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続・迷ったら月に聞け11~居場所  作者:
王達の恋愛事情
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月の宴3

蒼が、言った。

「まだ早いのでは?それとも、婚約だけということか?」

箔翔は、それに頷いた。

「今すぐというのではないのだ。だが、我は悠子が居ってそれは助かっておるので、同じようにしっかりとした妃を箔炎に用意しておいてやらねば、あの宮を回すのは大変であるからの。」

焔が、感心したように言った。

「そうか、妃では主は昔苦労しておるものな。ほうほう、で、翠明の皇女とはどこぞ?綾殿の向こうのそれか?」

椿は、焔の目が自分に向いたので、驚いて目まで扇で隠してしまった。炎嘉が、横から焔の袖を引っ張って止めた。

「こら。不躾であるぞ?最上位の宮の王のくせに。もう酔っておるか?」

焔は、顔をしかめた。

「酔ってはおらぬ。翠明の皇女なら娘のようなものであるし、別に我は興味は無いぞ。元は同族の鷹の妃になる女であるから、我も見定めておこうかと思うたまでよ。」

志心が、見かねて言った。

「娘どころか妃も居らぬ主がそのような。箔翔の宮のことであるのだから箔翔が決めようが。主は黙って見ておるが良いわ。」

何やらワイワイと王達が話している中、白蘭はベールを下ろさなくて良かった、と思いながらも、その様子を後ろから控えめに見ていた。何やら、箔炎と、椿という皇女が婚姻を約しているということらしい。

自分には関係のないことなのだが、翠明という王が座っているその傍に、あの時自分にいろいろ指南してくれると約束した、緑翠が座っているが見えた。

…ああ、来てらしたのね!

白蘭は、その姿に胸が躍った。こうして言われた通りに男に姿を見られないように、まかり間違っても顔を見られる事など無いように、ここのところ一生懸命努めて来た。

そろそろ、次の指示をもらわないことには、白蘭もどうしたらいいのか困ってしまうと思っていたのだ。

しかし、公の場で緑翠に声をかけることは出来ない。何しろ、それ自体が約束違反だ。かと言って、話さなければ指示はもらえない。

白蘭が困っていると、緑翠はこちらを一瞬、チラと見た。

白蘭は、目だけをベールの中で緑翠へ向けて、視線を合わせた。緑翠は、それを見てから王達がやいのやいの話しているのをいいことに、自分の胸元から自然な様子で扇を引き出すと、それをゆったりと開いてそっと自分を煽いだ。

その扇には、美しい月と、庭の風景が描かれていた。その庭には、大きな湖が不自然なほど強調されてあった。

白蘭は、それを穴が開くほどじーっと凝視した。緑翠様が知らせたいこと…月は夜。庭の、湖…。

もしかして、月の宮には湖があるのでは。

白蘭は、すぐ背後に居る佐保に、小声で囁くように言った。

「あの絵は見事だこと。湖のある庭というのは珍しいことね。」

すると、佐保が緑翠の扇のことを言っているのだ、とすぐに悟り、何度も頷いて答えた。

「はい。ここ月の宮には確か、競技場の東側に湖のある美しい場所があるのだと聞いておりますわ。恐らくは、月の宮にいらっしゃるので、あの扇を選ばれたのやもしれませぬわね。」

やはりそうだ。緑翠は、月が昇った湖に来いと言っている…部屋へ帰ってから、早く休む支度をして、侍女達を下がらせてから、行こう!

白蘭は、佐保に頷くふりをしながら、緑翠とまたチラと視線を合わせて、頷いた。緑翠はそれを見てから、また自然な風で扇を閉じると、胸元へと差し込んだ。

白蘭は、ドキドキしながらまた王達の方へと意識を向けた。

箔炎は、自分のことなのに回りが何やら必死なので困ってしまい、だからと言って発言も出来ないので黙って下を向いていた。蒼が、それを見かねて割り込んだ。

「では、我らに囲まれたままでは顔合わせというて話しすら出来ないだろうし。本日は宮の庭にも松明が多く立ててあって明るいのだから、そこらを歩いて参ってはどうか?先ほどからあちらこちらの桟敷の神達も、好きに散策しながら月を愛でているようであるし。」

翠明は、驚いたような顔をしたが、しかし婚姻を約すのに今さら二人で庭を歩くのがどうのというのはおかしい。

なので、心配ながらも頷いた。

「まあ、親にじっと見られながらというのもの。先ほどから、我らばかりが話して二人は顔すらまともに見て居らぬ状態であるしの。」

箔翔も、何度も頷いた。

「そうだの。それが良い、そうせよ箔炎。夜とは言うて本日は月見で皆庭を歩き回っておるし、問題ないわ。行って参れ。」

箔炎は、それはそれで緊張したが、しかしこのままここで、上位の宮の王達の慰み者になっているより、椿と二人で庭を歩いていた方がいくらかマシだと思い、立ち上がって頷いた。

「は。」と、椿を見て、手を差し出した。「では、こちらへ。」

椿はビクッと肩を動かした。いきなり二人きりで…?

