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続・迷ったら月に聞け11~居場所  作者:
王達の恋愛事情
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真実を

椿は、驚いていた。

ここへ来てから、駿は忙しくしていて対外的な対応を一手に引き受けていたので、満足に寝ていないはずなのに、そんな疲れも見せず、初めてもてなす神世の上位の王達の中で、一歩も退かない威厳を持って、落ち着いて対応しているのだ。

観が倒れた直後から、全てが駿一人に掛かって来ているはずだった。それなのに、少しも愚痴などこぼすこともなく、軍神達を統率し、宮を乱さず維持している。

それがどれ程に難しい事なのか、軍の会議などにも参加した事のある椿には、理解出来た。

茉希に聞いているところによると、駿はまだ成人して少しなのだという。それなのに、取り乱す事もなく、ああして次の王として振る舞う事の出来る駿は、大変に優れた神なのだと思った。


そうやって驚きと共に駿を見ていた椿は、茉希が来てハッと振り返った。

宴が滞りなく進むよう、脇から見ていたのだが、宴に出ていない茉希が、着替えて来て代わろうと近付いて来たのだ。

「椿殿。これぐらいなら、我も采配出来ますわ。ずっと立ち通しであられたのですから。どうぞ、奥で休んでいらして。誠に此度は、ありがとうございました。亡くなった王も、感謝しておると思いまする。」

涙ぐむ茉希に、椿は同情してその肩に手を置いた。

「茉希様…そのように。我は体力だけはありまするの。立ち合いで鍛えておりますから。茉希様こそ、観様がお加減をお悪くなさってから、満足に休まれていないのですから。どうぞ、奥へいらしておいてくださいませ。我は大丈夫ですわ。」

茉希は、椿の思いやりに涙をこぼした。

「椿殿…。」

椿は、茉希を促した。

「さあ、侍女を呼びますわ。」側で見ていた侍女に目で合図すると、茉希を見た。「茉奈様も心細くなさっておいででしょうし。葬儀の宴は、そう長く続きませぬ。もうそろそろ皆、席を立たれるはず。親族への配慮なのです。ですから、茉希様もこれで。我が見ておりますから。」

茉希は、椿に感謝の視線を向けると、侍女に気遣われて、奥へと下がって行った。

…あのような皇子を育てられたかたなのだから、茉希様は優れた妃であられたのだわ。我も努めないと…。

椿は、そう思ってまた、宴の席で王達の対応をする、駿を見守っていた。


茉奈は、気が消耗している体を引きずるようにして、自室から出て抜け道を歩いていた。

どうしても、伝えねばならないことがある。

茉奈は、これからの自分のためにも、思いきらねばならないのだと気力を振り絞って歩き続けた。

この葬儀の来客の中に、定佳が居るのはリストを見て知っていた。本当は、皇女として壇上で父の葬儀に出る事で、知らせようと思っていたのだ。

だが、それは叶わなかった。

このままずるずるとあの美しい王に想われたまま、騙し続けるのは茉奈にはもう、耐えられなかった。

ならば直接に、定佳に会って話さねばならない。自分は、男ではない。女であって、あなた様を騙していたのだと…。

その時どれ程になじられるかと思うと、茉奈の心は痛み、今にも倒れてしまいそうだったが、それでもこれ以上、あの兄の負担にならないためにも、通らねばならない試練だった。

どうせ、いつかはバレるのだ。

夢から覚めねばならない…自分の手で終わらせなければならないのだ。

宴は、もう終わろうとしているらしく、主回廊では王達が、控えの間へと移動していく気配を感じていた。

あのかたのお部屋は、知っている。

茉奈は、椿が招待客のリストを出し、それぞれの部屋割りを見せてくれた時に、しっかりとそれを見ていたのだ。


その部屋の前へとたどり着き、客の動きが無くなったのを見てから、茉奈はサッとその部屋へと滑り込んだ。

中は、まだ誰の気配も無く、定佳は戻っていないようだ。

茉奈は、そこで苦しくなって来る胸を押さえながら、じっと定佳が戻るのを待った。


「さて、ではそろそろ控えの間へ下がらせてもらおうかの。」炎嘉が、杯を置いて言った。「本日は良い式であった。観もあの世で安堵しておるであろうて。主は誠によう出来た皇子よ。もはや王であっても驚かぬ。後は妃であるが…ま、それは我に任せよ。良いようにしてやるゆえの。」

炎嘉が何をもってそんなことを言っているのか皆目分からなかったが、駿は頭を下げた。

「は。何事も教えを受けてやって参るつもりでありまする。」

焔が、さすがに今日は飲み過ぎてはおらず、眉を寄せて声を潜めて脇から言った。

「こら炎嘉。そのように安請け合いして。良いようにとて、宛てはあるのか誠にもう。」

炎嘉は、フンと焔に鼻を鳴らして見せた。

「我に考えがあるのだ。ま、それは喪が明けてからよな。皆さっきから席を立って戻りつつあるし、もう駿を解放してやらねば。明日は墓所に安置するのであろう?少しでも体を休めねばの。」

