表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/198

誘惑

十六夜が、夕方近くになって、珍しく維月の気が近くに無いな、と降りて来て自分の部屋で探っていると、急にパッと庭の、奥の滝辺りにその気が現れた。

なんだろうと探ると、どうやら維月は、陰の月の結界を、あの滝の近くにある房に張って、その中に居たらしい。

なんだってそんなことをと怪訝に思いながら見ていると、義心が、どうやら気を失っている維月を腕に、こちらへ飛んで戻って来るところだった。

その飛行も、何やら心もとない。

いつも切れのある動きである義心とは、似ても似つかない動きだった。

「…なんかあったのか。」

十六夜が案じて、こちらへ戻って来る義心を待っていると、いつもきっちりと甲冑をまとっている義心の、甲冑の紐があちこちほどけてバラバラになって、ぶら下がっている程度になっているのが見えた。

神世一の手練れだと言われている義心が、そんな様になるのを、見るのは初めてだった十六夜は、びっくりして言った。

「どうした?!闇でも残ってたのかよ、どうした?!」

義心は、やっとといった風にで、十六夜に気を失っている維月を手渡すと、ガクッと膝をつく。十六夜は、慌てて言った。

「治癒の神を呼ぶ!」

だが、義心は床に座り込みながらも、首を振った。

「良い!むしろ呼ぶでない!…気を、消耗してしもうたからぞ。少しすれば、回復する。」

十六夜は、それを聞いてハッとした。今腕に抱いている維月から、義心の気がする。

十六夜は、思わず怒鳴った。

「お前!オレにはあれだけ張り付いて邪魔しておきながら、何やってんだよ!維月が良いなら別に止めねぇが、加減しろ!そんなフラフラになるまでやりやがって、維月が気を失ってるじゃねぇか!」

義心は、首を振った。

「違う!我は…我は抵抗しようとしたのだ。だが、そもそもの我の心が拒んでおらぬのに、抗えるはずがあるまいが!その…維月様が…午前からこれまで、お離しくださらぬで…。」

十六夜は目を丸くした。維月が義心を襲ったのか。というか、確かにあそこに陰の月の結界が張られてあったということは、維月の合意がなければ無理だ。しかし、普段の維月なら、そんなことは絶対にしない。つまり…。

「…陰の月か。」

義心は、頷いた。

「瞳が真っ赤になっておられた。分かっていたのだが、あの気に捕らえられて抗えず…やっと先ほど、まるでスイッチを切ったように気を失われたので、戻って来ることが出来たのだ。」

陰の月ならやるかもしれない。

十六夜は、目を閉じてじっと眠るように穏やかに呼吸する、維月を見て思った。前世、陰の月に飲まれて神の気を集めるために、あっちこっちへ大きな男の気を求めて、出掛けて行った維月を覚えている。

そうやって気を集めて、陽の月である自分に対抗しようとしたことがあったのだ。

「なんてこった…親父がもう大丈夫だって言ってたのによ。よっぽど動揺しない限りは維月が抑えて出ないからって。だったら大丈夫だって、安心してた矢先だったってのに。」

何を動揺したのか知らないが、そのせいで陰の月が出て来て、義心を襲う事になったのだろう。

陰の月相手なら、恐らく義心は散々な目にあったと思われた。十六夜は同情したように義心を見たが、義心は何かに気付いたように、言った。

「ということは…維月様は、恐らく炎嘉様が王になさったことに対して、気にしないとおっしゃっておったが、かなり動揺なさったということか。」

十六夜は、え?という顔をした。

「維月はそれを知らねぇだろうが。維心だって絶対言うなっていうから、お前も自分から維月にばらす事もないだろうし。それとも、バラしたのか?」

義心は、首を振った。

「維月様は、気取って見ておられたのだというておった。一度目、王が炎嘉様を退けようと軽く気を放たれたのを、上空で気取ったらしい。それで見ていたら、また二度目があったと。見ていたが、気にしていないとおっしゃっておったのだが…その、我にはどの時点から陰の月で、どの時点まで維月様であったのか分からぬで。ただ、最初は、それを隠そうとした我と王への罰だとおっしゃって、我に口づけてこられただけだったのだ。」

