報告
蒼は、十六夜から箔翔崩御の直後に話を聞いていて、暗く沈んでいた。
十六夜が来た時、まだ知らせの書状は月の宮には届いていなかった。だが、十六夜が話している最中に、鷹の宮から急ぎの書状が来て、その中には箔翔崩御の連絡と、箔炎の即位のことが書いてあった。
しかし、十六夜が言うような、それが箔炎によってなされたクーデター的な代替わりだとは、一言も書いていなかった。
「箔炎様が…いや、今生じゃ年下だから、箔炎が、箔翔を殺しちゃったなんて。オレ、箔炎様のお気持ちを思うとつらいよ。陽蘭様だって、今じゃ転生して駿に嫁いじゃったし。また孤独な生になるんじゃないかって。」
結局箔炎に敬称を着けてしまっている蒼に突っ込みも入れずに、十六夜は、蒼の前のソファに座って足を組んで、うーんと首を傾げた。
「どうだかなー。何しろ箔炎は、きれいさっぱり忘れて生まれてるし。おふくろの事だって、結局あっちが捨てて来たわけだろ?だからおふくろも死んで転生したんだし。別に気にしないと思うけど。今生は箔真だって居るんだし、志夕が友達だろ?大丈夫だって、あいつは孤独なんかじゃねぇ。宮を閉じないように、お前も話を聞いてやるようにしたらいいじゃねぇか。」
蒼は、息をついて頷いた。
「そうだよね。オレが落ち込んでも仕方ない。それで、維心様は今、鷲の宮?」
十六夜は、頷く。
「炎嘉と焔と志心と維心が、がっつり居間に集まって話し合ってらあ。義心が鷹の宮を探りに行ってるらしいし、それ待ちだろうな。昨日から寝てねぇよ。箔翔の話をしみじみしながら、酒飲んでる。」
蒼は、驚いた。酒?!
「え、箔翔が死んでるのに、酒盛りしてるの?!」
十六夜は、首を振った。
「違う、何聞いていたんでぇ。そうじゃなくて、箔翔の葬式に行けねぇから、みんなで思い出話して、悼んでるんだって。炎嘉は自分のせいかって気にしてるしよぉ。なんか、あいつらも一人の神なんだなって、なんか思うよな。」
蒼は、顔をしかめた。
「そうだよ。維心様で知ってるじゃないか。どんなに大きな力を持ってたって、やっぱり普通の神と同じように感じるし、生きてるんだもんね。」
十六夜は、ふんと笑った。
「分かってらあ。他の奴らのことも言ってるんでぇ。普段は自分の宮宮言ってるのにさ、ああして会えば友達ってのが、いいじゃねぇか。」
蒼は、苦笑した。
「みんな責任があるからさ。でも、宮を離れたら友達なんだよね。オレも、そういうのっていいと思うよ。」と、空を見上げた。「でも…箔翔は、いつまで経っても友達にはなれなかったんだけどさ。」
十六夜も、それを思うと暗くなった。記憶を持って来た自分たちだったが、そんなもの無くても、良かったのかもしれないと、最近思う。維月と自分は、今生だけでもきっと一緒に居た。それが分かるし、維心だって恐らくそうだろう。維心は、前世の記憶がなくても命の力できっと神世を上手く回したはずだ。
それを信じられなかった、維心を始め炎嘉、焔が前世からの記憶に従って生きているので、箔翔はそこへいつまで経っても割り込めず、そうして友も作ることが出来なかった。友であった維明も、未だに皇子であって箔翔と共に王座でしのぎを削ることも無く、孤独なまま死んで逝ってしまったのだ。
記憶など持って来ることは無い、と碧黎が言う事が、正しいのかもしれない、と十六夜は思い始めていた。
「王。只今戻りました。」
維心、炎嘉、焔、志心の四人で飲み明かした次の日の昼近く、ソファでさすがにうつらうつらと皆でしていると、義心が戻って来て膝をついた。維心は、目を細く開いて、言った。
「戻ったか。どうであった。」
回りの王達が、慌てて身を起こして義心の話を聞こうと起き出す中、義心は維心の前に膝をついたまま、顔を上げた。
「は。やはり宮は落ち着かぬ様子。しかし、佐紀と玖伊はやはりいち早く箔炎様を王と呼び、意思を表明して大半の軍神、主だった臣下達は箔炎様を王として宮を動かすことに同意しておるようでありまする。」
それを調べに行っていたのか。
炎嘉も焔も、志心もじっとそれに聞き入っている。維心が、頷いた。
「して?主が見たところ、収まるまでどれぐらいかかりそうよ。」
義心は、答えた。
「は。箔炎様は大変に手際よく、まるで政務を長年執り行って来たかのように次々に指示を出されて、周辺の宮への対応も粗方終わられておりました。葬儀は明日、身内だけの式をして早々に墓所へと安置される予定。箔真様も兄君に従い、立ち働いておられました。なので、ご兄弟仲は問題なく…悠子様が、箔真様に王座に就くべきだと言った時も、箔真様は首を縦には振られませんでした。お話を聞いておるに、よく弁えておられる様子。兄君を妄信しているようでありました。」
炎嘉が、険しい顔のまま、言った。
「…やはり悠子が。よう出来た妃とはいうて、女の身では政務にはからきしであろうしな。そも、箔炎は悠子の子ではないし、箔翔を殺したとなれば箔真を王座に就けたいと思うのも無理はない。とはいえ、筆頭が両方とも箔炎についておるなら、悠子の言葉など誰も聞くまい。何より箔真自身が箔炎について参るつもりなのだろう。案じることはないか。」
しかし、義心は言った。
「いえ、急がれた方が良いかと。」維心は、椅子から背を離した。義心は続けた。「悠子様が高司様に事の次第を文にして、つい先ほど送られました。」
維心も、炎嘉も焔も志心も、それを聞いて息を飲んだ。高司に?!
