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動き

そんな風に私的なことでゴタゴタしていた維心だったが、龍王として世を見ておかねばならないのは常のことで、維月は十六夜と碧黎に任せ、宮の会合に出ていた。

今日は神世の動きを兆加から聞いていた。

「…定佳が?」

維心が言うと、兆加は戸惑うように頷いた。

「はい。定佳様はまだ300歳とお年若、それなのに翠明様の第二皇子、緑翠様を、跡継ぎにと求められ、翠明様はそれにお応えになり、緑翠様は既に北西の宮へと移られたのだとか。」

維心は、考え込んだ。確かに定佳は、元はといえば軍神家系であったと聞いている。だが、あれは王としてそれなりに、あの大きな領地を統治してやっていた。なので、定佳の子でも充分に次を継げると思われた。それに対して文句を言うような輩も、維心が知る限り居ない。確かに定佳には妃は居ないが、まだ、300なら独身でもおかしくは無かった。これから妃を娶る事もあり得るだろうに、一体なぜ、今のタイミングで?

そもそも維心は前世、維月と出会うまで独身で、1700歳になっていたのだ。

「…確かに解せぬな。翠明が圧力を掛けたのか?だがしかし、今のところ安泰で翠明にはそのような野心は感じられぬのだがの。少し、探らせよ。」

兆加は、頭を下げた。

「は。では義心に…」

「帝羽で良い。」維心は言った。「帝羽に行かせて我に報告させよ。」

兆加は、頷いた。

「はい。ではそのように。」

しかし兆加は、合点が行かなかった。何しろ最近は、王に直接ご報告に上がるような案件となると維心はいつも、義心以外を指定する。いつもならすぐに義心であったのに、最近ではまるで、避けているような感じだ。

だが、そんなことを王に聞く訳にも行かず、兆加はそこを出て行った。

維心はそれを見送りながらも、まだ義心を許せない自分に疲れていた。長く黙って仕えて来た臣下なのだ。今生では維月に無理を言うでもなく近寄らず、おとなしく黙々と任務をこなしていた忠臣だ。陰の月に襲われた被害者なのだとも理解している。だが、どうしても許せないのだ。維月の心の中に、あれを想う気持ちが欠片でもあったからではないかと、嫉妬の気持ちなのだろう。

維心は、自分の気持ちをもて余していた。


その頃、帝羽は調べに行こうと準備していて、西の定佳の宮関係のことを先に頭に入れておこうと、義心を訪ねていた。義心は、最近結界内の事ばかりを担当していて、それでも義心は独自のルートを使って、外の様子も把握していた。

「…王が、主に定佳様の様子をと?」

帝羽は、頷いた。

「調べて参れとのことぞ。緑翠様が入られた事の理由をお知りになりたいのだと。」

義心は、少し考えて、帝羽に言った。

「恐らく、であるが、我は理由が分かる。」

帝羽は、驚いた顔をした。

「王もご存知でないのに?」

義心は、渋い顔で頷いた。

「その時に必要でなければ、わざわざ申し上げる事も無いかと思うておるから、言うておらぬこともある。」

帝羽は、頷いて義心を促した。

「ならば主がご報告を。主ならば王がお知りになりたいことをご報告出来ようし。そもそも我を育てようとなさっておるのは分かるのだが、内向きばかりを担当しておっていきなりに主と入れ替えられて、引継ぎも無ければ十分な情報をご提供できぬからな。」

義心は、その原因を知っていた。維心は、まだ義心に腹を立てていて、自分の直接報告に来るような任務に、義心を振り分けたくないのだ。だが、帝羽にそれを言う訳には行かなかった。

「主が命じられたのであるから、主がご報告を。王のご判断なのだからの。」

帝羽は、仕方なく頷くと、義心から知っていることを聞いて、そこを出て行った。義心は、それを見送ってため息をついた。維月は、炎嘉の子を腹に持ち、月の宮からしばらく帰って来ないのだという。維心は何も言わないが、十六夜が月から義心に話してくれたのだ。もしかしたら自分の子がと、義心が案じていたのを知っていたからだった。

だが、これでいいのだと思った。自分は、維心に仕えてここまで来た。これからも命ある限り仕えて行くつもりだ。その上で、義心の子があの時のあの行為の証拠のようにずっと存在すれば、維心も目障りでいつまでも忘れる事も無く、任務にも支障が出続けるだろう。だから、これで良かったのだ。

義心は、そう思いながら、振り分けられた自分の任務に集中した。


維心が部屋でじっと座って考え事をしていると、帝羽が入って来て膝をついた。維心は、定佳の宮へ偵察に行く前に何か確認でもしたいのかと、顔を上げた。

「帝羽、どうしたのだ。」

帝羽は、下げていた顔を上げた。

「は。その前に、義心殿に何か知っていることは無いかと聞いて参りました。定佳様が、緑翠様を引き取った理由でございます。」

維心は、眉を寄せた。義心なら知っておるかもしれぬな。

「…して?あれは何と申しておった。」

帝羽は、答えた。

「は。定佳様は、恐らくはこれからも妃を迎えられる事はないからと。あちらの私事であるので、関係ない限りは口にしないでおこうとしておったようですが…定佳様は、慕わしく思う対象が、男なのだということです。」

