月の宴
いろいろな期待が高まっている中、月の宴の日は来た。
裏でどんな思惑があるのかなど蒼には思いもつかないので、ただ臣下達と共にいつもの催しの準備をして待ち受けていたのだが、久しぶりの大々的な催しのせいか、皆の浮足立った様子が伝わって来る。
はぐれの神達にとっても、初めての外へ向かっての月の宴なので、皆緊張気味にしていた。
すっかり軍神らしくなっている、律や簾、永もいっぱしの将として、今日は警備についていた。
永と言えば、助けて養っていた蕾も、すっかり普通に振る舞えるようになっていて、無理をしなければ月の結界の中なら問題なく生活出来ていた。
そして、あの折は小さな幼女だった蕾も、今では儚げだが美しい女神に育ちつつあった。
十六夜は、そんな蕾をいつも気にかけていて、体調が悪そうになったらすぐに治癒の神に連絡をして、迎えに来させたりと世話をしていた。蕾は十六夜を、父親のように思っているらしく、時々お父様、という時がある。十六夜は、そんな時でも苦笑しながら蕾を咎めたりはしなかった。
その蕾も、今日は初めて外から客を迎えての月見の宴だというので、楽しみにしていた。永が教えてくれた、来客たちが必ず通るという回廊を見下ろせる学校の屋上から、座って下を歩く、着飾った美しい神達を眺めてため息をついていた。これほどたくさんの、美しい神達を一度に見るのは初めてだ。
すると、十六夜が声を掛けた。
「蕾?どうだ、月の宮以外の神をこれほど見るのは初めてだろ?」
蕾は、振り返って十六夜が浮いているのを見ると、嬉し気に頷いた。
「ええ。世にはこのように美しい神達が、こんなにたくさん居たなんてと思っていたところよ。宴の席に行けないのは残念だけれど。」
十六夜は、頷いた。いくら月の浄化の気が降り注いでいる場とはいえ、来客たちはやはり外のいろいろな気をまとって来ているし、来客自身もあまり良くない気を発することがある。蕾は回復しているとはいえ、やはりそんな不浄な気を浴びてしまうと具合が悪くなってしまうので、宴の席には出られないのだ。
「ま、でもいろんなヤツが居るのは確かだし、宴の席には近寄らない方がいいぞ。」十六夜は言った。「神ってのは気に入ったらすぐ嫁にしようとしやがるから。お前はここを出られないんだし、そんなことになったら大変だ。今回は、久しぶりのせいなのか、神達の気を探ってるとそっち方面の方へ期待したような気を感じるんでぇ。面倒には巻き込まれねぇに限るからな。みんなが宴の席に移ったら、お前もここを離れて永の屋敷へ戻るんだぞ。オレも、今日はあっちこっち見てなきゃならねぇから、お前のことを見てられねぇしな。」
蕾は、頷いた。
「うん、わかってる。この人波が途切れたら、屋敷へ帰っているわ。」
そうして、十六夜は飛んで行った。
蕾はそれを見送って、そうして、今到着した目が眩むほどに美しい一団に、目が釘付けになった。
龍王が到着したのだと、侍従の告げる声で知った。
「まあ、このように賑わっておる様は幾年ぶりでありますことか。」維月が、宮の到着口へと輿が降りるのを感じて、隣りの維心に言った。「いつもこちらは静かで、ここのところは何やら警戒するような様であったので落ち着かなかったのですけど。」
維心は、頷いて維月の手を取ると、立ち上がった。
「確かにの。はぐれの神も少し落ち着いて来たようであるし、良いことよ。十六夜はもっとたくさんの神を迎え入れて助けたいという気持ちでいるらしいが、今は宮を落ち着けることに尽力した方が良いからの。」
そうして、輿から外へと足踏み出すと、蒼が待っていて、微笑みかけた。維心は、蒼に言った。
「蒼。此度は招待を感謝する。皆到着したか?」
蒼は、維心の顔を見てホッとしたように頷いた。
