また茶会
宴の席には、幼い、しかも皇女達を同席させることはいくら何でも出来ない。
そんなわけで、宴は観覧に来た者たちだけに任せて、出場した女神達は軒並み維月と共に、茶会として別の維月がよく使う広間へと呼んだ。
ここは、維心が維月に、来客の折に使うことを許している、いわば維月に与えている広間で、中は他の龍の宮の様子とは違い、白い大理石の壁に、西洋式の椅子が置かれてある、他より柔らかい感じのする広間だった。
やはり、軍神であれ皇女であれ、こうして公式に茶会に来る時には皆、女の着物をまとっていて、こうして見ると普通に美しい女神達だ。
維月は、そんな中で、今日は幾分気楽な、正装ではない着物姿で言った。
「本日は、皆様にはよう立ち合って頂きました。我が王にも、思うたより良いものが見られたとお喜びであられましたわ。では、蔵から特別に良い年に出来た茶葉を出すのをお許しいただきましたので、それを楽しんでくださいませ。」
緊張気味に、あちこちに散らされたテーブルに、7~8人ずつ座っていた女神達は、侍女に給仕されて、その茶の入ったカップを手に取った。
そんな中で、身分柄維月に最も近い位置に座っている、茉希がため息をついた。
「誠に…維月様の立ち合いには我も自信が無くなりましたわ。」と、カップの柄に手を掛けた。「龍王様をあのように対等に立ち合われるなど、まさかと思うておりました。我にはとてもとても…。あのようなことまで、龍王妃様は優れておるのだと痛感致しました。」
そうして、茶を口へと含むと、目を見開いた。
「まあ!こんな茶は初めてでありますわ!」
維月は、あちこち忙しい茉希に苦笑しながらも、答えた。
「これは、我が宮でも大変に当たり年だと言われておる年の茶葉で。貴重なので、あまり出さぬのですわ。」と、自分も茶を口にして、続けた。「茉希様、我は月なのですわ。前にも申しましたように、身は思うように動きまするの。それでも、我が王には敵わぬのですから。我ももっと精進せねばならぬのですわ。」
それには、反対側の隣りの悠理が言った。
「ですけれど、大変に素晴らしい立ち合いでありました。あの速さについて参るのも、我らでは無理であろうかと。龍王様の動きの洗練されたのにも驚き申しましたが、維月様の見たこともない型の動きには、誠に勝てぬと思いましてございます。ですが…龍王様もおっしゃっておられましたが、我も長くこのようなことをしておるつもりもありませぬ。やはり、我らは宮のためにどちらかへ嫁いで、そちらの王にお仕えして行かねばならぬ身。王が求めるのなら刀も握りましょうが、軍神にすら敵わぬ今、これは所詮戯れであるのだと我も思った次第でございます。」
維月は、驚いた。それが確かに女神の普通の考え方だが、あれほどに立ち合って見せたのに、そんな風に考えているのか。
維月が驚いていると、悠理の隣りの椿も、言った。
「我もそのように。お父様の翠明が言うことは、間違っておらぬと思うのです。我としては、母のように父に守られておるだけの女ではと思い申して、己が向いておることも知り、こうして立ち合いにも励んでおりますが、所詮は遊戯で。何しろ、我には戦場で神を討つ覚悟もありませぬし、戦の場に立つような覚悟もまた、ありませぬ。軍神達に庇われてここまで腕を上げ申したのも分かっておる次第。龍王妃様ほどに立ち合えるならば、戦力になり申しますが、我らが出陣したなら軍神も我らを守らねばと要らぬ気を回さねばならなくなりまする。軍神達には、己の身を守ることが最優先であるのに。やはり、己が一人の時に助けが来るまでの対応として嗜むのは良いかと思いまするが、我にはそこまでは無理かと。いずれば、龍王妃様のようにどこかへ嫁ぎ、そうして貴婦人として生きながら、必要な時に訓練場に立つぐらいで良いのだと思いましてございます。」
そうなるのか。
維月は、自分が立ち合って見せたら、龍王妃でも立ち合うのだからと軍神になりたいならなれる環境を作ってやりたいと思っていたのだ。それが、あまりに維月は強すぎて、そして、あまりに貴婦人として振る舞い過ぎていて、逆にそういう考えにしてしまったのだ。この、前世は母として過ごした気の強い命である、椿にすら。
維月は、慌てて言った。
「そのような…軍神として、兄君に仕えようと思うなら、それも良いかと思うのですよ。我は、王にお仕えすることを選んでこのようにしておりますけれど、皆にも自由に選択できるようにと考えております。」
