拮抗
炎耀と烙も、維斗と駿の立ち合いが終わるのを待っている間、共に立ち合っておこうかと思っていたのだが、二人の様子に、思わず目が釘付けになった。
駿は、維斗相手に一歩も退かない腕前だった。恐らくは、今まで見たことのある、皇子達の立ち合いの中では一番の手練れではないだろうか。
もちろん、維明は別次元であるので数には入れていないが、烙ですら、駿には全く敵わない。
まだ立ち合っていないのに、烙にはそう、分かった。
駿は、特別な型など何も使っては居なかった。ただ、恐らくは実戦で培ったのだと思われる、瞬発力と対応力が物凄くある。全て見ていて、型など関係なく簡単に、無理な位置からでも切りつけることが出来た。その体の柔らかさもだが、判断力には舌を巻く。
烙は、まさか駿がこれほどとはと思ってもいなかったので、ただ呆けたように維斗との立ち合いから目を離すことが出来なかったのだ。
一方、維斗も駿がこれほどとは思っていなかったようだ。段々に顔色が変わり出し、今では駿の繰り出す太刀の勢いに負けつつある。維斗もそれは強かったが、駿はそれの上を行っていた。
長い時間立ち合って来ると、普通は息が切れ始めるのだが、二人とも全く息切れはしてはおらず、その対戦が終わる様子も無かった。
あまりに長いので、炎耀などしばらくして、側の背の低い塀へと腰かけて、じっと見上げているぐらいだった。
それに気付いた烙が、苦笑して炎耀を見た。
「こら、炎耀。訓練場で主はもう。確かに長いゆえ疲れて参るが、座り込んで見上げるなど。」
炎耀は、肩をすくめて言った。
「首が痛うなるわ。見よ、あのように月も昇って。もう、これを観戦し終えたら我らは立ち合う時など無いであろう。この様子ではなかなか決着はつくまいが。」
烙がまたそれに苦笑して空を見上げると、後ろから低い声がした。
「…これほどとは思わなんだの。」
ハッとして振り返る。すると、そこには龍王が、維明と共に立って、二人の立ち合いを眺めていた。維明が、隣りで頷いた。
「誠に。我とてまともに対峙したらもしかしてと思わせる対応力でありますな。」
維心は、クックと笑った。
「実戦経験がある神には勝てぬわな。主らのようにぬくぬくと宮で軍神と立ち合うておるだけではの。」
維明は、少しむっとしたような顔をした。
「ならば父上、我らにもそのような機があれば積極的にお使い頂ければと思いまする。」
維心は、チラと維明を見て、頷いた。
「いくらでも参るが良いぞ。ただ命を落とした時のため、維斗と二人で行動するのは禁じる。必ず一人ずつにせよ。さすれば一人を失ってももう一人居るから良いわ。」
暗に、お前たちの能力では死ぬかもしれない、と維心は言っている。
烙と炎耀は、それを背中で聞きながら、せっかくにリラックスしていたのに、また緊張気味に固まってしまっていた。
そうして、四人で駿と維斗の戦いを見ていると、維心が言った。
「…決する。ま、よう頑張った方ではないかの。」
炎耀にも烙にも、すぐには分からなかった。
だが、しばらくして刀が飛ぶ音がして、そうして、皆の目の前に、柄に龍の模様が彫り込まれた刀がサクッと刺さった。
二人が降りて来て、地に足を付けた。
「久しぶりに手ごたえのある立ち合いが出来た。礼を申す、維斗殿。」
駿が言うと、維斗は長い息を吐きながら、答えた。
「また追いつかねばならぬ相手が出来てしもうたわ。しかし主との立ち合いは有意義ぞ。何かが掴めそうで、ずっと立ち合って居たくなったわ。こちらこそ礼を申すぞ、駿殿。」
「良い立ち合いであった。」維心が声をかけると、維斗が驚いた顔をして、こちら見た。維心は続けた。「主もようやった。駿の方が能力は格段に上よ。駿は実戦で戦う力がある神なのだ。それにあれだけついて参ったのだから、主の力もよう伸びておる。良いことよ。」
維斗は、頭を下げた。
