次世代
月の宮では、いよいよ軍神の中に懸念は無いのではないかという話になり、炎託も将維も、訓練場へと顔を出さなくなった。
嘉韻と嘉翔が居るのだから、特にこれ以上、二人が見張っても何も出ないだろうという話になったのだ。
なので、炎託と将維は、散策という名目で、月の宮周辺を、あちらこちらぶらぶらと歩き回ったり飛び回ったりして、宮の外で何事か起こっていないのか調べる事にした。
そんな中、嘉韻は薫という、最近入ったばかりのはぐれの神を連れて、訓練場へと来ていた。
薫は、ここへ来た時から嘉韻が目を着けていた男だった。歳の頃は100歳ぐらい、はぐれの神とは思えないほどすっきりとした立ち居振る舞いをし、目は薄っすらと赤く髪は金髪のような茶で、その風貌は嘉韻に通じるところもあり、親しみを持った。
そして何より、その気の大きさだった。
はぐれの神の中では、こんな気は滅多に目の当たりにすることはない。まだ育っている最中ではあったが、それでもこの薫が、それなりの力を持つ神なのだと嘉韻には分かった。教育次第では、自分や嘉翔の跡を継いで月の宮を守ってくれると思えたのだ。
なので十六夜が薫を見つけた時には、拾い物だと内心喜んでいた。
試しに学校へ入れてみたが、薫は大変に優秀で、すぐにいろいろなことを覚えて、品のある動きをするようになった。月の宮では神の進路は本人の希望を聞いて進めるので、嘉韻は薫に軍神として軍へと来てもらえるように、先に打診して、もしその気があるのなら、放課後に特別に指南する、と伝えて訓練場へと来させた。
有難いことに薫は、軍神になることを選ぶつもりであったようで、嬉々としてそれに応えてくれた。
そうして本日、やっと軍へと正式に登録することが出来たのだ。
「ここで、明日から主も訓練を受けると良い。」嘉韻は、珍しく上機嫌で薫に言った。「ある程度出来ると見たら、すぐに任務を振り分けることにする。軍宿舎で住んでもいいし、屋敷を賜ることも出来るが、主はどうしたい?」
薫は、嘉韻を見て言った。
「は。出来ましたなら軍宿舎で過ごしたいと思うております。」
嘉韻は、頷いたが顔をしかめた。
「だがしかし…主はまだ、序列がついておらぬから。軍宿舎となると最下位の者達と同じ宿舎になろうの。序列の入れ替えは半年に一度、この間行われたばかりであるから、次の入れ替えまでまだしばらくある。そうよな…もし良ければ、今のまま学校の宿舎に住まわせて頂き、次の序列の入れ替えと共に宿舎へ引っ越せばどうであろうな。主は恐らく、そう低い序列にはならぬはず。最下位の宿舎は個室ではないゆえ、落ち着かぬと思うぞ。」
薫は、そんなことにまで気を遣ってくれる、まるで父のような嘉韻に、嬉しそうに微笑んだ。
「感謝し申す。では、次の入れ替えまでは学校の宿舎に住まわせて頂けるように、王にお願いをしたいと思います。」
嘉韻は、満足そうに頷いた。
「では、心して努めよ。何事も王の御ためにの。」
薫は、頭を下げた。
「は!」
そうして、嘉韻が執務室へと戻って行くのを見送って、背後を振り返ると、そこにはいくつかのグループ分けがされてある軍神達の塊が見えた。皆が皆、向き合って正面の者と立ち合い、監督している者の合図で、立ち合いを止めて一人ずれて、立ち合いを始める、といったようなことを延々と続けているようだった。
薫が向き直ったのを見た監督者の一人が、笛を吹いた。
「やめ!」
その監督者が見ている塊の軍神達は、ピタリと動きを止めた。そうして、ホッと力を抜いて、ゼエゼエと肩で息をしている。
その監督者は、薫に言った。
「薫!こちらへ。」
薫は、どうしたらいいのかと思っていたところだったので、急いでその軍神へと駆け寄って膝をついた。その軍神は、言った。
