を出ると、誰にも言わずに結界を抜け出して、そうして夕暮れの中月の宮へと飛んだ。

維心が急げば、月の宮までは一瞬だった。

月の結界が眼下に広がっているが、これに触れたら十六夜がもう来たのかとかなんとか嫌味も言うので、面倒に思って少し、どうしたものかと浮いていた。

臣下たちに気取られないようにと気配を消して飛んで来たそのままになっていたので、誰もまだ、維心がここに来ているのを知らない。

維心は、珍しく結界の周りを歩くか、と思い、下へと降りると、ふと、何かの気配を感じた。

思わずサッと身を隠した維心が、そっと様子をうかがっている前で、何やら女が、大きなベールをかぶって立っているのが見えた。

あちらも気配を隠しているつもりのようだったが、こちらは龍王だ。戦場で何度も戦った経験がある維心からしたら、そんなものは隠しているうちには入らなかった。

…月の宮に、何の用だ。

維心は訝しんだ。

月の宮は、どこよりも平和で何にも染まることのない場所だと言われていた。碧黎という地の化身が現れてここに居るようになってからは、特にそうだ。

月の結界は、十六夜が許さなければ入ることは絶対にできない。この神世最強と言われている維心ですら、この結界を破ろうと思えばかなりの力を使わなければ無理で、その際に二つの力のぶつかり合いで辺りが大破することが分かっていたので、そんなことはしようとも思わない。

つまりは、この目の前の女がこの中へ入ろうとしても、十六夜の許可なくしては絶対に入れなかった。

捕らえて問い質すか、と維心は面倒に思いながらも考えていると、結界の中から、スッと他の誰かが出て来た。

維心は、そちらも女だ、と思いながら、側に潜んで二人を見ていた。

「待たせてしまったわね。それで、何か分かったの?」

結界から出て来た女が言う。相手の女が、頷いた。

「やはり王は母のことは公表されないと。宮の者たちは薄々感づいてはいるようですけれど、王がおっしゃらないので口に出さずにおる状態。こちらに来ている侍女と、乳母しか知らぬから、漏れたらこちらからだろうと王は暗にけん制なさっておいでのようでした。」

結界から出て来た女は、歯ぎしりした。

「…そのような。あの維月という方は龍王様と陽の月の妃であるのに、まだ我が王までをたぶらかして…。炎月様はお可愛らしいけれど、時々に帰って来るあの方に傾倒しておって、我がどんなにお世話をしておっても母、母とそればかり。王も、あの方が居られたら我にお声もかけても下さらず…昨夕は視線すら向けられなかった。」

相手の女は、ため息をついた。

「とにかくは、そのように焦らずに。これも一時のこと。あのお方はすぐに龍の宮へ帰られましょうし。それに、龍王様がそろそろいらっしゃるのでは。そうなったら、そうそう王のお傍にも侍られなくなり申しましょう。今少し堪えて。」

ふと、上空に何かの気配が横切ったのを感じた。二人の女もそれを見上げたが、維心もチラと見た…だが、見るまでもなくわかっていた。

あれは、炎嘉の気だ。

炎嘉は、炎月に会うために毎夜政務を終えたらここへ来て、目通りをして帰るのだという。おそらくは、そのために来たのだ。

結界内から出て来た女が、慌てて言った。

「王が来られた。我は参るわ。とは申して、昨夜のように外の房であのお方と休むなどということになったら…ああ、龍王様はどうされておるのかしら。来てくだされば、王もそんなことはできないのに。」

相手の女が、その女に言った。

「とにかくは、今は我慢の時ですわ。さあ、お早く、千歳(ちとせ)様。中へ。」

千歳と呼ばれた女は、サッと着物の裾を蹴さばくと、急いで結界の内へと入って行った。

維心は、眉を寄せた。

…そうか、十六夜は外の者には厳しいが、一度中へと入れたものに関しては緩いからの。

維心はそう思いながらも、スッと立ち上がる。

「!!」

相手の女が、いきなりに現れた背の高い男神に、仰天して固まった。しかも、維心の気は半端ないほど強いので、大きな気に体が竦むのは男でもそうだったので、女神などいちころだろう。

「…話を聞かせてもらおうか。」

と言うが早いか、相手の女は維心の放った軽い気に打たれて、崩れ落ちた。

「面倒よなあ…見回りは何をしておるのだ。」と、そこで声を上げた。「誰かある!こちらへ参れ!」



炎嘉は、迷うことなく真っ直ぐに維月と十六夜の部屋の前の庭へと下り立った。

蒼は、毎日のことなので勝手に入ってくれていいと炎嘉に言っていたので、炎嘉は毎日そうやって自分がいいように来ていたのだ。

炎嘉が降り立ったのを見た維月と十六夜が、中で椅子から立ち上がったのが見えた。どうやら、炎月はいないようだ。

炎嘉は、掃き出し窓から中へと入った。

「本日は少し遅うなった。もう日が暮れておるの。して、炎月は?もう休んでおるのか。」

維月は、進み出て頭を下げた。

「炎嘉様、いらっしゃいませ。いえ、父上がいらっしゃるからと少し休むように言うて、まだ寝ておりますの。もう起こしますわ。」

と、奥へと歩いて行く。炎嘉は、十六夜と維月の寝室に押し入るのも無粋だと思い、そこで待つことにした。

すると、十六夜が言った。

「なあ炎嘉、こう言っちゃあなんだけど、維月が母親だってあんまり炎月に言わないほうがいいかもしれねぇぞ。」

炎嘉は、眉を寄せた。

「…なんぞ、藪から棒に。維月が母親なのだから、炎月自身に知らせておっても良いであろうが。他は乳母と侍女たちぐらいしか知らぬ。宮の臣下は、薄々気づいては居るだろうが、それでも何も言わぬのだ。維心に迷惑かけることはないゆえ。」