「はい。予定通り維心様が最後のご到着で、もう皆庭に設けられた宴の席へと移っております。久しぶりであったのでどうなるかと思いましたが、何とかなるものですね。」
維心は、維月の手を引いて歩きながら苦笑した。
「こちらは今妃も亡くしておって一人も居らぬものな。だが、臣下も軍神もしっかりしておるし、主も慣れて来ておるから問題も起こらぬだろう。維月も、今回は友が多く来ると聞いて楽しみにしておったのだ。」
維月は、微笑んで蒼を見た。
「綾様とか悠子様とか、沙耶様のことよ。茉希様は今回来られないと聞いておったし。」
蒼は、維心を案内して歩き出しながら答えた。
「ああ、確かにその方々も来てたよ。母さんの友達なんだね。維心様が許したのが分かるぐらいきちんとした女神達だったよ、確かに。」
維心は、渋い顔をしながら言った。
「維月の交友を妨げとうないが、しかしこれは龍王妃であるから。宮を背負っておるのは我と同じで、変な輩と公には付き合いを許すわけには行かぬのよ。あれらは上位の宮の王妃だけあって、皆それなりの嗜みもあるし、良いかと思うておるのだ。」
蒼は、それには理解を示して頷いた。
「それはそうでしょう。維心様がよく母さんを長く娶ってやってるなあと思ってたぐらい、龍の宮って神世でそれは注目されているから、交友関係だってしっかりしてないと何を言われるか分からないですもんね。」
維月は、扇の裏でブスッとした顔をした。
「…蒼。確かにそうだけど、私だっていろいろ気を遣って頑張ってるんだからね。今生はきっちり維心様の話を聞いてるの。立場は弁えているつもりよ。」
維心も維月が気を悪くすると思ったのか慌てて言った。
「維月は裏ではどうあれ表向きそれは完璧にしておるから、我は不満は無い。最近では龍王妃が板について参って、我も安心して見ておれる。」
維月は、困ったように維心を見上げて言った。
「維心様、お気を遣ってくださらなくとも良いのですわ。維心様がどうお思いかは分かっておりますから。精進して参ります。」
維心は、何度も首を振った。
「だから今のままで良いのだ。それ以上など望んでおらぬから。」
蒼は、そんな二人を先導して歩きながら、相変わらずだなと思っていた。何百年経っても、転生しても、二人の関係性は変わらない。どこがいいのか分からないが、維心は維月一筋だし、維月もなんやかんやで維心を愛している。なので、喧嘩しても不都合があっても、結局はお互いに離れられないので丸く収まるのだ。
そんなことを話している間にも、開け放たれた庭への扉の向こうには、すっかり宴の準備が整い、あちこちに設けられた席へと座っている、神達の姿が見えて来た。
維月はそれを見てサッと姿勢を正して扇を高く上げ、維心も表情を引き締めて、そうして、貴賓席になる、皆より一段高い場所に集っている上位の宮の王達と同じ席へと足を進めたのだった。
貴賓席には、炎嘉、焔、箔翔、志心、観、翠明、樹籐が座っていた。
それぞれの後ろには、皇子が居て、その更に後ろには妃達が座っている。
松明の灯りはあるが、妃達の方は几帳が立てられてあって、あまり見えないようになっていた。
蒼が、中央に開けられた場所へと足を進め、維心は、その隣りのスペースへと移動して座ると、維月は侍女達にいざなわれて維心の後ろの几帳の後ろへと座った。
蒼は、一人立ったまま、口を開いた。
「本日は月も満月。皆にはこの月の下で酒など楽しんでもらいたい。」
そうして、さっさと座る。挨拶は長くない方がいいし、長い神ならここまでもう三時間以上待っているはずだった。
そうやって、開式の宣言の後、皆は待ちに待った酒を口にしながら、それぞれの集まりの中での会話に花を咲かせた。