十六夜は、見ていたのか、と思いながら維月を寝台へと運び、義心に言った。

「目だ。目の色はどうだった?どの時点から赤かったんでぇ。」

義心は、思いだそうと眉を寄せた。

「…口づけた後。」と、義心は言った。「最初に口づけて来られた時、まだ普通の色だったのに、離れた時はもう、赤くなって来ておった。」

ということは、維心と炎嘉がああいうことをしていた事には恐らく、本当に気にしていないのだろう。だが、隠そうとしたのが少し癪に触って、義心に口づけてやろうとしてみたものの、維月は動揺したのだ。

維心と義心を困らせてやれ、と思ってしたことが、維月の良心の何かに触れたのかもしれない。

そして、元々そういう事が得意で自分の戦う手段にしている陰の月が表に出て来て、それ以上の事になってしまったのだ。

「…ってことは、義心に口づけたのが維月にとっては想像以上に動揺することだったのかも。それで陰の月が出て来ちまって、それ以上のことになっちまったってことで。」

義心は、それを聞いて暗い顔をした。ならば…維月の心の負担になったのではないか。

「…では、維月様はかなり後悔なさっておられるだろうな。」と、十六夜を見上げた。「最後、気を失われる前、フッと目が元の色に戻ったのだ。そうして、我を見下ろして事態を悟ったように、慌てて我から降りて…『義心…?ごめんなさい、私…』とおっしゃって、気を失って倒れられた。維月様には、心ならずもこのようなことに…。」

十六夜は、困ったように息をつくと、首を振った。

「心配すんな。お前のことは、維月だって分かってたし前世何度かそういう仲になってたじゃねぇか。いくら陰の月でも、誰彼構わずそんなことをするわけじゃねぇ。お前だからそうなったことを、維月は知ってる。だから、謝ったんだ。問題はこれまで今生は必死に我慢してたお前の気持ちと、維心の気持ちじゃねぇか?オレも親父もこんなこと別にどうでもいいからそうでもないけどさ。」

義心は、下を向いた。確かに、維月の前世では、どうしても維月と共に過ごしたくて、その体に触れたくて仕方が無かった。だからこそ、近くへと寄れる機会があれば、何としてもと側に控えていた。だからこそ、十六夜も維月もそれを知っていて、維心の目を盗んで自分と過ごさせてくれたこともあった。

だが、今生はそれを封印し、軍神として忠臣に徹し、維月には触れないようにして来た。そうすることで、触れた時の記憶を封印し、見ているだけで幸福だと思うことが、出来るようになっていたのだ。

それなのに、充分過ぎるほど、維月に触れて触れられて、それを思い出してしまった。

これからまた、これまでと同じように過ごすのは、確かに自分に出来るのか、酷なことだった。

「…確かに…。陰の月であっても維月様が、我を求めてくださるのにお応えする感覚を、我は思い出してしもうた。これからはまた、つらい日々になろうの…。そうして、我をご信頼くださっておる、王にも、何と申し訳のないことを…。」

正確には、維心は維月のことに関しては義心を信じてはいないのだが。

十六夜はそう思ってそれを聞いていたが、それでもそれについては何も言わなかった。そうして、寝台に眠る、維月を見て、言った。

「陰の月に襲われたんだからお前は被害者だっての。そんなに気にするこたねぇよ。オレだって維心にそう言うし。どうせ無理に上に乗っかって来て、お前は維月を傷つけられねぇからやられちまっただけだろうが。」

義心は、じっと黙っていたが、しばらくしてから、首を振った。

「それは…最初は確かに我も必死に抵抗しておった。だが、途中からは我の意思よ。ゆえに、王には顔向けならぬ。」

十六夜は、息をついた。

「とにかく、維月の目が覚めてからこれからのことは話し合うよ。親父にももうちょっと何とかならないか聞いておく。維心には、面倒くさくなるからお前の意思云々は言わねぇ。お前も、今夜は意地を張らずに寝て来い。それだけ気を消耗してたら、任務に差し支えるぞ。」

義心は、もうそんな十六夜に言い返すだけの力は残っていなかった。

なので、ずっと続けて来た夜番は諦めて、宿舎へと戻ってその夜は休んだのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