志心が、それには頷いた。

「炎嘉の言う通りよ。長くいろいろと慣れぬことをして疲れておるだろうしの。今夜は我らが居るし、軍神が付いて来ておる。我は筆頭の夕凪を連れて参っておるが、皆はどうだ?」

焔が、頷いた。

「弦を連れて来た。あれらに見回らせるゆえ、今夜は休め。」

維明が、脇から言った。

「我は父上に言われて義心を。」それを聞いた皆が、一瞬固まった。維明は続けた。「義心に見張らせる。」

それを聞いた炎嘉が、がっかりしたような顔をした。

「なんだ、我も嘉張を連れて参ったと良い恰好をしたかったのに。義心が居ったら一人でやりおるわ。何ぞ、別に帝羽でも新月でも良かったのではないのか。なんだって義心を連れて参るのよ。仰々しいわ。」

維明は、顔をしかめた。

「何かの役に立つだろうから連れて参れと父上が仰ったので。義心では仰々しいか?」

志心が、苦笑して立ち上がった。

「炎嘉は嫌味を言うただけよ。義心が居ったら今夜は何も起こらぬわ。駿よ、本日は我らの筆頭がこの宮を守るゆえ、安心して休むが良い。もう、当分このような夜は無いであろうから、しっかり休むのだぞ。分かったな。」

駿は、そんなことを頼んで良いのだろうかと戸惑って皆を見回した。しかし、皆微笑んで頷いている。

自分は、一人ではないのだ。

駿は、こうした交友関係を築いていてくれた父に感謝して、涙ぐむ目を隠すように頭を深く下げると、言った。

「感謝し申す。」

そんな駿に、皆はいたわるような視線を向けて、そうして控えの間へと、ぞろぞろと向かって行った。

維斗だけは、駿に寄り添って、部屋まで送ろうと共に歩いて行った。


安芸が、目を上げた。

「おお、上位の宮の王達が帰るぞ。では、我らも戻るか。どうせ我ら賑やかしでしかないのだからな。さっさと戻っておる王も多いではないか。」

甲斐は、ため息をついた。

「賑やかしでも行って参れと公青に言われたので仕方がない。公明はまだ表に出て何某かするには成人しておらぬし、我が代わりに来た方が良いとの事で。」

安芸は、立ち上がりながら同情したような目で甲斐を見た。

「まあ、主はもう己の領地しか守っておらぬしな。中央に吸収されてしもうておるのだから、言うことを聞いておくよりないわな。だが、穏やかに暮らしておるのだろう?良いではないか、主が望んだことであろうが。」

甲斐は、安芸について歩き出しながら、それには頷いた。

「ああ。思ってもないほど妃と子達と気楽に暮らしておるよ。なので、我にはこの方が向いておったのだと思う。」

安芸は、黙ってそんな会話を聞いて歩いている、定佳を見た。

「主はどうよ?変なことに巻き込まれて大変であったが、今は落ち着いたか。もう妃など真っ平であろうの。まあ、緑翠が跡をとることが決まっているのだし、良いのではないのか。」

定佳は、安芸が自分を気遣っているのが感じられて、微笑んだ。

「我はもう妃など要らぬと思うておるが、しかし臣下が我を倣っておるとは思わぬが、婚姻を面倒に思うて子が増えぬのだ。それを臣下に懇願されて、やはり一人ぐらいはという話にはなっておるな。しかし、あんなことになったゆえ、来てくれる者も居らぬだろうて。そんなわけで、何となくなあなあになっておる状態よの。」

安芸は、定佳の肩に手を置いてうんうんと頷いた。

「そのままなあなあで過ごしてしまえば良いのよ。気に入ったのなら良いが、そうでないならもう面倒など抱え込むでない。」

定佳は、それにも微笑んで頷いた。

「そうよな。」

安芸は、そんな定佳にこれまでには無い、穏やかな空気を感じ取った。いつも、何やらどこか暗いような、諦めたような空気があるのだが、今の定佳は何かに満たされているような、どこか幸福な空気が漂っているのだ。

安芸は、そう感じると黙っていられない性質なので、言った。

「定佳…何やら主、幸福そうよな。もしかして、誰か気に入りの男でも見つけておるのか。」

定佳は、驚いた。安芸が結構自分を見ていて鋭いからだ。気に入りの男…いや、気に入るというのではない。あのような神は初めてだった。美しい顔立ちで、心まで美しい。こちらが愛することを、許してくれた。嫌な顔一つせずに、我の手を握り締めて…。

だが、これを話してしまうことは、相手にも迷惑を掛ける。

定佳は、安芸に首を振った。

「いいや。ただ、最近悟って参っただけよ。我は民を守って生きていれば良いのだ。そのうちに、良いこともあろうしの。」

安芸は、そんな定佳に深い溜息をついた。

「なんだ、爺のように。主はまだまだ若いのだから。そのように悟るでないわ。」

安芸の案じる言葉を心地よく聞いて、定佳はこの宮のどこかに茉奈が居るという幸福を胸に、己の控えの間へと入って行った。

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