表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
続・迷ったら月に聞け11~居場所  作者:
王達の恋愛事情
176/198

獅子の喪

駿は、今日も政務を無事に終えて、まだ王位には就いていないので使っている皇太子の対へと戻って来た。

最近、岳も何やら穏やかな顔をしている。

軍神達も、驚くほど真面目に自分に仕えていた。それが、表面だけの事とは気を読んでいても思えない。父王の時には、思ってもみなかったような、まるで上位の宮の中のような、そんな落ち着いた宮の様だった。

もちろん、未だに殺意を感じる事はあったが、他の軍神達がさっさと捕らえてしまっていて駿が手を掛けるまでも無かった。

これから大変だと思っていた駿にとっては、肩透かしを食らわされた気分だった。

とはいえ、宮が落ち着いているのは良いことだ。

駿は、足取りも軽く自分の居間へと帰って来た。


着替えてホッと椅子へと腰かけると、茉奈が椿と共に訪ねて来た。

「なんだ、どうした?何かあったか。」

駿が問うと、茉奈は言った。

「いえ、お兄様がお戻りだと聞いて。椿様が、良い茶を父王から贈られたので、それを共に飲まないかと訪ねてくださったのですわ。なので、参りましたの。」

駿は、翠明が送って来たのかと頷いた。

「ならばもらおうか。そこへ座るが良い。」

茉奈は、侍女に頷きかけて、茶を淹れて来るようにと指示をすると、椿と共に駿と向き合う位置へと腰かけた。椿は、少し緊張気味にしている。これまではこんな風では無かったが、茉奈に駿への気持ちを話してしまってからは、どうも意識してしまって、駿をまともに見ることが出来なかった。

駿は、そんな椿に気付いて、首を傾げた。

「椿殿?疲れておるのではないか。何やら硬くなっておるような。」

いつもはそんなことは無いのに。

駿は、不思議そうに言う。椿の気持ちなど全く知らないのだから、それも道理だろう。それには、茉奈が答えた。

「いえ、椿殿はお兄様が茶をお気に入られるかと気になさっておいでで。」

それを聞いて、駿は急いで首を振った。

「そのような。我は茶の味に詳しくは無いし、特にこだわりもないので、うるそうないぞ。そのようなことを案じるでない。」

やはり優しい。

椿は、見れば見るほど駿が慕わしいような気がした。最初は気のせいだと思うようにしていたが、茉奈に話してからは、毎日共に政務や軍務のことを話していてさえも、駿が気になって仕方が無かった。駿は黒髪で、緑の瞳。箔炎とは真逆な風貌だったが、それでもそれが、また慕わしいような気がしてならない。

箔炎には、何か家族のような情を感じたのだが、駿には、もっと違う種類の慕わしさを感じて胸が苦しい感じがした。

目の前に茶が準備されても、なので椿は味も皆目分からなかった。

しかし、駿は茶に口を付けて、微笑んだ。

「おお、飲んだことのない香りぞ。品のある味わいであるな。」

椿は、自分は緊張し過ぎて味は分からなかったが、頷いて答えた。

「はい。龍の宮から贈られたものなのだと、父がこちらに。母は龍王妃様と友であるので、よういろいろとあちらから戴くのですわ。」

茉奈が、微笑んで横から言った。

「本当に、深くて良い味わいですわ。我も、初めて飲み申しました。」と、カップを置く時、手を滑らせた。「あ…っ」

椿と駿が、驚いてそれを押えようとする。

駿が、いち早くカップを気で受け止めて割れるのは阻止されたが、しかし中身は少し、茉奈の着物にかかった。

「まあ!」椿が、急いで懐から懐紙を引き出して、茉奈の膝を拭いた。「シミになってしまわねば良いのですが。」

茉奈は、バツが悪そうな顔をした。

「申し訳ありませぬ。我は、このようなところがそそっかしいのですわ…。」

椿は、首を振った。

「我だってようそのように。誰もがすることですから。」

駿が、軽く眉を寄せて言った。

「しかし、そのままではならぬな。」

茉奈は、頷いて立ち上がった。

「少し失礼して、我は着替えて参りますわ。椿様には、ごゆっくりと茶を召し上がっておってくださいませ。」

椿は、びっくりして茉奈を見上げた。ここで…我が、駿様と二人で?!

