宴
そんなわけで宴の席には、維心と維明が出ていた。
維斗は、今日はどっちでもいいと言うと、自分は訓練場に居る方が性に合っている、と言って、さっさと居残りの軍神達との立ち合いを選んで宴には出て来ていない。
どうやら維斗も、維明に負けず劣らずの軍務一筋の神らしかった。
維心は、誰もかれもが自分そっくりの性質で生まれて来るのに苦笑しながらも、そんな維斗を許して、そうして宴の席に座っていた。
そこには、焔、箔翔、翠明が居て、烙と駿も皇子ながら隅の方に遠慮がちに座っていた。蒼も、ここのところはぐれの神関係で宮を離れることが少なかったのだが、今日は自分の軍神も来ているとなって、そこに居た。
炎嘉は、まだ体調が本調子ではないのでと、炎耀が代わりに来ていた。
ちなみに志心は、自分の宮には戦える女が居ないからと、出席してはいなかった。
焔が、上機嫌で言った。
「別に己の宮から出ておらぬでも、龍の宮の酒が飲める機会などあまりないのだから来れば良いのにのう。」と、盃を空けた。「ほんに昔から良い酒であるなここのは。」
維心が、苦笑して言った。
「飲み過ぎるでないぞ、焔。烙の前で醜態を晒すでないぞ。気に入ったならひと樽持ち帰らせてやるゆえ。落ち着かぬか、そのように急いで飲んで。」
焔は、目を輝かせてまた酒を煽った。
「おお、主は気前が良いの。張維は簡単にはくれなんだのに。」
維心は、前世の記憶が混ざっておるわと思いながらも答えた。
「あの頃はここまで職人も多うのうてな。今は増えておるから。だから落ち着けと申すに。」
箔翔が、ちびちびと飲みながら言った。
「旨いのは分かるのだが、そこまで急いで飲んだら味も分からぬのでは。焔殿も、もう酔っておられるようだ。」
烙は、困ったように脇で隣りに座る駿と顔を見合わせていた。焔は、言った。
「うるさいわ。酔っては居らぬ。それより」と、ずいと箔翔を見つめた。「主、あれからうまくやっておるようよ。前の妃の時はどうなるかと思うたが、悠子殿が正妃になってから落ち着いた暮らしぶりではないか。その間の皇女の、あの立ち合いの素早さよ。我は驚いたわ。悠理というたか?」
箔翔は、それを聞いて少し、渋い顔をした。
「確かに…悠理は幼い頃から活発で。悠子はならぬと申しておったが、しかし皇女が戦うのも己の身を守るためには良いかと思うて、我は見逃して参った。そろそろやめさせねばと悠子がうるさかったところに、この試合よ。悠子は黙ったが、それでもじりじりしておった。あれでは嫁の貰い手が無くなると言うて。」
それには、翠明が何度も頷いた。
「そうなのだ。我は何度も申したのだ、東では多いやもしれぬが、西には全くと言っていいほど女の軍神など居らぬから。誰も娶ってくれぬようになったらどうするのだと。だが、聞いてみたらあれも考えておるようで。」
それには、維心が興味を示した。
「ほう?主の娘の、椿であるな。何を考えておるのだ。」
翠明は、頷いた。
「あれは、軍神になどなる覚悟はないから、己の身だけでも守れるようになっておきたいだけだと申して。つまりは、皇女として他へ嫁ぐための手習いなどもしっかりやっておる。分かっておるのだ、あれなりに。ゆえ、あれで良いかと思うて。どうせ、成人すればどこかへ嫁にやらねばならぬし、己でも戦えると思うたら我も、あれが意に沿わぬ男に襲われることもなかろうし安心であるしな。結局は、あれより強い男に嫁いだらいいだけであるから。」
それには、箔翔も驚いたように言った。
「なんだ、主もか。こちらもそうよ、悠理は分かっておるようで、軍神になろうとは思うておらぬのだ。有事に己が出陣することで、他の軍神の足手まといになると知っておるようぞ。あくまで、あれは遊戯にすぎぬ。ゆえ、別に嫁ぐまでは好きにさせて良いかと思うておるのだ。あれも、嫁いで後はそちらの王に仕えると言うておるしな。」
それを聞いた焔は、何度も頷いた。
「それはまた心強いことよ。そんな妃が居れば、どこも案じることも無くて良いではないか。」と、ふうとため息をついた。「…知ってはおったが、維月のあの手筋は何ぞ。我には絶対に読めぬし勝てぬ自信があるわ。誠あれぐらいでなければ龍王妃になれぬのかと納得したものよ。維心も、あれが背を守ると思うたらいくらでも戦えようの。龍に仇なす気など、あれを見たら誰にも無くなろうよ。」
