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混乱

維心は、龍の宮で座って居たが、十六夜が来て、昨日あったということを聞いて、顔色を変えた。

「何と申した…?!義心が、義心が維月をか?!」

十六夜は、慌てて言った。

「だからあいつは襲われたんだっての!陰の月に!維月がわざわざ滝の側の房に結界張って、オレから見えないようにしてまであいつと寝たいと思うと思うか?!やりたいなら維月ならオレに言って、お前に隠したいから何とかしてくれって言う!オレに黙ってあんなことをするのは、陰の月しか居ねぇ!」

維心は、ウロウロとその場を歩き回りながら、イライラと言った。

「…陰の月とは維月とは違う人格なのか。同じだとしたら、維月が心の中であやつと寝たいと思うておったからそうなったのではないのか。どうなっておる…どうしたらいい?!」

十六夜は、そんな維心を椅子に座って見ながら、落ち着かせようと言った。

「親父に聞いたら、性格が変わるだけで維月なのは確かなんだそうだ。だからはっきり覚えてるし、その時の性格の維月としてやりたいことをやってる。ただ、陰の月の性質を装備してる維月か、今までの性格を装備している維月かってだけで、同じ維月なんだよ。義心だって犠牲者なんだぞ?どんな目にあったのかちょっと聞いてみたが…歯にものが挟まったような言い方してたけど、押し倒されて気で拘束されて身動きとれなくて…みたいな感じだった。とにかくあんな経験はしたことがない、と言い切ってた。」

維心は、足を止めてキッと十六夜を睨みつけた。

「…聞きとうない!だいたい分かるわ…恐らくは、新月の夜の時の維月だろうが。あれを義心もと思うたら…」と、維心は嫉妬のせいか身悶えた。「ああ我慢ならぬわ!これまではこんなことにはならなんだのに、あの闇のせいで!」

十六夜は、そんな維心に真面目な顔をして、言った。

「…維月にバレてたんだよ、維心。」維心は、ビクッと退いた。十六夜は続けた。「一度目にお前、気を放っただろうが。それで目が覚めて、慌ててお前を探して見てたらしい。考えたらあの時維月は月に居たし、寝てると思ってたけどお前の緊急事態を気取ったら目が覚める。で、見ていたと義心に言ったらしい。」

維心は、震え出した。

「…ということは、炎嘉が我に二度目に口づけたのを見ておったと…?ゆえに維月は、義心とあのように…?」

十六夜は、それにはブンブンと首を振った。

「違う!維月はそれは気にしてない、事故みたいなもんだって言ってたらしい。ただ、お前と義心がそれを隠そうとしたのが気に食わなかった。だから、二人に対しての罰だって言って、義心に口づけたんだってさ。そしたら、それが終わったら目が真っ赤になってて…って訳で、義心にそれをやろうと決めたのはこれまでの維月だが、それ以上のことをしたのは陰の月バージョンの維月だったってことなんだよ。」

維心は、それを聞いて茫然とした。つまり、維月はあちらに維心が居る間も既に知っていた。それでも自分を責めたりしなかったし普段と確かに対応は変わらなかった。だが、自分が義心に命じて見張ってまで隠そうとしたのを知られて、それに腹を立てて、あんなことになってしまったということなのだ。

「…なんということぞ。」維心は、後悔で頭を抱えんばかりになった。「維月に正直に話しておけばよかったのだ。そうすれば、何に怯えることもなく…義心もこちらへ連れ帰り、こんなことには…!」

十六夜は、維心の肩に手を置いた。

「なんでも正直に話した方がいいぞ?オレと維月みたいに。そしたら面倒な事にならなくて済むってのに。でも…ちょっとな。維月が心配してることがあって、それで、お前すまねぇがあっちへ来てくれねぇか。」

維心は、十六夜を恨めし気に見た。

「もう、里帰りは終わりではないのか。だったらこちらへ帰してくれたらここで話すのに。」

十六夜は、顔をしかめた。

「うーん、まあ、内容が内容だからよ。今は陰の月を意図的に親父が抑えるようにしてるから、大丈夫だ。元の人格装備の維月だから問題ない。あんまりこんなことがあるようなら、親父も命を繋いだ時についでにその部分を強化して封じる方向でやるって言ってたから。心配しなくていいぞ。」

維心は、十六夜にすがるような目で言った。

「だったらすぐに封じてくれと申せ。どこまでも闇と陰の月に振り回されては維月もたまらぬだろうから。」

十六夜は、それを困ったように顔をしかめて見下ろしながら、頷いた。

「ああ、頼んでみる。けど、とにかく維月に会いに行くぞ維心。お前に話しがあるってんだからよ。」

維心は、仕方なく渋々ながら頷いた。

「分かった。ならば参る。だが、義心はこちらへ帰せ。こんなことがあって、あれらが顔を合わせるのも避けねばならぬ。」

十六夜は、ますます顔をしかめて言った。

「うーんそれも含めてとにかくあっちへ行こうって言ってんだっての。ごちゃごちゃ言わずにお前が行って、直接命じたらいいだろうが。それから、何度も言うが義心は被害者。それが嫌だったかってぇと嫌じゃなかっただろうが、でも被害者なんだからな。暴れるなよ。」