「え、ですが、我だけであったら、お邪魔でありましょうし…。」

茉奈は、断固とした顔をした。

「いいえ、お兄様がそんなに御心の狭いことをおっしゃるはずはありませぬわ。ぜひ、こちらで。」

駿は、少し戸惑った顔をした。何しろ、居間で二人となると、婚姻を承諾したと思われても仕方がないのだ。そもそもが奥宮の、駿の妃の部屋を使っているだけでも異例なことなのに、更に二人で居間で話していたとなると、鷹の宮との婚姻の話がある椿なのに、あちらと面倒なことになるのでは。

しかし、駿自身は別に椿とここで茶を飲むこと自体、否では無かった。椿だって、他意も無くここへ来て共に茶を飲もうと思ってくれたのだろう。

それなのに、こちらがそんなに構えてしまっては、この宮のためにと日々自分と共に励んでくれている、椿に対して失礼だと思った。

だいたい、宮の中のことなど、言わねば分からないのだ。

なので、頷いた。

「別に、我は良い。茉奈は着物を換えて参るが良いわ。その間こちらで茶を飲んでおる。」

椿は、駿が承諾したのでそれはそれで驚いた。居間へ入ること自体が婚姻どうのと言われる神世で、あっさり許可される方が珍しいのだ。

椿は、駿がいいと言うのなら、と、頷いた。

「はい、ありがとうございます。では、こちらで。」

駿は頷き、それを見た茉奈は、満足げに頭を下げると、侍女と共にそこを出た。

こうやって周りからそれらしい雰囲気で固めて行けば、いくらこんなことに明るくない駿でも、きっと椿を意識するようになるはず。

侍女にどうしても椿にこの宮に居て欲しいから、兄との仲を取り持てないだろうか、と言ったところ、侍女からそう、助言されたのだ。

炎嘉の宮から借り受けている侍女達も、それは前向きに親切に考えてくれている。

茉奈は、椿が兄の妃になってくれたなら、と、本当に心の底から思っていた。


炎嘉は、午後に獅子の宮へと到着した。

僅かな軍神だけを連れて、忍びでいきなり来たので慌てたのは重臣の圭司だった。

急いで到着口に出てきて、頭を下げて炎嘉を迎えた。

「おお、主は重臣か。駿は後で良い、我の侍女に用があってな。」

圭司は、顔を上げて言った。

「圭司と申しまする。急なお越しに驚きましてございます。駿様には、そうしましたらいかが致しましょうか。只今居間に居られてご到着の知らせを送りましたが…。」

炎嘉は、首を振った。

「良い、寛いでおるのではないのか。我の方からそちらへ訪ねるゆえ、そこで待てと伝えよ。それより、我が侍女達を、これへ。」

圭司は、頭を下げた。

「は。すぐに。」

そうして、転がるように奥へと向かって行った。


通された応接間で待っていると、見事に統率された宮の中を感じる事が出来た。前にここへ来た時には、少なからず観に対する反発のようなもので宮はピリピリと落ち着かなかったが、今は驚くほどに静かだ。喪中らしく空気は静かだったが、それでも宮の気は明るく希望の色がある。

炎嘉は、やはりそうか、と思っていた。駿の考えを宴の席で聞いていたが、あれは観とは違い、はぐれの神も対等に扱う。観は必要に迫られて強権的に振る舞い、皆を意見も聞かずに斬り捨てていたが、駿は一度話を聞くのだ。

恐らくはそれが、真面目に仕える意味として皆に希望を与えているのだろう。

そうこうしている間に、喪の色の着物に身を包んだ炎嘉の侍女達が入ってきて頭を下げた。

「奈都か。」

炎嘉が先頭の侍女に声をかけると、侍女は頭をあげた。

「王。わざわざのお運びに驚きましてございます。」

炎嘉は、頷いた。

「どんな様子かと思うてな。命じた事は進んでおるか?」

奈都は、頷いた。

「はい。我らもさりげなく椿様におすすめしながら様子を見ておりましたが、今は茉奈様が。椿様にこの宮に居て欲しいので、駿様との仲を取り持ちたいと思うておられるようで、我らご相談を受けまして。本日只今も駿様の居間に椿様とお二人で茶を飲めるように策して、ご成功なさったところでございます。」

炎嘉は、顔をしかめた。

「なんとの、 我は邪魔ではないか。機の悪いことよ。ならば帰るか。」

奈都は慌てて言った。

「そのような。駿様は報せを受けて王のご訪問に相応しい着物などを椿様にご相談なさり、椿様は駿様のお着物をお選びになりお着替えをお手伝いになっておりまする。まるで妃のようなと、我ら良い時に来られたと思うておりました。」

炎嘉は、それを聞いてホッとしたような顔をした。自分が命じておいて、邪魔をしたのかと焦ったからだ。しかし、そうやって近しく過ごすきっかけを与えたとなれば良い傾向だ。

「よし。ならばあちらの準備が出来たら我を呼べ。それまでこちらで待っておることにする。」

奈都は、しっかりと頷いた。

「はい。では、御前失礼致します。」

そうして、他の侍女達に頷きかけると、侍女にしたら一番に急いだ速さでそこを出て行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