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立場

次の日の朝、炎嘉は名残惜しそうに維月に見送られて月の宮を飛び立った。今宵も必ず参る、と言い残し、振り返り振り返り、朝日が昇って来る中南の空へと消えて行った。

炎月は、目が覚めて炎嘉が居ないのはいつものことなので気にしてはいなかったが、側に維月が居たことに、寝台の上を転がり回って喜んだ。

維月はそんな炎月を大事に抱きしめて、そうして宮の、炎月の部屋へと連れて行き、自分も着替えて来ようと、乳母の伊予に炎月を任せて十六夜と一緒の部屋へと帰って来た。

十六夜が、そこに居て座っていた。

「十六夜、昨夜はごめんなさい。あちらで休んでいて。」

十六夜は、首を振った。

「いや、そうだろうなって思ってたから、オレは夕方から月に居たんだ。見てたが、お前陰の月をうまいこと抑え込めてるんじゃねぇか?」

維月は、やっぱり十六夜が心配して見ていてくれたんだと思い、頷いた。

「そうなの…昨夜は炎月が宿った時と同じ状況だったし、もしかしてと思ったけれどそんなこともなくて。前の私みたいに、炎嘉様のお寂しさを慰めて差し上げたいという気持ちだけで、そんな子供を産もうとかそういうことをしようとか、そんな気持ちにはならなかったわ。だた寄り添ってあげようっていう穏やかな気持ち。十六夜のお蔭で、やっと陰の月を前と同じように抑え込めるようになったみたい。」

十六夜は、頷いて維月の手を握った。

「上から見てたが穏やかな気だったから、大丈夫だなって放って置いた。炎嘉もさすがに炎月の前だとお前に手を出すこともなかったじゃねぇか。神でもああやって夜一緒に寝てるだけでもオッケーなんだな。維心があんな感じだからあり得ねぇと思ってた。」

維月はそれには困ったように笑った。

「長くお会いしなかったから、我を忘れそうになっていらしたけど、さすがに炎月が居ることを申し上げたら、それからはしようとはなさらなかったわ。なので、穏やかに抱きしめられていただけ。口づけたりはあったけど、それ以上は求められなかったわね。そういうところは、炎嘉様はとても自制心をお持ちのかただから。」

十六夜は、それにはクククと笑った。

「維心には無理だな。あいつならお前だけ別に部屋に連れ込んででも我慢しねぇぞ。」

維月は、同じようにフフと笑うと、言った。

「維心様は龍であられるから。炎嘉様は、前にも話したでしょう?穏やかでいらっしゃるのよ…その、夜の褥でも。維心様は激しいけれど、炎嘉様は優しい感じ。それがそのまま衝動と連動しているなら、維心様の方が我慢するのは難しいんじゃないかしら。だから、維心様を責められないわ。」

十六夜は、維月と手を繋いで椅子に座っていたが、維月の目を覗き込んだ。

「オレは?」

維月は、それこそ声を立てて笑った。

「十六夜は、そもそもそういう衝動がないって言ってたじゃないの。私が十六夜にすり寄ったら、したいんだなって思って応じてくれる感じでしょ?違う?」

十六夜は、苦笑した。

「まあ確かにそうだけど、でも自分からしたい時だってあるんだっての。」

維月は、そんな十六夜から手を離すと、その首に腕を回してじっと目を見つめ返した。

「じゃあ今は?」

「んー?」と、十六夜は維月の腰を引き寄せた。「ほら、今だって。オレもしたいけど、オレが言う前にお前がそうやってすり寄って来るからわざわざ言わなくてもよくなるだけ。」

維月は嬉しそうに笑った。

「私たち、何もかも通じ合ってるから感じることも同じだもんね。」

「だな。」

十六夜も笑うと、そのまま二人で笑い合って寝台へと倒れこみ、そうしてしばらく、二人で愛し合って過ごした。


午前中はそうやって十六夜と過ごしていた維月は、炎月は乳母の伊予に任せていた。

しかし、伊予は朝だけで、それからは燐と維織が訪ねて来て、庭へ出たりと面倒を見ていてくれたらしい。そのうちに、午後一番からは学校へと学びに行って、午後三時ぐらいになって戻って来る、という一日を、炎月は毎日過ごしているらしかった。

午後三時からは、乳母か十六夜、碧黎が代わる代わる炎月の遊び相手になっていた。

そんな毎日なので、炎月の傍に誰も居ないということは、まずなかった。

今日はもちろん、維月が来ているので、炎月は学校での学びが終わったら、すぐに十六夜と維月の部屋へとやって来た。学校へ迎えに行って、連れて来たのは伊予だったが、伊予は炎月を連れて来ると、頭を下げて出て行こうとした。

