皇子達は
烙は、内心本当にほっとした気持ちで、大広間を出て回廊に立っていた。
脇には、獅子の宮の皇子、駿と、鳥の王族の炎耀が立っている。
焔の酒癖の悪さは知っていたし、酒を飲んでいなくてもあの叔父はあんな風で、父の燐とは全然違うタイプの鷲だったが、いくら可愛がられても、なかなか焔には慣れない。烙は、嫌いではなかったが、叔父のあんな所が苦手だった。
だが、こちらがホッとした感じであるのに、案外に駿と炎耀の二人は平気そうだった。烙は、思わず言った。
「己の叔父の事であるのに、我ばかりが慣れぬ風で申し訳ない。あの場では王達が居て話せなんだが、これからは仲良くしてもらえたらと思う。」
炎耀が、首を振った。
「いや、うちの王もあんな感じであるし、特に気にしておらぬよ。こちらこそ仲良うしてもらえたらと思うておる。」
駿も、落ち着いた様子で頷いた。
「我が宮ではすぐに刀を抜いて殺傷沙汰になるゆえ。あのぐらいならなんとも思わぬし、気になさることはない。我こそ、仲良うしてもらえたらと思うておる。烙殿といえば、この間のこちらの試合で優勝された腕前であろう?是非にお手合わせ願いたいと思うておったのだ。」
炎耀に促されて歩き出しながら、烙は首を傾げた。そういえば、駿の顔は見なかった。
「…あの折、主は出ておらなんだな。」
駿は、頷いた。
「宮で小競り合いが有り申して。父上がお出かけになるし、我は出ることができなんだのだ。我か父が居らねば宮は面倒になるのでな。」
炎耀は、もう父王の名代を務めているのかと驚いた顔をした。
「え、駿殿はいくつになられる。」
駿は、頷いた。
「我はこの中で一番年上ではないか。200と少しぞ。」
成人しているではないか。
炎耀は思ったが、隣りの烙が頷いた。
「我と同じぞ。我も200と少し。」
さすがに炎耀は言った。
「ちょっと待たぬか、ならば主ら成人しておるではないか。我はまだ100と数十年で200まではあと少し。ならば宴の席でも問題ないのでは?」
それには、烙と駿は顔を見合わせてから、顔をしかめて言った。
「…別に退出して良いと言われておるのだから、わざわざ成人しておると言うのもと思うたのだ。知らぬ神ばかりであるし、我だって早うあの場から立ち去りたい一心で。」
駿が言うのに、烙も何度も頷いた。
「我とてそうよ。己の叔父だがあの様には困ったもので。まだ訓練場で立ち合っておる方が性に合っておる。」
訓練場、と聞いて、三人は顔を見合わせる。そうだ、龍の宮の訓練場は、空いていたらいつでも使っていいことになっていると聞いた…。
「…なあ、今からちょっと行かぬか?」烙が、そわそわとしながら言った。「駿殿の腕を見たいのだ。獅子は手練れと聞いておるし、一度手合わせしたいと思うておったのだ。炎耀殿もどうよ?」
炎耀は、うーんと渋い顔をした。
「我とて立ち合いたいのは山々なのだが、主らとはレベルが違い過ぎるのだ。主らはあれに出れるだけの実力があろうが、我には無い。それでも良いか?」
駿は、何度も頷いて、もう足を訓練場の方向へと向けながら言った。
「そんなもの気にすることは無いではないか。ならば腕を上げる絶好の機よ。主も来い。我も何やら気がはやることよ。」
三人は、足取りも軽く龍の宮の訓練場へと足を向けた。
そのウキウキとした様は、宴に座っていた神と同じとは思えないような明るい様子だった。
維斗は、宴の席の父と兄のことなど忘れて、ひたすらに訓練場で汗を流していた。
ここ数年は、体の大きさが追い付いたのもあって、ぐんぐん兄に追いついているのを感じる。なので、鍛錬することが楽しくて仕方が無かった。