「よう来たの。嘉韻から話を聞いておるぞ。我は明人。」と、ゼエゼエ言っている者達を振り返った。「こちらは、我が軍の新人の中でもAクラスと呼ばれる一番上達した者達の集まりよ。嘉韻から、主はここだと言われておるのだ。もちろん、我が見てみて、そのレベルではないと思うたら容赦なくB、Cと落として参る。しかし、今日は一度ここでやってみよ。とりあえず新人の間は、真剣は使わせておらぬ。そちらの木刀を持って、列へ。」
言われて、薫は急いで言われた通りに脇に積まれてある木刀を拾って、握った。そうして列へと入ると、前の黒髪の軍神が、薫を見て頭を下げた。薫も、つられて頭を下げる。両脇を見ると、皆同じように対面の者と頭を下げ合っていたので、この練習の立ち合いでもそうやって立ち合いを始めるのだと知った。
「では、始め!」
途端に、前の軍神が切りかかって来る。
薫は、急いでそれを受け、次々に降って来る太刀を凌いで、その立ち合いに没頭した。
「明人。」
明人は、目の前で立ち合う新人たちを眺めているところだったが、その声に振り返った。すると、そこには慎吾が浮いて、こちらを見ていた。
「慎吾。主はもう終えたのか?」
言ってから視線をやると、慎吾が見ていたグループはもう、端の方に寄って立ち上がれそうにない状態になっていた。慎吾は、明人の横へと着地しながら、首を振った。
「あれではもう駄目よ。使い物にならぬわ。やはりグループもCとなると適性が疑わしいの。こっちはどうよ?本隊へ合流させられそうなヤツは居るか?」
明人は、必死に立ち合いをしている16名ほどの者達を見た。
「…居る。さすがに嘉韻が肩入れしてるだけあって、かなりの素質が見えるな。薫だよ、そら、そっちの金髪。」
慎吾は、汗をまき散らしながら必死に立ち合う薫を見た。
「ほう。何やら雰囲気が嘉韻に似ておるような。というか、この感じは龍ではないな。なんぞ?」
明人は、じーっと薫を見つめた。
「うーん、オレが見た感じ、鷲みたいな鷹みたいな。何かが抑えて封じてるみたいに気が読み取りにくいヤツだよなあ。だが、この気の大きさはどうだ。オレ達も後が気になって除隊できずに居たが、これはひょっとするぞ慎吾。嘉翔だろ、李関殿の忘れ形見の李心、薫。オレの息子の明輪が戻ってくれたらいいんだが、あっちの家を支えてるから無理だしよ…その息子の明蓮は瑠維様の御子だからあっちに残るだろうし。お前んとこの慎也はどうでぇ。」
慎吾は、息をついた。
「父上の跡を継ぐのにあちらへやって、龍の宮でようやっておるらしく戻る様子はないわ。しかもあやつ、まだ独身よ。困ったもの…早う子を作ってあっちとこっちに一人ずつ置いてくれぬかの。我ら、子を成しておるのに、その子が本家を継いでおるから、我らの跡を継ぐ者が残らぬのだ。」
明人は、ハアとため息をついた。
「困ったもんでぇ。親父がこっちへ仕えてたからオレもここに残ったのに、あっちの本家が継ぐ者が居ねぇってなってなんも考えずに明輪をやってよ。あの時はオレも若かったし跡継ぎどうの思わなかったが、こうなって来ると面倒だな。だからって、今更子供って無理だし、息子達に頑張ってもらわなきゃな。」
慎吾は、腕を組んで横目で明人を見た。
「王族だとて跡継ぎには困るもの。我ら庶民もそうなってもおかしくはないわな。しかし…」と、薫が対戦相手の木刀を、もう何度目かで弾き飛ばしたのを見てから、続けた。「これは拾い物よ。嘉韻が喜んでおったはずよな。まあ、王が求められる限り、我らだって退役は出来ぬだろうが、寿命は待ってくれぬからの。薫をしっかり育てて、後を担う一人にしたいものよ。」
明人は、頷いた。
「ああ。オレだって早いとこ安心してぇしな。」
そうして、薫はその日の終わりには、任務の振り分けが行なわれることが決定したのだった。