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続・迷ったら月に聞け11~居場所  作者:
王達の恋愛事情
167/198

突然の

駿は、その知らせに明け方から起きて、次の知らせを待っていた。

普通の宮なら、少しぐらい王族が居なくても問題ないので、こんな知らせが来たならすぐに宮を出て飛んで行ったものだろう。

だが、駿にはそれが出来ない。自分が留守にしている間に、母が妹が殺されてしまうこともあり得ない事では無かったからだ。

父の弟であった、今は亡き暦の子も残っているが、駿ほど力は強くはなかった。

なので、駿の補佐は出来てもこの宮を単独で守り切ることは出来なかったのだ。

もし、父に何かあったらどうなるのだろう。

宮が一気に自分一人にのしかかって来るようで、駿はその重さに眉を寄せた。自分はまだ独身で、子も居らず共に戦うための皇子が居ない。このままでは、自分の子が出来て育つまでの間、父のように外へ出ることが出来なくなる…。

駿は、さっさと婚姻しておけばよかった、と今になって思っていた。

「駿?主、大丈夫か。」

じっと黙って居間で座っている駿に、維斗が入って来て、言った。維斗も、回りが大騒ぎになったので目が覚めて、侍女から事情は聴いているらしい。

駿は、維斗の顔を見て、何やらホッとした。

「…いや、大丈夫だ。父上が少し、ご体調を崩されただけで、このように騒いですまぬの。」

維斗は、首を振った。

「我が宮ならもっとよ。父上が少し起きるのが遅かっただけで臣下は何事かと大騒ぎして、父上はうんざりしておる。母上が日が高くなってからしか起きぬから、時にそれに合わせて奥に残っておられるだけであるのにな。」

駿は、その様が目に浮かぶようで、クックと笑った。

「龍王が倒れたかもとなると大騒ぎになるのも道理よな。維明殿も主も居るのに、そちらは面倒がないではないか。我は…我しか、居らぬから。」

維斗は、それか、と思い至った。駿は、もし観を失ったらここを出ることが出来なくなる。父王が、駿が育つまで外へ出ることが出来なかったように、駿もまた、子が育って一人前になるまでは、宮にとらわれているようなものなのだ。まして駿には、子どころか妃もいないのだ。

維斗は、駿の気持ちを思うと、居た堪れなかった。やっと外の様子を知って楽しんでいたのではなかったか。それが、また内へと込められるのだ。

「…時に、我が参っても良いから。まだ未熟ではあるが、兄上とてこちらへ来たいと申しておったし。そうよ、義心を父上からお借りして参る。そうしたら、主だって会合にも出て参れるし、良いではないか。義心ならこちらも難なく主の留守に押えておけると思うぞ。案ずるな。」

駿は、維斗が何を言いたいのか分かって、苦笑した。籠められているのではない、外へ出る方法もある、と言っているのだ。

「…すまぬな。気を遣わせてしもうたわ。大丈夫よ、子供のようなことは言わぬゆえ。父上とて、我が育つまでこちらで努めておったのだ。我だって、しっかりせねばならぬ。次を育てるよう、考えるよ。」

そんな話をしている間に、重臣筆頭の圭司が急ぎ足でやって来て、膝をついた。

「駿様…月の宮から、書状が。」

駿は、急いでそれを受けとると、サッと開いた。そうして、それに目を通すと、パタリとその書状を、膝へと落とすように置いた。

「駿様…?蒼様は、なんと?」

駿は、眉の間に濃い皺を刻んで、圭司を見ずに言った。

「…父上が、戻って来られる。父上は…老いが、参ったと。」

圭司が、息を飲んだ。

維斗は、急いで駿の膝の書状を手に取り、中を見た。確かに蒼の字で、治癒の対へ運んだが、手の施しようがない。本人は元気で、帰ると言っているので帰すが、老いが来たのは自覚されているようだ、と書いてあった。

「…駿。」

維斗は、書状から目を離して、駿を見た。

駿は、それでもじっと壁の方を睨んで、考え込んでいた。

そこに、侍女が急いで入って来たかと思うと、維斗に頭を下げた。

「維斗様、龍王様から急ぎのご連絡とのことでございます。義心様が参っております。」

維斗は、驚いた。義心?

父が義心を送って来るのは、相当な用の時だけだろうと思われた。義心なら、普通の軍神の倍の速度で飛ぶからだ。そんな義心を宮から出して来るからには、それなりの時でしかない。

「すぐにこれへ。」

侍女は、頭を下げてまた、急いで出て行った。駿が、維斗を見た。

「義心が来たのか?何事だ、こちらもこれから大騒ぎになろうが、主も何やら面倒なことがあるのでは。」

言われて、その通りなだけに維斗は不安になった。いったい、何事だろうか。

侍女が去って、すぐに義心は入って来て駿に頭を下げ、そうして、維斗の前に膝をついた。維斗は、不安を振り払うように、言った。

「義心。どうしたのだ、主が来たら驚くではないか。父上は月見に参っておるのでは。」

義心は、顔を上げた。

「は。その王から宮へご連絡があり、維斗様には至急宮へとお帰りになっておくようにと。御祖父に当たられる、前龍王将維様がお加減をお悪くなさり、龍の宮へ戻られるとのことでありまする。」