維心は、頷きたくなかったが、頷いた。

「…分かっておるわ。」

そうして、兆加にちょっと十六夜が来いというから行って来る、と言い残し、維心は龍の宮を飛び立った。


維月は、はあとため息をついて、空を見上げていた。維心を連れて来ると言って、十六夜は月の宮を飛び立って行ってまだ、帰って来ない。碧黎は、気にすることはないと言うが、それでもあの時の自分が、本当に信じられなかった。あんなことをするなんて、どうして自分の理性は止めてはくれなかったんだろう。

義心のことは、前世から気にかけていたし、義心が自分のせいで自分だけを愛するようになった、そのきっかけを作った事実は覚えていた。義心はずっと自分を想ってくれていたが、今生はただ、何も言わずに側に控えて、触れることも話しかけて来ることもなく、見つめているだけだったのに。

陰の月の自分は、それを知っていたのだろうか。まるで闇に対してのように、最初は高圧的だった。義心を支配して陥落させようとしていた。だが、そのうちに義心に甘えたくなり、義心自身の意思に身を委ねた…義心は、まるでひとが変わったように維月を愛していた。

そして、そういったことを全てしっかりと覚えていて、あれも間違いのない維月なのだと自分で理解出来ているだけに、維月は本当に今、自分を信じられなくなっていた。

義心が、維心が来ると聞いて脇に控えていたのだが、言った。

「…維月様。先ほども申しましたように、そのようにお気にならさず。我は、己の意思であなたに触れました。あなたのせいではありませぬ。」

維月は、義心を見て、首を振った。

「あれも私。それに、私は陰の月に飲まれてなんていないわ。あれは、陰の月の人格になった私で、はっきりそれを覚えているの…。だって、中身は私なんだもの。陰の月の着物を着た私か、今の私の着物を着た私かの違いだって思ってくれたらいい。あなたとのことも、何一つ忘れていないし、自分が何をしたのかも覚えているわ。だから…十六夜に、ああ言ったのだし。」

維月は、下を向いた。義心は、同じように膝をついたまま、下を向いた。維月が懸念していることは、まさかと思っていたが、確かにあり得ることだった。あれだけの時間、共に居た。そうして、中身は維月でも装備されていたのは陰の月の人格。

二人で鬱々としてそこに居ると、十六夜と維心が、その部屋から見える庭の方角から、飛んで来てそこへと着地した。義心が、体を固くする…維心が、こちらを見て明らかに激怒した時の気をまといながら歩いて来たからだ。

…一瞬で消されても、仕方がない事をしたのだ。

義心は、膝をついて深く頭を垂れ、維心が近付いて来るのを待った。十六夜が、急いで後ろから追いかけて来て、先に回り込んで維月の横へと滑り込んだ。

「維月!帰ったぞ。維心連れて来た。」

見たら分かるのだが、この重い空気を何とかするには口を開くしかなかったのだ。

維心は、維月の前へと歩いて来たが、何をどう言っていいのか分からず、頭を下げる維月を前に、くるりと義心の方を向くと、言った。

「…十六夜から聞いた。」分かっていても、腹が立って仕方がないらしい。怒りが声に滲み出ている。「主は宮へ帰って通常の業務につけ。此度の事は他言無用。分かったの。行け。」

義心は、深々と頭を下げ直して、言った。

「は!」

そうして、そのままそこを出て行った。本当なら、何か他に言いたいこともあったのだが、多く話せば話すほど、恐らく維心の怒りは深くなる。

それを気取ったので、義心は何も言わずに去ったのだ。

維心は、まだ頭を下げている、維月に言った。

「…もう良い、十六夜から聞いた。碧黎は、封じることが出来るようなことを言っておったようだが、今すぐやってもらうわけには行かぬのか。これからもこんなことがあっては、主とてたまらぬだろう。また義心と…などと度重なるようなことになったら…せっかくに今生はあれもおとなしくしておったのに…。」