維心は、ふふんと心持胸を張って答えた。
「我が妃は特別よ。月であるからな。前世より、何度ヒヤリとさせられたか。我とて油断したら一本取られると緊張感があるのだぞ?」
維心が得意げなのに、蒼が苦笑して言った。
「それでも、負けたことは無いではありませんか。維心様は特別なのだと維月も言うておりました。」
維心は、蒼を見て微笑んだ。
「我は闘神ぞ。そうそう負けてはおれぬからの。」と、ふと思い出して、続けた。「そういえば主の所の軍神は、最初の方のあれか。」
それを聞いて、蒼はバツが悪そうな顔をした。
「…はい。嘉韻にも、出るのは恐らく難しいと言われておったのですが、何しろ本人たちが出たいと言うし。オレは、そういうのを禁じない方なんで、行きたいなら行って来いと言って…ああでした。」
それには、翠明がハッハと笑った。
「あれを見て、我はほっとしたもの。椿のレベルがどれほどか、分からなんだので。あれならいけるか、と安心して見ておれたのだ。」
蒼は、苦々しい顔で翠明を見た。
「オレは周りの空気を感じて恥ずかしくて仕方なかったけどね。嘉韻の言うことは聞いておけば良かったと思ったよ。まだ、外へ出すようなレベルじゃなかったな。あれらにも可哀そうなことをしてしまった。」
確かに皆の雰囲気が、あの辺りのレベルの立ち合いでは良くなかった。蒼は、周りの空気を読むのが殊の外うまいので、余計に感じたことだろう。
維心は、穏やかに微笑んで言った。
「良い経験であったろうが。これは毎年開くものではないが、維月が言うたので開いてみて良かったことよ。これで、向いておらぬと思うたら、女神としてすべきことに精進するであろうし、自信が出たなら正式に序列を目指して精進すればよい。己を図るのに良い機であった。」
そうやって、維心たち上位の王達が話している中で、脇に居る烙と駿は、居心地悪そうにしていた。面識があるのは父王で、そして自分たちは酒も飲めないので素面でこうやってたわいもない話を聞いていなければならない。
息をついていると、脇に控えていた義心が、進み出て維心に頭を下げた。
「王。そろそろ、刻限でございます。」
維心は、顔を上げた。
「おお、そうか。」
焔が、眉を寄せる。
「何の刻限ぞ?まだ始まって間なしではないか?」
維心は、焔を軽く睨んだ。
「皇子よ。」と、烙と駿、そして炎耀を見た。「主ら、退出して良いぞ。これよりは成人の神の時よ。こんな場の雰囲気だけを知っておれば良い。主らにはまだ早いゆえ、もう好きに戻っておれば良いわ。」
三人とも、ホッとしたような顔をする。箔翔は、感心したように言った。
「我もつい、忘れて箔炎を長く宴の席に置いてしもうておることがあったが、なるほど軍神に言うておけば良いのだな。勉強になる。」
焔は、頷いた。
「ほう。宴の多い主の宮特有よな。我もよう忘れてしまうのだが、確かに弦に言うておいたら良いわ。これからそうしよう。」
維心は、顔をしかめた。
「あのな、別に我は義心に命じておらぬわ。これが勝手に知らせて参るだけぞ。主らの軍神は命じられねば気付かぬのか。」
言われて、二人はぐっと黙った。軍神の躾が悪いのは王のせい。つまりはそんな筆頭軍神なのかと言われたことになる。
焔は、抗議するように言った。
「己が優秀な軍神を持っておるからと!これぐらい教えたらやるわ!」
維心は、だから教えねばやらぬのかと言うのに、と思ったが、場が乱れたら面倒なので相手にせず、空気が変わっておろおろしている三人に、言った。
「良い、早う退出せよ。酒はの、こうなることがあるのだ。主らもよう見て己がそうならぬようにな。」
三人が、頷いて早く出て行かなければ面倒に巻き込まれると思ったのか、脱兎のごとくそこを出て行くのを、維心は見送った。
「こうなるとは何ぞ!主は口が悪いぞ、維心!」
思った通り焔はうるさかったが、それでも箔翔や翠明にいなされてその場はゆるゆると、進んで行ったのだった。




