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続・迷ったら月に聞け11~居場所  作者:
なるべくしてなるもの
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激動

碧黎は、珍しく実体化して月の宮の上空に浮き、空を眺めていた。そうして、ぽつりと呟いた。

「…思い切ったものよ。退位を促すぐらいかと思うておったが…。」

十六夜の声が、月からした。

《どういうことだ?なんか鷹の宮から慌てたように使者があちこちに飛んでたが、それと関係あるか?》

碧黎は、月のあるだろう明るい空へと視線を移した。

「主は見ておらなんだか。我は駿が動いたので状況を見ておったのだ。箔炎が箔翔に業を煮やして殺したのよ。今、鷹の宮は箔炎以外上を下への大騒ぎぞ。」

十六夜が、息を飲んだ。そうして、キラと光ったかと思うと、物凄い勢いで降りて来て、人型を取るのもそこそこに言った。

「箔炎が?!あいつ、どうしたんでぇ!今生、記憶もないしいい皇子ぶりだったんだじゃねぇのか!あいつは前世も母親を殺してるってのに…!」

碧黎は、十六夜を見て頷いた。

「しようがない。記憶が有っても無くても箔炎は箔炎ぞ。鷹という種族を守るため、そういう判断をしたとしてもおかしくはない。我は全部見ておるから、何がどうなってどうなったのか知っておるが、これは神世のこと。我が見たことは詳しくは主らに話さぬが、しかし箔炎が、鷹のために己の手を汚して王座に就いたのは確か。箔翔は、駿からの提案を蹴ろうとしておったからの。このままでは、どちらにしろ鷹は神世での力を失くしておったろう。それが見えた箔炎は、箔翔をそのままにしておれなかったのよ。責めることは出来ぬ。」

十六夜は、ふと空を見た。そして、また碧黎を見た。

「維心が龍の宮から弾丸みたいな勢いで鳥の宮へ向かった。維心もそれを知ったんだろう。困ったな…これで確かに鷹の宮も獅子の宮も恐らく落ち着くんだろうが、箔炎は前世の維心と同じく父親殺しの汚名を着せられて王座に就かなきゃならねぇ。それでいいのか?」

碧黎は、息をついた。

「良いも何もそうなってしもうたものは仕方がないだろうが。神世は必ずしも我の思う通りに進むとは限らぬのだ。むしろ、思う通りに進む方が少ない。皆己が思うように生きておるからの。とはいえ、此度は重いことになってしもうたものよ…箔炎は、箔翔を弑したことで今生も長い生に必然的になってしまうが、その生を、父親を殺したという重荷を背負って生きねばならぬ。それが、あれのせっかくの新しい生にいつまでも暗い色を残すことが、我には気に病まれるわ。」

十六夜は、それを聞いて他人事なのに胸が痛んだ。しかし、碧黎が言った通り、成ってしまったものは仕方が無いのだ。これから、この続きの生を生きて行くよりない。

「…蒼に、知らせてくる。あいつには、恐らく詳しいことは玖伊は知らせてないんじゃないかって思うし。維心も蒼には後で知らせようと思ってるのか、話をしに来る様子はない。オレが言って来るよ。」

碧黎は、頷いた。

「そうしてやると良い。ま、この宮はあまり、神世の喧噪からは離れておるところがあるからの。維心がまとめて守っておるようなところがあるしな。蒼は、維心の言うことを聞いておったらそれで面倒が無いのよ。主とて分かっておろうが。」

十六夜は言い返す気力もなくて、適当に頷いて宮の方へと降りて行った。碧黎はそれを見送って、そうしてまた、空を見上げた。

碧黎の目には、あちこちの宮から急いで鷲の宮へ向かって、飛び立って行く王達の姿が見えていた。


一方、獅子の宮では、鷹からの書状を受け取った駿が、王座でさすがに戦慄していた。

…父王を殺したのか。

箔炎は、まだたったの50ほどにしかならない子供の皇子だ。その子供が、父王の方針に異議を唱え、会合の席で斬り殺してしまったのだという。

その書状は、間違いのない箔炎自身の直筆で、事の次第を伝えてあった。父王の迷走で鷹全体の意思が獅子に対して敵意を持っているようになってしまっていた事への詫びと、自分は椿を娶ろうとは思っておらず、そもそも親が勝手に決めて来た事で、それに対して二つの宮が反目し合うことは憂慮すべきことだと。父王が死んだことで、椿を娶るという意思は消え、それに伴い獅子の第一皇女をこちらへやるという申し出も、必要がない事であると思っているので、断りたいとのこと。

つまり、箔炎は箔翔を殺すことで、全てを白紙に戻したということなのだ。王を戦犯として殺した皇子に、獅子からどんな迷惑を被っていたとしてもこれ以上絶対に何も言えない。

まさかここまでやるとは。

駿は、箔炎という皇子に、いや、王に、畏怖の念を感じた。すべての懸念をさっさと消し去って、鷹の未来を拓く最も手っ取り早い方法を、躊躇いもせずに己の手を汚してやり遂げてしまったのだ。

まだ、たったの50でこれか。

駿は、眉を寄せた。鷹という血の強さに、今さらながらに警戒心を持った。よく、その鷹という種族を相手取って戦おうなどと思うておったもの。無駄に軍神達の命を散らしてしまうところであった。

