生まれながらの
上では、紫翠を囲んで皆が浮いて待っていた。どうやら、紫翠がモニターする様子を上で聞いていたらしい。
戻って来た三人を見て、少しホッとしたように蒼が言った。
「おかえり。というか、闇がかなり困っていたみたいだけど…。」
十六夜が、言った。
「維月がさあ、SMの女王みたいだったんだよ。膝まづけ!靴を舐めろ!みたいな。」
維月が、慌てて十六夜の肩を張った。
「ちょっと!やめてよ、誰に分かるのその表現!」
しかし、蒼には分かった。維心も碧黎も、維月と記憶を共有しているので残念ながら分かった。
紫翠は分からなかったが、想像は出来たようだった。
「…闇は、慌てふためいておりました。まさか陰の月が直々に来るとは思っても居なかったようで、本当は飛び出して行きたいほどだったのですが…陽の月の気配に、どうしても出て行くことが出来ませんでした。自由にならない己の身にイライラとして、そこの女に八つ当たっておりましたが…陰の月が好むのが、美しい陽の型だと聞いて、目の前に居るだろう維心殿に死ぬほど憑きたがっておりましたね。」
維月は、顔をしかめた。そんなことまでここで皆に伝えていたのね。
十六夜が、頷いた。
「だろうな。静音が開口一番、維心を美しいって口にしてたからな。腹の闇はそれを聞いてるから、見えなくたって分かるわな。」
維月は、ため息をついた。
「それでまんまと出て来てくれたらって思っていたの。でも、十六夜が真側にいるから物凄く警戒して、出て来なかったわ。残念だけれど。」
維心は、少し驚いたように言った。
「主、そういうつもりでああ言ったのか。その上で帰ると言えば、十六夜が居っても慌てて出て参ると?」
維月は、渋い顔で頷いた。
「はい…闇が出て参ったら一瞬にして十六夜が始末してしまうからと思うて。憑こうとしても、私が押さえ付けまするし。でも…駄目でしたわね。」
紫翠が、言った。
「今少しのところだったのですが。今にも出て来そうだったのですが、やはり十六夜の陽の気が怖くて足がすくむような感じでありました。」
十六夜は、顔をしかめて維月を見た。
「もう一回行くか…?維心だけ連れてけば、今度こそ出て来るんじゃねぇか。」
蒼が、渋い顔をした。
「いくらなんでも、罠だって気付くよ。行ってまたすぐ行くなんてさあ。ちょっと間を置いた方がいいんじゃないか?」
将維が、脇から言った。
「そのような危ないことを父上におさせするわけにはいかぬ。同じようなものであるし、次は我が参るわ。龍王は普通、危ない橋など渡らぬのだ。」
炎託が、将維を突いた。
「こら。同じようなものとは何ぞ。ならば我も。どうせこれを解決せねば帰れぬのだし、何か役に立って帰らねば父上に何をしに参ったと嫌味を言われるしの。」
確かに二人共美しい容姿なのだ。将維は維心にそっくりだし、炎託は炎嘉にそっくりの華やかな美しい顔だった。闇が出て来て見たとしても、この二人が居たら一瞬迷うのではないかというほど、競い合うような美しさだった。
「どっちにしても一度戻ろう。」蒼が、言った。「またすぐ行ったら向こうも陰の月が何度でも来るって思って出て来ないかもしれないし。どうせ十六夜の結界は出られないんだ、とにかく仕切り直しだ。」
仕方なく、皆は頷く。
ゆっくりと飛んで自分の居間へと引き返して行きながら、蒼はもしかしたら何とかなるのでは、と少し希望を持っていた。
…が、甘かった。
「さっさと消してしまえば良い。」碧黎が、眉を寄せて言い切った。「維月に某かさせる必要などない。闇に対抗するには犠牲は付き物よ。こんな面倒なことをせずとも、消す方法は有るのに。いつまでもあのような物を我の上に飼う事は許さぬ!」
碧黎は、断固とした口調でそう言い放った。確かに月を少しでも危ない目に合わせるのは、リスクが高い。月の居ない世で消せない霧に結局は闇を生み出す結果になるのが目に見えている。
