表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
続・迷ったら月に聞け11~居場所  作者:
次世代の神達
2/198

七夕

維月は維心に手を取られて、内宮から地下の回廊へと降りて、外宮の段回廊がある大広間の大扉の前へと到着した。

奥宮からここまで、結構な距離がある。王妃の衣装はかなり重い上、頭の簪の数は今日は半端ない。なので、途中維心に運んでもらって、やっとここまでたどり着いたのだ。

王妃の正装をしたらいつもの事なのだが、神世の王妃は皆、こうして王に運んでもらっているのだろうか。

しかし侍女に聞いてみると、他の王妃の衣装も重いには重いのだが、龍王妃の衣装ほどではないのだそうだ。

それに、龍の宮ほど広くはないので、そんなに長距離を歩く必要もないので、ここまで大変な王妃はあまり居ないようだ。

「さあ維月、後は座っておれば良いからの。疲れていようが、もうしばらく我慢せよ。」と、維月をまじまじと見た。「それにしても…本日はまた常より更に美しいの。我の妃がこのようなのだと、皆に見せるのは楽しみよ。」

維心は上機嫌だが、維月は頭だけでもかなり重いので、首をずっと上げていられるのか心配だった。

しかも、こういう場ではいつもなら被っている大きなベールも無いので、扇しか顔を隠すような物がない。なので、じっと座っていて眠くなった時あくびをかみ殺すのにかなり困るのだった。

それでも、維心に手を取られてその大扉が開くのを見ていると、大きく開いたその向こう、舞台上にはソファのような低い椅子が置いてあって、これは背もたれが大きくてがっつりもたれられる仕様だった。

そして正面の七段の回廊には、今年もかなりの数の神々が、ぎっしりと並んで立っているのが見えた。

ざわざわとしていたそれが、二人がそこへ出て来た瞬間、一瞬、シーンと静まり返った。

そうして、毎年の事なのだが我も我もと蠢き出して、押せ押せの大騒ぎになった。

維月は例年通りのこととはいえ、その迫力に茫然としている中、維心は苦笑して足を踏み出した。そうして、黙って維月を伴って椅子へと座ると、じっと視線を、正面にある扉へと向けた。そこから、維心に挨拶に来れるぐらいの格の神が出て来るからだ。

というのは表向き、維心がそこを見る癖がついているのは、他の場所を見ると、視線の先に居る女神が卒倒するからだった。

正面の壇上には、普段維心を目にすることがないような、女神達もたくさんいる。なので見ているだけでも涙ぐんでいるような状態なのに、視線でも向けようものなら、あまりの感慨にバタバタと倒れてしまうのだ。

そうなるとまた、臣下達がその対応に大変なことになるので、維心はいつも、絶対に壇上には目を向けなかった。

「…本日もまた凄いの。」維心は、隣りで維月に言った。「まあしばらく座っていれば、奥へ引っ込んでも良いのだ。我も何時間も座っておるつもりはないゆえ。案ずるでないぞ、維月。」

維月は、維心を見上げて心底ホッとして微笑むと、頷いた。

「はい、維心様。」

維心は、維月を見てフッと微笑むと、肩に手を回して、引き寄せた。

「本日は我が選んだ着物がよう似合っておるわ。主は何を着せても甲斐のあることよ。」

維月は、それには苦笑した。神世に、維月より美しい女神が居るのは知っているし、維心が言うほどではないのだ。しかし維心には、そう見えているのだろう。

「維心様こそ本日もそれはお美しくて。場所柄も弁えず、つい見とれてしまいますわ。」

維心は、嬉し気に微笑んだ。

「ならば我だけを見ておれば良い。」

キャーっと悲鳴が上がった。

何事かと二人がそちらを見ると、どうやら女神が倒れたようだ。その上、声の方向を思わず維心も見てしまったので、バッタバッタとその回りの女神達も膝を付いたりと倒れて行く。