「…ならぬ。」維心が、言った。「あやつは恐らく神世に吹聴して回ろうぞ。恐らくは、箔翔を殺したことを糾弾し、正式な王位継承者を箔真だとか申して鷹の内政に干渉しようとするのではないのか。高司にしても、鷹への影響力を失くしたくはないはず。こうしてはおれぬ、高司に書状を。我が圧力を掛けねばあやつはやりおるぞ!」
炎嘉は、急いで立ち上がった。
「そんなのらりくらりしておる暇などないわ!もう直接に高司の所へ行くのだ、維心!主なら一人でもあの宮を滅ぼす力があるのだから、あやつも手を出すことも出来ぬわ。義心を連れておれば完璧ぞ!なんなら我も参る!」
維心は、立ち上がった。
「ならば行く。だが、ちょっと待て着替えるゆえ。」
と、慌てて義心が持って来た布包みを開いて、中から着物を引っ張り出した。焔が慌てて言う。
「待て、侍女を呼ぶゆえ。」
と、声を上げようとすると、維心は手を振った。
「要らぬ。我は知らぬ神に袖に触れられるのが嫌なのだ。いつもなら維月が居るが、己で出来るわ。」
しかし、王の着物は結構重量があって嵩張るので、着てしまえばいいのだが着るのは一人では大変だった。炎嘉が、イライラしながら言った。
「なんだ、もう仕方のない奴よの。手伝うわ。」
義心も、急いでさっさと維心の着物の着付けを手伝う。焔が、それを見て顔をしかめた。
「別に着物などどうでも良いのではないのか。事は一刻を争うのであろう?」
維心は、帯を回しながら答える。
「我が部屋着でうろうろしておるのを見たら、維月が何を言うか分からぬではないか。友の宮なら良いが、高司は友ではない。龍王としての沽券に関わるからの。」
言いながら、帯が前に回って来て、炎嘉がそれを結ぼうと掴んだ。
「ほんにこんなことは炎月にしたきりよ。ほんにもう手間のかかる奴よな。…お?どうなっておる。なぜにここにこんな輪があるのだ。」
焔が、脇から見て言った。
「だから子供の帯とは違うのよ。それに龍の着物はやたら凝っておって面倒なのだ。確か張維がここをこうやってこう…いや、何だこの紐は。」
義心が、割り込んだ。
「よろしければ我が。」
維心が、頷いて言った。
「早うせぬか、義心が一番早いと申すに。これに任せよ。」
邪魔にされた焔と炎嘉は、頬を膨らませて仕方なく後ろへ下がる。すると義心が、さっさと帯を慣れたように結んで飾りを作り、結び終えた。もちろん、残った紐は無かった。
「済みましてございます。」
義心が頭を下げて、維心は頷いて足を窓の方へと向けた。
「では、行って参る!主らはどこぞでまた待っておれ!おお、我が宮で良いわ。こうなったらあちらの方が良い。ではの!義心、参れ!」
そうして、慌ただしく維心は飛び立って行った。炎嘉は、放り出された維心の着物を丸めて布へと包みながら、息をついた。
「あやつはもう、ほったらかしで。どうせ我が宮へ持って行くとでも思うておるのだろうが…ま、持って参るがの。」
志心は、苦笑した。
「まるで妃のようではないか。誠に主らは関係がないのか?維心は極端に誰かに触れられるのを嫌がるのに、主らは平気なようであったではないか。おおそうよ、義心も。あれもあれだけ忠実であるし、可能性はあるの。」
炎嘉は、ビクッと肩を震わせると、志心を恨めし気に見た。
「…だから我らはそういう仲ではないのだと言うのに。義心のことは知らぬ。だが、無いと思うぞ。維心は本当にびっくりするほど潔癖であるからな。」
志心は、ふふんと笑った。
「だが、主には口づける隙を見せた。」炎嘉が固まると、志心はハッハと笑った。「我など近寄る隙も見せぬわ。ま、主らはそういう仲なのだろうて。遠いようで近いのよ。維心は、突き放しておるようで、あれで気を許しておるということぞ。良いのではないか?そんな仲も。」
志心は、嫌味でもなんでもなくそう思っているようで、穏やかに微笑みながらそう言った。
焔が、鼻の下を伸ばして顔をしかめながら、首を振った。
「何が良いのだ、我は男同士は無理よ。もう、絶対に無理。合わぬのだ。なので今生、我のことはそういう相手に加えぬでくれ。」と、手を叩いて侍女を呼んだ。「では、我らも着替えて龍の宮へ移ろうぞ。主らは着物を持って来ておらぬだろう?我の物を着るが良い。龍の宮は礼儀にうるさいゆえ、これではの。」
本当にそう思っているわけではないようだったが、何日も同じ着物を着ているのも気が重いので、志心と炎嘉は、遠慮なく焔から着物をもらい、それを着て龍の宮へと向かったのだった。