しかし、綾が横で椿をせっついた。

「椿、袿が重いのですか。侍女、何をしておるのです。早う手伝ってやりなさい。」と、慌てて近付いて来る侍女達を見て、綾は深々と頭を下げた。「申し訳ありませぬ。本日は皆様に対面するということで、我が常着ておるような正装を初めてさせたので慣れぬのですわ。」

椿は、侍女達に手伝われて立ち上がる。悠子が、向こう側から微笑んで首を振った。

「我とて初めて正装を身に着けた時には、王に支えてもらわねばなりませんでしたわ。お気になさることはないのですわ。」

維月も、維心の横でおっとりと微笑んで頷いた。

「我もあちこち重とうて、居間からの道すら全て歩けず今でも途中で王に運んで頂くのですわ。どちら様も、大変なことですこと。」

これは本当のことだった。あまりの重量に倒れそうになったのは、一度や二度ではなかった。何しろ、龍は物凄い数の簪を挿すし、着物も金糸や銀糸がふんだんに織り込まれた上宝石まで縫い付けられてあるので、着物の重さは半端ないのだ。

今も、正装よりは少ないが、維月の頭には他とは比べ物にならないほどの数の簪が刺さっていた。

椿は、そんな中箔炎の手に自分の震える手を乗せる。箔炎は、その手をぎこちなく握ると、皆に会釈して、桟敷を降りて歩いて行った。

その背を見送りながら、綾は言った。

「誠に…我が気合を入れてしもうてあのような重い着物を着せて参ったので、あの子が箔炎様について参れ無かったらと案じてしまいますわ。」

箔翔が、それにはフッと笑った。

「あれもそれぐらいは気遣うゆえ、案じることは無いと思うぞ。悠子も、ここへ来る前に箔炎にはよう、女神に対する礼儀を教えて参ったゆえ。ここまで女っけなしで来たので、そういう礼儀もわきまえておらずで。」

維月は、それを聞いても心配だった。何しろ、自分は維心無しで正装では身動きひとつ取れないのだ。確かに立ち上がってしまえばしばらくは歩くことは出来たが、それでも頭のバランスを取った上に、重い着物を綺麗に蹴捌くのに神経を使い過ぎて、疲れ切ってしまう。

ある程度は頑張るのだが、気を使っても神経を使うのは同じなので、本当に疲れ切るのだ。

かくいう今も、実は首を支えているのが結構つらくなって来ていた。維心が自分を傍に呼んで、真横で肩を抱いているので、その肩に頭を乗せてホッと首を休めた。

維心は、維月がつらくなって来たらいつもそうするのを知っているので、維月が楽なようにと体勢を上手く変えて支えてくれる。いつものことなのだが、維心のそういうさりげない優しさが、維月はとても好きだった。

…維心様が本当に好き…。

…と、その場に居る全員が、びっくりしたように維月をいきなり見た。

「え?え?」

維月は、何かやってしまったかと慌てたが、維心が苦笑して言った。

「維月、陰の月は調節出来ておるか?見たところ暴走しておるのではなく穏やかであるが、主、我を己の気で包もうとしたであろう。それが高じてここ全体を今、一瞬包んだのだ。」

それか、と、維月はバツが悪くて扇で顔を隠して下を向いた。維心を慕わしいと思ったから、陰の月の力が自然に維心を絡めとろうと気を発したのだろう。

維心はもはや慣れっこなので平気な顔をしていたが、その場に居た王達と、その上に妃達までが赤い顔をして、持っている扇を開いて必死に己を煽いだ。

「はー、知っておったがこれか。これは凄いの。まともに浴びたら正気では居られぬわ。維心に向けていたからこそこの程度であるが、己に向けられておったら我を忘れておったわ。気を付けねばならぬの。」