「ああ、きっと維心様が微笑まれたから…。」

維月が困ったようにそう言うと、維心は小さく息をつき、視線を正面の大扉へと向けて険しい顔をした。

「全く…我はここでは不機嫌で居らねばならぬのか。」

龍の臣下達が、慣れたように走り回っているのが維月から見える。

そんな中、正面の扉の前で、侍従が叫んだ。

「鳥の宮、炎嘉様のご到着でございます!」

倒れた女神のことで一瞬そちらへ意識がそれていた神々も、それを聞いて一気にこちらを向く。

維心と炎嘉といえば、神世でも美しい神と評判の二人で、炎嘉も見たいと皆が思っているのは明らかだった。

「通せ。」

維心が不機嫌なまま扉を見て言う。すると、正面の扉が大きく開いて、そこから、紅を基調とした着物に身を包んだ炎嘉が、それは派手やかで華やかな様子で入って来た。

回廊からは、ほうっとため息があちこちから聞こえて来た。

維月はいつも思うのだが、炎嘉はまるで金色に光り輝いているようだ。

艶やかに微笑んで入って来た炎嘉だったが、維心が憮然とした顔をしているのを見て、顔をしかめた。

「…なんだ主、また機嫌が悪いのか。維月と共なら見世物でも良いとか言うておったのではないか。」と、維月を見て、微笑んだ。「今日もこれほどに美しいのに。」

炎嘉が寄って来て前から維月の扇を持っていない方の手を取ると、維心はそれをぐいと引っ張って放した。

「我が機嫌良くしておったら回廊から神が倒れて落ちて来そうになるのだ。面倒でしようがないわ。」

炎嘉は、背後の喧噪を背中で感じながら、苦笑した。

「であろうの。毎年のことではないか。ニコリとすることも出来ぬのか。」

維月が、横から頷いて言った。

「はい。維心様が微笑まれただけであちらで女神が倒れ、それをご覧になったので連鎖的にバタバタと、今騒ぎになりまして。」

炎嘉は、それを聞いて笑った。

「主はこれ見よがしに美しいからのう。そうは言うても七夕は皆、楽しみにしておるのだし。そう言えば、我が最初に呼ばれたが、志心も樹籐も来ておったぞ。控えで会った。翠明と、そうそう、高司が箔翔と話しておったわ。箔翔が悠子を連れて来ると聞いて、あれも多香子を連れて来ておったから。」

維心は、不機嫌なまま言った。

「ここは寄合場ではないぞ。まああれらには南の応接間へ行けと。我はもう、ここに居るのは面倒よ。騒ぎがあったし、良い口実であるわ。主は共に来い。南へ参ろうぞ。」

それを聞いた侍従が、慌てて出て行ったのが見える。挨拶に出て来ようとしている王達を、南の応接間へと案内するために行ったのだろう。

炎嘉は、呆れて言った。

「何と申した、もう?主な、例年より遥かに短いではないか。もう少し気張らぬか、皆一年に一回と楽しみにしておるのに。我が話し相手をしてやるゆえ、もう半時はここに居れ。」

