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続・迷ったら月に聞け11~居場所  作者:
王達の恋愛事情
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訪問者

炎嘉は、機嫌良く駿の居間へと入ってきた。

「駿。どうよ、少しは落ち着いたか。節分近くには即位であるな。だが、主はもう王のようよ。」

駿は、会釈した。

「炎嘉殿。いえ、まだ我には荷が重いようで、いろいろ助けてもらってなんとかやっておりまする。」と、椅子を示した。「お座りください。」

炎嘉は、頷いて駿の正面へと座った。駿は、それを見てから自分の椅子へと腰掛ける。

侍女達が、そつなく茶を運んできて、炎嘉の横のテーブルへと置いた。炎嘉は、それに口を付けながら、これは椿の采配か、はてまたうちの侍女達か、と考えた。

恐らくは、椿だろう。

炎嘉は、そう推測した。何しろ、侍女がこちらへ帰ったのはついさっき、このゆっくり出した茶はもっと前から準備していなければこのタイミングで出せないからだ。

炎嘉は、口を開いた。

「…ここは、驚くほどにしっかりしたものよ。臣下達の動きも侍女の動きも無駄がない。前に来た時はまだまだかと思うてあったのに、僅かな間に最上位に相応しい様になっておるのには驚くわ。これは、我の侍女の力だけでは無理であるな。あれらは誰かに指示をするのは長けておらぬから。指示されて動くには大変に優秀であるがの。」

駿は、微笑んで頷いた。

「は。これは、翠明殿が来させてくだされた、椿の手柄でありまする。我は何しろ外向きには何も知らぬので、何でも頼っておる次第。宮の中は全て任せておるので、自然このようになりましてございます。あれは立ち合いも長けておるので、軍神達も歯が立ちませぬし、危なげなく過ごしておりまするし。」

炎嘉は、真面目な顔で頷いた。

「さもあろう。綾が鷲の王妃であったし、それは優秀であるから、そうではないかと思うたわ。」と、ズイと顔を駿に近付けると、声を落として続けた。「…主、椿を娶る気はないか。」

駿は、仰天して目を見開いた。娶る?椿を…だが、しかし椿は確か鷹と話があったはず。箔翔がそれは乗り気でかなり押し気味に決めようとしていると聞いている。

「…そのような。鷹と話があるのではありませぬか。」

炎嘉は、姿勢を正して背を背もたれにつけた。

「まだ正式に決まっておらぬ。龍の宮が喪中であるゆえ、話を進められぬのだ。確かに喪の衣は脱いだが、まだ維心は宮に籠って父を悼んでおるしな。あの宮が沈んでおるときに、そのようなことが出来る宮などない。鷹も然りぞ。」

駿は、呆然としたまま考えた。椿…確かに椿なら、この宮でもそつなくやっていける。現にこうしてあれが宮の奥を回し、駿が知らぬ事もさっさと対応してしまう。

何より、娶るならば椿が良いと、駿自身が言われて感じた。何より美しく、ハキハキとしていて裏が無く、性質も明るくて椿と居ると時を忘れる。会合でも立ち合いでも、椿となら楽しいと感じた。

もしかしたら、自分は椿を慕わしいと思っているのかもしれない。

駿は、それをこの瞬間に気付いた。

炎嘉は、黙って駿が考え込むのを見ていたが、また口を開いた。

「考えてもみよ、椿はこのままでは即位式が終われば帰される。主はもう、あれに会う事も叶わぬようになるぞ。箔翔のあの様子なら、龍の喪が明けたらすぐにでも結納をと推し進めるはず。椿の意思など関係ない。あれは、箔炎に嫁ぐことになるのだぞ。主はそれでもいいのか。」

駿は、息を飲んだ。椿が帰る…確かに、このままではそうなるだろう。なぜ、その事に思い当たらなかったのか。

椿が居なくなる事を思うと、駿は胸が痛んだ。もう二度と会えなくなるなど、考えたくもない。何より、他の男に娶られるなど、許せない心地になった。

「…だが…ならば、どうしたら良いのだ。我は…しかし椿はそんなつもりなどなかろう。いきなりにそんなことを言ったら…。」

我を避けるようになるやもしれぬ。

そう思うと、俄に苦しくなった。あの笑顔を、もう見られないなど、考えられなかった。

炎嘉は、静かに言った。

「まだ、時はある。」駿が顔を上げる。炎嘉は続けた。「主の妹が椿をここに置きたいと思うておるようぞ。主に縁付けられたらと侍女達に相談しておると聞いた。一度、妹に主の気持ちを言うてみよ。女の事は女同士。良いようになろう。椿が否と言えば、翠明は鷹の話を断るだろう。椿の心を、主に向けて主に嫁ぐと言わせるのだ。それしか、道はない。」