維心は、眉を上げた。確かに神世は両刀使いが多いが、しかし王となると一人ぐらいは娶っておいて、子は作るのだ。

「…まあ、そこは各々趣味があろうから言及せぬが、娶るぐらいは出来ようが。」

帝羽は、顔をしかめた。

「それは…」と、少し後ろを振り返った。「義心殿に聞いて参りましょうか。恐らくは義心殿ならばいろいろ知っておるはずなのです。我はつい最近外回りを始めたばかりで、あまり深くお答え出来ませぬ。」

維心は、帝羽が暗に義心を呼べと言っているように聞こえた。確かに、ここで呼ばぬ方がおかしいのだ。このまま、維心が義心を避け続けて、変な噂が立つのも困る。維月が帰って来づらくなる…。

「…では、義心をこれへ。主も、義心からいろいろ聞いておかねばならぬぞ。あれもあれで、もう結構な歳なのだ。炎託より年上だったのではないか。あまり宛てにばかりしておってはならぬ。」

維心がそう言うと、帝羽は少し、驚いた顔をした。具体的に聞いたことは無かったが、確かにその年ならば…王は、炎託に老いが来て、もしかしてと思われたから我を育てようとしておられぬのか。

帝羽は、間違っているが納得の行く理由を己の中でつけて、そうして義心を呼びに急いだのだった。


しばらくして、義心が帝羽と共にやって来た。自分の今の任務もあるので、恐らくは忙しいだろうが、そんな素振りはかけらも見せない。そんな義心を苦々しい思いで見て、維心は言った。

「…帝羽に聞けば、主が知っておると。定佳はなぜに妃を娶らぬ。」

必要最低限のことしか口にする気持ちになれない。

義心は、それでも膝をついたまま、いつも通りに淡々と答えた。

「は。定佳様には…神世の他の神達のように、両方の性を相手に出来るのではなく、本当に男性にしか触れることも出来ぬかたなので…。男でも良いのではなく、男でなければ無理だと思うて頂けましたら。」

維心は、両方の眉を上げた。たまにそんな者が居ると聞いていたが、あやつはそうなのか。

「それは…ただの一度でもということか?」

義心は、頷いた。

「はい。女しか相手にしない神と同じで、男しか相手に出来ぬということです。生理的に無理、という状態でありまする。」

維心は、そう聞いて納得した。ならば、定佳は子を作ることなど出来ない。自分の身に置き換えてみれば、もし子が出来ぬからと男を相手しろ、と年がら年中言われているような状態なのだ。それから逃れようと思えば、跡継ぎをどこかから連れて来るよりない。だから、緑翠をもらい受けたのだ。

「そういう神も居るのですな。両刀使いは知っておりますが、完全に女が無理な神の王が居るのは初めて聞き申した。」

帝羽が、感慨深げにそう言った。維心は、頷いた。

「昔から幾人か知っておる。我も長く妃を娶らなんだゆえ、そうではないかと思われておったようよ。皆我に襲われたら逃げることは出来ぬから、その意味でもビクビクしておったの。しかし、我は、男にも女にも、あの折は興味が無かったのだ。炎嘉とだけ話しておったので、炎嘉とそういう仲なのではとまことしやかに言われておったようよ。炎嘉にも大概迷惑であったから、早う妃を娶れとよう怒っておったわ。まあ我は別に…その神の生き方であるからな。男が好きでも、我に言い寄って来ぬのなら別に気にせぬがの。」と、義心を見た。「して、それは誠なのだな?噂だけということは無いのか。」

義心は、頭を下げた。

「は。信頼できる情報でありまする。その昔は、翠明様を慕わしく思うておられた事もあったとか。翠明様はその折こだわりは無かったようですが、王であるから子を残すし、王同士では無理だろうとお断りになったのだと聞いております。今は友としてのお付き合いであられるようです。」

維心は、ふうと息をついた。

「翠明もなかなかに理解のある奴よな。あやつは綾を娶ってあれだけ子を成しておるのだからそうでは無かったのだろうが、神の中にはそういう性質の者を面倒に思う、教養の無い輩も居ると聞いておるのに。だがまあ、理由が分かって良かったことよ。恐らくは定佳の性質のせいであろう。では、我もしばらく様子を見ておくことにする。念のため翠明がどのように対応しておったのか、そちらも調べておけ。」

帝羽と、義心が顔を見合わせた。義心は、その様子にどちらに命じたのか分からなかったのだと言い足した。

「帝羽。主は義心について、少し学ぶが良い。義心、主は帝羽と共に調べて参れ。」

二人は、頭を下げた。

「は!」

そうして、二人は出て行った。

維心は、義心に普通に対応しようと気を張ったので、二人が出て行ったのを見送ってから、ドッと疲れたのだった。


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