そう思うと、自分があの時椿を娶ったことは、何と浅はかだったかと己を恥じた。父王を亡くして助言も得られない中で、感情に流されて鷹の反感を買い、そうして今、箔炎に箔翔という父王を殺させた。

つくづく、これからは十分に気を付けて行動せねばと、獅子を背負う王である自分の自覚を新たにしていた。

そうして、箔炎には自分の行動の浅はかさを詫びる書状を送った。箔翔の時には思いもしなかったが、正式に謝罪するために、その書状と共に鷹の宮へと名代の使者を送り、詫びの品も大量に持たせることを指示した。


維心は、焔の宮へと到着して、焔と炎嘉と向き合って座って居た。

志心も連絡もしないままに、こちらへ慌てて飛び立っただろうことは、気配が近づいて来ることで分かる。

翠明は、わざと呼ばなかった。あちらが獅子側であることは分かっていたし、これから先の動向次第で話はしなければならないと思っていたが、今は呼ぶ必要がないと思っていたからだ。

突然に部屋着のままで維心と炎嘉が来訪した鷲の宮では、焔以外が仰天して大騒ぎしていたが、まだこれから志心も来るのだと聞いて、筆頭重臣の(こう)は大慌てで客間の準備に追われていた。とはいえ、維心も炎嘉も、今夜寝る暇などないだろうと思っていた。義心が戻ってから話を聞いて、それから話し合わねばならないのだ。

鷲の領地は最高位の中では離れていて、滅多に客が多数来ることなど無いので、それこそ大騒ぎになる。会合の会場も、遠いという理由であまり振り分けられない位置なのだ。

そういう場所なので、話し合うには絶好の場所だった。

何しろ、探りに来たら余程の手練れでなければ、絶対に気取られるからだ。

そうこうしている間に、志心が他の三人と同じように、部屋着のまま息せき切って入って来た。

「急にこちらへ呼ぶゆえ焦ったわ。すぐに龍の宮へ行こうとしておったら、維心から鷲の宮へ参れと連絡が来て。それで、どうしたのだ。箔翔が死んで箔炎がいきなり王座に就いたと聞いただけで、こちらには詳しいことは書かれて居らなんだのだ。」

焔が、志心に椅子を示しながら、深刻な顔で言った。

「維心と炎嘉には、あちらの筆頭重臣の玖伊から書状の脇に走り書きがあったらしゅうて。詳しいことは今義心が玖伊に密かに聞きに参っておるが、書いてあることだけ言うと会合の席で箔翔の方針に従えぬで箔炎が箔翔を殺したのだと。維心が言うには、獅子の宮から和睦の案の書状が行った直後であったようなので、その事ではないかと。」

炎嘉が、とにかく悲壮な顔をして、黙り込んでいる。志心は、状況を察して言った。

「これは炎嘉のせいではないわ。箔翔がどうせ強硬姿勢を崩さぬ構えてあったのではないのか。それに、箔炎が切れたのだろう。いくら記憶がないとは言え、あれは間違いのない王の器。鷹の将来を考えても獅子が折れて参ったのならここらで受けておかねば、引っ込みどころを失くして鷹は迷走することになってしまおう。それが見えぬ箔翔に、箔炎は引導を渡したのだろう。確かにこれが一番手っ取り早い…獅子とて、何も言えぬようになろうしな。」

維心も、頷いた。

「箔炎らしいといえば箔炎らしいのだ。王を差し出して全ての責任を王に背負わせて宮を守る。王を断じて殺した皇子を相手の王は責めることなど出来ない。譲位を促すなどという生ぬるいことは、箔炎に限っては無かろう。やはり今生も、同じ性質で生まれておるなと思うたわ。」

焔が、炎嘉を気遣いながら頷いた。

「確かにの。それにしても箔翔も、哀れなことになってしもうたわ。我らと和解する暇もなく…あれはもう、黄泉へと参ったのであろうな。」

維心は、それには遠く目を向けて、ゆっくりと頷いた。

「…参っておる。あれの門が開いたのを感じたが、今は閉じておる。つまりは、門をくぐったということぞ。これだけ早くあちらへ行ったということは、箔翔も納得して逝ったのだろうの。箔炎に殺されるなら、本望ということか。とはいえ…確かに哀れよ。あれは、あれなりに必死であったのだろう。ただ、あれには王としての考えがいつまで経っても浸透せなんだ。それが問題であったのだ。我らでも困って見ておったのだから、側で見ておった箔炎には我慢ならなんだのやもしれぬの。箔炎も気の毒な…あれは、こういう命なのやもしれぬな。生まれた時から母のことで宮が乱れておって、義母に育てられ、本当の母を知らぬ。そして父が宮を危うい位置に持って行くのを黙って見ておれなんだ。我も…誰かを犠牲にせねば生まれ出ることが出来ぬ命なのだと碧黎に言われたし、箔炎もそういう宿命(さだめ)なのやもしれぬな…。」

すると、そこへ弦が入って来て、頭を下げた。

「王。義心殿が参りました。」

焔が、待ってましたと何度も頷いた。

「すぐにここへ!待っておった。早う連れて参れ!」

弦は、食い気味に言う焔に驚いていたが、急いで出て行った。

そして、皆が固唾を飲んで待っている中、義心が何やら布包みを手に、そこへと入って来て膝をついた。

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