茉奈に話を。

駿は、確かに茉奈なら椿とかなり仲が良いので頼りになるかもと思った。なので、ためらいながらも頷いた。

「は。やってみまする。確かに我は、椿ならば娶りたいと思う。あれが側に居てくれるなら、我も宮を安心して回せるというもの。このような事は初めてであるので、自信はございませぬが…やってみまする。」

炎嘉は、微笑んで頷いた。

「それが主のため、宮のためぞ。我は協力は惜しまぬ。箔翔の事は任せよ。あれに何某か言わせはせぬ。とにかくは、既成事実ぞ。娶れるならば娶るのだ。式など後からでも良い。神世は早い者勝ちなのだ。」

駿は、炎嘉がかなり乗り気なので戸惑ったが、炎嘉に口添えしてもらえるならば心強いのは確かだった。

今の駿には、炎嘉の思惑がどこにあろうともう良かった。とにかくは、椿を他の誰かにとられるぐらいなら、後でどんなことになろうとも、何としても自分が娶りたいと、決意を持って頷いたのだった。


そんな事とは露知らず、椿は駿からもらった根付けを大事に持って、自分の部屋へと帰って来ていた。

そして、父から与えられている自分の愛用の刀へと着けると、じっとそれを眺めた。なんと美しい…獅子の紋様が彫ってある。駿と、揃いの根付けを着けて、これからは立ち合えるのだ。

椿が人知れず微笑んでそれを眺めていると、侍女が言った。

「茉奈様がお越しでございます。」

椿は、ハッとした。急いで顔を引き締めると、言った。

「入って頂いて。」

すると、いくらもしない間に茉奈が入って来た。そうして、開口一番、言った。

「椿様、炎嘉様が来られるなんて思いもしなかったのですわ。でも、少しはお兄様とお話は出来申しましたか?」

椿は、驚いた顔をした。もしかして、茉奈は椿と駿を二人きりにしようと思って、わざと茶をこぼしたのでは。

「茉奈様…もしかして、我と駿様がお話出来るようにと?」

茉奈は、頷く。

「はい。ああして二人きりになれば、少しは普段しないお話も出来ようかと思うて。椿様、お兄様はとても鈍いのですわ。何しろこれまで恋というものに、全く触れておりませぬから。誰かに心動かされている様など見たこともありませぬの。もちろん、二人きりで誰かと話すなど全くありませなんだ。なので、少しは意識なさるかと思うて。」

椿は、それには残念そうな顔をした。

「まあ。それは申し訳ありませぬわ。何しろ、何をお話しようかと迷うておったら、侍女が炎嘉様が来られたと飛び込んで参って。それからは駿様のお着物を選んだり、御着替えをお手伝いしたりと忙しくてそのように色よいことは、何も。」

茉奈は、目を丸くした。着物を選んで、着替えさせたのに?

「…椿様。あの、きっとそれは妃のお仕事ですわ。まあ、良かったこと。それで少しはお兄様も妃が居たら良いものだと思われたかもしれませぬ。そもそも、今まであのようにお兄様が女に気を許しておる様など見た事がありませぬの。だって、ここははぐれの神ばかりの宮で、隙あらば良い地位にとお兄様を狙って来る女も多うございましたので。お兄様はそのようなものには目もくれずにおりましたから。育ちの良い女神と、接する機会も無かったのです。」

言われて、椿は気が付いた。確かに、兄や弟にするように着替えさせていたが、考えたら駿の着物をさっさと剥いで着替えさせるなど、普通ならしないのだ。駿が何も言わないので気にしていなかったが、言われてみたらそうだ。

そう考えると、襦袢姿の駿を思い出して、思わず知らず顔が赤くなった。なんてことを…駿様も、どう思われたことか。

「…我としたことが、なんてことを。さっさと着物を剥いでしまいましたわ。思うたら兄や弟で慣れてしまっておったのですわ。駿様も、どうお思いになったことか…。」

そう思うと、恥ずかしくて消えてしまいたかった。だが、茉奈は首を振った。

「大丈夫ですわ。お兄様はそんなに御心の狭いかたではありませぬから。それに、黙っていらしたのですから、良いと思うていらしたのです。炎嘉様がお帰りになったら、我も一度あちらのご様子を見て参ります。ですから、椿様はお気になさらずに。」

そうは言っても、皇女とは思えない恥もへったくれもない動きをしてしまったことに、椿は落ち込んだ。駿には、自分は申し分ない皇女だと思っていて欲しかった。そうでなければ、きっと障害を乗り越えてでも、娶ろうなどと思われぬだろうに…。

障害とは、鷹との婚姻の話だ。獅子も、鷹とは事を構えたくないだろうし、駿が強く望んでくれないことには、自分もそんなことを言い出せなかった。

椿が沈み込んでしまったので、茉奈は兄に何としても話を聞いてこなければと、そっと椿の部屋を出て、兄の部屋へと向かった。

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