母も、大変な手練れである自分たち家族の中で、維斗はいつも庇われる対象だった。姉の瑠維が嫁ぐまでは、瑠維の方が弱くて守るべき存在だったのに、瑠維が嫁いだ後は、まだ体が小さい維斗のことは、維月でさえも気遣って、なかなかに公式の立ち合いなどにも出してもらえなかったし、いつまで経っても末っ子扱いで、一人前ではないと言われているようで、面白くなかった。
やっと最近になって、そういえば成人していたと宴の席にも誘われるようになったし、維明も対等に話をしてくれる。父も成人として扱ってくれるようにはなった。…母だけは、いつまで経っても子ども扱いだが。
ハアとため息をつきながら、合間の休憩で水分補給していた維斗は、ふと、ガラス窓の向こうに三人の神達が現れたのを見た。
…あれは、獅子と鷲と鳥ではないか。
維斗が、そちらを向いたので、あちらではこちらをじっと見ていたようだったが、全員が頭を下げた。
それを見た維斗は、側の軍神に言った。
「…あれらも、立ち合いたいのではないのか。聞いて参れ。」
軍神は、頭を下げた。
「は!」
そうして、扉から外へと出て行くと、その三人と話して、こちらへといざなった。
三人のうち、二人は歳が近そうだった。しかし、借りて来た猫のように、何やら遠慮気味にしている。それは、別の宮の訓練場に入るのだからそうなるかもしれないが、あいにく維斗は別の宮の訓練場は見た事がなかった。
何しろ、兄はよく連れて出られているが、自分は月の宮ぐらいしか外出を許されたことがないのだ。
そう思うとまたおもしろくなかったが、それも第一皇子と第二皇子の違いかと思うと仕方ない。
維斗は、じっと三人が自分の前に来るのを待ってそんなことを考えていた。
三人が目の前に揃うと、維斗は言った。
「主らは、鷲と獅子と鳥であるな。宴は出て参ったのか。」
それには、鷲が答えた。
「は。我は鷲の宮、王焔の弟、燐の第一皇子、烙でありまする。こちらは、獅子の宮第一皇子の駿、鳥の宮の炎耀。」
維斗は、頷いてそれぞれの顔を見た。
「主と炎耀殿のことはこの間の立ち合いの試合で見たゆえ知っておるが、そちらの、駿と申すか?主、獅子の皇子であるのだな。初めて会うたの。」
駿は、維明も似ていると思ったが、この維斗も龍王にそっくりなので、緊張気味に会釈した。
「初めてお目にかかる。我も、此度初めて宮を出て参ったので、己の他の宮へ来るのは誠に初めてで。この前の試合も、出られるなら出てみるかと父にも言われておったのだが、宮で面倒有り、出て参ることが出来ずで。」
獅子の宮は元はぐれの神が多いのだと聞いている。それを統治している父王の代わりが出来るということは、それなりの腕だと言うことだ。
維斗は、フッと口元を緩めると言った。
「…楽しみなことよ。主と手合わせしたいもの。我ら軍神と鍛錬するしか無うて、実戦の厳しさを知る主ならば、恐らくは良い筋で立ち合うのではないかと思うのだ。我と立ち合うてみぬか。」
駿は、思ってもいなかったことに、答えた。
「では…甲冑を着ておって良かったことだが、龍の皇子に対峙出来る腕なのかどうかも、初めて外へ出て参るので分からぬのだが。それでも良いか。」
維斗は、ニッと笑って頷いた。
「楽しみであるわ。」と、他の二人を見た。「主らも、後に共に立ち合おうぞ。軍神らとばかり立ち合っておって退屈しておったのだ。」
烙は、案外に表情豊かな維斗に少し、ホッとしながら頷いた。
「我は主には敵わぬと知っておるが…それでも、少しは腕を上げたゆえ。手合わせしたいものよ。」
維斗は頷いて、また駿を見た。
「さあ、では主よ。」と、刀を抜いた。「参れ。」
駿は、頷いて自分も刀を抜いて、維斗と距離を置いた。
途端に、駿の目はぐっと鋭くなり、維斗はハッとした。もしかして…こやつは誠実戦しかしておらぬような環境なのでは…?
そう思う間も無く、駿の太刀は驚く速さで維斗をかすめて行く。
維斗は、自分も一瞬で切り替えて、この手練れの相手に対峙したのだった。