観が、真っ赤な顔をしながらブンブンと激しく扇を振って言った。

「我は初めてであったゆえ、動悸が激しくて収まらぬわ。維心殿はよう平気な顔をしておられるの。」

蒼が、一人だけ全く影響を受けて居ない顔をして、困ったように言った。

「維心様は慣れておられるから。常に晒されているのに、慣れないと生活できないからな。」

炎嘉が、ブスッとした顔をしながら自分は扇で煽ぐことも無く、酒を煽りながら言った。

「我も維心とは長い付き合いであるし、維月の気には慣れておるから主らほどではないわ。だが、気を付けねばの、維月よ。主の気は男ばかりでなく女にも影響するのだからな。」

見ると、綾が赤い顔を必死にもとに戻そうと煽ぎまくっているのが見えた。悠子は、もはや口もきけないようで、今にも卒倒しそうな赤い顔でじっとうつむいている。沙耶に至っては、ショックで侍女達に抱えられて突っ伏していた。しかし、その支える侍女達すら顔が赤いのは変わらなかった。

「まあ…申し訳ありませぬわ。我は…意識してこのような気を発するのではないので、皆様を困らせるつもりなど無かったのですの…。」

維月は、気を緩めてしまった、と後悔していると、維心が維月を庇った。

「良いのだ。主は我を慕わしいと思うただけであるのだからの。その気を我に向けて来る時は、常そうであるから我にはもう分かっておる。妃が王を慕わしいと思うて何が悪いのだ。」

確かにそうだが、回りに迷惑を掛けてしまうのはまずいだろう。

すると、蒼が困った顔で首を傾げて言った。

「陰の月の影響は、陽の月の光で消えますけど。十六夜は警備に回ってるから、オレが発しますね。」

観が、扇で煽ぐ手を休めることなく何度も頷いた。

「なんでも良いから早う!早うせよ!」

蒼は、陰の月の気を浴びたので恐らくは催淫効果も相まって、体が持って行きようのないような熱で落ち着かないのだろうと思い、サッと手を振った。

途端に、維月自身も脳裏をサッと十六夜が通ったような気がして、フッと冷静な気持ちになった。

回りを見ると、鬼のように扇を振っていた観が、ハアとため息をついて扇を持った手を下ろした。

「治まった…。ほんにどうなるかと思うたわ。」

焔も、扇をパチンと閉じて頷いた。

「誠に陰陽の月は面白い事よ。このようにお互いの力を目に見えて打ち消すのが不思議なものよな。しかし、あのような強い感情というか、衝動のようなものを、陽の月は一瞬にして消し去るか。なんと強い浄化の力ぞ。」

蒼は、苦笑した。

「お互いがお互いの力が強すぎないように加減しているのが月なのだ。陰の月の力で困った時は陽の月、その反対もあるということよ。」

維心が、薄っすら微笑んで頷く。

「十六夜だけでは清浄過ぎて子も出来ぬ世になり、維月だけだと皆怠惰になってそればかりの世になる。二人で世のバランスを取っておるのだ。」

志心は、黙って盃を口へと持って行っている。

維心は、これ以上は志心を刺激することになるかもしれないと、蒼を見て言った。

「とはいえ、維月はもう疲れておるようよ。これの簪、此度も多いゆえ首が凝って来るのだと思うのだ。休ませてやりたいし、我は先に部屋へ戻っておるよ。主らは楽しんでおれば良い。」

蒼は、頷いた。

「はい、維心様。ならば緑翠も、もう戻っても良いぞ?成人しておらぬし、とはいえ、今日は月見であるから居りたければ居れば良いが。」

緑翠は、頭を下げた。

「は。では、父上にお許しを頂いて、我は控えの間へ戻ろうかと思いまする。」

翠明は、頷いた。

「戻るがよい。我らは椿が戻るまで、ここで居ることにするゆえ。」

緑翠は、頭を下げて下がって行った。

それを見て、志心も白蘭を見た。

「主も。戻りたければ戻れば良い。」

白蘭は、頭を下げた。

「はい、お父様。」

佐保が、急いで真後ろから白蘭が立ち上がるのを助け、そうして他の侍女達もいそいそと寄って来て白蘭を守るように囲むと、志心に深く頭を下げて、そこを立ち去って行った。

維心は、それを見てから立ち上がって維月を抱き上げた。

「では、我らも。また明日の朝の。」

そうして、維心もかなり重いと思われる、着飾った維月を運んでそこを出て行った。

まだ、他の桟敷の方では宴は(たけなわ)な様子だった。

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