「は。我も最初駿殿が本気で向かって来た時、これは負けるやも、と思い申した。あの時諦めておったら、恐らく一瞬で決したのだと思いまするが、必死に食らいついておると、そのうちに動きが読めるようになって参った。誠に、良い鍛錬になり申した。」
維明が、横から言った。
「我も、駿殿と立ち合いたい。お手合わせ願おう。」
駿が、今長い立ち合いが終わったばかりなのに、更に次もと言われているのにも関わらず頷こうとすると、維心が脇から首を振った。
「ならぬ。もう月があのようぞ。獅子の皇子に何度も無理をさせるなど。主はまたの機会に立ち合うが良いぞ。酒も入っておるのに…焦るでないわ。」
維明は、不満そうだったが、息をついて頷いた。
「は。申し訳ありませぬ。ですが…駿殿は、明日には帰ってしまわれましょう。どうしても一度、手合わせしてもらいたいのですが。」
駿が、仕方なく言った。
「ならば、明日の朝にでも。」駿は、母を待たせるとうるさいなと思いながらも、そう言った。「父には明日戻るように言われておるので、これ以上は滞在出来ぬので。もし朝が否ならば、我が宮へ来て頂ければいつなり立ち合えまするが。」
それを聞いた維心が、ふと眉を上げた。
「おお、そうよ。主、実戦がしたいのだったな。ならば我が観に頼んでやるゆえ、少し獅子の宮へ行って参ったらどうよ。駿とも立ち合い放題ではないか?願ったりであろう?」
維斗は、また兄と距離を開けられると思い、慌てて言った。
「我も参ります!父上、ご許可をくださいませ。」
維心は、それには渋い顔をした。
「二人共にはならぬ。何しろ、実戦がある宮では命の保証はないのだ。主らは龍族の背負う存在ぞ。片方ずつにせよ。」
いつもなら、ここで維斗が退くので維明が行くことになる。維明は、それを知っているのでそこで黙ったが、しかし維斗は、今回は退かなかった。
「我が先に参ります。」維心と維明が驚いていると、維斗は言った。「お二人には政務もおありでしょう。我には何もない。ならば兄上が時を作っておる間に、我は駿殿の宮へ参ります。」
…なるほど、上手い事言いよるの。
維心は、思った。いつも言いなりになっている維斗が、ここまで主張するも珍しい。
なので、頷いた。
「…確かにの。維明には政務のことがあって、すぐには予定を空けることが出来ぬ。ならばその間、維斗が行く方が良いと我も思う。では、そのように。」と、維明を見た。「主は明日の朝にでも立ち合ってもろうて、それからまた日程を考えて獅子の宮へ行くが良いわ。維斗は観が良いと言って来次第あちらへやることにする。」
維明は、少し不満なようだったが、それでも黙って頭を下げた。維斗は、同じように頭を下げながらも、初めて言った我がままに胸はドキドキと鳴ったままだった。兄上より、我の方が先に行くことが出来る…!
二人が去って行くのを見送って、炎耀が言った。
「のう維斗殿。良かったのか?父王はあのようにおっしゃっておったが、兄君は納得しておられぬのでは。」
維斗は、首を振った。
「大丈夫よ。父上が決められたことに、兄が何某か言うことなど出来ぬ。それより」と、駿を見た。「我は主と共に学べるのが嬉しいのだ。我ら温室育ちと言われておって…もちろん、世が平和なのに越したことは無いが、それでも実戦を知る主らには敵わぬ。我だって、もっと腕を上げたいのだ。」
駿は、苦笑しながら頷いた。
「我などで良ければいくらでも。だが、維心殿も言うておられたが、誠に危ないのは事実。我が宮へ来るのなら、それなりの覚悟をな。我でもおちおち眠り込んでもいられぬと思う時があるぐらいぞ。いつなり王座を狙う輩も居って、暴れる輩も居って、とにかくは殺すしかない毎日ぞ。刀を向けて来たら躊躇わずに殺せ。そういう宮であるからな。」
維斗も、烙も炎耀も目を丸くした。刀を向けただけで、いきなり殺すのか。
しかし、恐らくはそうしないとこちらが殺されるのだろう。
いろいろ過酷そうな話ではあったが、今の維斗には希望しかなかった。今の自分をはるかに超えて行けるという、希望だった。