「え、お祖父様が?!」

維斗は、ショックを受けた。将維は、祖父とはいっても、全く老いる様子もなく、時に龍の宮へと戻っては、維斗の太刀筋などを正してくれたりと、世話をしてくれていた。月の宮で、楽に暮らしているはずだったのに。

義心は、頷いてせかすように言った。

「我がお迎えに参ったのです。王に於かれましては、月の宮より将維様をお連れになって戻られるとのこと。それまでに、維斗様にもお戻りくださるようにとのことなのです。申し訳ございませぬが、このまま我とお戻りくださいませ。こちらも、これよりはお忙しくおなりでしょうし、維斗様には落ち着かれてからまた、駿様とお話合いの後にこちらへ参られては。」

義心は、事の次第を知っているようだ。維斗は、急なことに戸惑いながら頷いた。駿が、しっかりした目で維斗を見て、頷いた。

「参れ。我もこれよりは主の相手を出来ぬようになるやもしれぬ。またお互いに落ち着いた後に話そうぞ。今はこれまで。」

維斗は、しっかりせねばと駿に会釈した。

「では、世話になったの、駿。また改めて礼を申す。またお互いに落ち着いたと思うたら文でも出すゆえ。急ではあるが、また。」

そうして、義心にせっつかれ、維斗は駿と別れた。本当は、こんな時こそ駿の少しでも助けてやりたいと思った。だが、こちらも祖父が火急の時。とてもじゃないが、そんな事をしている心の余裕も、維斗にはない。

とにかくは、龍の宮へ帰って、祖父の様子を見るまでは安心できなかった。


《そうか、将維は逝くのか。》

十六夜の声が、龍の宮へと戻った維月に聞こえて来た。王の居間では、維心が将維を傍のソファに寝かせるように座らせ、自分はいつもの正面の椅子へと維月と並んで座って、そうしてその時に備えている。

先ほどから、臣下達がひっきりなしに入って来ては、将維と対面して深々と頭を下げ、その功績を讃えては去っていた。

兆加も鵬も、重臣達でも古参の者達は、将維を支えて宮を動かした記憶もまだ新しいので、涙を流していた。

西の砦の明維と晃維、それに亮維も来たが、それぞれが己の責務もあって、それにお互いにすぐに会えるだろうと言い合って、長居はしなかった。

こうして龍王を見送るのは、何千年ぶりのことだろうか。

四代龍王張維は維心に殺されて死んだ。それから1600年、五代龍王維心は老いぬで黄泉へ旅立った。こうして龍王であった者が老いで死んで逝くのは、六代龍王である将維がまさに久しぶりのことであったのだ。

「主にも世話になったの、十六夜よ。」将維は、もはや老いてしわがれた声で言った。「生まれた時からよう遊び相手になってくれたもの。主は子守りも面倒がらずにする奴であったゆえ…主とは、良い思い出しかないわ。」

十六夜の声は、淡々と答えた。

《世話した命が死んでくのには、オレは慣れてるよ。だが、毎回悲しいもんだ。不死の命を持つ者の、これが定めなんだろうな。とはいえ、オレだって一度は死んだ。あっちは良いとこだ。ちょっと休め。そんでもって、また生まれて来いよ。》

将維は、小さく頷いた。

「皆同じようなことを。分かっておるよ。また、現世へ参る。だが、いつになるかは分からぬがな。記憶もない。今の我としての我は、これで終わりぞ。」

維月は、段々に日が沈んで行くのを、恨めしく見ていた。将維が、去って行く。維心が門を開いたら、将維の気の量ならいつでも来られるはずなのだ。転生するまでは、まだ話せる。まだ、これで終わりではない…。

維月は、そう自分に言い聞かせながら、ただその悲しみに耐えていた。十六夜の声が、言った。

《維月が心配だ。感情の波がこっちにまで伝わって来るんでぇ。あんまり無理すんなよ。》

維月は、空を見上げた。本体が同じなので、十六夜とは感情を共有しているぐらいに連動しているのだ。なので、十六夜からも将維の死に対する悲しみが、伝わって来ていた。

「十六夜…私は大丈夫。あなたも、維心様も居てくださるから。それに、維心様が門を開いてくださったら、まだ将維とは話が出来るもの。これで最後じゃないの。だから平気よ。」

そう思い込みたいというのが、十六夜にも維心にも、将維にも伝わって来た。維心が、そんな維月の頭を撫でた。

「その通りよ。我だって、あちらへ行ってから転生するまで、将維が呼ぶ度に出て参ったもの。我らの気の量なら、別に何年も待たぬでも出て参ることが可能であったしな。なので、そう悲しむことも無いのだ。」