「伊予?良いのよ、あなたも一緒に。」

伊予は、維月を振り返ると、深々と頭を下げた。

「いえ…せっかくに母上がいらしたのですから。我は常共でありますから。また、御用の際にお呼びくださいませ。」

そう言い置くと、伊予はサッと出て行った。

維月は、その雰囲気に少し、不穏なものを感じ取った…月であるので、ちょっとのことで気が揺らぐのを感じ取ることが出来るのだ。

どうしたのだろう、と伊予を見送っていたのだが、炎月が維月の膝に飛びついて来てハッと我に返った。

「母上!本日、また父上もいらっしゃいますか?またご一緒に休めましょうか?」

維月は、炎月を抱き上げて、困ったように言った。

「そうね…父上もお忙しいかたなので、お越しになってもお泊りになられるかは分かりませぬわ。」

十六夜が、脇から言った。

「だが、母上とは一緒に休めるぞ?しばらくここに居るからな。良かったな、炎月。」

炎月は、目を輝かせてぴょこぴょこと動いた。

「わあ!父上にもお願いしてみよう!」

維月は、十六夜を見た。

「良いの?十六夜。」

十六夜は、肩をすくめた。

「別にオレは昼間一緒だし構わねぇ。いいじゃねぇか、炎月がここに居る時だけなんだしよ。オレはそんな細けぇところまでごちゃごちゃ言わねぇよ。」

維月は、それを聞いて微笑んで炎月を見た。

「炎月、ならば少しお昼寝をせねばならないわよ?維織が言うておったけれど、父上をお待ちするのに毎日一時眠るようにしておるのでしょう?母とは夜も一緒なのですから、眠りましょう。ね?」

炎月は、少し残念そうな顔をしたが、夜の父の訪問のことを思ったのか、素直にうなずいた。そんな炎月の頭を撫でて、自分と十六夜が使っている寝台の上へと寝かせると、炎月は維月に微笑んでから目を閉じた。

十六夜が、寝台に腰かけて炎月の頭を撫でて寝かしつけている維月の横に来て、座った。

「…こいつは寝つきがめっちゃいいんだよ。目を閉じて一瞬だぞ?」

維月が、それを聞いて炎月の顔に耳を近づけると、もう規則正しい寝息が聞こえて来ている。

確かに、めちゃくちゃ寝つきがいいようだ。

「ほんと。手がかからない子なのね。」

十六夜は、笑って頷いた。

「天真爛漫ってのがこいつのことだってオレは思ったね。明るくて人懐っこくて好奇心が旺盛で、感情がすぐに顔に出る。で、思い切り遊び回ってコロッと寝る。維心の子と炎嘉の子でこうも違うんだって思ったよ。」

維月は、頷いて十六夜の背を押した。

「じゃ、起こさないようにしなきゃ。あちらへ。」

二人は、寝室から出て、居間の方へと出た。

先に歩いていた維月が椅子に座るのを見てから、十六夜はその横へと座りながら、言った。

「なあ、気になってるんだろ?」

維月は、十六夜を見た。十六夜が維月の傍に常に居る時は、だいたい維月の気の動きを感じ取るので何を思ったか十六夜には何となく分かる。同じものを見て、同じものを感じている時は特にそうだった。

なので、維月は驚く様子もなく、頷いた。

「ええ…どうしてかしら。いつもあのような感じ?」

維月が言うと、十六夜は首を振った。

「いいや。あいつはオレや親父には特に何もねぇ。だが、お前は気づいてなかったようだったが、お前が来るとあんな風なんだ。やっぱ鳥だからか、炎嘉が来た時なんか物凄い嬉しそうな気を発してる気がするぞ。」

炎月の話ではない。十六夜と維月が言っているのは、乳母の伊予のことだった。

先ほど、維月が同席しては、と言っても、それを断ってこちらを見ることもなくさっさと出て行ったからだ。その上、その時感じた気があまり良い気ではなかったのだ。

「…やはり長く鳥の宮を離れていなければいけないのが心に堪えているのかしら。私がこんな所で炎月を産んだから、とか、それで恨まれておるとか。」

十六夜は、首をかしげる。

「いや…。それだったら、帰さないと言った親父か、ここへ行けと言った炎嘉を恨むもんじゃねぇか。だが、あいつは炎月のことは自分の子のようにかわいがってるし、炎嘉にも自分の王だからか好意的だ。オレたちには特に特別な感情もないみてぇだが、お前にだけ、あんまいい感じじゃねぇようだな。」