だが、十六夜が言った。
「だがこんなことになってるのも、結局親父が見えてるのにオレ達に何も言わずに危険性を見誤ったからだろ?そうでなくてもそれで光希は犠牲になってるし、これ以上犠牲を出さないで済むならそうしたいと思うじゃないか。今回は維月も取り込まれることは無さそうじゃねぇか。紫翠が居るし、あっちの気持ちはリアルタイムで分かるんだから、こっちは前世よりずっと有利だ。気持ちは分かるが、もうちょっと時間をくれねぇか。」
碧黎は、苦々し気に十六夜を見た。確かに自分が闇関係の事を見誤ったからこうなっているのは分かっているので、言い返せないのだ。何しろ、碧黎だけが全部見えていたのだ。
「…ならば、7日。」碧黎は、言った。「7日だけ時間をやろうぞ。それが出来ねばそこで我が始末する。そして、主が闇を消せ。分かったの。」
たった7日か。
蒼は思ったが、時間をくれただけでもマシなのだ。碧黎はこうと決めたらこうなのだ。
十六夜は、頷いた。
「分かった。じゃあその間は黙って見ていろよ。」
その時、紫翠がハッとした顔をすると、立ち上がった。
隣りの明蓮が、驚いて見上げる。
「何ぞ?」
紫翠は、体を固くしていたが、叫んだ。
「…ならぬ!」と、窓の外へ今にも飛び出しそうな勢いで足を踏み出した。「ならぬぞ!」
「どうした紫翠?!」
十六夜が、飛び出して紫翠の肩を掴む。紫翠は、ハッと十六夜を見て、絶望的な顔をした。
「…軍神の一人が、闇の口車に乗りおった…。今それについておる。」
蒼は、驚愕して立ち上がった。
「誰…誰だ?!」
紫翠は、首を振った。
「分かりませぬ。知らぬ男。若い…光希という神の友だとか言うて。確かに華やかな、美しい容姿。金髪のような髪に、赤い瞳。闇は今、己の新しい体を鏡に映して見ておる。」
蒼は慌てて、嘉韻と炎託が居るか確かめた。二人は確かにそこに居て、困惑した顔で蒼を見返している。
と、いうことは…。
「…薫。薫か!」
他にその容姿と言えば、薫しかいない。
「行かなきゃ!」
維月が、飛び出して行く。碧黎と十六夜、維心がそれを追い、残った蒼も、まだ戸惑っている残りの者達を振り返って、言った。
「…今行くのは、月の力を持たない者には危ない。ここに。」
そうして皆が頷くのを見てから、そこを出て飛んで行った。
その少し前、屋敷へと帰って行く螢を見送ってから、薫は、死んだ光希の宿舎の部屋へと向かった。
そこに、一時的に光希が安置されているからだ。
頭からすっぽりと白い布を掛けられていたが、光希は歩いてそこへと、そっと頭の方の布を、めくった。
光希の開かれていた目は、閉じられていた。だが、口は閉じようとしたのだろうが、僅かに開かれたままだった。その口元を見て、薫は涙がこみあげて来るのを感じた。光希は、死ぬことは無かったのだ。ここへ来て、本当ならば他のはぐれの神のように、真面目にさえ精進していれば、平穏に暮らせていたはずだった。恨みも洗い流され、苦しい思いもせずで済んだのに、たまたま見つけてしまった、術の玉の欠片を持っていたばかりに、闇に利用され、このような結末になってしまった。自分は何かおかしいと気取っていたのに、判断を間違って光希を死なせてしまった…。
薫は、まだ光希の死に対して、自分を責めていたのだ。
「光希…主の子、助けられるやもしれぬが…。どうしたら良いのだ。闇が憑いておるなど、主と同じ思いをさせてしまうやも…。」
王は、助けてくださろうとしている。だが、地や龍王は始末してしまう方向を押しているようだ。十六夜も元々殺傷を好まないので、闇に対しては容赦ないが、他の神の命に対しては、本当に寛容で許してくれようとしてくれる。だが、このままでは…。
薫は、じっと答えない光希を見つめて、言った。
「我が助ける。光希、必ず主の子を助けようぞ。案ずるな。」
そう言うと、また布をかけ直して、そうしてそこを出て行った。