しかし、それには茉希が答えた。
「龍王妃様…お考えは崇高であられまするが、しかしながら椿様がおっしゃるのは道理でありまする。とても立場を弁えた大変に素晴らしいご判断であるかと。」と、息をついた。「…と申すのも、我が皇女の茉奈は、本日は体調を崩して参加しておりませぬが、普段から兄の駿に追いつこうとそればかり…果ては、父王と兄を助けて戦いたいなどと言い出す始末。気の大きさや体力から違うと申しますのに…我が、己の身を守らせようと幼い頃から立ち合いなどを許したのが悪かったのですわ。」
では、茉奈は軍神として生きたいと願っているのだ。
維月は、それは庇ってやらねばと必死に言った。
「父王と兄君思いの良い妹君だと思いますわ。そう思われておるのなら、ご本人の希望に沿える形にしてやるのが良いのでありませぬか。向かぬのなら、己からそれを悟るはず。まだお若いのでしょう。」
茉希は、ため息をついて首を振った。
「いいえ、茉希はもうすぐ成人致します。それなのに、まだ成人まで時のある椿様や悠理様がこのようにわきまえておられるのに、我が皇女はと思うと、情けなくなり申しまする。もう、嫁がねばならぬ歳であるのに…。我が王も、考えると最近申されておったので、どちらかへ嫁ぐ話も来るやもしれませぬ。我も、王のお考えを伝えてあれにも弁えるように言うておかねば…結局は、茉奈自身が、つらいことになり申しまするし。」
維月は、何も言い返せなくて袖で口を押えた。王の言うことは絶対だ。自分ですら、維心の名折れになってはと公の場ではこうして貴婦人を演じている。観が茉奈を軍神として扱えないと言うのなら、どこかへ嫁げと言うのなら、聞くしかないのだ。茉希の言う通り、そうなる運命ならば自分で悟って弁えておいた方が、結局はつらい思いをせずに済むのだ。
「…難しいこと。誠に、女が世を生きて参るということは。女ほど、不自由なものはありませぬわ…我は、長く月の宮という里で自由に育ちましたので、立ち合うということにもそう、抵抗もありませなんだ。父も兄も我の自由にさせてくれておったし、我が王にお仕えすると決めたのも、王が求めてくださって、我も慕わしいと心から思うたからこそ。そんな環境で育ったことをご存知であるので、我が王も特に咎めることなく我がやることを許してくださる。我は、決して不自由ではありませぬ。なのに、他の女神達が思うようにならぬのは、見ておって心が痛むものでありまする…。」
茉希は、それを聞いて、そんな自由な女も居るのだと驚いた。維月は、見たところこれぞ龍王妃という風情であって、自由に己の思うままに生きてきた気ままな性質には見えない。だが、本人が言うのだから、きっとそうなのだろう。だが、龍王妃として遜色ない程度だっただけで。
「…なんと申されましても、これが神世ということですわ。」椿が、幼い顔からは考えられないような、落ち着いた様でそう言った。「我とて、女は不自由であるなと思いましてございます。ですが、そうやって成っておる世であるのに、それを覆そうとしても、一人や二人の力では無理なのだと思いますわ。ならば与えられた自由の中で、自分も回りも良いようにと環境を整えていくことが、無理を通すより皆、幸福になるのです。我は、そのように思いましてございます。」
お母様…お変わりになったこと。
維月は、そう思って聞いていた。椿の言うことは、間違ってはいない。世の理に抵抗しようとしたら、少なからず傷を負う。そこまで女の身で戦うよりも、回りも自分も納得する幸福の形を見つけるのが良いのだと言っているのだ。
維月は、それには頷いた。
「そうですわね。幸福とは、どこにあるのか分からぬものですが、自分だけ幸福になっておっても結局は不幸。ならばお互いに考えて、両方が幸福になるところを見つけていくのが良いのやもしれませぬ。」
そうやって話していて、維月はなんだか悟った。自分は、自由にさせてやろうと思ったが、思ったほど女神達はそこまでの自由を望んではいないのだ。これが当然と育って来たのだから、簡単に考えは変えられないだろう。だが、それに抗ってもと考えている神が居るなら、それには手を差し伸べてあげようと、維月は決意を新たにして、それからは他のテーブルの女神も呼んだりしながら、和やかに話していたのだった。