十六夜は、それに首を振った。

「維心はわかってて許してるからいいんだけどさ、維月なんだよ。あいつ、やっぱり蔭口叩かれるじゃねぇか。あっちこっちの男に色目使ってるって、あからさまに冷たい態度の奴も居る。維月が陰の月の性格ならそんなことは気にしねぇし、悔しかったらお前もやってみろ、ぐらいの性格なんだけど、維月自身は違うからな。やっぱりさ…お前だって維月の子だって言いたいだろうけど、そこは抑え気味にしてくれねぇかなって、ま、これはオレの独断で頼んでるんだけどよ。」

炎嘉は、憮然として十六夜を見返した。

「…だから、我は宮では誰の子が言うておらぬと申すに。ここへ来させておる乳母と侍女は、皆我が軍神たちの縁戚などで信頼できると思うて連れて来ておる。これ以上神世に広がることなどないゆえ、案じるでないわ。それに、維月のことを悪く言う女神など居らぬ。居ったら我が罰するゆえな。」

十六夜は、大きなため息をついた。

「罰するって、あのなあ、それで黙るなら楽だっての。現に維月に対してあんまり友好的でない態度の女神だって混じってるぞ?ま、維月はそのうちに帰るんだし、別にお前がそれでいいならいいけど。だがますます維月は、鳥の宮には足が遠のくと思うぞ?龍の宮の臣下達は維心が居るから絶対に維月に対してそんなことはないが、お前のとこはちょっと勝手が違うみたいだしよ。維月を嫁にやったのが龍の宮でよかったってオレは思ったね。」

炎嘉は、キッと十六夜を睨んだ。

「あやつこそ強権的に臣下を押さえつけておるのだから、蔭口も叩いておるだろうよ。すべての侍女を黙らせることなど、いくら王でも出来ぬわ!」

「…いや、我はやっておるがな。」急に割り込んだ声に、炎嘉は振り返った。相手は続けた。「維月を批判する言葉など、口にすることは許さぬし、一言でも口にしたら宮から出す。ゆえ、奥宮には維月に対して好意的な侍女侍従しか居らぬ。我は気の変動も監視しておるから、我が宮で維月が嫌な思いをすることはない。」

維心だった。

十六夜は、言った。

「お前、結界の辺で何やってたんだよ。なんかうろうろしてやがるなあって思ってたけど、そのうちに入って来るだろってほっといたんだけどよ。」

維心は、フンと鼻を鳴らした。

「ちょっと気が向いたのよ。変な輩を見たし、ついでに捕らえて来たわ。何のための結界外の見回りよ。我が声を上げて、やっと軍神が来た始末ぞ。あれでは任務についておるとは言えぬわ。今、関の房の地下牢につながれておる。嘉韻に調べさせよと申して来た。蒼にも今頃は知らせが行ったのではないのか。」

炎嘉は、驚いた顔をした。

「主、居ったのか。」

維心は、頷いた。

「下に潜んでおった。何やら面倒な話を聞いたゆえ、捕らえておこうと思うてな。一人はこちらへ戻ったはずよ…ま、良い。して、維月はどこよ。」

十六夜は、奥を指さした。

「炎月を起こしに行った。もう出てくると思うけど。」

その声に応えるように、炎月の声がした。

「父上!」

そうして、奥の戸から飛び出して来た。

維心も炎嘉も一瞬、驚いて固まっていると、炎月も一瞬、宙で止まった。そして、炎嘉と維心の両方を見てから、慌てて床へと降りた。

「父上、龍王様。」

炎月は、しおらしく頭を下げた。維月が、後ろから入って来て、そこに維心が居るのを見て、それは嬉しそうな顔をした。

「維心様…!まあ、ようこそいらっしゃいました。」

維心は、維月に手を差し出した。

「こちらへ参れ。どうしても顔を見とうて来てしもうたわ。」

維月は、羽のような軽やかな足取りで維心に寄ると、その手を取った。

「はい。私も十六夜と話しておる夕刻前から、何やら維心様が思い出されておりましたの…嬉しいこと。」

維月からは、それは優しい癒しの気がこれでもかと維心を包むように流れていた。維月は、本当に維心に会いたいと思っていたのだろう。それが、言葉には出なくても気では隠せないのだ。

「ちょうど我が主を思うたのと同じ時刻よな。我も、兆加がうるさいゆえ黙って参ったし、長居はせぬつもりであったが…」と、炎嘉を見た。「炎嘉に話すことが出来ての。今夜はここへ泊るゆえ、主は少し待っておれ。炎月、主も母と話しておればよい。父は我と、話さねばならぬのだ。」

炎月は、炎嘉の着物の袖に遠慮気味に隠れるようにしてこちらを見ていたが、素直にうなずいた。

「はい。我は母上とこちらでお待ちします。」

炎嘉は、維心がこういう時は、絶対に何かあるとわかっていたので、炎月の頭を撫でて、ため息をついた。

「すまぬな。まだ父には仕事が残っておったようよ。後でまた主と共に休むゆえ、しばし母と待っておれ。」

炎月は、ぴょこんと頭を下げると、維月の方へと歩いてきた。維月は、炎月を抱き上げる。維心は、それを見てから炎嘉を、顎を振って庭の方へといざなった。

「さあ、あちらへ。十六夜も来て良いぞ?主だって聞いておいたほうが良いであろうしな。」

維月が、少し驚いたような顔をした。十六夜は、そんな維月に頷きかけると、炎月の頭を撫でて、そうして維心と炎嘉を追って、庭へと歩いて行ったのだった。

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