将維は、しわがれた声で同意した。

「そうよ。父上が呼んだらすぐに参る。まあ、我とてあちらでの生活もあろうし、そうたびたびでは問題であろうがの。」

臣下達の行き来が途切れたと思うと、扉が開いて、維明が入って来た。

「父上。」

維心は、そちらを見た。維明の後ろからは、維斗、瑠維、そして瑠維の子である明蓮、瑠美が気遣わし気について来ているのが分かる。

「維明。」と、維心は言ってから、皆を見た。「主らも、よう来たの。主らの祖父である、我の父上が、月の宮でご隠居なさっておったのは知っておろう。此度、老いが参られたので、こうして戻られた。主らも、ご挨拶をするが良いぞ。」

維明は、己の前世の記憶があるので、黄泉とはどういう所なのか知っていた。なので、将維があちらへ行ったとしても、これが最後だとは思っていなかった。

それでも、今生将維にいろいろ教えてもらい、立ち合いの相手をしてもらった記憶が押し寄せて来て、自然涙が込み上げて来た。もう、将維とは今生では最後となるのだ。

「お祖父様…大変にお世話になり申した。我が未熟であるのに、呆れることも無くいろいろとご指導くださったこと、我は忘れることはありませぬ。これからも、龍王となれるよう、努めて参ります。」

将維は、頷いた。

「主は優秀であるし我は案じておらぬ。父があまりに偉大であるゆえ、主も大変であろうが、ゆっくりと育って参れば良いから。維心を助けて参れ。」

維斗は、そんな維明の背を見ながら、将維の変わり果てた姿にショックを受けていた。神は、ああして急に老いるのか。徐々に老いる臣下達しか、見た事が無かったから、驚いた…。

ということは、観もそうなのだ。

駿が、同じようにショックを受けているのかと思うと、維斗は気がかりだった。ああして、観が戻るまでと気を張って宮を守っていたのに、それが未来永劫なると、その重みは半端ないはずだ。

維斗も、そして瑠維も、その子の明蓮、瑠美も将維に挨拶をした。将維は、皆に一言二言声を掛け、そうして、最後にこう言った。

「では…主らはもう、戻るが良いぞ。我は、こちらで逝く。主らには、最期を見せとうないのだ。維心には、我の門を開いてもらう。なので、こちらで。皆、己の生を精一杯生きよ。ではの。」

維明が、涙を堪えて頭を下げた。維斗も、将維とのあれこれが胸に迫って涙を流した。瑠維も、ぽろぽろと涙を流し、それを明蓮が気遣ってまた、その明蓮も涙を流していた。

そんな一同が振り返りながら王の居間を出て行くと、将維は、息をついた。

「…我は、やはり父上の子であるのが誠の我のようです。あれらが居っては、父上のことを父上とも呼べぬまま、行かねばならぬ。我は、誠の我のまま、逝きたかったのでございます。」

維心は、涙を浮かべたまま、頷いた。

「我とてそうよ。主は、何と言われても我らの子なのだ。子としての愛情の方が強い。将維よ…」と、上り始めた月を見上げた。「もう、時か。」

将維は、少し苦し気に、頷いた。

「は。お祖父様がいらしておるのが見え申す。門を。」

維月が、もはや尽きたと思っていた涙をぼろぼろとこぼす。維心は、そんな維月の肩をしっかりと抱いたまま、手を上げて、黄泉の門を出現させた。

『将維。』

そこには、張維と、炎託が並んで立っていた。将維の老いた体からは、スーッと魂魄が剥がれて出て、それは若い姿のまま、立ち上がった。

《おお。》将維は、自分の体を見て、言った。《なんとの、楽になったわ。来てくれたのだの、炎託よ。お祖父様が言うてくださったか。》

門の中の炎託は、苦笑した。

『約束したからの。とはいえ主、早すぎるわ。今少し現世で励めば良かったのに。まあ良い、瑞姫が喜んでおったしな。参れ。皆待っておるわ。』

将維は頷いて、維心と維月を振り返った。

《では、父上、母上。しばしのお別れでございます。また門にも参るので、いつなり呼んでもらえば良い。我は、お二人の子として生まれ育って、幸福であった。》

維心は、頷いた。

「また呼ぶゆえ。将維よ、ようやったの。主は我の誇りよ。主が我の、幸福の原点であった。」

将維は頷いて、維月を見た。維月は、涙の中から、言った。

「将維…愛しておったわ。あなたが居って、どんなにか心強く、幸福であったか。きっと門へ参ってね。待っておるから。」

将維は、頷いた。

《我こそ。我の生涯で、愛したのは主だけ。それがどれほどに幸福であったことか。しかし、次の生では父の妃を愛したりはせぬよ。ではの。》と、黙って見ているだろう、空へと言った。《十六夜。主にも。またの。》

十六夜の声が、それに答えた。

《ああ、またな、将維。》

一見ぶっきらぼうだったが、維月はそこに、十六夜の悲しみを見た。

将維もそれは分かっているようで、そうして門へと足を踏み入れた。

「父上、お頼み申す。」

維心が、慌てて言うと、張維は振り返って頷いた。

『我の最後の責務らしいしの。案ずるでない。炎託も居るしな。』

将維は、いつも見ていた若い姿のままで、門の中で炎託と笑い合い、そうして張維に連れられて、笑って去って行った。

そして、門は消失し、将維はその、老いた亡骸だけを残して、この世を去って行ったのだった。

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