維心は、うんざりしたように横を向いたが、立ち上がろうとはしなかった。なので、炎嘉はそれを承諾とみて、維月の隣りへと座った。

皆の視線が、炎嘉と維心に集中しているのが分かる。炎嘉は、見られることには慣れている上、気にも留めないので平気そうで、維心を見て、言った。

「さて、ここで話しておってもこの騒ぎ、段の上に乗っておる者達にまで聴こえぬし、少し込み入った話をするが良いか?」

維心は、炎嘉をちらと見て、言った。

「何ぞ?」

炎嘉は、微笑んでいた顔を急に真顔にすると、維心に維月越しに顔を近づけた。

「…あのな、忘れておると思うておるだろう。我は、忘れてなどおらぬぞ。約したことを違えておるのは、分かっておるの、維心よ。」

維心は、う、と詰まった。約した事と言ったら、あれしかない。しかし、もう20年も何も言わなかったのに、なぜに今更。

「…忘れておったのではない。主が何も言わぬから、もう良いのかと思うておったまで。主だっていつまでも我の妃を追っておる場合ではなかろうが。鳥の宮の王なのだぞ。」

炎嘉は、フンと顔を離して背を反らした。

「それはそれぞ。我がやりたくもないことを主の代わりにやった代償であったよな。それも二度。だから年に二回なのだ。分かっておろうが。」

維心は、苦々しい顔をしながらも、仕方なく頷いた。

「分かっておる。だから本日連れ帰るとか言われても、飲めぬぞ。」

炎嘉は、それには頷いた。

「ああ、そのような無理は言わぬわ。この20年、溜まりに溜まって40日間は我に権利があるが、我が死にそうになった折に七日ほどもらっておるから、そこまで無理は言わぬ。だが、ひと月。ひと月は維月をこちらへ来させよ。良いな?我は無理を申しておるか?」

維心は、口を開きかけたが、また閉じた。維月は、維心と炎嘉の間で、気遣わし気に維心を見ている。だが、何も言わなかった。これは、確かに必要な事だと話し合って受けたことだったのだ。あの時、それでも炎嘉に手助けしてもらわなければ、かなり大変なことになっていた。

維心は、息を長く吐くと、頷いた。

「…分かった。しかしこれも龍王妃、忙しい時がある。半月ずつに分けてそちらへということで、良いか。」

炎嘉は、じっと維心を見つめていたが、真顔のまま、頷いた。

「…良いだろう。こちらの宮を乱すつもりはない。では、そういうことでの、維心、維月。」と、パッと表情を明るく変えた。「さて、こんな話は志心たちの前ではしとうなかったからの。そういえば箔翔はまた箔炎と、皇女の悠理(ゆり)を連れて来ておったぞ。」

維月は、炎嘉の変わり身の早さに戸惑っていたが、悠理と聞いて、口を開いた。

「悠理殿とは…悠子様との間の御子でありますわね。」

炎嘉は、微笑んで頷いた。

「そう。悠理は悠子に顔はそっくりなのだが、箔翔に似て見事な金髪でな。瞳は悠子と同じ空色で…悠子がそもそも、高司の正妃の多香子にそっくりなので、高司にとってこの孫は、それはそれはかわいいらしゅうて。しょっちゅう会いたいのだが、そういう訳にも行かぬ。なので、あやつは出不精であったのに、最近ではあちこちの催しの度に来ては、箔翔にも妃と子を連れて来いと無理を申すのだそうだ。呆れたものよ。」

維月は、その話題には、微笑ましい気持ちになって、微笑んだ。

「まあ。高司様もおじい様でいらっしゃいますのね。何でもお許しになってしまいそうですわ。」

炎嘉は、微笑み返した。

「主らも今生、明蓮が居るではないか。維心だって爺であるのに、これはこんな感じよな。差のあることよ。」

維心は、依然として不機嫌なまま言った。

「我なりに可愛がっておるが、あれは降嫁した瑠維の子であって正確には臣下ぞ。それぞれの可愛がりかたがあるわ。」

維月は、それには頷いた。

「維心様はこのように表面にはお出しになりませぬけれど、肉親にはお気遣いくださいまするわ。炎嘉様もお分かりになっておられますでしょう。」

確かに炎嘉ほど維心を知っている神も居ないだろう。なので、渋々頷いた。

「まあの。自分でも嫌になるが、こやつのことはよう分かっておるつもりよ。」

維心は、不貞腐れたような顔のままだったが、それでも空気が幾分和んだので、少し機嫌は直って来ているのだ。

そこに、侍従がまた、戸惑いがちに声を上げた。

「月の宮、蒼様がお越しでございます。」

維月は、少し驚いて正面の扉を見た。蒼…?

維心も、同じように思ったようだったが、正面を見た。しかし、言った。

「通せ。」

炎嘉が、横から怪訝な顔をした。

「なんぞ。皆奥の応接室へ案内されたのではないのか。というか、蒼は今日は来れぬのでは?」

維心は黙っている。維月も、それを横目に、正面の扉を向いた。

扉が開かれ、間違いなく蒼が歩いて、そこから入って来た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