維月は、顔を上げて言った。

「申し訳ありませぬ。私のために、ご心労をお掛けすることになってしまい申して。」

維心は、それにも首を振った。

「もう良いというに。元はといえば、我が主に隠し事など慣れぬことをしようとしたからこんなことに。」と、維月の手を取って、ハッとした。義心の気がする…。

「…早う宮へ!我が連れ帰る。そのような気、我の気で消し去ってくれようぞ。」

維月と十六夜は、それを聞いて顔を見合わせた。維心は、急に不安になって、問うた。

「…何ぞ?」

十六夜が、維心を見た。

「…いや、実はな。」と、維月を見た。「オレが言うか?」

維月は、首を振った。

「ううん、私が。」と、維心を真っ直ぐに見上げた。「維心様。陰の月は、(らん)を止めておった私の力を緩めておったのです。我に返って、何が起こったのか分かった後気を失ってこちらへ連れて来られたのですが、目が覚めた後、違和感を感じて…私の体が、自然のままの状態になっておると。」

維心は、何のことか分からず眉を寄せた。

「自然のままでは何か問題が?」

十六夜が、横から言った。

「だからお前、前世ポンポン子供を作ったの覚えてねぇのか。維月が卵を止める方法を知って、それで止めるようになって子供が出来ねぇようになったが、それまで全員年子じゃねぇか。今生だってそうなるはずが、維月が止めてるから子供が出来ねぇ。分かるだろ?お前はなんで維月に子供が欲しいと言わなきゃ出来ねぇんだよ。維月が調節してるからだろうが。」

それを聞いて、維心は目を見開いた。つまり…

「子…子が、出来る状態になっておったと?!」

維月は、息をついて頷いた。

「はい。慌てて止めましたが、しかしもう放出された後だったかもしれませぬ。もしそうなら…まだ気取れませぬが、子が出来ておる可能性が…。」

維月の記憶では、放出されていたとしたら絶対に出来ていると思われた。止められていたらと思うが、しかしそれが着床して育ち始め無い事には、分からないのだ。ひと月ほどして、妊娠していたのなら絶対に体調に現れる。それまで、分からないのだ。

維心は、叫ぶように言った。

「なぜに…!炎嘉ならまだあきらめもするが、義心など!あれはもう子も居るし良いではないか!それを今更、ここで主にあれの子がなど…!許すことは出来ぬ!」

十六夜が、庇うように言った。

「出来てたら命なんだからどうしようもなかろうが。誰の子だろうと命の重さは変わらねぇよ!あっちで育てるのがヤバいならこっちで月の宮の軍神にするために育てるからいい。ま、女かもしれねぇし分からねぇが。とにかく、殺すのは無しだ。維心、神世じゃやるらしいが、オレはそれは許せねぇぞ。維月の子はオレの子みたいなもんだからな。親父だってだから今は命を繋ぐのを遠慮するって言って、だから今すぐ封じられねぇんだよ。仕方ねぇよ、維月は月だったから何とかして出来ないようにしてたけど、本来やることやったら出来るんだからよ。だからオレだってあの後、維月に手を出さねぇままにしてるんでぇ。ほんとなら今頃、オレの気で義心の気なんか消えてらあ。」

維心は、ギリギリと歯ぎしりして顔を赤くした。自分の気で一気に義心の気と、腹に子が居たとしても綺麗さっぱり消してしまうことが出来た。本当なら、王はそんなことがあったらそうやって取り返す。横取りする時も、相手より強い自分の気でその妃を襲って相手の気も子も殺してしまうのだ。そんな残虐な一面があるし、維心は誰よりも気が強いので、誰の気でもあっさり消してしまえるのに、十六夜がそれをするなと言っているのだ。

維月は、維心を見上げた。

「まだ、出来ておるとは限りませぬ。陰の月は強制的にそこへ卵を放出して、子を成すことも出来たのに、それをしておりませんでした。自然に任せた状態でした。私が気取ったのが次の日の朝、それまでに放出して居なかったら、大丈夫ですわ。」と、袖で口を押さえて頭を下げた。「申し訳ありませぬ。私が陰の月を完全に抑えておるなどと思うて油断しておったばかりに、このようなことに。維心様にご心配の種を増やす事になってしもうて。」

維心は、どうあっても維月が義心の子を産むなど許せない気持ちだったが、それでも十六夜と碧黎に守られた維月の腹の子に、どうすることも出来ない。いや、居ないのかもしれないが、居るかもしれない。そんな懸念を払拭してしまいたいのに、それが出来ないのだ。

「…我は、まだ許せぬ。炎嘉の子でも、かなり悩んで決断したのだぞ。それを、臣下の子など。我は炎嘉の宮のように、臣下軍神の数には困っておらぬ。わざわざ主を許して子を成させるほど、困っておる状態ではないのだ!それを…!」

維月は、困って腹に手を当てた。ここに居るのか、居ないのか。それが分かるのは、ひと月後…。

維心は、その怒りをどこへ持って行けばいいのか分からずイライラとしていたが、そのうちに、あともうひと月里帰りすることを許すよりなく、そうして、その結果を待つしかないのだという結論に至ったらしく、渋々それを許し、フラフラとそこを出て、龍の宮へと帰って行ったのだった。

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