維月は、ふうと息をついた。

「恐らく、龍王妃である私が炎嘉様のお子を産んだという事実に、眉をひそめておるということかしら。普通なら、そんなことあり得ないし、なんて軽い女かと思うところでしょう。あまり良い感情は持たないと思うわ…普段は炎月をほったらかしで龍の宮に居るというのに、帰って来た時だけ母親だと傍に居るのも気に入らないのかもしれない。」

十六夜は、維月をかばうように言った。

「だが、炎嘉が望んだんだろうが。維心だって仕方なく許したし。そもそも神世に告示するわけにゃいかねぇから、こうやってお前が里帰りのついでに会うより他ねぇじゃねぇか。何より炎嘉が、お前が母親だって来るたびに言ってるんだぞ?炎月はそれを聞いて育ってるんだから、お前のことを母親だって慕っててもおかしくないだろうが。あいつはお前を待ってるんだよ。乳母に責められるいわれはねぇ。」

維月は、十六夜を見て疲れたように首を振った。

「そういうことじゃないのよ。伊予は別に、私に何か言ったわけでもないし、少し態度が冷たいだけで炎月のお世話もきちんとしてくれておるわ。だから、あの子が悪いんじゃないの。私が…おかしなことをしているのは本当のことなんだもの。」

維月は、ため息をついた。男性サイドからの申し入れに応えたら、女性サイドからは不興をかうのだ。それは、人の頃から経験上分かっていることだった。

十六夜は、維月の肩を抱きながら、慰めるように言った。

「お前はさ…月なんだから。仕方がねぇよ。今は陰の月を抑えることもできるようになったし、これからは大丈夫だから。こんな時、陰の月なら誰がどう思おうと構わねぇってなるのになあ。うまいこと使えねぇもんだなあ。」

維月は、十六夜の肩にもたれかかって、空を見上げた。

「…なんだかなあ。私は、どう生きて来たら正解だったんだろうね、十六夜。陰の月のままでもダメ、人でもダメ、龍王妃としても中途半端。あちこちに必要とされるのは良いことかもしれないけど、あちこち完璧に務めることが出来ないのよ。私の体が三つぐらいあったらいいんだけど。」

十六夜は、その話し方と口調に驚いて維月を見た。この維月は、人の頃五人の子育てをしながら、自分を見上げていた頃の維月だ。

「…維月?」

十六夜が、不安そうに維月を見ると、維月はフフと笑った。

「ね?私の中にはたくさんの私が居る。人の私、人から月になった私、今生の生まれながらの月の私、陰の月の私。そして、龍王妃である私よ。」維月は、十六夜の方を見て、続けた。「唯一全部の私を知ってるのは、十六夜だけ。蒼だって私の人の頃の子供の頃のことは知らないわ。ねえ十六夜、本当の私は、どれだと思う?」

十六夜は、じっと維月を見つめた。本当の維月…。

「全部だよなあ。」十六夜は、答えた。「人の頃のお前もお前だったし、そこからいろいろなことがあって変わって行ってもやっぱりお前はお前だった。話し方とか感じ方が変わって来ても、やっぱり根本は変わっちゃいねぇ。だからオレは、やっぱり全部がお前なんだと思う。」

維月は、驚いたように目を瞬かせたが、フッと笑うと、言った。

「…そうね。全部私よね。」と、肩の力を抜いた。「できることはやるわ。でも、やっぱり炎月の母であるのは確かでも、維心様のことを考えても公にはできない。そんな母であるのに、あまりにあの子に母親だと押し付けてしまうと、やはりあの子も会えなくなった時につらいのかもしれないわ。一度、炎嘉様と話し合ってみようと思う。今夜も来られるとおっしゃっておられたけど…。」

十六夜は、頷いた。

「お前がしたいようにしたらいいけど、でも炎月はお前が母親で喜んでるんだから。今はいいんじゃないか?後のことは、後で考えたらいいんだよ。乳母のことなんか気にするな。気にしてたらきりがないんだからさ。お前は龍王妃で地位があるから、調べたらどうしてもあっちこっちで良いように言われてないことがあるって。」

維月は、頷いた。とは言っても、自分が本来の龍王妃があるべき姿ではないのはわかっているので、伊予が間違っているとも、ほかの女神が何か言っていたとしてもそれが間違っているとも、維月には言えなかった。

維心がよくこの状態で自分を正妃として傍においているなあと思うと、無性に維心に会いたくなった。

だが、維心はまだ政務に縛られてこちらへ来れないようだ。終わればすぐに来てくれる維心なので、維月は黙って待っているが、それでも何やら、今夜は維心が恋しいなあと、維月は思っていた。

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